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2016.02.24

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 六 孤闘の寂』 新章突入、巨大な魔の胎動

 一昨年に続き、昨年も『この時代小説がすごい!』ランキングでベスト10入りを果たした(もちろん私も票を投じました)『素浪人半四郎百鬼夜行』。その好調なシリーズは、この巻において第二部「怪異沸騰編」に突入。物語の中でこれまで描かれてきた謎の数々が、いよいよ動き出すこととなります。

 ある悲劇をきっかけに、生まれ故郷の東雲藩を捨て、江戸に出た青年・榊半四郎。謎の老人・聊異斎や、彼が連れる小僧の捨吉と出会った彼は、様々な怪異と対決する中で、江戸で新しい生を送っていくことになります。
 しかし怪異は江戸だけでなく各地で頻発、そしてその背後では、田沼意次と松平定信という、互いに全く相反する立場にある権力者の影が。そして謎の敵の襲撃により、聊異斎と捨吉は何処かへ姿を消すことに……

 そう、本作のサブタイトルの「孤闘」とは、これまで共に怪異と対決してきた仲間である二人を失った半四郎の姿を表すもの。しかしその第一話「龍の洞穴」で描かれるのは、その彼とは今のところ関係のない、それどころか数十年前の物語であります。

 八代将軍吉宗が紀州藩主であったこと、国元を襲った大地震。その際に現れた穴――龍が潜むとも言われるその穴の探索を命じられた「意行」らは、物理法則を無視したかのようなその内部を彷徨うことになります。そして一行の一人が取った行動は、全く思ってもみなかったような、そして恐るべき結果をもたらすことに……
 その意行こそは、意次の父。これまで意次が恐れ、その存在を密かに探ってきた節のある「龍穴」にまつわる因縁が、全く意外なところから繋がっていた――そして意外なところに繋がっていく――ことを語る、新展開のプロローグに相応しい内容であります。


 そして続く第二話「捜心鬼」において、ようやく半四郎の変わらぬ姿に我々は再会することができます。当時は江戸の外れの向島に出没するという青赤斑の鬼。その正体を探るよう依頼された半四郎は、老岡っ引きとともに向島に向かいます。
 鬼が出没する以前、近くで人の骨が並べられた小屋に住む老人が目撃されていたことを知った半四郎は、それを手掛かりに探索を始めますが、やがて事態は意外な方向へ……

 実は本作において唯一の純粋な(?)怪異退治であるこのエピソードで描かれるのは、やはり本シリーズらしい、独創性に満ちた、そして同時に恐ろしくも悲しい人の心にまつわる物語であります。

 本シリーズで描かれる怪異の独創性については、これまで何度も指摘してきたところですが、今回登場するのは、マニアにはお馴染みのある逸話を題材としつつも、それに大きく捻りを加えた存在。
 それが、背景に秘められたものと絡んだとき……奇怪な怪異と、そして人情――単に「イイ話」というだけではない人の想いを描く物語に転じていくのには、唸らされます。

 さらにこのエピソードの巧みなのは、半四郎を描くに、二人の人物を――一人は初登場の老岡っ引きを、もう一人はこれまで何度か登場し半四郎に仇をなしてきた火盗改を配置している点でしょう。
 酸いも甘いも噛み分けた岡っ引きと、これまで権力を笠に着てきた火盗改と――二人の目を通じ、そして二人との対比を通じて描かれるのは、剣の腕や推理力に優れるだけでなく、人の情の機微を知り、深い思いやりと共感を、怪異に対してすら抱くことができる、まさに好漢と言うべき半四郎の姿。

 その半四郎の姿は、同時に彼の成長の証でもあり――これも新展開の始まりに描かれるに相応しいものでありましょう。


 そしてラストの「終末の道標」では、その半四郎の周囲に、様々な――それも権力者の――影が忍び寄ることになります。突然、彼に仕官を求めてきた意次の家臣。さらに、かつて彼を石もて追った東雲藩も、藩への復帰を求めてくるのであります。
 果たして彼らが求めるものは何か……それも興味深いのですが、それ以上に驚かされるのは、それと平行して描かれる、とある家中で起きた事件でありましょう。

 一見、本筋と全く無関係に展開していくようなその物語が、実は! と結末に至り真の姿を現す構成の妙には、ただただ、舌を巻いた次第であり――そしてこれもまた、新たな幕開けに相応しいものであります。


 上で申し上げたように、半四郎が怪異と退治するのは全三話中の一話のみというのは少々寂しいのですが、しかし新章の始まりとして、それぞれに趣向を凝らしてみせた本作。
 その先に描かれるものが今から待ち遠く――新章においてもその魅力は変わることないシリーズであることを再確認させられました。


『素浪人半四郎百鬼夜行 六 孤闘の寂』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(六) 孤闘の寂 (講談社文庫)


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