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2016.03.25

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と

 人ならぬものを見、猫と語ることができる猫絵師の十兵衛と、元は猫仙人の猫又・ニタ――おかしな二人を狂言回しに描かれる一風変わった人情譚も、ついに第15巻、いや、ついに第100話を数えることとなりました。もちろんこの巻でも、人と、猫と、妖が入り交じった温かな世界は健在であります。

 しかし、一口に100話と申しますが、本作が月刊誌で連載されていることを思えば(増刊への掲載を含めたとしても)、容易なことではないことは言うまでもありません。連載開始から今日まで約9年――この巻に収録されている分を考えれば約8年、本作が変わらぬ支持を受け続けてきた、何よりの証でありましょう。

 もっとも、100話目だからといって、特段に改まったことをしているわけではなく、ごく通常営業の物語が描かれるのですが――もっとも、増刊に掲載された分を含めての通算であることも関係するかもしれませんが――それが逆に、実に本作らしいと感じます。

 さて、そんなこの巻に収録されたのは全部で8つの物語であります。
 猫を救って命を落とした男の家族のため、若き日の十玄と少年時代の十兵衛が奔走する「恩送り猫」
 同じく過去を舞台に、十玄と十兵衛が猫を連れた砂絵描きと出会う。「砂絵猫」
 菓子店のお嬢様との見合いに西浦を引っ張り出すために周囲の人々が用意した奇策「猫恐の武夫」
 思わぬ結果に落ち込むお嬢様を力づけようとする店の手代に、ニタが思わぬ形で協力する「味見猫」
 江戸に連れて来られたものの、故郷の塩尻に主がいると思いこんで中山道を行く猫の道中記「中山猫」
 猫たちの頭頂部と髭を剃っていく謎の通り魔を追う十兵衛とニタが見た意外な正体「涅槃猫」
 世を儚んで身投げした娘を救った十兵衛とニタが見た、彼女が起こす不思議で美しい奇瑞「蛍髪猫」
 猫たちの楽園だった空き屋を占領し我が物顔に振る舞う浪人たちに子供たちが挑む第100話「提灯猫」

今回もまた、不思議な妖の物語あり、おかしくも切ない人情譚あり、一つとして同じ所のない、バラエティに富んだ物語が展開いたします。


 さて、正直なところ本作を紹介する時に、ハタと困ってしまうのは、物語のスタイルがある程度固まった連作集である故に、個々の収録作の内容以外を語りにくいところであります。
 この記念すべき巻においてもそれは同様なのですが……しかし、この巻に収録されたエピソードの、ある場面が、本作の魅力を再確認させてくれたように感じられます。

 それは「中山猫」の一場面――夜の碓氷峠を懸命に行くうちに崖から落ち掛けた猫を、この地に住む妖怪・撞木娘が助けた場面。
 この撞木娘、着ているのは如何にも若い娘らしい美しく華やかな衣装ながら、その顔は、撞木の両側に目がついた、猫ならずとも夜道で出会えば仰天間違いなしの妖であります。

 しかしこの撞木娘、存外に人、いや猫懐っこく、足に怪我をした猫を胸に抱いて、夜道を(おそらくは)馬子唄を歌いながら安全なところまで猫を運んでいくのですが――その姿は、どこか不気味で幻想的でありつつも、実に微笑ましく、そして美しい。

 そう、そこにあるのは、種を超えて心を寄せ合う者たちの姿……猫であれ、妖であれ、そして人であれ、等しく命を、心を持ち、同じ世界で寄り添い暮らす者として、本作は描き出してきました。
 世界には、自分と異なる存在がいて――そして彼らと心を通わすことができる。それは何と素晴らしく、心を温かくすることではないでしょうか。


 これまで15巻、100話に渡って本作が描いてきたのは、この素晴らしさ、温かさであり……それは、この先も描き続けられていくことでしょう。
 そして我々もまた、それに魅せられ続けていくのだと、改めて確認させられたところであります。


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