東村アキコ『雪花の虎』第2巻 二つの父子、二つの別れ
かの上杉謙信は、実は女だった! という、有名ながらしかし冷静に考えれば色々と無理がありそうな説を、真っ正面から描いてみせる快作の第2巻であります。女として生まれながらも、父によって男として育てられた虎千代――後の謙信が、父の死に際して取った行動とは……
越後国の実質的な主として辣腕を振るってきた長尾為景の第三子として生まれた虎千代。長子の晴景は戦国武将としては心身ともに柔弱、第二子の綾は女と、後継者に悩んでいた為景は、彼女に男の名前を与え、男として育てるという途方もないことを断行いたします。
そんな虎千代が名前通り雄々しく育っていく頃、越後国は為景が隠居し、晴景が跡を継いだものの、父がその豪腕で何とか抑えていた国内を治めることはできず、国は乱れゆく一方。そんな中で為景が息を引き取ったことで、越後は、長尾家は更なる混乱に見舞われることになるのですが……
と、父の死という悲しみの中で、「武将」としてついに立つこととなる虎千代。それが自らの望みというだけでなく、父の――もはやそれを叶えた姿を見ることもない――期待に応えるという想いから、ついに虎千代は男として元服、景虎を名乗ることとなります。
……やはり文字にしてみると無茶な展開にも思えますが、それをそうと思わせないのは、虎千代自身の、そしてそれ以上に彼女を取り巻く人々の丹念な描写があってこそ。
特に、似合わぬと自嘲しつつも家を背負わされ、あるいはそれを奪いかねぬ妹を穏やかに見つめる晴景。景虎が寺で修行していた頃の兄弟子として彼女を精神的に支えつつも、時にそれ以外の想いを垣間見せる益翁宗謙の二人の男性の描写が実にいい。
特に景虎に初めて女性の徴が現れた際の宗謙の言葉は――現代人の視点から冷静に考えるとひどいことを言っているのですが――戸惑う「彼女」に向ける言葉として、この上ないものでありましょう。
しかしこうした展開の一方で唸らされるのは、景虎を(やがて)取り巻くもう一人の男・武田晴信の存在であります。
後世のイメージとは異なり、もの柔らかなものすら感じさせる本作の晴信ですが、しかしその策士ぶりは後の片鱗を感じさせるものがあります。
その晴信の隠れたる切れ者ぶりが明らかになるのが、父・信虎の追放劇なのですが……痺れるのは、信虎を追放する晴信と、為景を送る景虎と、二つの父子の別れを対置するような形で描いている点であります。
確かに対照的な二人の姿ではありますが、この時点で、この形で対比して見せた作品は少ないのはず。
調べてみれば、この二つの別れは歴史上ほぼ同時期に起きている――為景が没した時期は1536年から43年と定まっていないようですが、信虎が追放されたのは1541年――のですが、それを掬い上げてこのような形で見せたのは、巧みと言うほかありません。
そしてこの巻の後半で描かれるのは、景虎の初陣、栃尾城の戦い。初陣から切れ者ぶりを発揮する景虎ですが、何よりも面白いのは、「女」であり「武将」であるという自分の存在を材料として、一種の情報戦を仕掛けている点。
それが功を奏するクライマックスで、素顔を顕わにした彼女は実に美しく、後々まで景虎を支える本庄実乃が、メロメロになってしまうのも説得力がある……というのは蛇足ですが……
相変わらずの解説シーンでの二段構成も楽しく、まずは隙のない作品……そんな印象がいたします。
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