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2016.03.08

森川侑『一鬼夜行』第3巻 彼らの内側の世界と外側の世界に

 百鬼夜行から転がり落ちた生意気な猫股鬼・小春と、妖怪もビビる閻魔顔の小道具屋店主・喜蔵の姿を描く漫画版『一鬼夜行』も、この第3巻でついに完結。すれ違い、互いに壁を作った二人の間に、さらに波乱を巻き起こす影が出現するのですが……

 成り行きから、小春と自分の店である「荻の屋」で共に暮らすこととなった喜蔵。鬼と人、陽気と寡黙、脳天気と無愛想と、重なるところはほとんどないものの、妖が引き起こす事件に巻き込まれるうちに、何となく距離が縮まってきたかのように見えた二人ですが――

 しかし、鬼の本性を現した小春は、喜蔵に傷を負わせると荻の屋を飛び出していくのでありました。
 裏切った小春と、裏切られた喜蔵。喜蔵はもちろんのこと、しかし小春もまた、心に傷を抱えて……


 その方法・見かけは違えど、互いに他者と一定の距離をおくことで、うちに抱えた深い孤独感を隠し、強がってきた二人。
 第2巻で描かれたのは、二人の関係性が深まるにつれ、自分が目を背けてきたその孤独感を、それぞれ相手の姿を通じて見出してしまった姿でありました。

 それがいわば彼らの内面、内側の世界であったとすれば、この最終巻で描かれるのは、彼らを取り巻く、外側の世界でありましょう。
 深雪、彦次、弥々子――これまで彼らが接してきた人間・妖怪たちが、それぞれの形で、それぞれの言葉で、小春と喜蔵のために力を貸す/与えることになります。

 二人が救いを与えてきた者たちが、今度は二人を救う……と言えば、大袈裟に過ぎるでしょう。しかし彼らの言葉は、自分たちの「外」の存在を意識させるきっかけとなるものであり――
 そして互いにとっての最良の「外」が、お互いの存在であることは間違いありません。

 人間は(もちろん妖怪も含めて)一人だけでは生きられない。形の上で生きることはできるかもしれないけれども、しかし心のうちでは誰かの存在を必要としている――
 本作のクライマックスで描かれるのは、そんな当たり前な、しかし我々が生きていく上でこの上もなく大事な真実でありましょう。


 そしてこの漫画版は、そんなもどかしくも美しい二人の姿を、見事にビジュアルにしてみせた、と感じます。

 生意気な小春が時に見せる真摯な眼差しに、無愛想な喜蔵が時に口元に浮かべる薄い笑みに――二人の外側だけでなく、そこからにじみ出る内側を、本作は絵として留めて見せてくれました。
 それは、本作のような物語にとって、最良の漫画化――というのは褒めすぎなのかもしれませんが、しかし一種の理想でありましょう。

 願わくば、この先の二人の姿を、そして二人を取り巻く様々な者たちの姿を描いて欲しい(特に多聞)。続編も漫画化して欲しい……そう思います。


 ちなみにクライマックスを読んだ時、君たちシリーズ第一部全六作をかけて、ぐるっと一回りしてきたんだなあ……と感心してしまったのですが、これは既読者の印象であります。
 もちろん、彼らは、螺旋階段の如く、同じ場所を回っているようでいて少しずつ高みに登っているのでしょう……と、これは蛇足。


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 『一鬼夜行 鬼が笑う』の解説を担当しました

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