横山仁『幕末ゾンビ』第1巻 鳥羽伏見にゾンビ乱入! 絶望しかない状況の果てに
時代劇にゾンビという取り合わせはもはや珍しくはなく、そして幕末最強の戦闘集団である新撰組がゾンビと戦うという趣向の作品もまた、少なくありません。しかしそんな中で、真打ちが登場したと言ってもよいかもしれません。それが『戦国ゾンビ 百鬼の乱』の作画者による、本作であります。
物語の始まりは鳥羽伏見の戦。史実通り薩長の火力に苦戦し、そして錦の御旗に追いつめられた新撰組は、井上源三郎をはじめとする犠牲者を出すのですが、しかし、そこから史実は大崩壊することになります。
いずこから出現した奇怪な怪物たち――生ける屍者・ゾンビの群れが乱入し、敵味方を問わず襲いかかったのであります。もちろんと言うべきか、ゾンビに噛まれた者もまたゾンビと化す状況で、先ほど力尽きたばかりの源さんまでも奇怪なゾンビに!
が、戦国時代から二百数十年を経て、ゾンビも進化。のたのた歩くだけでなく、走る! 積み重なって壁を作る! と最新(?)スタイルを身につけて人々に襲いかかります。さらに巨体化してフライングスモウプレスを炸裂させる源さんのように、人に、いやゾンビによっては特殊能力を得た中ボス状態に変化するというおまけつきであります。
このような絶望的状況の最中、ただ一人奮戦してきたのは、新撰組最強の男・永倉新八。原田左之助、大石鍬次郎、市村鉄之助という顔ぶれとともに辛うじて大坂城に帰還した永倉は、土方から驚くべき密命を下されます。
勝海舟とともに、この時あるを予想していた土方は、将軍慶喜――実は本物は既に病死し、身代わりを妹の静姫が勤めている――を奉じ、北の大地に逃れるよう命じたのでした。
どう見てもオネエの大女・お芳(新門辰五郎の娘で慶喜の妾のお芳さんですか……)と謎の老人を加え、土方が一人時間を稼ぐ間に大坂城を脱出した一行。しかしゾンビの群れは行く先々の人々を仲間に変え、無数に増殖していきます。その中には、永倉と並ぶあの剣士の姿までもが。
さらに恐るべき進化を遂げたゾンビの能力により、意外な人物がゾンビと化し……
いやはや、ゾンビもので希望に満ちた作品というのはありませんが、それにしても本作ほど絶望しかない作品も珍しいでしょう。
ただでさえ旧幕府軍は崩壊寸前のところに加え、特殊能力が加わった上に異常に伝染力の強いゾンビが異常増殖。頼もしいはずの味方は、ある者は消息不明となり、ある者はゾンビと化し――と、最悪の上に最悪を重ねた状況であります。(しかも仲間の中には、明らかにトラブルメーカーになりそうな鍬次郎に、成長枠であろうとはいえ、戦闘力は低そうな鉄之助が……)
一応、ゾンビもののお約束と言うべきか、向かうべき目的地は設定されているものの、まだまだ彼の地は遠く、辿り着くまでに歴史は変わっているのではないか、とすら感じさせられます。
唯一の救いは、(かなり強大な火力を持つであろう)薩長側もまた、ゾンビを敵に回していることですが……
果たしてこの状況の中で、新撰組最強とはいえ、永倉に打つ手はあるのか? 正直なところ、現時点ではそれは全く想像もつきません。
つきませんが、しかし、『戦国ゾンビ』で描かれたもの――己自身の「意思」を持ち、決して戦い抜くことを諦めない人間の強さを思えば、そして永倉がそれを持つであろうことを思えば、それこそが本作における唯一の希望となるのではないでしょうか。
ラストでは(おそらくは)ゾンビではなしに死んだはずのあの男までが登場。大風呂敷を広げに広げた感がありますが、それもまた、伝奇ものの楽しさでありましょう。
絶望しかない状況から始まった物語の先に待つもの……その先にあるのが更なる絶望なのか、はたまた希望なのか、見届けたいと思います。
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