大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ
大西実生子作画で『Nemuki+』誌で連載中の漫画版『僕僕先生』の第2巻であります。美少女仙人・僕僕と旅に出たニート青年・王弁の珍道中を描く本作は、原作第1作の展開を踏まえつつも、第2巻を迎えて、さらに漫画ならではの独自性を加えているように感じられます。
ほとんど成り行きから僕僕先生の弟子となり、行く先も知れない旅に出ることとなった王弁。僕僕の知人である司馬承禎がいる長安では王宮で思わぬ御前試合を命じられた末に飛び出すという冒険を経た二人は、今度は北方の辺境に向かうこととなります。
遊牧民たちが暮らす地で二人が訪ねたのは、僕僕とは旧知の商人夫婦。しかし僕僕と旧知ということは……というわけで、この夫婦も並みの人間ではないのですが、ここで王弁は思わぬ夫婦喧嘩の仲裁役を務めることになります。
そしてその夫婦から、雲に乗って空を飛ぶなどという芸当が出来ない王弁のために僕僕が買ってくれたのは、伝説の名馬……なのですが、これが本作らしく、また一癖も二癖もあるどころではない変わり種。
苦闘の末、何とかこの馬・吉良に乗ることができた王弁は、僕僕とともに、文字通り天地の果てを超えた先の世界へ――
というわけで、この巻で描かれるのは、原作の中盤から後半にかけての物語。第1巻に比べると、比較的ペースはゆっくり目になったような印象がありますが、それはその分、(これまで描かれたものに加えて更に)丹念に、人物と世界の描写を行っているため、というべきでしょう。
この漫画版の作画者の描写力については、既に第1巻の時点で十二分に理解していたつもりですが、この巻ではさらにそれがパワーアップ。僕僕の可愛らしさ、小悪魔ぶりをはじめ、登場するキャラクターとその個性が、原作読者でも納得の、いや原作読者だからこそさらに納得できるクオリティで描かれるのには感心いたします。
キャラクターだけでなく、王弁と僕僕が訪れる様々な土地の情景描写も素晴らしい。僕僕はさておき、王弁にとっては全くの異郷である新たな土地とその住人たちの描写は、王弁の旅立ちの原動力の一つであるだけに本作では重要な意味を持つものであります。
それが魅力的に、個性的に描かれているということは、それだけでこの漫画版の成功を意味するものではないでしょうか。
ある意味、その集大成と言うべきが、自分を乗せようとしない吉良に手を焼く王弁が、ある形で異郷の旅の思い出を、憧れを奏でる場面でしょう。ここで描かれる記憶の奔流とも言うべき映像の美しさ、瑞々しさは、全く以て胸が躍るばかりで……この場面だけでも、この漫画版が描かれた意味があった、と言っても決して大袈裟ではないと感じます。
そしてもう一つ印象に残るのは、原作第1作にはないものの、その後のシリーズの展開から逆算したと思しきシーンの存在でしょう。
商人の妻が語る、かつての僕僕と、その傍らに居た者の姿は、シリーズ読者にとっては一種のファンサービスともなりますが、それ以上に、王弁の知らない僕僕の姿、彼女が背負ってきた歴史を――すなわち、物語世界の奥行きを広げるものとして、強く印象に残るところであります。
さて、この巻の終盤で二人が訪れるのは、異郷は異郷でも、人知を超えた、まさしく神話の地とも言うべき世界。そこで待ち受けるものを、本作が如何に描くのか……全く不安はなく、期待のみが待っている、と言い切ってしまってもよいでしょう。
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