廣嶋玲子『妖怪の子預かります』 「純粋な」妖怪たちとの絆の先に
盲目の美青年・千弥と暮らす引っ込み思案の少年・弥助は、ある日森の中にあった石を割ったため、妖怪奉行所の奉行・月夜公の前に引き出されてしまう。実は石の正体は子預かり妖怪・うぶめの住処。弥助は石を割った罰として、いずこかへ消えたうぶめに代わり妖怪の子預かり屋を命じられることに……
児童文学を主たる活動フィールドとする廣島玲子が、『鵺の家』に続き東京創元社から送る一般向け小説であります。今回の題材は、タイトルにあるとおり妖怪もの。時代妖怪小説はもはや珍しくありませんが、しかし本作は、児童文学でも妖怪の登場する作品を様々描いてきた作者らしいユニークな魅力にあふれる作品です。
本作は、タイトルそのままに「妖怪の子を預か」ることとなった人間の少年・弥助を主人公とした作品であります。
妖怪にも子供っているのかしら、と言えばそれはもういるのが本作の世界観なのですが、これが人間の子供と同じく、いや小さくとも妖怪の姿と力を持っているだけに相当の難物。そんな珍客相手に四苦八苦しながら、弥助は妖怪たちに少しずつ認められていくこととなります。
実は弥助は、人間相手には大変な引っ込み思案。彼とともに暮らしている美貌で盲目の按摩の青年・千弥には普通に接することができるものの、それ以外の人間にはほとんどまともに口をきくことができない少年であります。
そんな彼が、人間ならぬ妖怪たちと接していくうちに心を開いていくようになっていくのですが、一見不思議に見えるそれは、妖怪がある意味「純粋な」存在であるゆえ。
人間は約束を破っても、妖怪は約束を破らない……というのは昔話などでまま見かける構図ですが、本作はそんな弥助に助けられる妖怪たちの人情、いや妖情(?)が弥助自身をも救っていくという構図が、何とも心地よいのであります。
もっとも、妖怪は約束を破らない、というのは逆に言えば、妖怪は約束を破らせないということでもあります。
そもそも弥助が妖怪の子預かり屋になったのは、元々妖怪の子預かり屋だったうぶめのすみかである石を、知らぬとはいえ弥助が壊してしまったため。その罰として、弥助は姿を消したうぶめが帰ってくるまで、預かり屋を続けざるを得ないのであります。
つまり本作は、個々の妖怪の子供たちのエピソードを横糸に、うぶめはどこに消えたのか、弥助は無事に預かり屋を続け、そしてやめることができるのか……それが縦糸として展開していくことになります。
が、実は縦糸は一本ではありません。実は千弥に出会うまでの記憶をほとんど持たない弥助。弥助の過去に何があったのか、闇の中に消えていく白い腕という彼の記憶の意味は何なのか。縦糸と横糸は様々に絡み合った末に、意外な形で結末を迎えることになります。
作者はこれまで妖怪もの、ファンタジー要素の強い時代ものを数多く発表してきました。本作は、魅力的な妖怪・人間のキャラクター像と、起伏に富んだストーリー(そしてその中に散りばめられた黒さ・ほの暗さ)と、いかにも作者らしい作品と言えるでしょう。
個人的には、個々の横糸のエピソードがいささか駆け足に感じられたのが少々惜しく感じられたのと(章題があればその辺りの印象はだいぶ変わったのでは……とは感じます)、千弥と弥助の関係で、互いの依存度が高すぎるように感じられたのが気になったところではあります。
特に後者は、この先二人がちゃんとした生活を営めるのか少々不安になるほどだったのですが……それはまあ、二人の問題ということで良しとしましょう。
何はともあれ、既に本作はシリーズ化が決定しているとのこと。弥助がこの先、妖怪たちといかに関わり、彼らと、そして外部の世界と――そこには妖怪たち以外の人間も含まれていくことでしょう――絆を作っていくことになるのか。
妖怪時代小説ファンとして、新たなシリーズの登場を喜んでいるところであります。
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