鳴神響一『影の火盗犯科帳 1 七つの送り火』 火盗にして忍者の捕物帳開幕!
ある夜、卒塔婆に縛り付けられ、周囲に七つの送り火が燃やされた娘の亡骸に遭遇した甲賀忍者の末裔である旗本・山岡景之。折しも火付盗賊改方頭に任命された彼は、家中で忍術に長けた者で構成された「影火盗組」に探索を命じる。しかし姿なき魔手は次々と娘を襲い、奇怪な事件が続く……
先日文庫化された異色の忍者ロマン『私が愛したサムライの娘』、海洋冒険伝奇『鬼船の城塞』と、伝奇時代小説ファン好みの作品を送り出してきた鳴神響一初の文庫書き下ろし作品であります。
題材となるのは火付盗賊改方――文庫書き下ろし時代小説では定番の職業の一つであり、本作は広い意味でいわゆる「捕物帳」と呼んでよいかと思います。
が、定番ということはそれだけそれを扱う作品が多く、つまりはライバルも多いということであります。そして何よりも、このジャンルにおいて、作者の大きな魅力である伝奇性とスケールの大きさを活かすことができるのか? ……しかし、そんな不安感は、本作においては不要でありました。
何しろ主人公の山岡景之は――鬼勘解由こと中山直守の約70年後、鬼平こと長谷川宣以の約30年前に――実在した火付盗賊改方頭でありつつも、甲賀忍者伴氏の末裔。そして今なお家臣に忍術使いを集めた彼は、裏の火盗として、影火盗組なる一団を編成、使役しているのです。
もちろん忍者の末裔である=忍者であるとは実際には言い難いのは百も承知ではあります。しかしそこにロマンを見出すのは作家の仕事。そもそも甲賀忍者の末裔である火盗改方頭という存在を見出し、主人公に設定した時点で、慧眼と言うべきでしょう。
しかし、そんな景之と配下たちが挑む事件が通り一遍のものでは台無しなのですが、本作はその点もぬかりなし、であります。
偶然にも火盗拝命前夜の景之が遭遇した、卒塔婆に縛り付けられた茶屋娘の死体。卒塔婆には梵字が刻まれ、周囲に七つの送り火のような火が焚かれるという奇怪な道具立てのこの死体を皮切りに、次々と血祭りに上げられる茶屋娘たち。
別々の場所で発見されるたびにかがり火が一つずつ減り、そして卒塔婆にも異なる梵字が刻まれたこの事件にいかなる意味があるのか……影火盗組と火盗改方たちの必死の捜査の末に浮かび上がるのは、意外な敵の正体と陰謀の存在なのです。
というわけで、文庫書き下ろしという新フィールドでも安定した実力を見せてくれた作者ですが、少々手堅すぎる内容に物足りなさを感じなくもありません。
青年時代に荒れた過去を持ちながらも今は旗本として、そして良き夫・父として活躍する景之をはじめ、登場するキャラクターたちが、ある意味「いかにも」な印象と申しましょうか……
これはもちろん、そのイメージに敢えて乗せている部分があるのだろうと思いますが、設定・物語の意外性とはいささか噛み合わせが悪いように感じられるのです。
この辺りのバランス取りはもちろん非常に難しいところであり、むしろ私の言っていることの方が無茶なのは承知の上ですが、やはり作者のファンとしては、よりスケールの大きな、より波乱に富んだ作品を! と期待するところはあります。
などと言いつつも、クライマックスで景之が見せる行動、「天下」のために踏みつけにされる人々の怒りと悲しみを代弁する痛快な一幕には思わず痺れたのは事実であり、なるほどこの人物なればこそ……と感じられたのも間違いありません。
だとすれば――火盗改の使命と忍びの力を持ち、そして民のための正義を心に抱くニューヒーローの活躍を、これからも期待するほかないのであります。
『影の火盗犯科帳 1 七つの送り火』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
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