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2016.05.31

高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

 これまでに五巻が刊行されている作者の人気シリーズの第一弾であります。幕末の動乱の中、「広目屋」――今でいう広告代理店に集う一癖も二癖もある男たちの中でも一際切れ者・香冶完四郎が、江戸を騒がす様々な噂や怪事件の謎を鮮やかに解き明かす連作短編集です。

 物語の舞台となるのは、藤由こと藤岡屋由蔵が営む古本屋……とくれば、江戸文化に詳しい方はニヤリとされるでしょう。江戸中の噂をかき集め、それを様々な人間に売って稼いでいたという人物であります。
 その稼業柄、いわゆる情報屋として描かれることが多い藤由ですが、本作で描かれるのは、単に噂の売り買いだけでなく、情報を武器に様々なイベントをプロデュースする、広告代理店としての性格を強調しているのが、何とも面白いのです。

 さて、本作のタイトルロールである完四郎は、そんな藤由でごろごろしている居候。元は旗本の次男坊、伯父は奥右筆組頭という名門で剣をとっては千葉周作道場の目録の腕前ながら、今は家を飛び出し、竹光を腰に呑気に暮らしている青年であります。
 この完四郎の特技と申しましょうか、剣術に負けず劣らず優れているのは推理力。藤由が嗅ぎつけてきた様々な江戸の噂の裏に潜むものを見抜いては、時に金儲けに、時に人助けに、時に悪人退治にと活躍するのが、本作の基本パターンなのです。

 そしてそんな完四郎の相棒となるのが、若き日の仮名垣魯文というのがまた面白い。筆は冴えているものの、名前がまだ売れてはいない魯文は、やはり藤由の居候として、同じ身分の完四郎の相棒として奔走するという趣向です。
 さらに浮世絵師の一恵斎芳幾(落合芳幾)や、予言能力を持つ超能力少女のお映など、虚実入り乱れた登場人物たちも賑やかな物語であります。

 さて、そんな本作は、先に述べたとおり連作短編集。全部で十二編の短編が収録されていますが、挿し絵代わりに歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」から各話二枚ずつ使っているのは、いかにもこの作者らしい優れた趣向でありましょう。

 しかしもちろん、何よりも優れているのはその内容であることは言うまでもありません。十二編ということで、一編当たりの分量はさほどでもないのですが、その中で広目屋の活動に中心となる謎の配置、キャラのやりとりや江戸情緒の描写、そして完四郎の快刀乱麻を断つ謎解きをテンポよく配置しているのは、練達の技という印象です。

 そして謎の方も、いわゆる日常の謎から、怪談めいた事件の正体暴き、さらには謎がどこにあるのかすらわからないエピソードなど、実にバラエティーに富んでおります。
 その中から一つ、特に印象に残ったものを挙げるとすれば、『花火絵師』でしょうか。

 『花火絵師』は、超能力少女のお映が川開きの花火を背景に浮世絵師が自害するビジョンを見たのを回避させるため、完四郎たちが奔走するという変化球の作品。
 自分が絵に描いたものをモデルとした花火が打ち上がるという、得意の絶頂の瞬間に浮世絵師は何故死を選ぶのか、そして決して外れないお映の予言を覆すことができるのか……明かされた真相の意外さと、それを受け止める江戸っ子の人情が素晴らしいエピソードであります。


 しかし、そんな本作も、『目覚まし鯰』『大江戸大変』のラスト二話において大きく趣を変えることになります。いうのも、ここで完四郎たちが挑むのは、大地震――お映が視た江戸全域を地獄に変える地震、後にいう安政の大地震なのですから。

 地震が起きるのを止めることはできない。しかしそれでも、運命を変え、死ぬべき者を救うことができるのではないか。そして、せめて被災した人々を救い、被害を最小限に抑えることができるのではないか?
 それは、竜車に向かう蟷螂の斧と言うべき企てかもしれません。どれだけ腕が立とうと、頭が切れようと、所詮は一人の人間の力なのですから……

 いえ、本当にそうでしょうか? これまで物語で描いてきたもの、広目屋の力は、単に人を騒がせ、金を儲けることしかできぬものなのでしょうか? その答えを、人の、人々の見えざる力を描き出す最終話は、今なお地震の後遺症に悩まされる我々にとっても、一つの希望として感じられます。


 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべき物語を描きつつも、本作に現代の我々にも届く希望を描く……何とも心憎い作品であります。


『完四郎広目手控』(高橋克彦 集英社文庫) Amazon
完四郎広目手控 (集英社文庫)

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2016.05.30

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 七 邂逅の紅蓮』 嵐の前の静けさからの大爆発

 いよいよ物語もクライマックスに突入した感のある『素浪人半四郎百鬼夜行』の第7弾、通算第8冊目であります。田沼意次と松平定信、二人の権力者の間の暗闘に巻き込まれた末、聊異斎や捨吉と離ればなれとなった半四郎。しかし江戸で、そして浅間山麓で彼らそれぞれに怪異が迫り、そして……

 吉宗に仕えた父がかつて目撃したという大秘事を胸に秘めてきた最高権力者・田沼意次。その意次を激しく敵視し、「服部半蔵」率いる怪忍者を暗躍させる松平定信。
 江戸に続発する怪異を追う中、半四郎たちは、この二大権力者の間に挟まれる形となり、その果てに刺客の襲撃を受けた聊異斎は、捨吉を連れて江戸を捨てることになった……というのが第一部の結末でした。

 そして一人残された半四郎に近づくのは、田沼家の者たち。聊異斎と関わりのある半四郎を取り込まんとする彼らに対し、既に世俗の冥利には興味を持たぬ半四郎は、半ば黙殺するような態度をとってきたのですが……本作の第一話「黒旋風」において、彼は田沼家から思わぬ依頼を受けることとなります。

 葬儀が行われる寺に運ばれる途中、棺の中から忽然と姿を消し、そして田沼家の屋敷の周囲で発見された死体。二度も続いたその怪事の解決を、半四郎は依頼されたのであります。
 聊異斎らの助けは得られない状況で、ただ一人調査を始めた半四郎。その中で彼がたどり着いた意外な真相とは……

 そして、浅間山麓に姿を現した聊異斎と捨吉が村人たちに受け入れられるまでを描く掌編「膏盲虫」を挟んで、本作の後半に収録された第三話「山鬼」、第四話「包囲の網」では、一気に物語が動き出すことになります。

 噴火が始まった浅間山麓に出没する、謎の魔物・山鬼。幼子のような姿ながら野生の獣を屠り、喰らう山鬼の出現に村人たちが恐れおののく中、ある予感を胸に、聊異斎は一時の平穏を捨て、捨吉とともに山中に分け入っていくのでした。

 そして山鬼狩りを口実に、その権力を背景に、浅間山周囲の諸大名を動かして山狩りを仕掛ける意次。半蔵配下の忍びからそれを知らされた危険を省みず聊異斎に合流した半四郎の前に田沼家に雇われた異能の怪人たちが迫るのであります。


 第一部完結の際に離ればなれになって以来、久しぶりに半四郎と聊異斎、捨吉が再会することとなった本作。しかしむしろ全体から受けるイメージは、嵐の前の静けさといったところでしょうか。

 前作で語られた衝撃の事実(特に聊異斎と捨吉の出自には驚かされました)の数々を受けて展開する物語は、確かに大きく動き始めたのですが、しかしまだまだ謎の部分が多く、どこに向かうかが見えないというのが正直なところではあります。
 これまで本シリーズの中心となってきた怪異退治のエピソードの比率がかなり低いこともあり、比較的静かに展開していった印象があるのです。

 が、それもラスト前まで。クライマックスでは、これまで抑えに抑えられてきたものが文字通り大爆発、そして半四郎は、かつてない強敵を迎えることとなります。
 その強敵とは、田沼家に雇われた剣士・涸沼源二郎。かつて半四郎に倒された邪剣の持ち主・桟崎の知人というこの男もまた、人斬りを生業とする凶剣士であります。

 初登場した第一話では半四郎サイドで一筋縄ではいかないキャラクターを見せた彼が、クライマックスではついにその凶刃を半四郎に向けるのですが……いやはや、まさかここでこんなものが描かれるとは! と、この先の展開にはただただ仰天させられました。

 こればっかりは詳しく述べるわけにはいかないのですが、これまでのシリーズが、登場する怪異それぞれに創意工夫を凝らし、他の作品では見られないようなものを描き出していたのに並ぶものがあるとでも申しましょうか……いやこれは必見であります。


 そしてある意味それ以上に驚かされたのは、ラストで半四郎を待つ運命なのですが……シリーズ最大の危機とも言うべき状況で、彼に何ができるのか、そして彼は何を選ぶのか。そして江戸で待つ仲間たちとの再会はあるのか?

 ついに吹き荒れ始めた嵐の中で物語がどこに向かうのか、それは全くわかりません。ただできるのは、その行く先を必死に追うのみ……そしてもちろんそれは我々にとっても望むところなのであります。


『素浪人半四郎百鬼夜行 七 邂逅の紅蓮』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(七) 邂逅の紅蓮 (講談社文庫)


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2016.05.29

山口貴由『衛府の七忍』第2巻 第四の怨身忍者、その名は……

 『シグルイ』の山口貴由が描く新たな残酷時代劇、待望の第二巻であります。徳川家康による天下統一が成り、家康の「覇府」の威光が力と恐怖で人々を覆っていた時代にまつろわぬ者たちを守る七人の怨身忍者の物語も順調に進み、この巻では第四の怨身忍者が登場するのですが、しかしその名は……

 己の威光に従わぬ者、すなわちまつろわぬ者たちを滅ぼすため、容赦なく天魔外道の所業を繰り広げる徳川配下の者たち。
 真田家ゆかりの少女・伊織を匿ったことから一族を皆殺しとされ、自らも惨殺された化外の民・葉隠谷のカクゴは、しかし死後の安楽に背を向け、怨念を背負って戦う怨身忍者・零鬼に変貌、外道たちを叩き潰したのであります。

 そしてこの巻でまず描かれるのは、彼に続く第二、第三の大残酷に晒された者たちであります。

 二番目に登場するのは、忘八・動地一家の憐。板倉宿で風呂屋を営む彼は、訳アリの美女・銀狐に一目惚れし結ばれるのですが、実は彼女は大坂落城直前に秀頼の子種を受けていた奥女中の一人。
 彼女らを捕らえるべく、容赦なく孕み女狩りを繰り広げる城の侍に対し、その助命嘆願に向かった憐は、捕らえられ、無惨にも釜茹での刑に……

 そして三番目に登場するのは(おそらくは)蝦夷の少女・六花であります。両親を亡くし、奥羽の山中から里に下りてきた彼女が出会ったのは、阿修羅丸を名乗る巨漢でした。
 浪人たちが集う相撲大会に参加し、幕府が送り込んだ刺客力士を粉砕、萎えかけていた浪人たちの心に火をつけてみせた阿修羅丸。実は大坂方の武士だったという彼を気にいった六花は、彼を山に連れて帰るのですが、しかし徳川の威信を守らんとする者の魔手が迫り……

 こうして山の民と豊臣の遺臣に続き、この巻で描かれるまつろわぬ者たちは、忘八と遊女たち、そして蝦夷と浪人たち。彼ら彼女らもまた、覇者たる徳川の威光を背負った者たちに無惨にも叩き潰され、打ち捨てられることとなります。

 そして誕生するのは、第二の怨身忍者・震鬼と、第三の怨身忍者・雪鬼――それぞれの背負ったものを自らの武器とし、己と己の近しき者たちへの仕打ちを外道たちに叩き返す様は、痛快というほかありません。

 また第一巻同様、本作がどれほどの無惨絵巻を描こうとも、どこか野放図な明るさが漂っているのは、こうした抑圧されにされた末に大爆発するまつろわぬ者たちを描くという構造だけでなく、『シグルイ』以降抑えぎみだった、ギャグスレスレのテンションの高さを完全に解禁したところによるでしょう。

 そしてこのテンションの高さは、「熱さ」に繋がっていくこととなります。例えば阿修羅丸……一見恐ろしげな風貌の彼の口から語られる、相撲に対する言葉の数々は、この殺伐たる物語において、実に熱く、そして爽やかに響くのであります。

 そしてその彼のモチーフとなっているのが、『シグルイ』で怪物ぶりを発揮した牛股師範というスターシステムもまた楽しいのですが……この巻の後半では、とてつもないスターが登場することとなります。


(表紙を見ればそれは瞭然ですが)その名は現人鬼・波裸羅(はらら)……そう、『覚悟のススメ』においては主人公・覚悟の兄にして最強の敵となった怨念の魔人であります。

 怨身忍者たちのモチーフである『エクゾスカル零』の七人のエクゾスカル戦士の中に散が含まれていたことから、いずれ登場するものとは予想できたものの、やはりラストに登場かと思いきや……
 しかもこの波裸羅、数々の暴虐の果てに、徳川方についてカクゴと伊織を狙うという、完全に敵役なのであります。

 そもそも、これまで登場した怨身忍者たちは、自らもまつろわぬ者であり、そしてまたまつろわぬ者たちの怨念を背負う者が、怨みを呑んで死んだ末に変身したものでありました。
 しかし波裸羅においては(少なくとも現時点では)背負う者はなく、そして自らも特異な体を持つものの、それがまつろわぬ者と言えるかもわかりません。そして何より、生まれし日より怨身完了しているのですが――

 しかしこの規格外ぶりが、いかにもこの方らしく、とにかくよし! と言うべきでしょうか。果たして因縁の(?)カクゴの間に何が起きるかも含めて、これまで以上に目の離せない快作であります。


『衛府の七忍』第2巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍(2)(チャンピオンREDコミックス)


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2016.05.28

『仮面の忍者赤影』 第23話「地獄の魔老女」

 いかるがの里を求めて剣山中を行く赤影一行。その途中、卍党から抜けようとする魔老女が追われているのを見つけた赤影は、白影や青影の疑いの目にも構わず彼女を助け出す。赤影に感謝して、幻妖斎といかるが一族の取り引きが修験堂で行われると語る魔老女。修験堂に向かった一行を待つものは……

 まだまだ続くサタンの鐘争奪戦。しかし壮絶な争奪戦の予算を語るナレーションとは裏腹に、のんびりと楽しそうに食事中の赤影一行から今回は始まります。なりゆきから、水が苦手だという青影を物(四次元合切袋)で釣って水遁の術を修行させようとする白影ですが、その時ただならぬ気配が(ここで、青影が次代の飛騨忍者を背負う存在であるとさらりと語られているのが面白い)。

 偵察に向かった白影が見つけたのは、下忍たちに追われる魔老女の姿。戦いに嫌気がさした魔老女は、卍党を抜けることを決意したのですが……得意の妖術も、上空から黒道士に杖を取りあげられ、残るは無力なお婆さんであります。
 幻妖斎は、裏切り者は許さぬ、しかし殺さず痛めつけようというブラック上忍精神から、黒道士に「甲賀責め」を指示。爪先立ちになるくらいの高さで吊り下げて鞭打つという、微妙に本格的な拷問に魔老女もたまらず気絶してしまうのでした。

 それを見届けて戻った白影の報告に、しかし赤影はどうして救ってやらなかった、と心底怪訝そうなリアクション。いやいやそれは当たり前でしょう、こういう時は罠の可能性が半分くらいはあるし……
 と、白影や青影ならずとも思ってしまいますが、何故か今回の赤影は妙に頑ななまでに博愛主義者であります。どうしても魔老女を救いに行くという赤影は、不承不承の青影と白影を引き連れて、魔老女を解放するのでした。

 しかしまあ、助け出したとはいえあまりお近づきになりたくない笑顔の魔老女を置いて探索の続きに出ようとする三人ですが、しかし魔老女がその後についてきます。助けてくれた礼にと、この先の役小角の修験堂で、いかるが一族の長老と幻妖斎がサタンの鐘を取り引きするという言葉に、赤影以外はやはり不承不承の態度ながら修験堂に向かう三人。

 一番疑っていた白影が、魔老女が水晶玉で、幻妖斎とどこかで聞いたような声の老人が取り引きする様を見せられて、あっさりと納得してしまうのはどうかと思いますが、その内容を聞いた赤影は単身修験堂の中に……
 が、そこにガスが流れ込み、さらに外で待っていた白影と青影の前には、先ほどの老人――実は黒道士が出現します。どう考えても怪しかったこの展開、やはり魔老女の黄蓋ばりの苦肉の策でありました。

 しかしわかっていたのかいないのか、大して慌てていない上に、魔老女に対して説教までする赤影。そんな彼に対し、杖から大量の雪を噴出して動きを封じる忍法雪固めで襲いかかる魔老女ですが、固められたかに見えた赤影の仮面のビームランプから光線発射!
 形勢逆転に慌てて魔老女が逃げ込んだ水晶玉に、赤影は手投げ弾で攻撃。お堂もろとも吹き飛ばす大爆発に、さしもの不死身の魔老女も、ついに散ったのでありました。

 もちろん自分はしっかり生きていた赤影の登場に黒道士は退散。こうして戦力の逐次投入を繰り返す卍党は、今回も一人の忍者を失ったのでありました。


 伊上勝名物とも言うべきくノ一改心エピソードのバリエーションとも言うべき今回、定番の展開だけに本当に改心したのかも……というスリルもなくはないのですが、しかしやはり赤影の態度が物わかりが良すぎるというか悪すぎるというか、すっきりしないのが残念でありました。
 不死身の魔老女が死んでしまったのは、実は力の源だった水晶玉が破壊されたから……と脳内補完しています。


今回の怪忍者
魔老女

 杖から雪を噴き出して相手を固める雪固め等の妖術を操る齢不明の怪老人。うち続く戦いに嫌気が差して抜けようとするが失敗、拷問を受けていたところを赤影に救われた。しかし全て罠だったが、赤影には術が通じず、水晶玉に逃げ込んだところを爆破されて死ぬ。


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2016.05.27

時海結以『南総里見八犬伝 一 運命の仲間』

 様々なノベライズを中心に活躍中の時海結以による、児童向け『南総里見八犬伝』の第一巻であります。八犬伝には、これまでも様々な児童向けリライトが発表されておりますが、本作は全三巻予定ということもあってか、物語の展開だけでなく、人物描写にもかなり力を入れている印象です。

 『南総里見八犬伝』のリライトと一口に言っても、実は物語の要素の取捨選択で、様々なバリエーションがあります。
 中には原典とは物語展開が大きく異なる作品もあるのですが、伏姫の物語ではなく、信乃の物語から始まることを除けば(少なくとも第一巻の時点では)、本作の物語展開は原典に比較的忠実な内容と言えます。

 その一方で原典と異なる……というより踏み出しているのは、登場人物の心理描写。読本特有の心理描写の薄さを補強するというのは、八犬伝リライトでは定番中の定番なのですが、本作は感情の動きに力を入れている印象があるのです。

 特に本書においてはほぼ主人公である信乃については、原典以上に叔父夫婦をはじめとする周囲に虐められ、艱難に耐える描写が多いのですが、その中で何とか生き抜こうとする、強くあろうとするという彼の想いは実にけなげで、読んでいるこちらの心の方も大いに揺さぶられていくのであります。
(ちなみに本作の村雨丸は、強い心を持たぬ者が抜けば災いをなすという設定のため、その点からも信乃は強くあらねばならないのであります)

 そんな彼が、荘助をはじめ、現八、小文吾、親兵衛、道節といった、まさしく「運命の仲間」と出会い、自分がこの世界に寄る辺なき孤独な存在ではなかったこと、そして自分に為すべきこと、できることがあることを知る展開も、それまでの想いの積み重ねがあるからこそ、大いに盛り上がるのです。

 そして面白いのは、そんな人物描写の掘り下げは、八犬士のみに留まるものではないことです。その代表が、おそらくは本作で最も原典から設定が変わったであろう、山林房八です。

 原典では、小文吾の妹の夫でありながら彼と対立し、お尋ね者である信乃を差し出させようとする憎まれ役と見せておいて、実は……という房八。
 原典では彼の祖父と小文吾の叔父の間に因縁があるのですがそれはオミットされ、代わりに祖父が里見家に仕えており、その縁で彼も八房と八犬士の因縁を知っているという設定に変更されております。

 そんな彼が辿る運命は原典同様なのですが、しかし本作においては、自分が信乃の身代わりとなることで、密かに憧れていた「八犬士」になることができる……と喜んで命を差し出すというアレンジが、何とも泣かせるのであります。
 もっとも、何故かおぬいさんと夫婦ではないので、彼女の巻き添え感は原典以上なのですが……
(また、おぬいが小文吾の姉となっているのですが、これは親兵衛の年齢を引き上げるための措置でしょうか)


 何はともあれ、現代の読者、特に少年少女が読んで面白い作品とするために、残すべきはしっかりと残し、補うべくは巧みに補ったという印象の本作。この辺りのさじ加減は、この作者なればこそと言うべきでしょうか。

 本書に収められているのは、信乃・現八・小文吾が荘助を救出し、道節と出会ったことで五犬士が荒芽山に勢揃いしたものの、管領軍の攻撃の前にちりぢりとなってしまうくだりまで。
 この先、残り2巻でどのような「八犬伝」が描かれることとなるのか。殊に、これまでのリライトではほとんどの場合大幅にリライトされてきた(それはまあ、無理はないのですが)八犬士集結後の物語、関東連合軍戦がどのように描かれるのか、大いに気になるところですが……

 少なくともクオリティの点については心配はないと言い切ってしまってもよいかと思います。


『南総里見八犬伝 一 運命の仲間』(時海結以 講談社青い鳥文庫) Amazon
南総里見八犬伝(一) 運命の仲間 (講談社青い鳥文庫)


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2016.05.26

上田秀人『日雇い浪人生活録 1 金の価値』 二つの世界を結ぶ浪人主人公

 著作100作を超えてなお意気軒昂の上田秀人の新シリーズは、タイトルからしてなかなかに意外であります。その名も『日雇い浪人生活録』……これまでの作者の作品とは異なる印象を受けるタイトルですが、しかし蓋を開けてみればやはり作者ならではの、作者でなければ書けない作品であります。

 本作の主人公は、タイトルのとおり日雇い仕事で口を糊する浪人である諫山左馬介。実は浪人主人公(というかメインキャラ)は、『妾屋昼兵衛女帳面』の大月新左衛門がいますが、物語の開始時点からの浪人、親の代からの浪人というのは彼が初めてであります。

 しかしこのタイトルだけを見れば、文庫書き下ろし時代小説の定番である浪人もの……浪人主人公が、その日常で起きるあれやこれやの事件を解決しながら、周囲の人間たちと貧しくも明るく朗らかに暮らしていく人情活劇のように見えるかも知れません。
 が、この作者の作品が、そうした通り一遍の枠に収まる作品となるわけは、もちろんないのであります。

 さてその左馬介、馴染みの棟梁の紹介で、江戸屈指の両替商・分銅屋仁左衛門が買った空き店の片付けをすることとなるのですが、そこで何やら不審な帳面を見つけます。
 根が几帳面な左馬介は、その帳面をすぐに仁左衛門に手渡すのですが、その直後から二人の周囲には、ならず者や謎の黒装束など、いずれも帳面を狙う者たちが出没するようになるのであります。

 一方、死を目前とした大御所吉宗に呼び出された若き田沼意次は、将軍家重を支え、吉宗の成し得なかった改革を成すよう吉宗から命を下されることとなります。曰く「幕政の中心を米から金にすべて移行せよ」と。
 しかしそれは現行の幕府の制度を根底から揺るがしかねない大改革。手を着けかねていた意次の前に、吉宗の特命を受けていたという御庭番たちが現れるのですが……

 片や、浪人と町人という違いはあれど、共に江戸の市井で暮らす左馬介と仁左衛門。片や、御側御用取次として、江戸城の中枢も中枢で出世の階段を登り始めた意次。
 どう考えても普通では交わるはずのないこの両者が、しかし実に意外な形(本作の中盤以降、それが明かされた時には「あっ」と大いに驚かされました)で交わった時、本作の物語が本当に始まるのであります。


 この両者がどのように交わることとなるのか、そして果たしてどこに向かって物語が進んでいくかは――特に後者はまだ本格的な物語のスタートがこれからということもあり――ここでは触れません。
 しかしこの意外性満点の物語の中で、主人公が浪人、それも日々の生活に汲々としているいわゆる痩せ浪人であることは、大きな意味があることでしょう。

 何しろ、本作の物語の中で描かれるはずのものは、江戸城内の、雲の上の権力闘争などではなく、下々の町人全てを含めた人々の暮らしを変えかねない社会変革。
 そこに主人公として割って入る(というか押し込まれる)には、この第一巻のタイトルのとおり「金の価値」を嫌と言うほど良く知っている者でなければならないのです。

 そしてさらに言えば、そんな物語において、武士でありながらも主を持たず――すなわち禄を与えられず、町人たちに入り交じって暮らす浪人という存在は、二つの世界を結ぶ存在としても、まさにうってつけではなのであります。

 もちろんそんな構図を抜きにしても、左馬介の、格別格好良くも有能でもない(もちろん盆暗でもない)、しかしそれなりに世知に長け、そして時に意外な鋭さを見せるキャラクターというのは実に面白い。
 特に、意次と対面した場面で、思わぬところから彼の本質を見抜くくだりは、これまでにない意次観であったこともあり、鳥肌ものでありました。


 というわけで、開幕早々、他の作品にはないユニークさを随所で発揮してみせた本作。この先、物語がどこに向かうのか、そしてそこで二つの世界を知る男・左馬介の戦いはどのように繰り広げられるのか?
 何とも気になる物語が始まったものです。


『日雇い浪人生活録 1 金の価値』(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
日雇い浪人生活録(一) 金の価値 (ハルキ文庫 う 9-1 時代小説文庫 日雇い浪人生活録 1)

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2016.05.25

瀬川貴次『暗夜鬼譚 春宵白梅花』の解説を担当しました

 久々にお仕事の報告です。集英社文庫から20日に発売されました瀬川貴次『暗夜鬼譚 春宵白梅花』の解説を担当させていただきました。『ばけもの好む中将』『鬼舞』など、平安ものを中心に活躍してきた名手の、その原典とも言うべきシリーズ第一弾の復刊であります。

 『暗夜鬼譚』シリーズの第一弾である本作が集英社スーパーファンタジー文庫から刊行されたのは、実に今から22年前の1994年。これはいずれお話しするかもしれませんが、この時期は前年から始まった陰陽師ものの最初のブームの真っ只中でありました(ちなみに二回目はその10年ほど後の2001年から)。

 すなわち、現在では平安もののサブジャンルとして成立している陰陽師ものの中でも、かなり初期に発表された作品であり、そして『暗夜鬼譚』は、これ以降全23巻に渡って展開された、大ヒットシリーズなのです。
 そして先に述べたように『ばけもの好む中将』の……そして色々な意味でより直接的には『鬼舞』の、原点とも言うべきシリーズでもあるのです。


 さて、そんな本作の主人公は、都に出てきたての少年貴族・夏樹。彼はある春の晩、宮中でこの世の者とも思えぬ美少年、そして世にも恐ろしい形相の馬頭の鬼と出くわしてしまいます。その晩は何とか収まったものの、翌朝には喉を食いちぎられた女房の死体が発見され、大騒動に発展してしまうのでありました。

 さらに宿直していた夏樹の前にも新たな怪異が現れるに至り、彼はこの騒動を収めることができるかもしれないただ一人の人物を頼ることを決意します。
 そう、それこそはあの晩の美少年、賀茂の権博士の下で修行中の陰陽生・一条だったのです……


 というわけで夏樹と一条、対照的な二人の少年が怪異に挑む本作については、是非直にお手に取っていただきたいのですが、解説を書き出すまでには、なかなか緊張いたしました。
 先に述べたとおり、本作はかつてのの大ヒットシリーズ。今に至るまで多くのファンを抱えている……というより、僕自身がそのファンなわけで、公私にわたり(?)大いにプレッシャーを感じた次第です。

 さらに言えば本作は、冒頭に述べたとおり20年以上前の作品。僕が読んだのはそれよりも後ですが、しかし当時楽しんだ作品を今読んでみて、果たしていまも楽しめるのか。
 そして今で言うライトノベルレーベルから刊行された作品を、一般レーベルの読者が読んだ時にどのように感じるのか?

 そういった点も初めは気にかかっていたのですが……いや、書き始めてみたらかつての自分といまの自分、両方の自分を踏まえて実に楽しく書くことができました。
 おそらくは今回の集英社文庫版の読者の中には、僕のように旧版にも親しんできた方も多いと思うのですが、そうした方にもこの解説は共感していただけるのではないかな……と、(自分でいうのも何ですが)万事控えめな僕としても思っているところです。


 さて、そんな自分語りはさておき、本書には、書き下ろしの掌編『暗く豊かな夜に』が収録されています。
 このシリーズ、いやこの作者の作品全体を表したかのような見事なタイトルですが、ここで描かれるのは、一条が子供時代の物語。

 彼がある晩、賀茂忠行の牛車の供をした際に百鬼夜行と行き会って……という内容を聞けば、なるほどあの逸話が題材か、とわかる方にはピンとくることでしょう。
 一条の「正体」については、特にこの『春宵白梅花』の時点ではほとんど明らかにされていないのですが、こちらを読めば察することができるというのは、何とも心憎い趣向です。

 そしてもう一つ、これは小声で書きますが、この作者で百鬼夜行と言えば、もう一つ別の作品を思い浮かべる方もいるかと思います。
 そこであちらの作品と読み比べてみると、非常に興味深い符合がありまして……大いにニンマリできるのではないかな、と思います。
(微妙に差異はあるのですが、それは暗い夜ですから誤差の範囲内ということで)


 何はともあれ、解説云々は抜きにして、時を超えて名作が復活したことを、心から喜びたいと思います。
 そしてまた、シリーズの続巻が今後も刊行されることを、心から期待しているところでもあります。


『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
暗夜鬼譚 春宵白梅花 (集英社文庫 せ 5-7)

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2016.05.24

重野なおき『真田魂』第1巻 あきらめない心の向かう先は

 『信長の忍び』もアニメ化予定と絶好調の重野なおきの戦国四コマ漫画の最新作は、いままさに話題の真田一族……真田幸隆に始まり、昌幸、信幸、信繁(幸村)に至る真田一族の奮闘が、お馴染みの、親しみやすくも確かな視点を持った歴史ものとして、描かれていくことになります。

 真田というと、これまではどうしても幸村の印象が強くあるわけですが、史実を見てみれば、歴史により名を残しているのはその父・昌幸の方だと言えるでしょう。
 この第1巻においても、主人公格として物語の中心に存在するのは、昌幸であります。

 一度は所領を失いながらも武田家の下で戸石城を「知」で陥落させてみせるなどの活躍を見せた幸隆。
 その子である昌幸は、物事や人間の真実を見抜く目を持つ人物として描かれ、信玄にもその先行きを期待されることとなります。

 しかし三方ヶ原の大勝にもかかわらず、信玄は病に倒れ、後を継いだ勝頼の下で、武田家は大きく揺れることに。
 武田四天王ら信玄の頃から仕えてきた旧臣と、長坂釣閑斎ら勝頼の近臣の間で不協和音が生じる中、懸命に武田家を支えるべく奮闘する昌幸ですが、増長する勝頼は、長篠で織田・徳川連合軍と対峙することに……


 というわけで、この第1巻では武田家家臣であった時代の真田家が描かれるのですが、実はその姿を通じて、かなりのウェイトを以て描かれるのが武田勝頼の存在であります。

 勝頼といえば、長篠での大敗で武田家凋落の原因を作り、ついに武田家を滅ぼした男として、どうしても歴史ものでは悪く描かれがちの人物。
 最近の作品では、そこまで一方的なものは少なくなりましたが、それでもネガティブなイメージは避けられません。

 しかし本作の作者は、これまでの戦国四コマにおいても、ギャグというフィルターを通すことにより、ある程度の客観性をもって、歴史上の人物を描いてきました。
 それは本作の勝頼も同じであります。一度は父と周囲の目に対するコンプレックスから勝ちに逸り、長篠で惨敗、一度は死を覚悟するものの、昌幸をはじめとする家臣たちに支えられ、少しずつ成長していく青年として描かれるのです。


 しかしそんな彼と昌幸の主従をもってしても留められないのは時代の流れ。よかれとして行った政策が裏目に出た結果、櫛の歯が抜けていくように力を弱めた武田家は、ついに信長軍の総攻撃の前に……
 と、この巻では、天目山の合戦の直前まで、勝頼にとって(そして真田家にとっても)運命を分けることとなった、岩櫃城と岩殿城の選択が描かれる辺りまでが収められています。

 しかしここで驚かされるのは、それまで典型的な奸臣として描かれてきた長坂釣閑斎の行動であります。さしもの作者にとっても、釣閑斎ばかりはネガティブにしか書けないかと思いきや、この選択の際に彼がとった行動は、まさかまさかの……
 これは是非ご自分の目で確かめていただきたいのですが、この史実をここでこう使うか! と感心&感動するほかない、見事な解釈なのであります。


 さて、この第1巻で描かれる昌幸は、あくまでも武田の忠臣であり、後に彼のキャッチフレーズ(?)となった「表裏比興」とは無縁の人物と感じられます。

 そんな彼が、いかにして後世に知られる真田昌幸となるのか……そのヒントとなるのは、作中で幾度となく語られる真田魂、あきらめない心でありましょう。

 その真田魂によって、昌幸のどこが変わっていくのか、どこが変わらぬまま残るのか。そしてその魂が、どのように受け継がれていくのか……真田ファンとして、重野四コマファンとして、楽しみになろうともいうものです。


『真田魂』(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
真田魂 1 (ジェッツコミックス)

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2016.05.23

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 毎年書いているような気がしますが、楽しかったゴールデンウィークも終わり、愕然としている毎日であります。6月は祝日が一日もないという信じられない月ですが、頼みの綱は日々の潤いとなる楽しい時代伝奇もの。ということで、6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まず文庫で注目度最大なのは、何といっても柴田錬三郎『真田十勇士 1 運命の星が生れた』。柴錬で真田十勇士というと、柴錬立川文庫のことかと思いますが、サブタイトルからして本作は、NHK人形劇版のノベライズでありましょう。
 全5巻でNHK出版から刊行されていた本作、『柴錬立川文庫』をはじめとして、様々な柴錬戦国ものの登場人物や要素をクロスオーバーさせたファン垂涎の作品だけに、今回の復刊は欣快の至りというほかありません。

 また、シリーズものの新刊としては鳴神響一『影の火盗犯科帳』の第2巻が早くも登場。第2巻といえば、仁木英之『神仙の祈り 僕僕先生 零』と伊藤ヒロ&峰守ひろかず『S20‐2/戦後トウキョウ退魔録』も楽しみなところです。
 また、快調に巻を重ねる上田秀人『百万石の留守居役 7 貸借』ももちろん要チェックでしょう。

 もう一点、内容は不明ですが、丸木文華『カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語』もタイトル的に気になるところです。

 その他、文庫化・復刊としては、宮部みゆき『泣き童子 三島屋変調百物語参之続』、蒲原二郎『真紅の人 新説・真田丸戦記』、三吉眞一郎『翳りの城』、夢枕獏『陰陽師 蒼猴ノ巻』『『陰陽師』のすべて』などがあります。


 漫画の方は少々寂しいのですが、まず真っ先に取りあげるべきは水上悟志『戦国妖狐』第17巻、最終巻。長きに渡る物語の結末が今から楽しみでなりません。

 その他、永尾まる『猫絵十兵衛御伽草紙』第16巻、碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第4巻、森秀樹&半村良『戦国自衛隊』第3巻、北崎拓&あかほり悟『天そぞろ』第4巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第3巻と、シリーズものの最新巻の刊行も快調に進みます。
 新作では一点、塩島れい『ぶっこん 明治不可視議モノ語り』が気になっているところです。


 注目の作品も少なくありませんが、全般的にちょっと寂しい6月であります。



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2016.05.22

『仮面の忍者赤影』 第22話「怪獣変化陣」

 サタンの鐘を持ついかるが一族を求めて四国に向かう赤影たち。しかし船は黒道士たちの襲撃を受け、爆破されてしまう。辛くも生き延びて四国に上陸した赤影たちの宿を襲う左近。巻き込まれた娘が一族ゆかりの者と知った赤影たちは、馬車で剣山に向かうが、その前に次々と敵が立ち塞がる。さらに……

 三つの鐘争奪戦もいよいよ佳境、四国のいかるが一族が持つというサタンの鐘を求め、赤影たちは(最近では珍しく)遍路に扮して四国に渡ろうとします。
 船酔いに悩まされる青影が珍しく弱っている中で、海に落ちた男を助けに飛び込む白影ですが……これが予想通り卍党の罠。下忍たちが水中から一斉に白影に襲いかかる一方で、戦場でも赤影と青影は取り囲まれてしまうのでした。

 が、この程度で仕留められるはずもなく、あっさりと返り討ちにする三人。しかし船頭に化けていた黒道士が正体を表し、騙すのも忍者の技的なことを言いつつ(形や言動の割りに一番忍者っぽいところを見せる黒道士)、空から爆弾を投げつけて船は木っ端みじんに……
 浮上した大まんじから顔を出した幻妖斎は、赤影を吹き飛ばしたとご満悦ですが、もちろん三人は船の破片の裏側に身を隠して無事。何とか四国は鳴門浜にたどり着くのでした。しかし、その様を猩猩左近がしっかりと目撃していたのでした。

 さて、早速探索を始めるも、彼らをもってしても手がかりがつかめないいかるが一族。その晩は(忍び装束のままで)宿で休もうとしたところで、闇を切り裂く怪しい悲鳴。誰だ! とばかりに飛び出す白影ですが、姿なき敵が周囲から攻撃を仕掛ける左近の甲賀変化陣に翻弄されるのでした。
 そしてその間に赤影を左近が襲撃。辛うじて撃退した赤影たちは、そこに倒れた娘を見つけます。彼女はなんと剣山にあるといういかるがの里の出身、薬を持って急いで里に帰らなければという彼女に、赤影は渡りに船と同行を申し出るのでした。

 翌朝、馬車を取り付けた馬のところで待つ一行に、意味もなく参上シーンのエフェクトで颯爽と現れた赤影は、一路剣山へ……が、ほどなくして空から襲いかかってきたのは黒道士。空中戦であればこれまでの因縁もある自分の出番と忍凧を放った白影は、黒道士の攻撃を巧みに躱すと手甲銃の連打で黒道士を見事撃退いたします。
 一方、馬車の方にも卍党下忍が登場。わずかの人数だったこともあり、その場に残った青影がポコポコ殴ってあっさり片は付いたのですが――むしろ本命はこの後。馬車を走らせる赤影と娘を、何人もの下忍が襲います。あまりの激しい襲撃に、娘さんは大丈夫か心配になるところですが――

 再び合流した三人の前に現れた娘。その真の姿は――怪獣針紋鬼こと猩猩左近! 確かに色々とタイミングは良すぎましたが、それはこの作品だし、何よりもかなり可愛かっただけにまさか……と思いきや、よりによって文字通りの狒狒親爺だったとは!

 しかしいきなり三人に取り囲まれた左近はわたわたとするばかり。まさか初登場時に見せた数々の技も見せずに倒されるのかと心配になりましたが、針付きの鉄球爆弾で木をへし折って青影を埋めてしまったのを皮切りに、自らの身を球に変えての体当たり、鉄針攻撃とフルコースであります。

 が、木の枝の下から這いだした青影が、得意の鎖で左近を捕まえたのが運の尽き。赤影白影にも手足に鎖をかけられて捕らえられた左近は、近くに赤影をおびき寄せようとするも果たせず、自爆して果てたのでした。そして赤影たちは剣山へ――


 登場順に退場している感のあるうつぼ忍群今回の犠牲者は左近。もったりした見かけによらず、様々な術を繰り出しましたが、三人がかりに勝てるはずもなく、忍者らしく自爆。そこに至るまでの馬車チェイスもなかなかの迫力の今回でした。


今回の怪忍者
猩猩左近

 全身を銀色の針に覆われた針紋鬼と化す忍者。自らの体を巨大な球にしての体当たり、鉄球爆弾や針飛ばしのほか、気配を操り敵を翻弄する変化陣を操る。いかるがの里の娘に化けて赤影に接近するが、全ての攻撃を退けられたうえ鎖で捕らえられ、自爆して果てた。


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2016.05.21

菊地秀行『ウエスタン忍風帳』 二つの「西部」を行く男たち

 自作のネタ集めのために西部辺境を訪れた流行作家ネッド・バントライン。そこで彼は超人的な技を操る忍者・シノビと出会い、取材を申し込む。掟を破り仲間を殺めて逃げた抜け忍たちを追って海を越えてきたというシノビと共に旅するバントラインの前に、次々と恐るべき者たちが現れる……

 菊地秀行の西部劇愛は、ファンであればとっくにご承知かと思いますが、ついにその手になる西部劇小説が登場しました。本作の主人公の一人は、遙か日本から海を越えてきた忍者・シノビ。大西部を舞台に、忍者が大暴れを繰り広げる、いかにも作者らしいユニークな物語であります。

 と、このシノビという名前と、大西部を行く忍者という設定には見覚えがあるという方もいるかと思います。実はシノビというキャラクターは、作者が同じ創土社から発表した『邪神決闘伝』の登場人物であります。
 しかし本作は続編というわけではなく、あくまでも独立した物語。シノビのキャラクターを気に入った作者による、新たな物語なのです。

 そしてシノビとともに本作の主人公を務めるのはネッド・バントライン。19世紀の西部開拓時代のアメリカを舞台に活躍したダイムノベル(大衆小説)作家であり、作中で自らが語るように、バッファロー・ビルら西部の英雄の売り出しに一役買った人物であります。
(しかし西部劇ファン的には、この世にわずか5丁しかない、かのワイアット・アープも手にしたという(あくまでも「伝説」のようですが)バントライン・スペシャルにその名を残すと言った方がいいかもしれません)

 実は本作の語り手となるのは、このバントラインのほう。あくまでも常人である彼の目から、大西部の風物と、何よりもシノビたち東洋の驚異が、ケレン味たっぷりに描かれることになります。

 そもそも、シノビが海を越えてはるばる日本からやって来たのは、文明開化の世となり、これまで密かに磨いてきた超絶の技を捨てることに反発し、外道に身を落としたかつての同門五人を制裁するため。
 バントラインに出会う直前に一人倒したものの、まだ残るは四人。かくて、シノビとバントラインの珍道中、いや死闘旅が繰り広げられるのであります。

 そして本作で二人が旅する西部は、パラレルワールドでも邪神が跋扈するわけでもない、言ってみれば「普通」の西部。しかしも、この作者の「普通」が、我々のいう普通とは大いに異なることは言うまでもありません。
 シノビたち日本から来た忍者たちや、自らの分身に悩まされる美女、奇怪な術を操る土俗の妖術師……そんな、普通の西部劇では滅多にお目にかかれない連中が、本作の西部にはウヨウヨとしているのであります。
(そしてもちろん、ドク・ホリディやビリー・ザ・キッドたちも!)

 これはもう作者の独壇場、バントラインの軽妙な語り(語りの内容に対する謎のツッコミに「誰だ、お前?」と答えるのが可笑しい)もいい。それに加えて、彼の手になる(という設定の)大仰極まりないウソ西部小説が時折挿入されるのもまた楽しいのであります。

 この辺り、シノビが寡黙かつ神出鬼没なこともあり、バントラインの存在感が本作では非常に大きいのですが――考えてみればバントラインという男は、小説という形で「現実」の西部と、「物語」の西部の間に立って生きてきた男。
 そんな彼が語り手になるというのは、そのまま「西部劇」というジャンルにおけるこの二つの西部の構造を凝縮したように感じられて(さらに言えば、上述のとおり「物語」の「物語」などというややこしい要素もあるわけで)何とも興味深いところです。


 そんなわけで、物語の内容だけでなく、現実と虚構の在り方についても考えさせられてしまう本作なのですが……いただけないところが一つというか何というか。
 正直に申しあげれば、小説としての瑕疵が色々と目につくのであります。

 誤記誤植はまあいいとして(本当は良くない)、章題と内容がほとんど合わないのはいかがなものかと思いますし、何よりも倒した敵の人数と残りの敵の人数が合わないのは、これはこの手の物語としてかなり痛いのではないかと思います。
(直前に倒した相手が生きているということになっていたのには、相当に混乱しました)

 現実を描くのと同様、いやそれ以上に虚構を描くにも正しさ、確からしさというものは必要なわけで……この辺りは本当に残念としか言いようがないところであります。


『ウエスタン忍風帳』(菊地秀行 創土社) Amazon
ウエスタン忍風帳


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2016.05.20

富樫倫太郎『妖説源氏物語』壱 光源氏の血を引く者たちの魔界行

 まさしく国民文学と言うべき『源氏物語』は、成立以降も様々な形でバリエーションを生んできました。歴史時代小説のジャンルにおいてもそれは様々に存在するのですが、本作はその中でも異色の作品。光源氏既に亡き時代に、その子・薫中将と、その孫・匂宮が魔物たちと対峙する連作集であります。

 光源氏と女三の宮の間に生まれ、生まれつき体から芳しい香りを放つ薫の君(薫中将)。今上帝と光源氏の娘・明石中宮の間に生まれ、薫の君への対抗心から衣に薫物を焚き染めている匂宮。
 薫の君は生真面目で物静か、匂宮は奔放で享楽的と正反対の性格ながら、ともに光源氏の血を引き見目麗しい、当代きっての貴公子と呼ばれる二人であります。

 本作がまずユニークなのは、源氏物語を題材としつつも、光源氏ではなく、この二人を主人公としていることでしょう。冒頭に述べたとおり、様々な形で物語の題材となっている原典ですが、そこで扱われるのはやはり光源氏がほとんどなのですから。

 薫の君と匂宮といえば、岡田鯱彦の『薫大将と匂宮』がすぐに浮かびますが、あちらが二人の晩年の姿だとすれば、本作で描かれるのは若き日の二人の姿。宇治十帖の始まりである第45帖「橋姫」の前、第42帖の「匂宮」の辺りから、物語は始まることとなります。


 先に述べたとおり正反対の性格ながら、幼少期を一緒に過ごし、年齢も一歳しか違わぬことから、何かと行動を共にする……というより、匂宮が薫の君を引きずり出す形の二人。本作はそんな二人が、何故か次々と魔物絡みの事件に巻き込まれる様を描きます。

 危篤となった賭け狂いの友人のもとに借金を取り立てに行った匂宮と薫が巻き込まれた恐怖を描く「鯰中納言」
 町中で奇妙な傀儡師に見込まれた匂宮に代わり拐かされた女房を救うために二人が奇怪な屋敷に赴く「行くなの屋敷」
 孤独な少年に自分を投影していた薫が、少年を飲み込んだ魔性の鏡の中に飛び込んでいく「神獣妖変仙人鏡」

 富樫倫太郎といえば、デビュー後しばらくは独自の平安伝奇で活躍していただけに、本作で描かれるのも、ユニークかつどこまでも生臭い空気が漂う世界。
 特に登場する魔物はいずれも可愛げのないおぞましい連中ばかり、あくまでもただの貴公子に過ぎない薫と匂宮は、魔物たちを前に悲鳴を上げるしかないのですが……そこは魔物退治役として、謎めいた少年陰陽師・白鴎が設定されているのはぬかりないところであります。


 さて、上で述べたあらすじを見ればわかるように、本作は、少なくともこの第一巻の時点では、原典のエピソードを特に下敷きにしたものではなく(第一話の中で、匂宮が六条院で賭弓の還饗を催す描写があるのが、ある意味最も原典寄りかもしれません)、独自の物語が展開していきます。

 それではこの設定にする意味は、と思われるかもしれませんが、その点については、登場人物たちの、特に薫の君の人物造形に注目すべきかと思います。
 本作で描かれる薫は、先に述べたとおり恵まれすぎるほどに恵まれたものをもって生まれながらも、若くして仏道に憧れるなど、どこか浮き世離れした人物。
 その根底にあるのは、ほとんど記憶に残っていない父と、自分を生んですぐに仏門に入った母への乾いた想いと、あるいは自分は父の子ではないのではないかという疑念であります。

 そう、この設定は、ほとんど原典そのまま。こうして見るとあまりに現代的な薫の人物造形に驚かされる……というのはともかく、そんな陰翳に富んだ人物像の彼が、魑魅魍魎蠢く魔界に一歩足を踏み入れればどのようなことになるか。
 その辺りは第三話にも顕著でありますが、そこから生まれるものは、本作ならではの、本作でなければ読めぬものであることは間違いありません。


 紫式部が生み出した王朝絵巻と、富樫倫太郎による魔界絵巻、その両者が交わったときどのような化学反応が起きることとなるのか……残る二巻もいずれ取り上げましょう。


『妖説源氏物語』壱(富樫倫太郎 中公文庫) Amazon
妖説 源氏物語 壱 (中公文庫)

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2016.05.19

『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』 第19話「推参なり鐵假面」

 南極の氷の中から発見された三百年前の人間。それは戦国時代にゼスサタン軍団と戦った鐵假面剱士・影胡摩だった。誤解から爾朗を襲撃する胡摩だが、突然攻撃を止めて、最近発見された古墳に向かう。後を追った爾朗たちの前で、古墳に封じられたある存在を復活させようとする胡摩の真意とは……

 諸般の事情でストップしていた『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』紹介ですが、通算第19話の今回の題材は特撮時代劇とくればやらないわけにはいきません。
 今回のゲスト超人は鐵假面剱士……以前、劇中漫画の主人公として登場し、その時に「うわぁ、読みたい!」「この世界の戦国時代・江戸時代も見てみたい!」と思っていたキャラクターであります。

 今回の物語は、その鐵假面剱士こと影胡摩が何故か南極から発見されたことから始まり、彼女を操って宿敵・爾朗を排除しようとする帝告の里見顧問と彼と結ぶ総理大臣の陰謀、それに巻き込まれた爾朗と来人と超人課の呉越同舟、そして思いもよらぬ胡摩の行動……と目まぐるしく展開していくこととなります。

 これまでもちょっと数え切れないくらいのモチーフを以て構築されてきた本作ですが、今回ざっと目に付いただけで「獣面の変身剣士」「強大な力を持つ神に身を捧げる乙女」「西日本を支配する巨大な魔王」「時代劇なのにビームやロケット」「氷の中から発見されるヒーロー」と(最後はちょっと趣が異なりますが)ニヤニヤさせられるものばかり。
 しかしもちろん、これまでと同様に、どこかで見たようなキャラクターや題材を組み合わせたパロディだけに終わらないのが、本作の魅力であり、恐ろしい点であります。


 冒頭で述べたとおり、今回のモチーフとなっているのは、特撮時代劇。それも昭和40年代、特に昭和47年・48年頃に放映された作品でありましょう。

 この時期に特撮時代劇が集中したのは、非常に大まかに言ってしまえば、折りからの変身ヒーローブームと、映画からTVへとその依って立つところを変えつつあった時代劇の幸福な結びつきの産物と言えるでしょう。
 しかしある意味非常に単純明快な足し合わせからスタートしたこのサブジャンルですが、この時代の特撮やTV時代劇がそうであったように、思わぬ化学反応を生み、実にユニークな内容を持つに至った作品もあります。

 その一つが、昭和48年に放映された『風雲ライオン丸』……今回の主なモチーフの一つと思われる作品であります。

 いずれこのブログできちんと全話取りあげる予定ですが、戦国時代を舞台としつつも、ほとんど西部劇的なビジュアルやキャラクターなどの荒唐無稽な部分と並び、その極めて重くドライなストーリー展開が印象に残るこの作品。
 特に、死闘の果てに敵の首領を倒したものの、世に平和が戻ることなく戦乱は続き、主人公は一人笑顔もなく去って行く……という最終回は、今なお語り草であります。

 もちろん、超人百花繚乱だったこの時期において、シビアでハードな物語は皆無ではありませんが、この結末がある種の説得力を持つのは、戦国時代という史実をバックにしているからでありましょう。その意味で、特撮時代劇としての一つの到達点と言ってよい作品かと思います。

 話が遠回りしましたが、影胡摩がかつて味わった想い、そしてそれを引き金とした彼女の暴走とも思える行動は、この作品で描かれたものの延長線上にあると言ってもよいのではないでしょうか。


 本作でこれまで描かれてきたように、単純な正義が失われていく「現代」。それに対し、明確な正義と悪が存在し、正義が悪を滅ぼせば全てのケリがついた「過去」は一種の理想であるかもしれません。
 しかしそれも実は現代の人間からの線引きに過ぎません。そしてその図式は、我々が暮らす平成の時代と、本作のモチーフとなっている時代にも……というより、あらゆる時代を通じて当てはまるものでしょう。

 今回のエピソードは、過去の超人を現代に甦らせるという荒技を使うことによって、過去から現代を、現代からもう一つの現代を俯瞰的に見返したものと言えるでしょう。
 これまで同様、物語を構成する要素の善悪・良否を単純にジャッジするのではなく、同時に徒に相対主義に陥るのでもない、そしてもう一つ、そこに小さくとも一つの希望を見出すという、本作ならではの視点で。

 モチーフとなった作品同様、何処とも知れぬ旅に再び出た影胡摩。しかしあえて善悪の境の定かならざる現代を行くことを決意した彼女の顔に浮かぶものは、決して絶望でも諦めでもなかったと……私はそう感じるのです。


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2016.05.18

六堂葉月『江戸ねこ捜査網』 猫の依頼を受け、猫のために戦う男!

 レーベル名的に猫を題材とした時代小説のような印象もある招き猫文庫ですが、実はそれほど多くないというのが実際のところ。しかし本作は正真正銘の猫伝奇時代小説……かの化け猫騒動で知られる鍋島藩の末裔が、猫たちの依頼を受け、猫たちを助けるために悪と戦う活劇であります。

 鍋島の化け猫騒動といえば、佐賀藩二代藩主・鍋島光茂が、家臣の龍造寺又七郎をささいなことから斬殺。その母も後を追って自害、その血を舐めた飼い猫が、主たちの恨みを晴らさんと夜な夜な光茂を悩ますも、最終的には化け猫は光茂の忠臣・小森半佐衛門に討たれ……という伝承であります。

 この伝承は、江戸時代から歌舞伎・読本・講談と様々なメディアで人口に膾炙し、現代でも数々の怪談映画の題材となり、(さすがに今では言われなくなりましたが)化け猫といえば鍋島、という状態だったのです。

 さて、本作はまさにこの伝承を踏まえての物語。この化け猫騒動から時を経て、鍋島光茂の子孫に当たる鍋島家の美丈夫・通茂が主人公となります。
 この通茂、まだ25歳にも関わらず表の世界の地位を擲ち、子供の頃からの忠臣にして幼なじみである小森新右衛門(同じく化け猫を退治した半佐衛門の子孫に当たります)とともに、江戸で毎日気ままに暮らしています。

 ある事件がきっかけで純白の総白髪となり、人嫌いの変わり者として周囲から知られるようになった通茂。そんな彼が無条件に心を開き、心を通わすのは猫たち……

 いえ、心を通わすというのは喩えではありません。実は通茂は、猫と言葉を、意志を通わす能力持ち。
 人間と違い、裏表のない猫たちを愛する通茂は、その文武の冴えを猫たちを救うために擲ち、新右衛門とともに日夜奔走するのであります。


 という基本設定の本作は、全三話で構成される連作短編集。このスタイルは文庫書き下ろし時代小説では定番中の定番ですが、設定が極め付きにユニークであるため、当然展開する物語もユニークなものばかりとなります。

 子猫を連れ去った(これは不可抗力なのですが……)盗賊退治から始まり、同じ長屋に住む人間にかけられた殺人の濡れ衣晴らし、飼い主の子供の拐かしの探索と、どの事件も猫から持ち込まれた事件ばかり。
 その身分や美貌、文武の冴え目当てにやってくる人間に対しては非常に冷たいのに対し、猫にはベタ甘の通茂が猫を助けるために全身全霊を賭ける――そして結果的に人間も助けてしまう――姿が実に微笑ましいのであります。


 しかし本作は、甘く楽しいばかりの物語ではありません。実は通茂が白髪となり、若隠居となったのは、かつてお家騒動に巻き込まれて毒を盛られたゆえ。
 それまではある理由から辛うじて命は取り留めたものの髪は白く変わり、その異貌を疎まれ、これまで藩主の子として遇してきた周囲も手のひらを返すような態度を見せるに至り、彼は人の世界に背を向けたのです。

 彼が新右衛門ら一部を除き、人間に冷淡な態度を見せ、猫を偏愛するのも、この過去があるゆえ。彼の抱えた深く重い屈託が、本作の底には確かに流れており、それが物語の隠し味として作用しているのです。


 とはいえ――いささか展開を明かすことになってしまい恐縮ですが――彼が自ら背を向けた人間の世界、社会的栄達に心揺れる姿を描く最終話終盤の展開は、彼らしいような、らしくないような、微妙にすっきりしないものを感じさせます。
 もちろんそれも彼の人間味、キャラの深みではあるとは思うのですが、それまでの描写に比べると、突然変貌した印象が個人的には残りました。

 そのほかにも、文章運びの堅さなど、すっきりしない部分もあり、題材と設定のユニークさ、面白さが印象的なだけに、この辺りはもったいなかった、という気持ちが残ったのは、正直なところではあります。


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江戸ねこ捜査網 (招き猫文庫)

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2016.05.17

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第10巻 なおも戦い続ける「新撰組」の男たち

 『PEACE MAKER鐵』も復活以来順調に巻を重ね、ついに十巻の大台に突入しました。まだまだ続く地獄行、この巻では甲府城に向かうことになった新撰組――いや甲陽鎮撫隊。ついにあの人物が脱落し、それでも続く戦いの中で、鉄之助が果たす役割とははたして……

 鳥羽伏見の戦での大敗、そして大坂からの帰還と激動の中で、山崎丞を失うこととなった新撰組。それでも戦いを諦めることない近藤と土方は、徹底抗戦のため、江戸を離れ、甲陽鎮撫隊と名を変えて甲府に向かうこととなります。
 そしてその隊士の中には、労咳で病み衰えた沖田総司の姿が……

 と、冒頭からいきなりキツい展開のこの10巻。史実では沖田が(途中までとはいえ)甲陽鎮撫隊に加わったかは諸説あるようですが、本作においては病を推し、自らの二本の足で歩いて甲府に向かいます。
 しかし刀を振るうはおろか、歩くのすらやっとの沖田にとって、それはあまりにも重い苦行。それでもなお、なぜ彼は歩こうとするのか。なぜ土方は彼を歩かせるのか?

 近藤が、土方が、永倉が、原田が、全ての者が沖田を慮りながらも、しかし沖田の歩みを止めさせようとしない。それは皆が、沖田の想いを、彼を支えてきた、彼を支えるものを知っているからにほかなりません(そんな中で、一人彼に直接力を貸そうとする鉄之助が、また彼らしくて泣かせます)。

 そしてそれはもちろん、読者である我々も知るものなのですが……だからこそ辛く、だからこそ切なく、だからこそ哀しい。
 沖田にとってはあまりに残酷な告白は、こちらの胸を強く突きながらも、同時に激しい感動を与えてくれるのであります。


 そして日野に立ち寄り、一時の、そしておそらくは最後の安らぎの時をもった「新撰組」。
 ここで、ある意味歴史に名高い土方のアレをネタにして、昔のノリでギャグを突っ込んでくるのが本当にホッとさせられるのですが(個人的にはその前の斎藤ネタも好き)、しかしここから先は修羅の道行きであります。

 日野で志願兵を加え、意気揚々と甲府城を目指す一行ですが、しかし時既に遅く、甲府城は新政府軍の占拠するところとなっていたのであります。
 土方と鉄之助が援軍要請のために江戸にとって返す中、ある決意を胸に立ち上がる近藤。闘神いや鬼神と化して孤剣を振るう彼を支えるのは……

 歴史上は、無謀な戦いを挑んだ甲陽鎮撫隊の無惨な敗北で知られる甲州勝沼の戦い。この巻において描かれるのは、まさにその戦いであります。
 既に満身創痍の状態である彼らをこれ以上鞭打たなくとも、と思わざるを得ませんが、史実なのですから仕方がありません(宴会やっていて間に合わなかった説をとっていないのはせめてもの救いですが)。

 しかし、そうであったとしても、その隙間に、人の魂の輝きを見出し、描き出すのは、フィクションに許された特権でしょう。ここで近藤たちが見せるのは、決して悲しく、惨めな姿だけではありません。
 いやそれどころか、フィクションの翼に支えられて描かれるのは、なおも戦い続ける信念の男と、その男を支える男の絆の姿。それこそが、我々が見たかったものだと言い切っても構いますまい。

 そしてその一方で、江戸に戻った鉄之助を待っていたのは、江戸城を預かる勝海舟の意外な行動。そういえば彼は、鉄之助の父とは知り合いだった……と、ここで我々は思い出すことになります。
 そして、鉄之助の父の異名――ピースメーカーもまた。

 ここで史実を見てみれば、甲州勝沼の戦いの直後、江戸城では歴史に残る出来事が起きることになります。その出来事に、鉄之助が何かの役割を果たすとすれば、それはピースメーカーの名に符合するものとなのではないか?
 沖田が、近藤が、土方が、それぞれが自分の戦いを続ける中、果たして鉄之助の戦いとは……相変わらず、辛くとも目が離せない作品です。


 そしてこちらも絶望的な戦いを続ける沙夜の方は……しばらくはこの調子で酷い目に遭い続けるのではないかと、これはこれでどうにかしていただきたいところではあります。


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2016.05.16

『仮面の忍者赤影』 第21話「渦潮骸骨丸」

 鳴門の渦潮の底に眠るというサタンの鐘。赤影も卍党も激しい渦に手を付けかねている中、沈没した南蛮船が浮上した。乗り込んだ赤影たちを、魔老女が操る奇怪な骸骨たちの群れが襲う。魔老女を撃退するも、大まんじとの戦いの果てに海に消える赤影。さらに白影と青影に流伯が襲いかかる……

 ナレーションの名調子から始まる今回、前回に引き続き鳴門を舞台とする海洋編であります。

 双方が一つずつ鐘を手に入れ、残る最後のサタンの鐘を手に入れるべくにらみ合う状況ですが、しかし渦潮が止むまでは様子を見るしかない、と暢気な赤影たち(+アミー)ですが……しかしそこに忍び寄る敵の影にはもちろん気付いておりました。
 海の中から、砂の中から襲いかかる下忍をこともなく撃退し、両手の大鎌を振り回す忍法水かまきりで襲いかかる魚鱗流伯も、鎌を叩き折ってあっさり下した赤影たち。意気揚々と立ち去る赤影に対し、息を切らしてへたり込む流伯の姿が哀しいやら情けないやら……

 と、そんな中、海中から浮かび上がるポルトガル船。皆が驚く中、欲に駆られた二人の漁師が船に乗り込んでいきます(前回、竜神の祟り云々と言っていたのは……あれは卍党の工作か、別の村なのでしょう)。
 つい先ほどまで海の底にあった沈没船らしく、暗くじめじめした陰気な船内をおっかなびっくり行く二人は、ついに大きな宝箱を見つけるのですが――入っていたのは骸骨! そしてその骸骨がひとりでに動き出し、さらに無数の骸骨が踊り出すに至り、二人は目を回してしまうのでした。

 一方、洞窟で食事の支度をしていた赤影と青影(青影は文句言ってただけ)のもとに野菜を調達して戻ってきた白影からポルトガル船の情報を知り、早速向かうことに(野菜はアミーがおいしくいただきました)。
 そこで気絶した漁師たちを見つけた赤影たちの耳に響く不気味な声……幽霊船に似合う不気味な姿は魔老女であります。骸骨が踊り出したのは、彼女の忍法死人操りによるもの。不死身の骸骨に赤影たちは翻弄されます。

 が、こういう時は術者を討つのが定石とばかりに青影が魔老女を攻撃し、さらに久々の赤影の仮面からのビームを喰らい、さしもの魔老女も退散。骸骨たちも力を失って崩れ落ちるのですが、そこに現れたのは大まんじと幻妖斎!
 サタンの鐘は既に手中に収めたと宣言する幻妖斎に対し、果敢に向かっていく赤影ですが海中に転落、海底の赤影に襲いかかった下忍たちが刃を突き立てれば大爆発! そしてポルトガル船も大まんじの艦砲射撃に破壊され、白影と青影も海に飛び込むのでした。

 先ほどの洞窟に戻ってきた白影と青影を待ち構えていたのは下忍を引き連れた流伯。赤影は死んだものと決めつけて調子に乗る流伯は、サタンの鐘は四国のいかるが一族が持っているとベラベラ喋ってしまうのですが……こういう時に当然の如く下忍に化けていた赤影参上!
 あっという間に形勢逆転された流伯に業を煮やした幻妖斎は、左近の懇願にも一切耳を貸さず、敵味方巻き込んでの艦砲射撃を命じるのでした。

 激しい砲火の中、崩れ落ちる赤影たち。それを見届けた大まんじは四国に向かって飛び去るのですが――しかし、赤影に見えたのは流伯、白影と青影は下忍と、変わり身(身代わり?)で窮地を脱していた赤影たちもまた、四国に向かうのでありました。


 前回の典馬に続き、流伯が退場。幻妖斎の艦砲射撃に巻き込まれる(その中で自分たちに化けさせる赤影たちも大概ひどい)という無惨な形でしたが、冒頭の醜態の時点で、既に見限っていたのかもしれません。
 しかし今回流伯は初登場時に見せた破壊力満点の水鉄砲も使わず。典馬もそうでしたが、初登場時が一番活躍していたような……
 ちなみに今回登場した幽霊船のセットは非常にいいムードで感心いたしました。


今回の怪忍者
魚鱗流伯

 鳴門で下忍を率いて再三赤影を襲撃。最初の対決では両手の大鎌を振るう忍法水かまきりで襲いかかるがあっさり敗北。二度目は赤影を死んだものと決めつけて白影たちを襲うが赤影の登場で形勢逆転、最後は頭領である幻妖斎による大まんじの艦砲射撃に巻き込まれ、変わり身で赤影の姿に変えられたまま死亡した。


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2016.05.15

輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情

 今月、シリーズ最新巻も刊行される『古道具屋皆塵堂』シリーズの第6弾であります。曰く付きの品ばかり持ち込まれる皆塵堂を今回訪れることになるのは、放蕩三昧の挙げ句に勘当された大店の放蕩息子・円九郎。人間を叩き直すための荒療治で皆塵堂に預けられた円九郎ですが、彼に迫るものは……

 暇さえあれば釣りに出かけてしまういい加減な店主・伊平次と、無愛想で冷笑的ながら客あしらいは天才的な小僧の峰吉の二人が営む古道具屋の皆塵堂。
 古道具屋になる前には凄惨な強盗事件も起きた家で営まれるこの店に並ぶのは、人死になどに絡んだ曰く付きの品物ばかり。当然ながら(?)様々な怪異が起こるこの店には、なぜか様々な悩みを抱えた若者が働きに訪れ、そして彼らなりの答えを見出していく……それがシリーズの基本ラインです。

 本作もそれを踏まえた展開なのですが、今回店にやって来た若者は、シリーズ屈指の役立たず、生まれた時から親に甘やかされて育った放蕩息子・円九郎であります。

 この円九郎、同じような身の上の友人二人と遊び歩いていたものが、放蕩の度が過ぎて親から金をもらえなくなり、挙げ句の果てに賽銭泥棒をしようとして失敗、勘当されてしまったという何とも締まらない奴。
 もっとも勘当といっても本式ではなく、性根が直ればまた家に帰れる……という形で、その修行の場として預けられたのが、皆塵堂というわけなのであります。

 しかし円九郎は、喩えではなく「影」を背負った男。かつて皆塵堂で修行したシリーズレギュラーの視える青年・太一郎によれば、円九郎には何やら不吉な、彼を狙う黒い影が憑いているとのこと。
 皆塵堂の怪異に翻弄される毎日を送りながらも、周囲を犠牲にしながら近づいてくる影に怯える円九郎の運命は……


 というわけで、今回もまた厄介な事情を背負った厄介な若者がやってくる皆塵堂。連作短編スタイルでエピソードが積み重ねられ、最後のエピソードで全編を通じた結末が描かれるという構成は、これまでと異なるものではありません。

 これまでと異なるとすれば、先に述べた通り、円九郎が本当に役立たずな点でありましょうか。
 この円九郎、根は決して悪い人間ではないのですが、とにかく腰が定まらず、流されやすい男。働いたことなどなく気も回らないため、全く店の役には立たないのですが、そんな彼が皆塵堂に預けられたのは理由があります。

 その名とは裏腹に、あまりに苦労とは縁なく、そして世間を知らずに育った円九郎。そんな彼の境遇と性格は、一歩間違えれば他人の気持ちなど考えず平気で傷つける、非人間的なものとなりかねません。
 事実、仲間に引きずられてとはいえ、彼は住人が非業の死を遂げた空き家に忍び込んで彼らを嘲るようなことをしでかしているのですから(そしてそれがどんな報いをもたらすかは……まあ予想通りであります)。

 そんな彼の両親とは知人であり、そして皆塵堂の大家である清佐衛門は、曰く付きの品物だらけの皆塵堂に置くことで、円九郎に人情の何たるかを叩き込もうと考えたのであります。
 そう、曰く付きの品物に込められた想い……持ち主が、関わった人間が亡くなってもなお残る亡魂は、ある意味究極の人情なのですから!

 この辺り、怪談を「怖い物語」としてきっちりと描きつつも、物語がその背後に持つ意味まで遡って描き出す作者のデビュー以来のスタンスが垣間見えて、何とも嬉しいのであります。

 閑話休題、しかしその企ては、かなりの荒療治であることは言うまでもありません。既に黒い影に憑かれた彼が皆塵堂の品物に近づくのは、油を被って火に近づくようなもの。
 最近このシリーズは、少々怖さが薄れてきたような印象があったのですが、本作は描写といい内容といい、真剣に怖い怪異の連続。特に「黒い影」の正体たるや……

 果たしてその恐怖を乗り越えて円九郎は立ち直ることができるのか、いや生き延びることができるのか? 珍しく伊平次も動くクライマックスは必見であります。


 さて、冒頭に述べたとおり、シリーズ最新巻の刊行も間近だという本作。しかしこの最新巻は同時に最終巻だとのこと。
 シリーズの大ファンとしては何とも残念ではありますが……しかし最後のコワイイ話を楽しみにしたいと思います。


『影憑き 古道具屋皆塵堂』(輪渡颯介 講談社) Amazon
影憑き 古道具屋 皆塵堂


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2016.05.14

くせつきこ『かみがたり 女陰陽師と房総の青鬼』第2巻 彼女が旅する真の理由

 「神騙り」と称して金と引き替えに相手の望みを叶える胡散臭い美女陰陽師・志摩と、かつて房総で暴れ回った最強の鬼の片割れである青鬼・アオの凸凹コンビが活躍する退魔アクションの快作の続巻であります。ひたすら脳天気な志摩の隠された素顔と目的が、ついに明らかになることに……

 最強の双鬼の一人として人々を恐怖のどん底に叩き込みながらも、相棒であった赤鬼に裏切られ、人間に封印されたアオ。
 復讐のために赤鬼を探すアオは、しかし目下のところは志摩に角を取られ、使役されているという屈辱的な状態であります。

 これ幸いとアオをこき使う志摩は、行く先々で出会う「隠(おに)」――形を持たず、人の負の念に取り憑いて災いを為す魔物たちを退治しては礼金を巻き上げようとするのですが……一見、金儲けだけが目的に見えた彼女の前に一人の男が現れたことから、物語は大きく動き出します。

 狐を使役し、冷静に冷酷に隠を狩るその隻眼の男の名は夜白。なんと志摩の兄弟子であります。
 陰陽術の師匠に拾われ、幼い頃から共に育ってきた夜白と志摩。幼い頃に起きたある事件が原因で笑顔を失った志摩を、師と夜白は、父のように兄のように育てるのですが……やがて彼らを悲しい運命が見舞うことになります。

 がめつく享楽的でありながら、どこかお人好しで頼ってきた相手を見捨てられない志摩と、隠に憑かれた者はもはや打つ手なしと、いかなる相手であろうとも非情に葬ってきた夜白。
 同門ながら全く正反対の道を行く二人、しかも師は既に故人とくれば、これは兄弟子が裏切ったというのがパターンですが、本作は、そんなこちらの浅い予想をあっさりとひっくり返してくれます。

 二人の師に何が起こったのか。幼い志摩が心を閉ざした事件とは何か。何故その彼女が今では正反対の性格となったのか。そして彼女が「神騙り」となった理由とは――
 夜白の登場により芽生えた疑問の数々を、過去の物語を絡めて巧みに解き明かし、そして最終的に志摩が旅する真の理由に収束させてみせるというストーリーテリングの妙にはただただ感心させられた次第です。

 何よりも、憎まれ口を叩きながらもお互いを兄妹のように想い合う志摩と夜白が微笑ましく、志摩の考証的にはちょっと……な衣装にもきっちりと、それも泣かせる理由付けがされているのも実にいい。
 一見アバウトなようでいて、しっかりと小技が効いた描写と物語を展開する、本作ならではの展開であります。


 さて、志摩の目的が明らかになったのに対し、初めから目的が明らかなのはアオの方。この巻の後半では、赤鬼に裏切られた彼を封印したという高僧が登場するのですが……そこからの物語も、こちらの予想もしない形で展開していくこととなります。

 そしてついに出現した赤鬼と対峙したアオと志摩の選択とは……こちらについては期待を裏切らない展開となるのが嬉しいところ。
 共に大きな欠落を味わった二人が、共通の敵を前にして改めて互いを必要とし、互いの力になるという(もちろん、相変わらず仲は最悪なのですが)展開からは、ある意味ここからが本編とすら感じさせられるのです。


 残念ながら、本作は先日連載完結し、次の巻が最終巻となるとのこと。
 それはそれでもちろん非常に寂しいことではありますが……しかし、きっちりと志摩の、アオの、このコンビの物語に決着をつけてくれるであろうと信じているところであります。

『かみがたり 女陰陽師と房総の青鬼』第2巻(くせつきこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon
かみがたり~女陰陽師と房総の青鬼~ 2 (ボニータコミックス)


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2016.05.13

鳴海丈『鬼砲 あやかし小町 大江戸怪異事件帳』 さらにバラエティに富む怪異捕物帳

 正義感の強い熱血町同心と、妖怪に護られた美少女のコンビが江戸を騒がす怪事件に挑む『あやかし小町 大江戸怪異事件帳』シリーズの第二弾であります。今回も捕物帳という基本ラインを踏まえつつも、不可能犯罪あり、江戸壊滅の陰謀あり、大妖怪との対決ありと、盛り沢山の内容であります。

 北町奉行所の定町廻り同心として今日も江戸をゆく好漢・和泉京之介。江戸で続発した奇怪な事件を解決したことで知られるようになった彼ですが、しかし事件解決のもう一人の立役者こそが、「あやかし小町」こと茶汲み娘のお光であります。
 絵師になると江戸に出て消息を絶った兄を探すため、東金から江戸に出てきたお光。その途中、「おえんちゃん」こと妖怪「煙羅」に取り憑かれた彼女は、その力を借りて兄を探しつつ人助けをしているうちに、京之介と出会ったのです。

 以来、互いに憎からず想い合うようになった(けれども互いに奥手なので言い出せない)二人は、人知を超えた様々な事件に挑むことに……ということで、この第二弾においても、その基本的設定は変わることなく、捕物帳+妖怪ものというスタイルで、物語は展開していくことになります。

 その第一話「かみへび」で描かれるのは、書物屋の主の首吊り自殺から始まる事件。単なる自殺であれば事件になるはずもありませんが、しかし実はそれが何者かに首を絞められていたといえば話は別であります。
 こういう場合の常として、主には色っぽすぎる妾がいたことから、彼女が疑われるのですが、しかし主には様々な秘密が……と、物語が展開していくにつれ、いかにも作者らしい変態外道が登場するのが、印象に残るエピソードであります。

 そして表題作の第二話「鬼砲」は、お光の働く茶店から消えた老武士と、京之介が未然に防いだ商家への押し込みが、意外な形で交錯し、どんどんとスケールアップしていくという異色の物語。
 押し込みが狙っていた星石とは何か、かつて住民が皆殺しにされた廃村から遺骨が消えた謎とは、殺された老武士が遺したものとは、そして「鬼砲」とは一体……数々の謎が入り乱れた末に、江戸壊滅を目論む大陰謀に繋がっていくというド派手な物語であります。

 さらにクライマックスの大活劇には、前作にも登場した、そして何よりも作者が得意中の得意とする男装の美少女戦士、娘陰陽師・長谷部透流も参戦。
 比較的シンプルな(?)捕物帳であった第一話とはうって変わった一大伝奇活劇が実に楽しいのです。

 そして第三話「狐の嫁入り」は、稲荷への信仰厚い大店に嫁入りした美女・お鶴が、新婚初夜に狐憑きとなった末に姿を消し、さらに翌日には新郎が狐を思わせる獣に噛み殺された姿で発見され……という、再びオーソドックスな捕物帳スタイルのエピソードです。

 京之介の丹念な捜査の末、事件の裏のカラクリが解き明かされ、一件落着も間近というところでとんでもない秘密が明らかになるのには驚かされますが、さらにお光自身の物語にも繋がっていくという盛りだくさん過ぎる本作。
 それだけ振り回しておいて、ラストはきっちりと善男善女が救われにっこりと笑顔で終わるというのが気持ち良く、この第二弾の締めくくりとして、そしてシリーズ全体の句読点として実に楽しい作品であります。


 以上三編、前作以上にバラエティに富んだ内容は、作者の作品の持つ振れ幅の大きさをそのまま表すものとして、楽しむことができます。
 それだけでなく、妖怪時代小説にはままありがちな、妖怪の特殊能力を使って万事解決……ということにはならず、あくまでも基本は人間の知恵、そして善意が事件を解決するというスタンスを貫いているのは好感が持てます。

 しかしそれは一方で、この事件に妖怪を絡ませなくてもよかったのでは……というある種致命的な疑問に繋がりかねないところではあります。
 特にお光より明らかに透流の方が妖怪時代小説のヒロイン的な点(そして透流が便利に使われている点も含めて)は、引っかかるところで、この辺りは、厳しいことを言ってしまえば粗さ、軽さと言うこともできるでしょう。

 個人的には、こうした点も含めて、肩の凝らない娯楽作品として本作を好ましいと感じているところですが、ここはやはり評価が大きく分かれるところでしょうか。


『鬼砲 あやかし小町 大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町  大江戸怪異事件帳 鬼砲 (廣済堂文庫)


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2016.05.12

『牙狼 紅蓮ノ月』 第24話「討月」

 封印のための記憶を取り戻した赫夜とともに、ルドラに最後の戦いを挑む雷吼・保輔・星明・金時。しかしどれだけのダメージを与えても人々の魂魄を喰らい再生するルドラを倒すためには、ルドラと一体化した道満の陰我を断たなければならない。しかし、長きに渡る戦いの中、雷吼に心滅の時が迫る……

 いよいよ本作も最終回。そのわりには結構作画的に不安になる箇所もありましたが、決めるべき場面ではケレン味効かせまくり、派手に動きまくりの、クライマックスに相応しいアクションを見ることができました。

 保輔が盗み出した晴明の書を手にしたことにより、封印の魔導具としての記憶を取り戻した赫夜。後はルドラを弱らせ封印させるのみであります。小回りの効かないルドラは、闘志満々、二人の魔戒騎士の連続攻撃にダメージを蓄積し、封印も目前かと思われましたが……しかしここでルドラは都中の人々の魂魄を大量に吸収することで全回復。
 被害を抑えるため、ルドラを転送しようとする星明の術も、ルドラの咆哮により粉砕されてしまうのでした。

 ドラクエのラスボスなみのしぶとさを見せるルドラの力は、かつて赫夜が封印した時とは比較にならぬほど。その力の源は、ルドラに呑まれてその額に半身を浮き出させた道満……ならばその道満を切り離せば、と星明の結界の中に閉じ込めたルドラに、雷吼と保輔はド派手なアクションで挑みます。

 そして見事道満を切り離したかに見えたものの、再び再生してしまう道満とルドラ。それでも再び挑む雷吼と保輔の身に異変が……ルドラが暴れたことでひびが入った結界。そこから「時」が流れ込んだことで鎧の活動限界が迫り、心滅の刻限が迫ったのです。
 さらに雷吼を飲み込まんとするルドラ。彼を助けようと、自らの限界も顧みず挑む保輔ですが、しかし吹き飛ばされて変身は解除され、ついに雷吼はルドラの闇の中へ……

 その闇の中で雷吼が見たものは、赤子の時に捨てられ、そして絶望から自らの顔に無数の傷を刻んだ道満の姿。同じ捨てられてた者同士、闇に落ちろと呪いの言葉を吐く道満ですが……そしてルドラの中から現れたのは、黒く、そして獣のように変容した雷吼の、牙狼の姿。たった一人の従者として、鎧を解除すべく決死の戦いを挑もうとした金時ですが、しかし星明は彼を止めます(この辺りの信頼感の現れが素晴らしい)。

 その言葉のとおり、自らの力で正気を取り戻した雷吼。そう、彼は既に一度、鎧に呑まれ、そしてそこから復活したことがあるのですから。そして道満を含め、全ての人を救うという雷吼の宣言に、レオタードから陰陽師姿に変化した星明は「私の魔戒騎士」などと可愛いことを言いつつ、彼に力を与えます。黄金騎士の鎧にしっかりと結ばれた赤い綱、そして背中から生えた純白の翼を――

 これでもかというアクションで飛びまくり斬りまくる雷吼に、自分には光などないと煽る道満。しかしお前がルドラの中で姿を保っているのは、まだ光が残っているからだと返した雷吼は、ついに道満の陰我を両断! 最後のあがきを見せるルドラの猛攻を、復活した保輔ともども雷吼が防ぎ、そして星明の持つ安倍家の血が赫夜の力を発動させ……ついにルドラは封印されるのでありました。

 そして赫夜は天に去り、残された荒廃した都に立つ雷吼たち。その前に現れたのは、生きていた道満――なおも自分には闇しかないと言う道満をついに斬る雷吼。しかし道満を抱き留めた星明の、自分が闇を引き受けるという言葉に、道満は光を感じて消えていくのでありました。まるで、母の胸に抱かれた幼子のような安らいだ表情で――


 と、いささか予定調和のきらいはあるもののまずは大団円……と言いたいところですが、しかし前回その黒々とした、そして矮小とした素顔を顕わにした道長の登場はなし!(ついでに、その道長に堂々と逆らった頼信もなし)
 どう考えても碌な最期を遂げるとは思えない道長の末路が見たかったというつもりはありませんが(というよりこれ以上実在の人物が死んでいくのは勘弁)、道満の陰我が解放されるには、深い因縁を持つ道長の存在が不可欠だったのでは、と感じます。

 今回道満が語ったように、共に親から捨てられて辛酸を舐め、その一方で幸福に育てられてきた兄弟がいるという共通点を持つ雷吼と道満。その雷吼が己の運命を受け入れ、光を選んだ姿は、本作で屈指の名編「兄弟」で感動的に描かれましたが、道満に対してのそれを見たかったと感じます。

 平安京のその後は別に気になりませんし、雷吼や頼信も彼ららしく幸せに暮らしたと思いますが、道満と道長の姿だけはもう少し掘り下げて欲しかった……が、この点だけは強く引っかかり、残念に感じた次第です。


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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第19話「繚乱」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第20話「依代」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第21話「対決」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第22話「共鳴」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第23話「嶐鑼」

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2016.05.11

『戦国武将列伝』2016年6月号(後編) 天下分け目の大戦、決着目前!

 『戦国武将列伝』6月号の紹介の続きであります。今回はがラスト一話前というクライマックスを迎えた『バイラリン 真田幸村伝』と『セキガハラ』の二作品を中心に、四作品を紹介いたしましょう。

『バイラリン 真田幸村伝』(かわのいちろう)
 大坂の陣最後の激戦、いわゆる道明寺の戦に向かわんとする後藤又兵衛と真田幸村の両雄。しかし想定外の速度で迫る徳川軍を迎え撃つため、又兵衛はわずか三千の兵で、十倍以上の敵を迎え撃つことに……
 というわけで、今回描かれるのは後藤又兵衛の最期。戦国最後の猛将とも言うべき又兵衛の最後の大暴れは、まさしく闘神阿修羅、いや軍神摩利支天の如く――特に最後の突撃の場面は、この作者ならではと言うべき描きようで強烈に印象に残ります。

 この辺り、後藤又兵衛ファン、そして前作『後藤又兵衛 黒田官兵衛に最も愛された男』ファンとしてはたまらないのですが……しかし完全に又兵衛が主人公で、『バイラリン 真田幸村伝』としてはいかがなものか、というのも正直な印象ではあります。
 しかし、本作の幸村、およそ武張った豪傑ぶりとは無縁の曲者の幸村が、史上に残るあの痛快な口上を柄にもなく何故述べたか――ラストに描かれるその理由を見れば、そんなことは小さなことと思えてしまうのであります。


『不死の海』(嶋津蓮)
 越前若狭に残る八百比丘尼伝説を題材とした、8ページの短編であります。八百比丘尼が入定したという洞窟を訪れ、己の大望と不老不死のため、人魚の肉を求めた武士が得たものとは……
 八百比丘尼伝説ともう一つある人物にまつわる伝説、題材となっている二つの伝説自体は非常に有名なもので、その点に新味はありません。しかし、越前若狭という舞台でもってその両者を繋げてみせたのは、本作ならではの独自性と言うべきでありましょう。


『セキガハラ』(長谷川哲也)
 怒濤の勢いで関ヶ原の戦に突入した本作、ついに家康の記憶という逆転の鍵を手にした三成と満姫を行かせるため、黒臣家康と徳川四天王(-酒井忠継)に挑むは三成の盟友たち……

 というわけで、クライマックスらしく非常に盛り上がる展開となった本作。宇喜多秀家vs井伊直政、大谷吉継vs本多忠勝、島左近vs榊原康政、直江兼続vs家康と、夢のカード(と言ってもよいものか……)の中で、それぞれの能力を生かした異能バトルの醍醐味がフルに発揮された形となっています。
(そして地味に素晴らしい働きを見せる吉川広家)

 そして長かった戦いよさらば!! と思いきや、本作では珍しく(?)史実に比べて動きが地味だったあの男が……というわけでまだまだラストまで油断できない作品であります。


『孔雀王 戦国転生』(荻野真)
 あまりに衝撃的すぎるビジュアルの悪徳太子の出現、そして『孔雀王』本編との関わりが描かれ、いよいよ結末も間近と思われた本作ですが、今回から新展開。
 足利義昭を将軍位に据えた信長の行く手を遮るのは、奇怪な黄金に心を蝕まれ、操られた人々。そして、黄金と言えば……というわけで、あの大物戦国武将の影が蠢くこととなります。

 が、今回の舞台となるのは、近江は浅井長政の小谷城。そこで何やら不穏な動きを察知した孔雀は信長と(あっさり)和解、信長の代わりに浅井を探ることに……という展開なのですが、なんと言っても強烈なインパクトなのは今回登場する敵の姿であります。
 詳細は伏せますが、黄金、あの武将という連想から、あの悪趣味映画に繋げるとは……と驚いたというか、作者の尽きせぬ発想に感心したところです。
(しかし物語の途中で輿入れしたお市も、早くも三人の子持ちということで時間の流れは早いものです(


 というわけで、次の号ではついに『セキガハラ』と『バイラリン』が完結。その内容もさることながら、その次に待つ作品にも期待してしまうというのは、流石に気が早すぎるかもしれませんが……


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2016.05.10

『戦国武将列伝』2016年6月号(前編) 鬼と人の間にあるもの

 二ヶ月に一度のお楽しみの『戦国武将列伝』誌、今回の巻頭カラーは、先日単行本第3巻が発売された『鬼切丸伝』であります。この作品をはじめ、印象に残った作品を、今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 いきなり艶やかなくノ一の裸体が登場する今回、もちろんこれは単なるサービスシーンではなく、伊賀忍者の頭領・百地丹波が、くノ一の少女・蓮華に怨敵必殺の秘術を彼女の体に仕掛けるという場面であります。そしてその怨敵とは、織田信長――実に連載第1回以来、久々の登場であります。

 さて、その伊賀に鬼に関わる者がいると聞きつけて現れた彼は、蓮華と出会い、言葉を交わすこととなります。その時は鬼の気配はないと立ち去った少年ですが、しかし織田軍と伊賀の二度目の戦いの中で蓮華と再会した少年は彼女を連れ去って……
 蓮華の身に仕掛けられた術とは何か、鬼切丸の少年は何を考えて彼女を連れ去ったのか、本作の内容を考えれば予想はつくかと思いますが、しかし少年の前に現れた鈴鹿御前は、少年に意外な選択肢を提示することになります。

 人間は救わず、そして鬼は斬る鬼切丸の少年。だとしたら……鬼切丸と同一とも言われる存在の名が思わぬ形で登場するのもニヤリとさせられるところであります。
 さて、実は今回のエピソードは次回に続くことになりますが、さてそこで何が待っていることか。正直に申し上げれば見るのが恐いところではあります。


『焔色のまんだら』(下元ちえ)
 前回、大徳寺で破天荒な絵を遺して以来仕事が増え始め、新しい妻が子供を産むのも目前と、上り調子の長谷川等伯のもとに舞い込んだ御所での仕事。そんな彼のもとに狩野永徳が訪ねてくるのですが……
 永徳といえばまさしく天下一の絵師。そしてかつて等伯に門前払いを食らわせ、それ以上に、炎の中に消える安土城の障壁画によって彼の心に火をつけた、因縁の人物であります。そして永徳の側も、自分と等伯との因縁を知り、ある決意を固めるのでした。

 言うまでもなく等伯の一代記である本作ですが、しかし今回は、むしろ永徳の内面を中心に描かれることとなります。信長に、秀吉に認められ、狩野派の総帥として活躍する永徳にとって、野にあって活躍する等伯は水と油の存在。到底相容れざる存在だったのですが、しかし……
 この辺りの等伯と永徳の関係は、物語冒頭の因縁もあり、非常に興味深いのですが、しかし(身も蓋もない表現ですが)史実との関係で、あまり描かれないのは残念なところ。この辺り、もう少し永徳の物語も読んでみたかったという印象はあります。

 しかし本作はあくまでも等伯の物語。等伯と永徳が束の間の対面を果たしたとき、永徳が目の当たりにしたもの――等伯の「自由」の象徴として描かれるそれは、前回同様、漫画という「画」を伴う物語だからこそのものであり、可愛らしくも心揺さぶられる存在でありました。


『戦国自衛隊』(森秀樹&半村良)
 ついに激突目前となった戦国自衛隊と信長軍。険しい崖に囲まれた台地……というより小さな山に陣取った戦国自衛隊に対し、信長配下の三人の仮面の忍びが忍び寄るのですが……
 天正伊賀の乱で伊賀を裏切り、信長についたという三人。しかしそれを悔いる彼らは、戦国自衛隊に味方するため、そしてその誠を示すため、思わぬ苛烈な行動に出ることになります。正直に言えば、決戦を目前としたこの段階で……という印象はあるのですが、味方が増えるのはありがたい話というべきでしょうか。

 そして始まる信長軍の攻撃。ポテトチップスを手にご満悦の信長と、バタフライエフェクトも覚悟の上の戦国自衛隊、勝つのはどちらか……何でもありの死闘を繰り広げつつも、その中で不思議な信頼感を持つ伊庭と信長の関係性もまた、なかなかに魅力的であります。


 長くなりますので次回に続きます。


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2016.05.09

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 2 火の降る夜に桜舞う』 二重生活と江戸の忍びのリアル

 時は元禄、外様大名の探索を担当とする公儀隠密・橘北家総帥の末娘・小桜を主人公とする時代活劇『くノ一小桜忍法帖』の第2巻であります。今回小桜が挑むことになるのは、かの振袖火事を思わせる怪火にまつわる事件。一件落着したかに見えた事件は思わぬ形で連鎖し、橘北家の任務にも関わる事態に……

 橘北家総帥の四番目の子にしてくノ一の姫としての顔と、長兄の一郎が営む薬種問屋・近江屋の丁稚としての顔と、二つの顔を持つ少女・小桜四郎。
 既に父を助けて隠密として活躍中の三人の兄に比べればまだまだ修行中の彼女は、二つの顔を使い分けては、江戸で起きる怪事件に首を突っ込む毎日であります。

 そんな彼女が、顔なじみの岡っ引き・雷蔵親分から聞かされたのは、空から火のついた振袖が降ってきて火をつけるという、数十年前の振袖火事を思わせる怪事件。
 この事件そのものは、雷蔵親分の活躍であっさりと下手人たちを捕らえて終わったかに見えたのですが――しかし、同じ時期に、大坂で材木商人が不審な動きを見せたことから、橘北家も動き出すことになるのであります。


 というわけで、一度は解決したかに見えた事件の背後で、実は……という趣向の本作。物語展開自体はかなり地味ではあるのですが、その分丹念に状況とキャラクターの描写を積み上げ、物語を進めていくというスタイルは前作同様であり、今回もまた、一種児童文学離れした読み応えがあります。

 特に、橘北家の江戸出先とも言うべき近江屋の人々の正体を薄々察しながらも、そらっとぼけるように互いを利用し合うような関係の雷蔵親分の存在が、時代小説ファンとしえは何とも魅力的に感じられます。

 その一方で、どう見ても神通力を持っているとしか思えない(というか、正体は吉野の狐ではないかと作者のファンとしては思ってしまう)謎の女形・市川桜花や、近江屋に飼われる西洋犬で、時折人間の言葉を話すように見える半守など、また別のベクトルを持つキャラクターがいるのも、面白いところであります。

 しかし、本作の真にユニークなのは、物語の中心となっている(ように見える)のが、小桜の活躍というよりも、彼女のくノ一としての日常である点でありましょう。
 先に述べた通り、自身はどう思っているにせよ、親兄弟から見ればくノ一としてはまだまだ未熟の小桜。本作の大半を費やして描かれるのは、そんな彼女の日常生活なのであります。

 近江屋の丁稚として「外」の世界に触れ、そして時にくノ一として江戸の闇を翔る小桜。しかしあくまでもそれは彼女にとっては一面の姿であり、橘北家の姫として、そして修行中のくノ一として、両親たちの住む屋敷で暮らす姿も、今回描かれることとなります。
 ある意味、くノ一としてはそちらの方がリアルとも言うべき実家での姿は、しかし決して派手ではなく、淡々と描かれるのですが、しかしこのような切り口から江戸時代の忍びを、くノ一を描く作品というのはなかなかに珍しく――少なくとも、児童文学においては絶無ではないでしょうか。

 そしてそんな小桜の二重生活を、あくまでも年頃の少女としての視点で以て繋いで見せるのもまた、本作の巧みな点、本作ならではの魅力と言えるように感じます。

 もっとも、物語の本筋、活劇の部分に入るのが相当に遅いのは事実ではあって、この辺りのバランスの取り方の難しさというものはあるのだなあ……とは思わされるところではあります。


『くのいち小桜忍法帖 2 火の降る夜に桜舞う』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
2火の降る夜に桜舞う (くのいち小桜忍法帖)


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2016.05.08

『仮面の忍者赤影』 第20話「怪物大まんじ」

 鳴門海峡に沈んだ南蛮船にあるというサタンの鐘。ようやく地元の漁師の舟を借りて海に出た赤影たちだが、漁師は典馬が化けたものだった。赤影と青影は炎の中に消え、海中に潜っていた白影も大まんじに捕らえられ、洗脳されてしまう。白影に案内させ、サタンの鐘を奪おうとする幻妖斎だが……

 残る最後の鐘であるサタンの鐘の在処は鳴門海峡と知った両陣営。そこにやってきた赤影たちは、漁師たちに頼んで舟を出してもらおうとしますが、竜神の祟りを怖れているという彼らに相手にされず困っておりました(というか、こんな怪しげな忍者装束を着た連中に貸してくれる方が不思議です)。
 しかしようやく舟を出してくれるという漁師に会い、海に乗り出す三人ですが……どこかで見たような気がするこの漁師は不知火典馬の変装。本物の漁師一家は、魚鱗流伯らに捕らえられていたのでした。

 さて、目的の海域に着いて海に潜った白影は、そこに沈んだポルトガル船を発見するのですが、そこで典馬が正体を現します。海上でファイヤーして周囲を炎に包んで逃げる典馬ですが、その場に残されたのは、彼のカナリアのアミー。薄情な飼い主に怒るアミーちゃんと、あと赤影と青影の運命は……
 一方、海中の白影にも迫る危機。海中で大まんじを見つけた白影は、密かに迫ってきた流伯らに捕らえられ、大まんじの中に連行されてしまうのでした。

 もう時代劇らしくしようという気が欠片も見られない大まんじ、これ未来人のテクノロジーで作られたと言ってくれた方が安心するような大まんじの中で、あられもない姿で電気ビリビリの拷問を受ける白影。実は幻妖斎たちも既に海底は捜索していたものの、サタンの鐘の在処を見つけられずにいたのであります。
 さて、下忍からの通信(って何よ)を受けて浮上した大まんじから上陸する幻妖斎と典馬。そこには洗脳されてロボット状態の白影もおりました。そして彼らと入れ替わりに大まんじに入っていくのは、どこかで見たような凸凹の下忍たち……

 さて、ゼウスの鐘とマリアの鐘、二つの鐘を手にした白影は、その力でサタンの鐘を探そうというのか、辺りを歩き回るのですが……やおら二つの鐘を大まんじの方に投げます。そこで待ち受けて鐘をキャッチしたのは、先ほど中に入っていった下忍のうちの大きい方、その正体は――赤影参上!
 アミーのおかげで難を逃れた赤影と青影、そして忍法袋返しの術で洗脳されたふりをして相手を逆に騙した白影、三人と卍党の戦いがわちゃわちゃと始まります。が、鐘を二つ持って下忍たちの攻撃を迎え撃っていた青影が、耐えきれずに鐘を海に落とすという大チョンボをやらかし、マリアの鐘は卍党の手に渡ってしまうのでした。

 形勢不利と見て急速潜行していく大まんじ。残された流伯と典馬のうち、水術の遣い手である流伯は泳いで後を追いますが、典馬は赤影たち三人に取り巻かれて万事休すであります。
 絶望的な抵抗の果て、岸に飛び移って炎を身にまとった典馬に、容赦なく火薬を投げつける三人。哀れ典馬はそのまま焼け落ち、うつぼ忍群最初の犠牲者となるのでした。

 マリアの鐘は奪われたもののゼウスの鐘は何とか赤影たちの手元に残り、一対一の今、最後のサタンの鐘は何処に……


 とにかく本当に時代ものらしくしようよ、と言いたくなるこの卍党篇ですが、特に今回の大まんじの描写はひどいの一言。クライマックスの赤影たちと卍党のバトルも、どうにも緊張感がないのが困りものであります。
 そして今回で退場となった典馬ですが、ラストで三人に取り囲まれ、水をぱしゃぱしゃとかけるしかなくなる姿は、もう目を背けたくなるような惨めさで……最後は火炎陣で自害にも等しい死に花を咲かせましたが、どうにもすっきりしないものが残ります。


今回の怪忍者
不知火典馬

 漁師に化け、サタンの鐘を探す赤影たちを海上で炎に包む作戦を実行。しかしその時にペットのカナリア・アミーを見捨てたのが仇となって赤影たちは生還、最後は乱戦の末に大まんじに置いて行かれ、赤影たち三人に取り囲まれて惨めな最期を遂げた。


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2016.05.07

戸土野正内郎『どらくま』第3巻 源四郎が選ぶ第三の道!

 金が全ての守銭奴・源四郎と、彼とは腐れ縁の凄腕忍び・九喪――飄々と己の道行く二人の冒険を描く本作も、いよいよ物語の核心に入ることになります。源四郎の実家である真田家を狙う徳川家の攻撃はいよいよ激化、豊臣家亡き後の世界の安寧を賭けた戦いに、二人は巻き込まれていくことになります。

 旅の途中、奇怪な敵に襲われる根津のくノ一・桜を救ったことをきっかけに、真田家と徳川家の暗闘に巻き込まれた源四郎と九喪。
 自分の育ての親であり、誰よりも苦手とする相手である叔父・信之に捕まった源四郎は、やむなく真田家を守るための戦いに加わることになります(源四郎が困るのを見るのが好きな九喪は野次馬的に参加)。

 信之がかつて豊臣方と繋がっていた証拠となる書状を守ることとなった源四郎ですが、真田忍びの一部の離反もあったところに、まさしく超人的力を発揮する忍び、軒猿十王が一人・蠅叩きの前に大苦戦。九喪までもが深手を負わされ、捕らえられた状況で、源四郎の打つ手は……


 と、かなり絶望的な場面から始まるこの第3巻ですが、ここで源四郎が呼んだ助っ人が、第1巻で活躍した剛力の武人・大獄丸というのが、実に少年漫画的で燃える展開。
 捕らえられた九喪が命尽きる前に救い出すことはできるのか? 強大な敵に一致協力して戦う男たち、というシチュエーションは、やはり最高に盛り上がります。

 しかしたとえ九喪を救い、一度の戦闘に勝ったとしても、徳川による真田包囲網はあまりに強大。忍びの世界においても、蠅叩きのほかにも、京からやって来た得体の知れぬ美少女忍びに、徳川で忍びと言えば……な「正重」と、いずれも一癖もふた癖もありそうな面々が登場し、いよいよ戦いはスケールアップするばかりであります。

 その一方で、九喪を含めた当代の忍び、戦国以降の忍びに対して、一世代前の、戦場を日常としてきた忍びたちの影が見え隠れするのもまた実にいいのです。

 時はあたかも戦国から泰平の世への過渡期、本作で描かれるのは、いわばその間に生じた歪みを巡る戦いであります。
 徳川の支配が固まった泰平の世――それは窮屈ではあるものの、少なくとも戦により人の命が消費されていくことはなくなります。しかし、戦国乱世の中でこそ生き延び、輝ける者たちもまた、存在します。それが忍びたちであり、そして大名でいえば真田家なのです。

 そして源四郎が(強く拒否しながらも)属するのはその真田家。商人として無駄な流血を、戦を激しく嫌悪する彼は、果たして泰平を望むのか、家を生かすために戦乱を望むのか……
 そんな選択を――言い換えれば時代の歪みの精算を――強いられることとなった源四郎の選ぶ道は何か? この巻のラストにおいて、信之を前に彼が切る最高に熱く、そして泣かせる啖呵は、まさに彼の選んだ道の宣言にほかなりません。

 そしてどの道よりも険しい道を行くのは、彼一人ではありません。「どらくま」……三途の川の渡し賃で、己の命を彼に預ける者もいるのですから。

 これから彼らが臨むのは、天下を相手にした大勝負。それは智と智の応酬のこともあれば、武と武の激突のこともありましょう。しかしこの二人がいれば――
 そう信じることができる、そしてそんな二人の活躍が楽しみで仕方ない……本作はそんな作品となってきました。


『どらくま』第3巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 3 (BLADE COMICS)


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2016.05.06

荻原規子『風神秘抄』下巻 死と生、神と人の間を歩んだ果てに

 平安時代末期を舞台に、孤独な笛吹きの少年・草十郎と勝ち気な白拍子の少女・糸世、そして鳥の王を自称するカラス・鳥彦王の冒険と苦難の旅路を描くファンタジーの下巻であります。ついに互いの想いを確かめ合った草十郎と糸世ですが、二人は思わぬ形で引き裂かれることに……

(今回、物語の核心に触れることになりますので、ご容赦下さい)
 平治の乱に源義平の郎党として参加したものの、敗れて流浪の身となった草十郎。自分とだけ言葉を交わすことができる不思議なカラス・鳥彦王と道連れになった彼は、京の河原で糸世の舞を目撃することになります。
 思わず吹き始めた草十郎の笛と共鳴し、様々な奇瑞を起こす糸世の舞。実に時空の因果に作用し、歴史を書き変える二人の笛と舞は、幼い頼朝の運命を変えるほどの力を持つのでした。

 その力に目を付けた後白河法皇により、彼の寿命を延ばす舞を求められる二人。互いに惹かれあい、紆余曲折を経て想いを確かめ合った糸世のため、その求めを受ける草十郎ですが、舞の最中に意識を乱した結果、糸世はその場から消失してしまうのでした。
 一度は失意のどん底に沈みながらも、彼女を取り戻すわずかな希望を胸に、鳥彦王とともに旅立った草十郎は、富士から鳥彦王の里を経て、熊野に向かうことに……


 上巻でボーイミーツガールを描いた物語は――もちろんその要素は踏まえつつも――この下巻では、いささか異なる趣で描かれることとなります。
 それは生と死の物語とでも申しましょうか、まさに神隠しのように消えた糸世を追う草十郎と鳥彦王の旅路は、こうした色彩を帯びた、強く神話的な物語として展開していくこととなります。

 たぐいまれな音と舞の力により、異界の扉を開けるほどの力を持っていた草十郎と糸世。しかし一度そのリズムを崩した時、糸世はその異界に落ち込み、姿を消すこととなります。
 彼女が異界に消えたのだとすれば、彼女のもとに向かい、救い出すためには、やはり異界に近づかなければならない。そしてそれは必然的に、生と死の間に存在する――いや、後者にはるかに近い世界に近づく旅となっていくのであります。

 旅の途中で草十郎が出会う源氏ゆかりの女性・万寿姫は、まさにこの死の象徴としての存在。ある意味糸世の対極に立つ者である彼女との対峙を通じて描かれるのは、草十郎が向かう先の選択であり、物語で大きな意味を持つことになります。

 そして物語の終盤において、草十郎はさらに大きな選択を迫られることとなります。それは人と王の――あるいは人と神とすら呼べる者の選択であります。
 この長い物語において、草十郎のお目付役として、相棒として、そして友として行動を共にしてきた鳥彦王。彼こそは鳥たちの王であり――そして鳥の王に選ばれた者はその絶大な力を得て、人の世の王、すなわち帝となることも夢ではないのであります。

 そしてもちろん鳥彦王が選ぶのは草十郎。では選ばれた草十郎は、何を望むのか――

 彼は決して恵まれた生を送ってきた者ではありません。幼い頃から孤独に過ごし、ようやく見つけた尊敬できる主を戦で失い、そし自分の半身とも言うべき糸世との暮らしを夢見ても、そこに権力者たる後白河法皇の存在が陰を落とすことになります。
 そんな彼が、この世の王たる道を選んでも、あるいは不思議ではないのかもしれませんが……しかし、そこで彼を繋ぎ止めるものがあります。

 それはこの旅で彼が出会ってきた、ごく普通の人々の存在。歴史に名を残した者、残さぬ者、それぞれに自分の生を懸命に生きる、そんな当たり前の人々との触れ合いが、彼の道を決めるのであります。
 それは、死と生、神と人の間を歩いてきた彼の旅の決着としてふさわしいものであると同時に、一人の少年の成長物語としてもまた、見事な結末であると申せましょう。

 そしてその代償に彼が何を得て何を失ったのか……ある種の神話的色彩が感じられる結末は、もの寂しいと同時に、自分自身の道を選び取った者の力強さが感じられます。
 そしてまたそこに、神から人へ、王から人へと移りゆく、勾玉三部作と本作を繋ぐもの、移ろいゆくものを見いだすことも可能ではないでしょうか。


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風神秘抄 下 (徳間文庫)


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2016.05.05

『牙狼 紅蓮ノ月』 第23話「嶐鑼」

 星明は救出されたものの、代わりに依代になってしまった晴明。復活した道満は晴明を奪い、ルドラ復活の儀式を遂行、ついに紅蓮ノ月からルドラが出現する。その巨体で都を炎に包むルドラに対して決死の戦いを挑む雷吼・星明・金時。一方、光宮に押し寄せた民衆を閉め出そうとする道長に対し頼信は……

 見たことのない漢字で構成された今回のサブタイトル、嶐は「る」、鑼は「どら」……すなわち、ルドラであります。

 稲荷の計算違いか、あっさりと意識を取り戻してしまった道満。焦る頼信と金時を無視して彼が向かったのは、前回、泰山府君の法により星明からルドラの闇を移して自らが依代となった晴明のもとでありました。
 覚悟を決めた雷吼が晴明を討とうとした時、晴明の肉体を奪った道満は、星明の術で拘束された自らの片腕を断ち切るという、とんだ羅城門の鬼ぶりを見せて異空間に消えるのでした。

 そしてついに復活の儀式を遂行した道満により、紅蓮ノ月を破って出現するルドラ。その姿はあたかも阿修羅像と昆虫を混淆したような奇怪かつ巨大なものであり、牙狼のラスボスとしてふさわしいものでありましょう。
 そのルドラにその身を差し出した道満は、食われたかと思いきや頭部にフェードイン。そのままルドラは怪光線と火炎で、都を焼き払っていくのでありました。

 その恐怖から逃れんとして光宮に押し寄せる都の民ですが、道長は冷酷にも文字通り門前払いを食らわせて自らは光宮に籠もるという状態。怒った頼信が直談判に向かい、都の民を救って欲しいと請うも、民を光に集う羽虫呼ばわりする道長は、民の犠牲を一顧だにしないのでありました。
 しかし頼信は、その道長の命と偽って光宮の門を開けさせ、民を収容。この辺り、兄と違って宮仕え経験のある彼らしいところですが、醜い内心を隠し、民の前では自分の功績を強調し、自分の配下の黄金騎士がルドラを倒すとまで言ってのける道長の狸ぶりの方が一枚上手でしょうか。もっとも、頼信の行動に怒り狂い、抹殺命令を出す姿からは、前回までの落ち着き払った姿が、単なる虚勢に過ぎなかったことがよくわかるのですが……

 一方、久々に三人揃った雷吼・星明・金時は、強大なルドラに対しても一歩も引かず迎撃を決意。久々に登場した星明の母の魔導具・雷獣に雷吼と金時が飛び乗り、星明は闇堕ち時代に手にしていた巨大な筆を獲物に、ルドラの腕に的を絞って攻撃を開始いたします。
 巨体だけに小回りがきかないのはラスボスの常、雷吼たちの攻撃は確実にダメージを与えていく……かに見えたものの、落とされた腕がなおも命を持って暴れるような怪物相手にはさすがに分が悪く、徐々に押されていくのでありました。

 そしてルドラの攻撃が三人を捉えんとした時、竹の封印でルドラを抑えようとする赫夜ですが、しかしいかに彼女とてこれは荷が重く、攻撃に吹き飛ばされる羽目に。しかしその衝撃が、彼女の記憶を――これまでブツブツと思い出していた謎の文言こそがルドラ封印の呪文であり、その文言が全部で12あることを思い出すのでありました。
 しかしまだ2つの呪文が思い出せない……というところでようやく(格好良く)駆けつけたのは斬牙こと保輔。彼が差し出した星明の書物により、赫夜はついに全ての呪文を思い出すことに――

 にこのどこかで見たような書物、よくよく見てみれば、第19話で道長と晴明が向かった光宮の隠し部屋に安置されていた書物であり、今回道長が光宮を護る結界の要として頼りにしていたもの。
 なるほど、ルドラ封印の秘法が記されていたものであればその効果も納得であります。第21話ラストで稲荷が保輔が盗むよう命じたものがこの書物でありましょう(この時、保輔は無視したように見えましたが……)。光宮の中枢からこの書物を奪ってくるとはさすがは袴垂と言うべきか、道長の愕然とする顔が目に浮かぶようであります。


 何はともあれ、封印の手段が整い、役者が揃ったところで次回最終決戦。
 その行方以上に、個人的には、何か考えているようで実は全く考えていなかった小物ぶりが明らかになってしまった道長の去就が気になるのですが――


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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第10話「一寸」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第11話「斬牙」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第13話「相克」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第14話「星明」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第15話「心月」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第16話「最低」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第17話「兇悪」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第18話「星滅」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第19話「繚乱」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第20話「依代」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第21話「対決」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第22話「共鳴」

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2016.05.04

鳴神響一『影の火盗犯科帳 1 七つの送り火』 火盗にして忍者の捕物帳開幕!

 ある夜、卒塔婆に縛り付けられ、周囲に七つの送り火が燃やされた娘の亡骸に遭遇した甲賀忍者の末裔である旗本・山岡景之。折しも火付盗賊改方頭に任命された彼は、家中で忍術に長けた者で構成された「影火盗組」に探索を命じる。しかし姿なき魔手は次々と娘を襲い、奇怪な事件が続く……

 先日文庫化された異色の忍者ロマン『私が愛したサムライの娘』、海洋冒険伝奇『鬼船の城塞』と、伝奇時代小説ファン好みの作品を送り出してきた鳴神響一初の文庫書き下ろし作品であります。

 題材となるのは火付盗賊改方――文庫書き下ろし時代小説では定番の職業の一つであり、本作は広い意味でいわゆる「捕物帳」と呼んでよいかと思います。
 が、定番ということはそれだけそれを扱う作品が多く、つまりはライバルも多いということであります。そして何よりも、このジャンルにおいて、作者の大きな魅力である伝奇性とスケールの大きさを活かすことができるのか? ……しかし、そんな不安感は、本作においては不要でありました。

 何しろ主人公の山岡景之は――鬼勘解由こと中山直守の約70年後、鬼平こと長谷川宣以の約30年前に――実在した火付盗賊改方頭でありつつも、甲賀忍者伴氏の末裔。そして今なお家臣に忍術使いを集めた彼は、裏の火盗として、影火盗組なる一団を編成、使役しているのです。
 もちろん忍者の末裔である=忍者であるとは実際には言い難いのは百も承知ではあります。しかしそこにロマンを見出すのは作家の仕事。そもそも甲賀忍者の末裔である火盗改方頭という存在を見出し、主人公に設定した時点で、慧眼と言うべきでしょう。

 しかし、そんな景之と配下たちが挑む事件が通り一遍のものでは台無しなのですが、本作はその点もぬかりなし、であります。

 偶然にも火盗拝命前夜の景之が遭遇した、卒塔婆に縛り付けられた茶屋娘の死体。卒塔婆には梵字が刻まれ、周囲に七つの送り火のような火が焚かれるという奇怪な道具立てのこの死体を皮切りに、次々と血祭りに上げられる茶屋娘たち。
 別々の場所で発見されるたびにかがり火が一つずつ減り、そして卒塔婆にも異なる梵字が刻まれたこの事件にいかなる意味があるのか……影火盗組と火盗改方たちの必死の捜査の末に浮かび上がるのは、意外な敵の正体と陰謀の存在なのです。


 というわけで、文庫書き下ろしという新フィールドでも安定した実力を見せてくれた作者ですが、少々手堅すぎる内容に物足りなさを感じなくもありません。

 青年時代に荒れた過去を持ちながらも今は旗本として、そして良き夫・父として活躍する景之をはじめ、登場するキャラクターたちが、ある意味「いかにも」な印象と申しましょうか……
 これはもちろん、そのイメージに敢えて乗せている部分があるのだろうと思いますが、設定・物語の意外性とはいささか噛み合わせが悪いように感じられるのです。

 この辺りのバランス取りはもちろん非常に難しいところであり、むしろ私の言っていることの方が無茶なのは承知の上ですが、やはり作者のファンとしては、よりスケールの大きな、より波乱に富んだ作品を! と期待するところはあります。


 などと言いつつも、クライマックスで景之が見せる行動、「天下」のために踏みつけにされる人々の怒りと悲しみを代弁する痛快な一幕には思わず痺れたのは事実であり、なるほどこの人物なればこそ……と感じられたのも間違いありません。
 だとすれば――火盗改の使命と忍びの力を持ち、そして民のための正義を心に抱くニューヒーローの活躍を、これからも期待するほかないのであります。


『影の火盗犯科帳 1 七つの送り火』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
影の火盗犯科帳(一) 七つの送り火 (ハルキ文庫 な 13-2 時代小説文庫)

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2016.05.03

吉川うたた『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第5巻 それぞれの過去との別れ

 自由奔放で「視える人」な松尾芭蕉と、師匠に手を焼く堅物の河合曽良、二人の一風変わった「おくのほそ道」の珍道中を描く本作も、気がつけばもう第5巻。ついに太平洋側から日本海側に入った二人の旅は、今回も俗世と超自然に挟まれて波乱含みの展開であります。

 前の巻では山形を回った芭蕉と曽良ですが、その途中で勧められたのは、東の松島と呼ばれる象潟の景勝。
 かくて日本海側に抜け、象潟に入った二人ですが、二人を、いや芭蕉を出迎えるのは、中央の人々にまつろわぬ者として討たれた蝦夷であったという手長・足長でありました。

 早速の異界の者との出会いに警戒していた芭蕉ではありますが、曽良、そしてまたもや旅に加わってきた謎の美女・かさねの前から突然消失。気がついてみれば、彼はただ一人、鳥海山の山頂に……
 そして全く思わぬ形で芭蕉とはぐれてしまった曽良の前にも、かつて彼が仕えた主家の人々が、そしてそのしがらみが現れるのでありました。


 というわけで、この巻に収められているのは、象潟から越後を経て市振の関まで、史実では約1ヶ月間の行程。おくのほそ道というと、やはり奥州のイメージが強くありますが、かの「荒海や佐渡によこたふ天の河」の句は、この間で詠まれたものであり、あだやおろそかにはできない(?)地であります。

 ここで離ればなれになってしまった二人ですが、その向かった先、待ち受けているものは極めて対照的です。

 鳥海山は大物忌神社に飛ばされた芭蕉の前に現れたのは、件の手長・足長、そして奥州でも幾度となく彼の前に現れた大先達・西行法師……つまりは、この世のものならぬものたち。
 これまでも幾度となく彼らのような存在と出会ってきた芭蕉ですが、しかしここで描かれるのは、彼らとの別れ。これまで幾度も芭蕉の前に現れた彼らとの別れは、芭蕉ならずとも、ある種の感慨を覚えさせられるものでありましょう。

 ちなみに史実では鳥海山には立ち寄っていない芭蕉ですが、大変な力業で飛ばされてしまうのも、以前の恐山と同様というわけで、何となく慣れてしまったのも可笑しいところではあります。

 それはさておき、師匠が超自然の世界に巻き込まれている一方で、曽良を待ち受けていたのは、ある意味それとは正反対の世俗的な世界。彼がかつて身を置き、そして捨ててきた世界――武士の世界が、彼の前に再び現れるのです。

 元は武士であり、敬愛する主君を持ちながらも、主君に別れを告げ、歌の道に入った曽良。それは師である芭蕉とよく似たものと見えますが……
 しかし彼の場合、主君とは死別ではなく、そしてまた、主君のことを折に触れて思い出したりはしないのが、また彼らしいとも申せましょう。

 しかし逃げても追ってくるのが浮き世のしがらみ。芭蕉と引き離され、よんどころない事情にやむなくつき合うことになった曽良を待つものは……貞操の危機!?(いや本当)


 何はともあれ、それぞれ対照的な旅をする羽目になった芭蕉と曽良ではありますが、しかし二人に共通するのは、その旅が「過去との別れ」であることでしょう。

 芭蕉は奥州で出会った人ならざるものたち――忘れ去られた過去の象徴とも言うべき存在と、そして曽良は一度はその身を置いた(そして既に一度捨てた)人々と……
 それぞれに告げた過去と、この時期に別れを告げたことは、このおくのほそ道の旅の終わりが近いことと無関係ではありますまい。

 この旅も残すところあとわずか。そこで二人が何と出会い、何と別れることとなるのか……そしてその先に二人を待つものは何か。
 これまで同様、史実の上で我々が知るものとはまた別のものを見せてくれることを、期待してもよいのではないでしょうか。


『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第5巻(吉川うたた 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
鳥啼き魚の目は泪~おくのほそみち秘録~ 5 (プリンセスコミックス)


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2016.05.02

犬飼六岐『黄金の犬 真田十勇士』 十勇士、天下の権を笑い飛ばす

 戦国を流浪しては金のために大暴れする猿飛佐助ら十人の凄腕たち。そんな彼らが次に向かったのは、大坂城の真田幸村の屋敷だった。大坂冬の陣の後、敗色濃厚な豊臣家を救うため、徳川との再戦の時期を遅らせてほしいという幸村の依頼に、佐助たちが示した条件は、高額の報酬ともう一つ……

 最近個人的にすっかりしないことが多く、スッキリさせてくれる本を読みたいなあ……と思っていたところに出会ったのが本作です。
 本作は、いま一番の売れ筋とも言うべき真田幸村を題材とした作品ですが、しかしその切り口はここでしかお目にかかれないユニークなもの。そして何よりも、実に痛快、まさにスッキリさせてくれる快作なのであります。

 時は1615年、大坂冬の陣も終わり、天下の帰趨がほぼ定まった頃。本作の主人公は一人一人が持つ凄まじい能力で自由気ままに諸国をさすらう十人のプロフェッショナル……

 凄腕の忍びでまとめ役の猿飛佐助
 佐助に並ぶ達人で美形の霧隠才蔵
 短気で矮躯を馬鹿にした相手は許さない三好清海
 兄の命じるまま、兄と正反対の巨躯を駆る三好伊佐
 伊達男で女には甘い海野六郎
 生活能力は皆無だが火薬使いの天才・望月六郎
 暇さえあれば鉄砲の整備ばかりの筧十蔵
 水中戦なら最強の河童男・根津甚八
 才蔵を慕う男装の美女、穴山小助
 すぐに人を怒らせる自称軍師の由利鎌之助

 そう、後世に真田十勇士と呼ばれる面々であります。しかし本作の十勇士は、「普通の」十勇士とは大違い。あくまでも雇われたから幸村に味方するというドライで不敵な連中なのです。

 本作は、そんな十勇士が、次なる戦いへの時間稼ぎのために幸村に雇われ、徳川方に戦いを挑むことになるのですが……しかし彼らの原動力となるのは、金だけではありません。もちろん名誉や忠義などでもありません。
 彼らが雇われるに当たってつけた条件、それは「秀吉の黄金の茶室で呑み食いしてみたい」。そんな酔狂な理由から、徳川を相手に命を賭ける……そんな反骨ぶりを発揮する連中の活躍が、痛快でないはずがありません。

 かくて四方に分かれて彼らが挑むのは、徳川の大坂攻めを遅らせるためのミッション。家康の「影武者」を暗殺し、徳川方の金山を潰し――時間稼ぎ、嫌がらせというにはいささか過激な内容ですが、そんな気軽さでもって、彼らは死地に赴くのです。


 真田幸村に忠誠を誓い、その最期まで運命を共にしたという十人の勇士・真田十勇士。しかし本作の十人は、上に述べたとおり、忠義など薬にしたくともない連中であります(そもそも、真田家の家臣ですらありません)。
 彼らが信じるのは、ただ己の技量のみ……もちろん、仲間のこともそれなりに信じてはいますが、一種ドライな関係に留まります。

 それは一見、ひどく味気なく、寂しくも見えるかもしれません。終盤、佐助が幸村に告げた家康必殺の策のように、非情とすら言えるでしょう。
 しかし、その幸村が、豊臣家に忠誠を捧げつつも、それに翻弄された末に滅びを目前としたことを思えば、己の腕を頼みに生きる十勇士の生き様は――特に現代のような、様々な規範が崩れつつある時代においては――何とも心強く、頼もしく、そして豊かな人間性を感じるのは私だけではありますまい。

 世俗を、天下の権力を笑い飛ばす……彼らが条件に出した、天下人が作った黄金の茶室での飲み食いは、その反骨と心意気の表れにほかならないのです。


 そんな痛快な本作ですが、一つ欠点があります。それは、あまりに早く結末が訪れてしまうことであります。
 無茶を承知でいえば、この倍はあってもよかったのではないか、あって欲しかった……十人の勇士の痛快な冒険はまだまだこのくらいでは物足りない、続編でも前日譚でもいい、もっともっと読みたいと、そう感じてしまうのです。


 ちなみに作者が十勇士を扱った作品には、大坂の陣の後、無敵の猿飛佐助を討つために奔走する「普通の」忍びたちの姿を描く『佐助を討て』があります。
 本作とは異なる世界観の作品ではありますが、歴史の陰で確かに息づいていた個人たちの姿を描くことでは共通する点もある作品ですので、ぜひこちらもご一読を。


『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐 角川春樹事務所) Amazon
黄金の犬 真田十勇士


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2016.05.01

ブログ検索を追加しました

 今ごろで大変恐縮ですが、要望をいただいておりましたブログ内検索を追加しました。というか、以前からブログに検索機能はついていたのですが、あまりにも……でしたので、あたらしいものを、このブログの右サイドバーの一番上に設置しました。検索機能は、ココログ最強検索を利用させていただきました。ありがとうございます。

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『仮面の忍者赤影』 第19話「忍法つむじ傘」

 マリアの鐘がある彦根に向かう卍党。後を追う白影の凧は、黒道士の忍法つむじ傘の襲撃を受けて墜落、傷を負った白影は、彦根からやって来た少女・お糸に助けられる。お糸と会った赤影は、彼女がマリアの鐘を持っていると知るが、そこに黒道士の襲撃を受け、二つのギヤマンの鐘が奪われてしまう……

 前回、彦根に向かった少女・お糸が持っていると判明した第二のギヤマンの鐘・マリアの鐘。彼女を追って彦根に殺到するうつぼ忍群ですが、後を追う赤影はずいぶんと余裕の表情であります。
 どうやら赤影の愛馬の白山が子供を避けようとして怪我をしたらしく、焦って白山を責める青影ですが、突然口を利いて謝罪した白山に青影はビックリ仰天、尻に帆かけて先に行くのでした。実はこれ、赤影の忍法口移し、要は腹話術だったのですが、その後本当に白山が喋りだして赤影もビックリ……
(この場面、赤影が素で驚いていて非常に可笑しいのですが、赤影は青影と二人になると途端に羽目を外すなァ……)

 それはさておき、山中でもの凄い雷雨に出くわした青影は、通りすがりの大きな傘を持った男に助けを求めますが、ビジュアルといい言動といい奇矯すぎる男にドン引き。実は彼こそは最後のうつぼ忍群・黒道士! ……なのですが黒道士も青影も、お互いの正体に気付かずスルーしてしまうのでした。
 さて、幻妖斎一行と合流した黒道士は、挨拶代わりにと、やって来た赤影を襲撃、猛攻の前にダウンした赤影から鐘を奪い取ろうと懐に手を入れますが……ドッカン大爆発。赤影の変わり身の術でありました。

 名誉挽回と、今度は空を行く白影の凧を襲撃する黒道士。可愛らしいカラカラという音を立てて飛ぶ黒道士のまんじ傘の周囲に付けられた刃によって凧を両断されて白影は墜落、何とか水に落ちたものの、重傷を負ってしまうのでした。
 と、そこに通りかかったのは彦根からやって来た少女・お糸。彼女は白影からの伝言を受けて、再び彦根に戻ることになります。ちなみに黒道士は白影と出会う前のお糸と出会っていながら、彼女が探す相手と気付かず見逃す始末……

 さて、赤影と青影が(忍者姿で)泊まる宿を訪れたお糸ですが、ここで突然、不思議な音が鳴り始めます。赤影の持つゼウスの鐘と、お糸のマリアの鐘と、二つのギヤマンの鐘が共鳴したのであります。
 思わぬ縁で二つの鐘を手に入れたかに見えた赤影ですが、そこにまたしても黒道士が登場。手裏剣で影を刺して動きを封じる忍法影縫いという、色物な外見に似合わぬ正当派の忍法を使う黒道士に動きを封じられた赤影は、ドヤドヤ狭い階段を上がってきたうつぼ忍群に二つの鐘は奪われてしまうのでした。

 絶体絶命の窮地に、最後の力を絞って蝋燭を消し=影を消して自由を取り戻した赤影。しかしその時には黒道士はお糸を小脇に抱え、つむじ傘で空中に……が、傘に映る何者かの影。「赤影参上!」――そういえばこの人は飛べるのでした。
 ホームグラウンドであるはずの傘の上で赤影に一方的に翻弄された末、叩き落とされる黒道士。しかしパラシュートで落下速度を緩めた黒道士は、忍法火吹き竹で自分の傘に放火、今度は赤影とお糸が墜落――というところで、重傷の身を推して半分の凧で駆けつけた白影により、二人は救われるのでした。

 鐘二つは奪われたものの、最後のサタンの鐘の在処を前回登場したおかねさんから聞いていた赤影。しかし彼らの話は、卍党のカナリア・アミーに聞かれていて……って、それを知りながら暢気に言葉を交わす白山、動物は相身互いじゃないよ!


 ついに登場した最後のうつぼ忍群・黒道士。へそが背中についていると自称するくらいのへそ曲がり、というよりはっきり言って奇矯なその言動に、ただでさえガバガバなムードが漂う卍党編はさらに大変なことに(しかしその一方で、普通の(?)忍法も操る腕利きぶりを見せるところが心憎いところではあります)。
 それにしても白山も突然しゃべり出すし、もうどうしたらいいのか……


今回の怪忍者
黒道士

 黒と白のストライプの装束をまとった第七のうつぼ忍群。巨大な西洋傘につけられたハンドルを回すことにより、ヘリコプターのように自在に宙を舞う忍法つむじ傘の使い手。その他、発火弾を放つ火吹き竹、相手の動きを封じる影縫いなど、オーソドックスな忍法も操る。


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