黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第10巻 なおも戦い続ける「新撰組」の男たち
『PEACE MAKER鐵』も復活以来順調に巻を重ね、ついに十巻の大台に突入しました。まだまだ続く地獄行、この巻では甲府城に向かうことになった新撰組――いや甲陽鎮撫隊。ついにあの人物が脱落し、それでも続く戦いの中で、鉄之助が果たす役割とははたして……
鳥羽伏見の戦での大敗、そして大坂からの帰還と激動の中で、山崎丞を失うこととなった新撰組。それでも戦いを諦めることない近藤と土方は、徹底抗戦のため、江戸を離れ、甲陽鎮撫隊と名を変えて甲府に向かうこととなります。
そしてその隊士の中には、労咳で病み衰えた沖田総司の姿が……
と、冒頭からいきなりキツい展開のこの10巻。史実では沖田が(途中までとはいえ)甲陽鎮撫隊に加わったかは諸説あるようですが、本作においては病を推し、自らの二本の足で歩いて甲府に向かいます。
しかし刀を振るうはおろか、歩くのすらやっとの沖田にとって、それはあまりにも重い苦行。それでもなお、なぜ彼は歩こうとするのか。なぜ土方は彼を歩かせるのか?
近藤が、土方が、永倉が、原田が、全ての者が沖田を慮りながらも、しかし沖田の歩みを止めさせようとしない。それは皆が、沖田の想いを、彼を支えてきた、彼を支えるものを知っているからにほかなりません(そんな中で、一人彼に直接力を貸そうとする鉄之助が、また彼らしくて泣かせます)。
そしてそれはもちろん、読者である我々も知るものなのですが……だからこそ辛く、だからこそ切なく、だからこそ哀しい。
沖田にとってはあまりに残酷な告白は、こちらの胸を強く突きながらも、同時に激しい感動を与えてくれるのであります。
そして日野に立ち寄り、一時の、そしておそらくは最後の安らぎの時をもった「新撰組」。
ここで、ある意味歴史に名高い土方のアレをネタにして、昔のノリでギャグを突っ込んでくるのが本当にホッとさせられるのですが(個人的にはその前の斎藤ネタも好き)、しかしここから先は修羅の道行きであります。
日野で志願兵を加え、意気揚々と甲府城を目指す一行ですが、しかし時既に遅く、甲府城は新政府軍の占拠するところとなっていたのであります。
土方と鉄之助が援軍要請のために江戸にとって返す中、ある決意を胸に立ち上がる近藤。闘神いや鬼神と化して孤剣を振るう彼を支えるのは……
歴史上は、無謀な戦いを挑んだ甲陽鎮撫隊の無惨な敗北で知られる甲州勝沼の戦い。この巻において描かれるのは、まさにその戦いであります。
既に満身創痍の状態である彼らをこれ以上鞭打たなくとも、と思わざるを得ませんが、史実なのですから仕方がありません(宴会やっていて間に合わなかった説をとっていないのはせめてもの救いですが)。
しかし、そうであったとしても、その隙間に、人の魂の輝きを見出し、描き出すのは、フィクションに許された特権でしょう。ここで近藤たちが見せるのは、決して悲しく、惨めな姿だけではありません。
いやそれどころか、フィクションの翼に支えられて描かれるのは、なおも戦い続ける信念の男と、その男を支える男の絆の姿。それこそが、我々が見たかったものだと言い切っても構いますまい。
そしてその一方で、江戸に戻った鉄之助を待っていたのは、江戸城を預かる勝海舟の意外な行動。そういえば彼は、鉄之助の父とは知り合いだった……と、ここで我々は思い出すことになります。
そして、鉄之助の父の異名――ピースメーカーもまた。
ここで史実を見てみれば、甲州勝沼の戦いの直後、江戸城では歴史に残る出来事が起きることになります。その出来事に、鉄之助が何かの役割を果たすとすれば、それはピースメーカーの名に符合するものとなのではないか?
沖田が、近藤が、土方が、それぞれが自分の戦いを続ける中、果たして鉄之助の戦いとは……相変わらず、辛くとも目が離せない作品です。
そしてこちらも絶望的な戦いを続ける沙夜の方は……しばらくはこの調子で酷い目に遭い続けるのではないかと、これはこれでどうにかしていただきたいところではあります。
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