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2016.05.30

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 七 邂逅の紅蓮』 嵐の前の静けさからの大爆発

 いよいよ物語もクライマックスに突入した感のある『素浪人半四郎百鬼夜行』の第7弾、通算第8冊目であります。田沼意次と松平定信、二人の権力者の間の暗闘に巻き込まれた末、聊異斎や捨吉と離ればなれとなった半四郎。しかし江戸で、そして浅間山麓で彼らそれぞれに怪異が迫り、そして……

 吉宗に仕えた父がかつて目撃したという大秘事を胸に秘めてきた最高権力者・田沼意次。その意次を激しく敵視し、「服部半蔵」率いる怪忍者を暗躍させる松平定信。
 江戸に続発する怪異を追う中、半四郎たちは、この二大権力者の間に挟まれる形となり、その果てに刺客の襲撃を受けた聊異斎は、捨吉を連れて江戸を捨てることになった……というのが第一部の結末でした。

 そして一人残された半四郎に近づくのは、田沼家の者たち。聊異斎と関わりのある半四郎を取り込まんとする彼らに対し、既に世俗の冥利には興味を持たぬ半四郎は、半ば黙殺するような態度をとってきたのですが……本作の第一話「黒旋風」において、彼は田沼家から思わぬ依頼を受けることとなります。

 葬儀が行われる寺に運ばれる途中、棺の中から忽然と姿を消し、そして田沼家の屋敷の周囲で発見された死体。二度も続いたその怪事の解決を、半四郎は依頼されたのであります。
 聊異斎らの助けは得られない状況で、ただ一人調査を始めた半四郎。その中で彼がたどり着いた意外な真相とは……

 そして、浅間山麓に姿を現した聊異斎と捨吉が村人たちに受け入れられるまでを描く掌編「膏盲虫」を挟んで、本作の後半に収録された第三話「山鬼」、第四話「包囲の網」では、一気に物語が動き出すことになります。

 噴火が始まった浅間山麓に出没する、謎の魔物・山鬼。幼子のような姿ながら野生の獣を屠り、喰らう山鬼の出現に村人たちが恐れおののく中、ある予感を胸に、聊異斎は一時の平穏を捨て、捨吉とともに山中に分け入っていくのでした。

 そして山鬼狩りを口実に、その権力を背景に、浅間山周囲の諸大名を動かして山狩りを仕掛ける意次。半蔵配下の忍びからそれを知らされた危険を省みず聊異斎に合流した半四郎の前に田沼家に雇われた異能の怪人たちが迫るのであります。


 第一部完結の際に離ればなれになって以来、久しぶりに半四郎と聊異斎、捨吉が再会することとなった本作。しかしむしろ全体から受けるイメージは、嵐の前の静けさといったところでしょうか。

 前作で語られた衝撃の事実(特に聊異斎と捨吉の出自には驚かされました)の数々を受けて展開する物語は、確かに大きく動き始めたのですが、しかしまだまだ謎の部分が多く、どこに向かうかが見えないというのが正直なところではあります。
 これまで本シリーズの中心となってきた怪異退治のエピソードの比率がかなり低いこともあり、比較的静かに展開していった印象があるのです。

 が、それもラスト前まで。クライマックスでは、これまで抑えに抑えられてきたものが文字通り大爆発、そして半四郎は、かつてない強敵を迎えることとなります。
 その強敵とは、田沼家に雇われた剣士・涸沼源二郎。かつて半四郎に倒された邪剣の持ち主・桟崎の知人というこの男もまた、人斬りを生業とする凶剣士であります。

 初登場した第一話では半四郎サイドで一筋縄ではいかないキャラクターを見せた彼が、クライマックスではついにその凶刃を半四郎に向けるのですが……いやはや、まさかここでこんなものが描かれるとは! と、この先の展開にはただただ仰天させられました。

 こればっかりは詳しく述べるわけにはいかないのですが、これまでのシリーズが、登場する怪異それぞれに創意工夫を凝らし、他の作品では見られないようなものを描き出していたのに並ぶものがあるとでも申しましょうか……いやこれは必見であります。


 そしてある意味それ以上に驚かされたのは、ラストで半四郎を待つ運命なのですが……シリーズ最大の危機とも言うべき状況で、彼に何ができるのか、そして彼は何を選ぶのか。そして江戸で待つ仲間たちとの再会はあるのか?

 ついに吹き荒れ始めた嵐の中で物語がどこに向かうのか、それは全くわかりません。ただできるのは、その行く先を必死に追うのみ……そしてもちろんそれは我々にとっても望むところなのであります。


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