輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
今月、シリーズ最新巻も刊行される『古道具屋皆塵堂』シリーズの第6弾であります。曰く付きの品ばかり持ち込まれる皆塵堂を今回訪れることになるのは、放蕩三昧の挙げ句に勘当された大店の放蕩息子・円九郎。人間を叩き直すための荒療治で皆塵堂に預けられた円九郎ですが、彼に迫るものは……
暇さえあれば釣りに出かけてしまういい加減な店主・伊平次と、無愛想で冷笑的ながら客あしらいは天才的な小僧の峰吉の二人が営む古道具屋の皆塵堂。
古道具屋になる前には凄惨な強盗事件も起きた家で営まれるこの店に並ぶのは、人死になどに絡んだ曰く付きの品物ばかり。当然ながら(?)様々な怪異が起こるこの店には、なぜか様々な悩みを抱えた若者が働きに訪れ、そして彼らなりの答えを見出していく……それがシリーズの基本ラインです。
本作もそれを踏まえた展開なのですが、今回店にやって来た若者は、シリーズ屈指の役立たず、生まれた時から親に甘やかされて育った放蕩息子・円九郎であります。
この円九郎、同じような身の上の友人二人と遊び歩いていたものが、放蕩の度が過ぎて親から金をもらえなくなり、挙げ句の果てに賽銭泥棒をしようとして失敗、勘当されてしまったという何とも締まらない奴。
もっとも勘当といっても本式ではなく、性根が直ればまた家に帰れる……という形で、その修行の場として預けられたのが、皆塵堂というわけなのであります。
しかし円九郎は、喩えではなく「影」を背負った男。かつて皆塵堂で修行したシリーズレギュラーの視える青年・太一郎によれば、円九郎には何やら不吉な、彼を狙う黒い影が憑いているとのこと。
皆塵堂の怪異に翻弄される毎日を送りながらも、周囲を犠牲にしながら近づいてくる影に怯える円九郎の運命は……
というわけで、今回もまた厄介な事情を背負った厄介な若者がやってくる皆塵堂。連作短編スタイルでエピソードが積み重ねられ、最後のエピソードで全編を通じた結末が描かれるという構成は、これまでと異なるものではありません。
これまでと異なるとすれば、先に述べた通り、円九郎が本当に役立たずな点でありましょうか。
この円九郎、根は決して悪い人間ではないのですが、とにかく腰が定まらず、流されやすい男。働いたことなどなく気も回らないため、全く店の役には立たないのですが、そんな彼が皆塵堂に預けられたのは理由があります。
その名とは裏腹に、あまりに苦労とは縁なく、そして世間を知らずに育った円九郎。そんな彼の境遇と性格は、一歩間違えれば他人の気持ちなど考えず平気で傷つける、非人間的なものとなりかねません。
事実、仲間に引きずられてとはいえ、彼は住人が非業の死を遂げた空き家に忍び込んで彼らを嘲るようなことをしでかしているのですから(そしてそれがどんな報いをもたらすかは……まあ予想通りであります)。
そんな彼の両親とは知人であり、そして皆塵堂の大家である清佐衛門は、曰く付きの品物だらけの皆塵堂に置くことで、円九郎に人情の何たるかを叩き込もうと考えたのであります。
そう、曰く付きの品物に込められた想い……持ち主が、関わった人間が亡くなってもなお残る亡魂は、ある意味究極の人情なのですから!
この辺り、怪談を「怖い物語」としてきっちりと描きつつも、物語がその背後に持つ意味まで遡って描き出す作者のデビュー以来のスタンスが垣間見えて、何とも嬉しいのであります。
閑話休題、しかしその企ては、かなりの荒療治であることは言うまでもありません。既に黒い影に憑かれた彼が皆塵堂の品物に近づくのは、油を被って火に近づくようなもの。
最近このシリーズは、少々怖さが薄れてきたような印象があったのですが、本作は描写といい内容といい、真剣に怖い怪異の連続。特に「黒い影」の正体たるや……
果たしてその恐怖を乗り越えて円九郎は立ち直ることができるのか、いや生き延びることができるのか? 珍しく伊平次も動くクライマックスは必見であります。
さて、冒頭に述べたとおり、シリーズ最新巻の刊行も間近だという本作。しかしこの最新巻は同時に最終巻だとのこと。
シリーズの大ファンとしては何とも残念ではありますが……しかし最後のコワイイ話を楽しみにしたいと思います。
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