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2016.06.13

大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!

 松前藩を牛耳る悪徳商人・赤崎屋吾兵衛によって滅ぼされた八幡屋の遺児・銀之助を守って必死の戦いを続けてきた男たちの戦いを描く『ごろつき船』もいよいよクライマックス。11年の雌伏の時を経て立ち上がった男たちが、松前藩を、赤崎屋を向こうに回しての大決戦を繰り広げることになります。

 松前藩家老・蠣崎主殿と結んだ赤崎屋により、抜荷の濡れ衣を着せられた末に一族皆殺しとされた八幡屋。
 幼い銀之助は、江戸の盗賊・佐野屋惣吉、硬骨の松前藩士・三木原伊織、世捨て人となっていた江戸の武士・土屋主水正らに助けられ、辛うじて本土に逃れることに成功します。

 しかし伊織は熊に襲われて生死不明となり、惣吉は捕らえられて佐渡送り、江戸に戻った主水正も、かつて弟に譲り身を引いた愛する人と再会、弟と彼女との間に挟まれた上、それを敵に利用されることに……
 辛うじて敵に一矢報いたものの、強固な敵に手を出せぬまま時は流れて11年。実に物語は、ここから本編とも逆襲編とも言うべきクライマックスに突入するのであります。


 健やかに成長し、船乗りとしての修行を始めた銀之助。しかしその行方を嗅ぎつけた小悪党により彼の所在は赤崎屋に知れ、彼の身辺に魔の手が迫ります。
 銀之助を守るは、土屋主水正と豪傑和尚・覚円、そして江戸を騒がす怪盗幽霊組の頭目・田島屋重兵衛。彼らの手により、赤崎屋一味とのギリギリの攻防戦が繰り広げられた末、ついに銀之助は敵の手に落ち、孤島の水牢で死を待つばかりに……

 と、素晴らしいのはここからの展開。これは流石に触れなければ説明できないので書いてしまいますが、その時孤島に響き渡る咆哮。何と、日本にいないはずの虎が赤崎屋一党に襲いかかったのであります!
 その虎を連れるのは、母によく似て美しく成長した三木原伊織の娘・春江。隠れ切支丹一党の海賊船に拾われ、頭目の娘として育てられた彼女は、赤崎屋を父の仇と狙い、愛虎と忠実な老船頭を供にこの島に乗り込んできたのです。

 冷静に考えるとリアリティレベルがガクンと下がりかねないのですが、しかし登場のタイミングといい、現代の作品に登場しても違和感のないキャラ造形といい、見事としか言いようがない春江のキャラクター。
 何よりも、11年前、運命の荒波に弄ばれた人々の一人が、こうして頼もしい姿で再登場するのには、胸を熱くするほかないのであります。

 そう、本作の後半で描かれるのは、艱難辛苦を味わい尽くし、散り散りとなった人々が集結し、悪を討つ刃となって立ち上がる姿。これが盛り上がらずにいられるでしょうか?


 本作の前半でひたすらに描かれてきたのは、自らの中に弱さも強さも秘めた人々が、運命の悪意に翻弄されながらも必死に歩を前に進めようとする姿でした。
 確かに、彼ら一人一人は、あくまでも小さな存在に過ぎません。一つの藩をバックにした者に対しては、吹けば飛ぶような存在であります。しかし、彼らが一度が手を携え、一つになって立ち上がったとしたら――

 表向きの地位も身分も持ち、権力に守られた人々に抗する彼らは、なるほど「ごろつき」に他ならないかもしれません。
 しかし強者として他者を踏みにじり、非道を為す者たちに――いや、さらに言ってしまえば、そんな者たちの存在を許してきた天道に対して立ち上がる彼らは、何と誇らしく、頼もしい「ごろつき」であることでしょう。

 本作が発表されたのは昭和3年。その時期に、本作が国や権力からどこまでも自立した一個人(たち)の姿を描き出したことは、本作で描かれた何にも増して感動的に感じられるのです。
 そしてそこに描かれたものは、90年近く経った現代に生きる我々にとっても少しも古びることなく、まぶしく輝き続けているのです。

 どこまでもエンターテイメントの王道を貫きつつも、いつの世にも変わらぬ人の善き姿を、在るべき姿を描き出した傑作であります。


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