上田秀人『御広敷用人大奥記録 10 情愛の奸』 新たなる秘事と聡四郎の「次」
八代将軍吉宗の懐刀として奮闘を続ける御広敷用人・水城聡四郎の物語も、本作でついに二桁に突入。勘定吟味役時代から数えれば実に18作、作者の主人公の中でも最も長きに渡り活躍していることになります。本作においては、新たに尾張藩にまつわる陰に触れることになってしまった聡四郎の運命は……
吉宗が愛する竹姫を正室に迎えるための下準備として、前作では京を訪れることとなった聡四郎。
そこで地元の裏社会と結んだ元御広敷伊賀者・藤川の送り込む刺客と死闘を繰り広げたものの、まずは無事に任を果たし帰れる……かと思いきや、吉宗から新たに下されたのは尾張探索の命でした。
詳しい内容はわからぬまま尾張に向かうことになった聡四郎一行は、代々の藩主の菩提寺に詣でることで相手の様子を窺うのですが、これが見事に当たったと言うべきか、聡四郎一行を次々と襲う尾張の刺客。
慣れぬ旅の最中に苦戦する聡四郎に対し、彼に従う伊賀者・山崎伊織が提案したのは、何とこれまで聡四郎を仲間の仇と付け狙ってきた伊賀の里の忍びたちを雇うことで――
というわけで、この巻では、半分以上のウェイトを割いて尾張徳川家にまつわる新たなる闇と謎が描かれることとなります。
尾張徳川家といえば、同じく御三家の紀州出身の吉宗を敵視し、幾度となく衝突したことで有名ですが、その理由の一つが、将軍位を巡っては吉宗とライバルであった徳川吉通が若くして(それも将軍を目前として)亡くなったことでしょう。
本作で描かれるのは、まさにその吉通の死にまつわる謎。伝奇ものでは吉宗が手を下したと描かれることもある吉通ですが、本作においてはその真実を吉宗が探るよう命じるというのが、なかなかに面白い構図であります。
その真実は――ここでは触れませんが、終盤である人物が語るその内容は、なかなかに捻ったものであると同時に、多くの作品で将軍位継承の闇を描いてきた作者ならではのものではある、とは言ってもよいでしょう。
それを主人公の預かり知らぬところで「自白」してしまうのもまた、作者の作品に多い展開ですが……
しかし、シリーズタイトルにあるように、本作はあくまでも大奥を巡る物語。そちらの方も、聡四郎不在の間にも動いていくのですが――これまで吉宗の宿敵として月光院と並んで暗躍してきた天英院一派も、以前に行ったあまりに卑劣な策が露見し、ついに没落の兆しを見せることになります。
(本作の冒頭で描かれる、その痛烈なしっぺ返しのくだりは、こう言ってはなんですがなかなに痛快)
京の公家たちの不気味な動きもあるものの、竹姫を正室に迎える準備も整いつつある中、吉宗はもう大奥で事件は起こるまいと語るのですが……そうなると気になるのは、シリーズの先行き、いや、聡四郎の今後であります。
これまで聡四郎には厳しく当たり、ほとんど無理難題とも言える使命を押し付けてきた吉宗ですが、本作においては珍しく(?)聡四郎を評価する言葉が並びます。
そう、いまだ将軍になって日の浅い吉宗にとって、聡四郎は数少ない懐刀。そして超実力主義の吉宗にとってそれは、聡四郎が――まだまだ未熟であるにせよ――吉宗に応えるだけの力を持つことを意味します。
そして、大奥の件が収束に向かういま、いよいよ聡四郎の「次」が見えてきた感があります。
もちろんそれが何なのかは、現時点ではわかりません。勘定方に復帰するのか、あるいは別の役職に就くのか? 御広敷伊賀者たちとの関係が一つの鍵になるやもしれませんが……
(それにしても、役人は「異動」させれば次の物語に入れるというのは、役職が固定した作品の多い時代ものではある意味盲点でした)
しかし、吉宗の予想と裏腹に、これから起きようとしている一大事。その成否も含め、まだまだ波乱の種はつきません。さらに聡四郎の周囲には、彼の口を封じんとする尾張の暗殺団に、藤川を頭とする裏に下った伊賀者たちとまだまだ数多くの敵が存在します。
これらにケリをつけ、「次」に進むことができるのか、いよいよクライマックスが近づいてきました。
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