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2016.07.13

『戦国武将列伝』2016年8月号(前編) これで見納め、ラストの列伝

 二ヶ月に一度、とびきり新鮮で個性的な作品の数々で楽しませてくれた『戦国武将列伝』。それが全く突然のことながら、この8月号で休刊とのこと。あまりにも残念なことではありますが、しかし最後まで充実の一言だった同誌を笑顔で送るため、今回は掲載全作品を紹介することといたしましょう。

『セキガハラ』(長谷川哲也)
 驚天動地の関ヶ原の合戦を描いてきた本作もいよいよ最終回。前回、三成が、家康が、仲間たちが、総力を結集した末に全ての黒幕であった黒田如水は倒れたのですが……
 しかしその死の間際、黒ノ巣の塔の力を奪ったのは小早川秀秋。誰にでも姿を変えることのできる彼は、増幅されたその力で、誰もを自分の姿に変え、この世界全てを自分にしようと企んでいたのであります!

 史実で合戦の帰趨を決した裏切りを働いた秀秋。本作ではそのような動きを見せなかったのですが……最後の最後でまさかのセカイ系大暴走。全てが「僕」になった世界であれば、争いは起きないというのは道理かもしれませんが、しかしそれは、これでもかとばかりに個性的な面々が暴れまわった本作に貫かれた価値観――多様性とは対極に位置するものでありましょう。しかしあまりに強大な秀秋の前に、残るは三成とあの凡人のみ……

 個人的には(本当に無茶を言っているのは承知ですが)ラストは史実と帳尻を合わせて欲しかった、とは思いますが、しかし既に「別の時間線」という概念が出ている以上、それは野暮というものでしょう。最後の決着をつけたのは「彼」だったという趣向も楽しく、まずは大団円というほかありますまい。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 東北という世界では常識外れとも言うべき「小手森城の撫で斬り」で、強烈な存在感を残した政宗。父はもちろん、あれほど対立していた母までも、彼のことを新たな当主として認めるようになっていくのですが……

 と、今回はある意味谷間というべき静かな回ではありますが、この後に政宗と伊達家に何が待ち受けているかは、よくご存知のとおりでしょう。それを考えれば、この静けさが、全く別の意味を持って感じられるのですが……特に政宗と母との関係が変化しかけている描写があるだけに、これは本当にキツい。
 ここで休刊とは(雑誌を移して続くとはいえ)なかなか罪なことであります。


『紅娘の海』(叶精作&篁千夏)
 紅娘ら倭寇一党と島津との戦いも今回で一応の結末。島津義弘の三州統一の野望を阻まんとする義弘の伯母・御南の方と結んだ紅娘たちは、ある策を以って島津軍と対峙するものの(例によって)紅娘が敵に捕らわれ……

 というわけで、基本パターンは変わらぬものの、今回(そして前回も)異彩を放つのは、御南の方の存在。島津忠良の娘に生まれて大隅の肝付兼続に嫁ぎ、肝付の家を守るために密かに紅娘たちの陰の軍師として島津の敵に回るという複雑な立ち位置が何とも面白い。

 紅娘を通じて一貫して女の戦い、戦う女を描いてきた本作ですが――そしてそれが悪趣味なエロと直結していたためにこれまで採り上げる気が起きなかったのですが――こういう女の戦いもあるのか、と改めて感心した次第です。振り返ってみれば、歴史ものとしてもなかなかユニークな作品でありました。


『焔色のまんだら』(下元ちえ)
 狩野永徳亡き後、天下一の絵師の座を目前とした等伯。しかし彼の理解者であり後盾、そして盟友である千利休が秀吉に切腹を命じられ、大きな衝撃を受けることになります。
 ここで閉門状態の利休のもとに、なりふり構わず忍んでいくのが本作の直情径行の等伯らしいところですが、圧巻は等伯と利休、二人の対話と、それを受けての利休切腹の場面であることは間違いありません。

 悲しみ憤る等伯に対し、己が死に臨む理由と心境を静かに語る利休。その利休の姿に、「黒」――己が打ち込む水墨画の、全てを描き包み込む墨の黒を、等伯は感じ取ることになります。そして切腹の最中、利休が視たもの……それは、その墨で黒々と描き出された、等伯の巨大な龍の威容だったのであります。

 そう、ここで描かれるのは二人の偉大な文化人の魂の交流。そしてそれを描き出すに、本作がこれまでもそうであったように、等伯の画と漫画の画を巧みに組み合わせ、浮かび上がり、動き出す画の力を見せてくれるのが、何とも素晴らしいのです。
 本作の残る2話は、増刊に掲載とのこと。いささか変則的な形なのが何とも口惜しいのですが、しかし最後まで見届ける価値は間違いなくある作品です。


 次回に続きます。


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