風野真知雄『女が、さむらい 鯨を一太刀』 縦糸横糸の妖刀伝
女性ながら北辰一刀流千葉道場の筆頭となった剣士・秋月七緒と、毒によって体の自由を失った御庭番・猫神創四郎――風変わりな二人の姿を描くシリーズも、第二弾の本作に入って本格始動であります。刀剣屋を開業した創四郎と彼を手伝う七緒、二人の周囲には、名刀にまつわる怪事件が次々と……
江戸三大道場を中心に、剣術が隆盛を極める江戸時代後期。しかし泰平の世に緩みまくったか、男たちはふぬけばかり、女性たちの方が強くなった――という世相を体現するのが、本シリーズの主人公の一人・七緒。
長州藩江戸屋敷の重職の娘に生まれた彼女は、千葉周作の下で剣士として頭角を表し、江戸有数の剣士となったヒロインなのです。
そんな彼女がある晩巻き込まれたのは、徳川家に仇なすという妖刀・村正にまつわる事件。御庭番を毒殺して、彼が手にした村正を奪おうとした一団から刀を取り返した彼女は、命を取り留めた御庭番――創四郎と、やがて互いに憎からず想うようになります。
しかし創四郎が属する御庭番は、二派に分かれて暗闘の最中。毒の後遺症で思うように動けなくなった創四郎は、村正を手に江戸の市中に身を潜めることに……
いささか前置きが長くなりましたが、そんな設定を踏まえて展開する本作の舞台となるのは、創四郎が開業した刀剣商「猫神堂」。
時を同じくして複数本が江戸に現れた村正の情報を集めるため、そして自らの口を糊するために店を開いた創四郎ですが、ただ刀を売るだけでなく、刀の鑑定も行うというのがミソであります。
その「刀剣鑑定いたします」の看板に引き寄せられて店にやってくるのは、いずれも曰くつきの、しかし歴史に残る名刀ばかり。
斬られた相手が屋敷に帰ってから絶命した、竹林から生えてきた、家にある酒を飲んでしまう、子供を避けて賊を斬った……名刀につきまとうそんな信じられない事件の真相を、創四郎は七緒を相棒に、一種の安楽椅子探偵として、解き明かしていくのです。
江戸の市井で起きる奇妙な事件を連作形式で解き明かしていくというライトミステリ調の物語は、これはもう、作者が自家薬籠中のものとする、得意中の得意のスタイル。
一歩間違えれば超常現象のような、それでいてどこか日常系の趣もあり、殺伐さというよりも可怪しさ/可笑しさを感じさせる味わいは、いつものことながら安心して読むことができます。
冒頭のエピソードのようにミステリとしても「おっ」と思わされるものもあれば、後半ではちょっと頭を抱えたくなるようなものもあり、質という点では、少々ばらけているのは気になるところですが……
それはさておき、ライトミステリ風味の短編が横糸だとすれば、村正を巡る暗闘という伝奇風味濃厚な物語と、七緒と創四郎のロマンスが、本シリーズの縦糸。
こうした物語構造も作者の得意とする(そして我々読者も大好物の)ところでありますが、その縦糸の方も、いよいよもつれにもつれてきた……という印象です。
言うまでもなく、徳川に仇なす忌まわしき刀として知られる村正。その村正を求めるのが、薩摩のような外様や、あるいは紀州への恨みから将軍位をうかがう尾張であればまだわかりますが、本作においては当の幕府も村正を求めるという状況なのであります。
そしてそれぞれの勢力が村正を求める嵐の中に七緒と創四郎は巻き込まれてしまったわけですが……しかし巻き込まれたのは彼らだけではありません。
鏡心明智流の女剣士・ゆみ江や神道無念流の町方同心・今井といった七緒に並ぶ使い手たちに加え、本作では新たに創四郎の母・ガラシャと姉・マリアという名前だけでもとんでもない二人に、吉原四十七人斬りの過去を持つ美しい尼・文秀尼が登場。
それぞれの立場から、望むと望まざるとに関わらず、村正を巡る事件に彼女たちは巻き込まれていくことになるのです。
一人ひとりでも主役級の面々が入り乱れるこの展開は、話がとっちらかりかねないところですが、伝奇ものは数多くの登場人物たちが好き勝手に入り乱れるところが一番面白いのは間違いありません。
そしてラストで爆弾を投げ込んでくることでは定評のある作者だけに、本作もとんでもない爆弾が二連発。二人の登場人物が、意外すぎる素顔を露わにする結末には、ただただ唖然とするほかありません。
いよいよ横糸縦糸入り乱れる一大ロマン、たどり着く先はまだまだ見えませんが、今後も楽しみにする以外の選択肢はないのであります。
『女が、さむらい 鯨を一太刀』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
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