吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃
週刊少年ジャンプは、時代ものが多いようで少ない(定着しない)雑誌ですが、本作は現在それに真っ向から挑んでいる作品であります。大正時代、鬼に家族を殺され妹を鬼にされた少年・炭治郎が、鬼を討ち妹を救うために、苦難の道を歩む姿が描かれます。
山中で母と5人の弟妹とともに平和に暮らしてきた炭治郎。町で炭を売って生計を立てていた彼がある日炭売りから戻って来た時に見たものは――朱に染まった母と弟妹たちの死体でありました。
そんな中で唯一生き残っていた妹の禰豆子。しかし彼女は凶暴な鬼に変じて炭治郎に襲いかかります。
人を襲い、その肉を食らう「鬼」。その鬼の血が体に入った者もまた鬼と化し、人を食らうことになる。禰豆子が家族を襲ったわけではないことに気付いた炭治郎は、断片的に人の心を残す禰豆子を背負い、鬼を追って旅立つのですが……
本作の第1話のタイトルは「残酷」。
まさにこの言葉以外はないショッキングな展開から始まる本作は、いわゆるジャンプ漫画(という区切り自体が非常に古臭いものであることはさておき)らしくない、どこか静かで寂寥感すら感じさせる、そしていい意味での不安定さを漂わせる絵と物語で展開していきます。
そしてそんな作品世界とマッチしているのが「鬼」の設定。理性を失い人を食らう、襲われた者に伝染する、日光が弱点という設定は、吸血鬼+ゾンビ(尤も後者はそもそも吸血鬼の影響大……というのはさておき)的ではありますが、そこに一種の神通力的なものも加わり、能力のバリエーションが発生するのが面白い。
そんな彼らが人間と完全に異なる存在ではなく、どこか人間臭い部分を持っているのが、やり切れなくもあり、どこか可笑しくもあり、物語のアクセントとして機能していると感じます。
さて、山を降りてほどなく、鬼を狩る者たち「鬼殺隊」の隊士・冨岡義勇と出会い、禰豆子を守るために必死に立ち向かうこととなった炭治郎。
その覚悟を認め、そして禰豆子が鬼としては自分を抑えた特異な状態にあることを知った義勇の紹介で、仮面の男・鱗滝の下で鬼殺隊に入るための修行を積むことになった炭治郎は――
と、この第1巻の後半で描かれるのは、炭治郎の修行の数々。素人同然だった少年が、その力を引き出し、認められるために修行を重ねる、というのは少年漫画では定番展開ではありますが、しかし、その描写はなかなかに丹念であります。
物語冒頭から示される炭治郎の特技――異常なまでの嗅覚の鋭敏さが、気配を読む力に転化していく(そのビジュアルもまた面白い)というのもなかなかの説得力ですが、何よりも鱗滝の下での最後の試練のくだりがなかなかいい。
巨岩を刀で斬るという試練、そして悩む炭治郎の前に現れた兄弟子・姉弟子の助けで……という展開自体は新味はありませんが、しかし後になって実は、とさらりと読者に明かされる真実が印象に残るのです。
(もっとも、その後の展開ですぐに炭治郎にも明かされてしまうのはちょっと残念のような気も)
しかし先に、修行展開は定番と申し上げましたが、実はこれは諸刃の刃。本当の敵との戦いに入るまでに読者の興味が失われてしまえば、たちまち打ち切り一直線、というのもまた、ある意味定番であります。
本作もそうなるのではないか……と心配いたしましたが、どうやら現在も好評連載中の様子。先に述べたように、定番を押さえつつも、どこか「らしさ」を外した不思議な味わいを持つ作品だけに、この先も独自の世界を見せて欲しい――そう感じます。
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