岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第3巻 激突、伊庭の小天狗vs試衛館の鬼!
心形刀流の若き剣士・伊庭八郎の生涯を描く『無尽』待望の第3巻であります。八郎にとっては尊敬する父であり、心形刀流においては宗家であった八代目伊庭軍兵衛秀業の突然の死に揺れる八郎。そんな彼の将来を決める他流試合の相手、それは幕末に名を残すあの天才剣士で……
コロリの大流行により、あまりに突然に、そして壮絶にこの世を去った秀業。その死にショックを受ける余裕もほとんどなく、八郎の周囲ではにわかに心形刀流の後継を巡る動きが騒がしくなります。
既に九代目の名を継いでいた惣太郎秀俊がいるにもかかわらず、八郎を早くも十代目に担ぎ上げようとする者たちに怒った八郎は、伊庭の家を出ることを口にするのですが……
ここで惣太郎が提案したのは、ある道場で他流試合を行い、それに勝利できれば八郎の思う通りにする、敗れれば惣太郎の養子となって将来十代目を継ぐという案。
それを受けた八郎は、成り行きからその道場――試衛館に、試合相手の偵察に出かけることになります。そう、あの試衛館に。
その途中偶然に出会った土方歳三の案内で試衛館を見学することになった八郎たち。そこにいたのは、島崎勝太(近藤勇)、山南敬助、永倉新八という、綺羅星の如き面々でありました。そして八郎の試合相手とは……そう、沖田宗次郎、言うまでもなく沖田総司その人であったのです。
幕末を駆け抜けた天才剣士として今なおファンの多い沖田。当然と言うべきか、これまで無数のフィクションで描かれてきた彼ですが、ここではこれまでの沖田像を踏まえつつも、本作ならではの味付けがなされているのが実にいい。
子供と遊ぶのが何よりも好きな青年という部分は抑えつつも、無邪気というよりも天然、天然というよりももはや無神経の域に達した言動は、折り目正しい人物が少なくない本作においては新鮮、と言っても良いでしょう。
そしてビジュアルの方はといえば、本作の総司は、決して美形というわけではないものの、眠ったような細い目が印象的で、しかも何よりも面白いのは、「牛蒡」と呼ばれるほど色黒で背が高いこと。
この点はある程度記録に則った容姿ではありますが、色白の小柄な青年として描かれることが多い中では珍しい描写で、何よりも色白の美青年である八郎とは好一対と言えるでしょう。
その沖田が、いざ剣を取れば糸目をカッと見開き、凄まじい剣技を見せるのは――そして練習試合では八郎がなすすべもなく突き技で一本取られてしまうのも――これはお約束と言うべきかもしれません。しかし、それが本作ならではの迫力に満ちた筆致で描かれれば、ただ納得、というよりも「これこそが見たかった!」というほかありません。
そして思わぬ強敵の出現にそれまでの屈託を忘れ、闘志を燃やして義兄や師範たちと特訓に燃える主人公というのも、定番といえば定番ですが、それが実に気持ちがいい。
この辺りに限らず、沖田との他流試合は、ファーストコンタクトから試合展開、試合後に至るまで、ある種熱血漫画の様式美に則っているのですが、しかしこの「伊庭の小天狗」と「試衛館の鬼」の激突にある美しさは、本作に期待していたものの一つを見せていただけたと感じられるのです。
そして初の他流試合の末、己の行くべき道を悟り、歩み始めた八郎。その彼が期待を胸に通うことになったのは幕府の講武所、動乱の時代に向けて設けた武術訓練機関であります。
しかしそこで八郎が見たものは、これまで彼が接してきたような、剣の道・武の道を歩む気概に溢れた者たちとは全く異なる、覇気のない旗本の師弟たち。戸惑いながらも、そこで己を鍛え上げようとする八郎ですが……
これまで描かれてきた八郎の姿が、八郎の身を置く世界が、ある意味武士の理想の姿だとすれば、この巻の後半で描かれるのは、武士の現実の姿とでも言うべきもの。
その現実に、彼がどのように接していくのか……これはある意味、強敵との対決以上に、大いに興味をそそります。
そして、彼が対峙していくべきものは、それだけではありません。これまでも作中で幾度となく描かれてきたように、本作の物語の背後にあるのは、黒船来航を契機に大きく揺れ動き、不安定さを増していく社会の姿です。
そもそも八郎が剣を学んできたのは、この社会を守るためではありますが、しかしこの巻の結末でほのめかされるある事件においては、剣が世界を乱すために用いられることになります。
彼の剣はこの先何のために用いられるのか、剣は何を彼にさせるのか……この先の史実を知っていても、大いに気になるところです。
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