時海結以『南総里見八犬伝 二 呪いとの戦い』
時海結以による児童向け南総里見八犬伝、全三巻のうちの第二巻であります。奇しき因縁を背負わされた信乃・荘助・現八・小文吾・道節――彼ら犬士たちを次々と襲うのは、里見家に祟る玉梓が怨霊。怨霊に使嗾される悪人たちと対峙することとなった犬士たちの未来は……
家伝の宝刀・村雨丸を奪われ愛する浜路を喪い、深い悲しみに沈みつつも丶大法師の言により、己の背負った宿命と挑むべき呪いの存在を知った信乃。新たな仲間であり、浜路の兄である道節と出会った信乃と仲間たちですが、しかし道節が狙った管領軍の追手を前に、荒芽山から散り散りに落ち延びることとなります。
そしてこの巻で描かれるのは、彼ら五人の犬士が、各地で繰り広げる冒険の数々であります。
武蔵国に逃れた小文吾は、対牛楼で一族の仇を狙う美少女・旦開野、実は犬坂毛野に窮地を救われ――
下野国を訪れた現八は、庚申山に潜む化猫と遭遇、父を化猫に殺された犬村大角と共にこれと対決し――
甲斐国を訪れた信乃は、そこで浜路の生まれ変わりである浜路姫と出会い、悪人に濡れ衣を着せられたところを道節に救われ――
越後国に向かった荘助は、小文吾とともに山賊退治の末、毛野と出会い――
と、五人の犬士、そして新たに登場した二人の犬士が集合と離散を繰り返し、さらにそこから新たな因縁が生まれ……と、物語がより複雑に、そして大きくなっていくダイナミズムが、この巻の見どころでしょうか。
(それにしても、タイトルから関東の印象の強い本作ですが、こうして見ると随分と色々な場所が舞台になっていたものだと感心)
そしてこの巻で彼ら犬士たちに並び活躍(?)するのがかの毒婦・船虫。武蔵国で小文吾を罠にはめようとしたのを皮切りに、下野国では化猫一角の妻となって大角の妻を死に追いやり、越後国では山賊の女房となって小文吾と荘助の命を狙いと……実に忙しい。
本作では玉梓の呪いの象徴とも言える船虫ですが、これだけあちこちに登場すると、何やら少々可哀想な気もいたしますが――。
さて、この時海版八犬伝では主人公に位置づけられている信乃ですが、この巻においては犬士それぞれにスポットライトが当てられることもあり、出番自体は決して多くはありません。それでも信乃は、この巻で極めて重要な出会いを経験し、そしてそこで大きな決意を固めることとなります。
その出会いとは、上で述べたように、転生した浜路との出会い――信乃が一人旅立った後に悪人に殺され、生き別れの兄・道節の腕の中で息絶えた浜路が、時を超えて転生し、行方知れずとなっていた浜路姫として信乃の前に現れたのであります。
……実はこの浜路転生、これまで様々な八犬伝に触れてきた私としては、毎回釈然としない想いを抱かされてきました。
時を超えた転生という豪快な設定もさることながら(これ、一種のタイムパラドックスが生じるのでは……)、死んでも転生して再登場すればOKというのは、人一人の命を軽く扱い過ぎているのではないか、と。
その点は、もちろん本作でも同様ではあるのですが、しかし主人公たる信乃が浜路姫を前にして誓う言葉によって、だいぶ印象が変わったようにも感じられます。
そう、生まれてから悲しい運命に――玉梓の呪いに――翻弄され、流され続けてきた信乃は、浜路を喪ったことで、そしてその彼女と再び出会ったことで、自分の守るべきもの、戦う理由を強く強く自覚するのですから。
確かに信乃は、彼ら犬士たちは、宿命を背負って生まれてきた存在。しかしそれが宿命だからとただ従うだけでは、運命に流されているのと変わりありません。
ここで犬士たちの代表たる信乃が、自分の意思で戦いを決意する――すなわちこれが自分自身の戦いと意識することは、彼が犬士である以前に一人の人間であること、自分自身の運命を切り開いていくことの自覚と、その宣言なのです。
それはこの時代に描かれ、そしてこれからの時代を切り開いていく子供たちが触れるものとして、相応しい犬士像ではないでしょうか。
さて、子供といえば、残る最後の犬士・親兵衛。この巻では行方知れずのままの親兵衛ですが、次の巻では無双の活躍を見せてくれることでしょう。
残すところあと一巻、その中で親兵衛のキャラクターがどのように消化され、どのように描かれるのか。そしてその中で信乃は主人公足りえるのか? 最後まで興味は尽きない八犬伝であります。
『南総里見八犬伝 二 呪いとの戦い』((時海結以 講談社青い鳥文庫) Amazon
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