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2016.09.14

松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その二) 人間を、自分を勝ち取るための戦い

 松尾清貴による全く新しい真田十勇士伝、初めの一巻の紹介の続きであります。それぞれ人間性を奪われた存在として描かれてきた佐助と才蔵の二人。これに対して、二章「真田昌幸、二男幸村に天下を語る」では、また別の切り口から人間性が語られることになります。

 北条によって真田の名胡桃城が奪われたことをきっかけとして始まる秀吉の小田原攻め。幸村にとっては初陣となるこの戦の前夜が、この章の舞台となります。

 これまでにないほどの規模の軍勢が集結したこの戦を「天下のため」と逸る家臣たちに対し、名胡桃城のことを思い出させ、この戦は「真田のため」でもあると語る幸村。
 清濁併せ呑む器量を見せる兄・信幸に対し、どこまでも純粋な「私心なき者」の顔を見せる幸村に対し、昌幸は天下とは何かを語るのですが……この内容がまた凄まじい。

 一所懸命の言葉は示すように、これまで長きに渡り己の土地を守るために命懸けで戦ってきた武士。その姿は、信長が天下布武という言葉を作り出し、「天下」という「概念」を提示した時に根本から変わってしまった。
 個々の土地を奪い合うのではなく、天下を平定するために戦う。天下平定の先に平和が待つと考えればそれは素晴らしいことであるかもしれない。しかし命を賭けるべきもののない戦いの中で、人間は人間たりえるのか……?

 一見突飛な、飛躍した理論に見えるかもしれません。
 しかし天下が統一され、個々の土地が交換可能なものとして扱われるようになった時、武士もまた交換可能なものとして扱われるという昌幸の言葉は、戦国大名とそれ以降の大名の姿を思えば、正鵠を射たものと感じられます。

 そして、それは評する昌幸の「人間の敗北した絶望の未来」という言葉のセンスには、もう痺れるしかないのですが……先に述べたように、ここでもまた、人間性の喪失が語られていることに注目するべきでしょう。


 そう、本書を通じて描かれたのは、「自分」という存在をなくし、「人間」であることを奪われた者たちの存在であり、彼らをそんな存在に貶めていく時代の流れであります。
(幸村はそうした流れと無縁に見えるかもしれませんが、「私心」なき者である彼もまた、自分の望み・欲望を持たぬ者、すなわち自分を持たぬ者と呼んでよいのでしょう)

 だとすれば、この先の物語は、そんな時代に対して、自分自身を、自分が人間であることを取り戻すための戦いとなるのではないか。絶望の未来を防ぐための戦いとなるのではないか――
 そう予想することは、そう突飛なことではないでしょう。そしてその物語が「希望」を描く物語であると期待することも。

 もちろんまだまだ物語は始まったばかり。十勇士も、作中で名前の挙がった穴山、海野を含めてようやく半数であり――何よりも、未だ佐助・才蔵と幸村は出会ってもいません。
 彼ら三人の、いや十人と一人の運命が交わり、一つに結ばれる時――その時こそは人間を勝ち取るための最後の戦いが始まる時なのでしょう。


 いささか本作のテーマ性の部分を述べるのに力を入れすぎたかもしれません。様々な忍術描写に代表される斬新なアイディアと、出し惜しみなしの伝奇的ガジェットの面白さと……本作には伝奇時代小説として、理屈抜きの面白さに溢れていることは間違いありません。

 伝奇時代劇としての、エンターテイメントとしての「真田十勇士」ものの面白さに加え、それを通じて「人間」「自分」という存在にまで切り込んでみせる。
 この新たな、誰も見たことのない十勇士の物語が行き着く先はどこか――必見である、としか言いようがありません。


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真田十勇士〈1〉忍術使い

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