寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第1巻 味吉陽一、幕末に現る!?
私も色々な時代漫画を読んできましたが、本作のような作品はさすがに読んだことがない、というより予想だにしていませんでした。漫画で、アニメで、奇想天外な料理で大活躍したミスター味っ子こと味吉陽一が、今度は幕末を舞台にその料理の腕を振るうのであります……ん、幕末?
『ミスター味っ子』は、今からちょうど30年前(!)に週刊少年マガジンで連載され、大人気となったグルメ漫画。もちろん原作は既に完結し、それどころか約10年前には、彼の息子を主人公とした続編も発表されたほどであります(こちらも数年前に完結)。
そんな中、昨年末に創刊された『真田太平記』誌上で突然(?)スタートした本作は、時系列的にはその一作目の後日譚に当たる物語。味皇料理会との激闘を終え、平穏な日々に戻った陽一が、突如幕末にタイムスリップしてしまったことから、物語は始まります。
ある日目覚めてみれば、全く見覚えのない景色の中に放り出されていた陽一。それもそのはず、彼がいたのはペリーの黒船が来日した幕末の江戸だったのであります。
そこでとある食いしん坊の旗本に拾われた陽一は、その旗本とともに黒船見物に出かけたところで、黒船の水兵たちが屋台の料理にケチをつけているところに出くわしてしまいます。
カッとなった陽一は、三日後にうまいものを食わしてやると思わず宣言、肉料理が好みであろう彼らのために、お得意のカツ丼を作ろうとするのですが……
というわけで、いきなりのタイムスリップはともかく、ある意味料理漫画の定番展開を見せること本作。
しかし一口にカツ丼といってもこの時代の江戸ではパン粉は手に入らなければ、豚肉も今のような品質ではありません。そんな中でどうやってカツ丼を、それも肉料理に慣れた相手を唸らせるものを作るのか……
と、これもタイムスリップ料理もの(というジャンルはないか)の定番ですが、そこを思いもよらぬ発見と工夫で乗り越えてしまうケレン味は、まさしく『ミスター味っ子』。そして何よりも、この第一話の料理が、第一作の冒頭を飾ったカツ丼というのも嬉しい。
奇想天外な調理法で見事カツ丼を作り上げた陽一は、ペリーまでも唸らせることに成功。そして陽一を拾った旗本こそ、若き日の勝海舟で……というオチもついて、まずは物語の滑り出しとして文句なしの内容でしょう。
そんな本作で実に楽しいのは、陽一のタイムスリップが、海舟の空腹とリンクしているという何ともすっとぼけた設定でしょう。
おかげで、海舟が腹を減らすと幕末に呼びだされ、満腹すると現代に帰ってくる……という、なんとも陽一にとっては厄介な状態なのですが、それが何ともおかしいのです(回を重ねるにつれ、陽一が慣れてきて全く驚かなくなっていくのがまた……)。
しかしこの設定のおかげで、一口に幕末といってもかなり長いタイムスパンの中で美味しいところをつまみ食いできる……すなわち、有名な事件・人物に遭遇する時にだけ陽一が居合わせることができるというのは、これはなかなかに見事な工夫でしょう。
もっともこの第1巻で描かれる時代は、海舟にってはまだまだ雌伏の時代、実はそこまで有名な事件は描かれていません。しかしそんな中でも特に面白いのは、咸臨丸でアメリカに渡った際のエピソードであります。
例によってアメリカにまで呼びだされた陽一は、海舟、さらにジョン万次郎や若き日の福沢諭吉とともにゴールドラッシュに沸く西部を訪れるのですが、かつて万次郎が世話になった人物は、一攫千金を狙う無法者たちに苦しめられ、生きる気力を失った状態に。
そこで彼を元気づけるために、かつて万次郎がご馳走になったハンバーグをベースに陽一が作った料理とは――そのケレン味たっぷりの内容もさることながら、料理で過去を思い出させる「らしさ」も良くで、まずはこの巻のベストエピソードではないかと思います。
そしてラスト二話ではまさかの幕末にカレー勝負が勃発。カレーといえば……というわけで「彼」が登場するのも味っ子ファンには思わぬサプライズ。ラストにとんでもない形で登場する歴史上の有名人も含めて、今後このユニークな物語がどのように展開していくのか、すなわち幕末をミスター味っ子がどのように駆け抜けるのか――まだまだ楽しみは尽きません。
なお、本書のラストには『食いタン外伝 水戸黄門』を特別収録。『食いタン』の高野聖也そっくりの若き日の水戸光圀が慶安の変に挑む異色作で、こちらもなかなか嬉しいボーナスです。
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