鳴神響一『影の火盗犯科帳 2 忍びの覚悟』 太平の世の忍び、正義の忍びの在り方
浅草寺の歳の市を訪れた火盗改役・山岡景之は、大鳥居に逆さ吊りにされた男の亡骸を目撃する。数日後、仙台伊達家の上屋敷で何者かによる爆破事件が発生、さらに新年の江戸各地の寺でも爆破事件が相次ぐ。果たして一連の事件の背後にあるものは何か。景之配下の影火盗組が駆ける。
期待の新星・鳴神響一による、甲賀忍び「影火盗組」を配下とする火盗改役・山岡景之の活躍を描く文庫書き下ろしシリーズ第2弾であります。
将軍家重の時代、火付盗賊改方頭を任じられた本作の主人公・山岡景之は実在の人物ではありますが、実は甲賀忍者の名門・伴氏の出身。本シリーズはそこから景之の配下として密かに育成された影火盗組を設定、通常の火盗改に加え、彼らの活躍を描くことにより、火盗ものと忍者もの、二つの味わいが楽しめる作品であります。
師走も押し迫った頃、仙台伊達家の上屋敷で火災が発生。あるきっかけから、これが何者かの爆破によるものであることを知った景之ですが、大名家の中のことゆえ直接探索することもできず、真相究明には程遠い状況に置かれるのでした。
しかし今度は新年の江戸で、何者かが予告の立て札を立てた後にとある寺に仕掛けられた爆薬が爆発し、無辜の民が死傷する惨事が発生。怒りに燃える景之は配下を総動員して捜査に当たることになります。
はたして一連の爆破事件の陰に潜むものは何か。事件の背後に見え隠れする忍びたちの正体は。そして事件は、以前に浅草寺で景之が目撃した、殺されて大鳥居から逆さ吊りにされた男にまで繋がり、思わぬ闇の存在が浮かび上がるのです。
冒頭で述べたように忍者ものとしての要素を持つ本シリーズ。その第1弾である前作では、市井の凶悪事件と見えたものが思わぬ伝奇的背景とともに立ち上がってくる構図がありましたが、それは本作も同様であります。
ある史実――過去の悲劇を踏まえて描かれる事件の真相は、いわゆる火盗改ものには留まらないスケール感を以て、物語を盛り上げるのであり、それが本作の魅力の一つであることは間違いありません。
しかし本作の魅力はそれに留まりません。本作は、本作でしか描けない物語を、ある要素を絡めることで浮かび上がらせるのです。
それは景之の小姓頭であり、影火盗組きっての忍びでもある光之進が抱えた屈託――本作の縦糸が連続爆破事件であるとすれば、横糸はこの彼の忍びとしての屈託なのです。
事件探索の最中に爆薬の痕跡を発見し、そして爆薬を使う相手と対峙する中で、心身に思わぬ不調を来す光之進。それは彼の修業時代の過去によるものでありました。
山岡家の家臣の子弟から選ばれて忍術修行を行う者たちの中でも、屈指の優秀さで知られた少年時代の光之進。しかし皆伝を目前としたある日の事件が、彼の運命を狂わせることとなったのです。
忍びとなること、山岡家に仕えることに意義を見失い、あてどなくさすらう光之進。自分の無力さを知り、そしてそれでも捨てられぬ想いに突き動かされた彼が向かった先は……
すでに克服したはずの、しかし今再び開いた過去の傷を通じて描かれるのは、光之進が何故忍びとして、そして景之の配下として戦うか、その理由。
それはもちろん、一人のキャラクターの人物像の掘り下げ(そして個人的には、前作に足りなかったと感じられた部分)ですが、しかしそれ以上の意味があると感じます。
これまで何度も述べてきたように、本作は忍者ものとしての側面を持ちます。しかし忍者ものといえば、彼らが最も活躍した戦国時代を舞台とするものが多いのに対し、本作の舞台は太平の江戸時代中期。忍びがその役目を失い、その存在すら忘れ去られかけた時代であります。
そんな時代において、忍びは如何に生きるべきか。そして忍びに何ができるのか……本作は光之進の姿を通じ、それを描くのです。
そしてそれは同時に、本作ならではの忍び像を描き出すことになります。すなわち、正義のために、弱き者のために戦う忍びの姿を――
言葉にすれば陳腐に見えるかもしれません。しかし、無辜の民を守り、彼らを害する悪に本気で怒りを燃やす景之の、そして彼の手足となって戦う光之進の姿を見れば、それが空虚なものではないと感じられるのです。
そしてそれは、忍者ものと火盗もの、二つの側面を持つ本作だからこそ描ける魅力であることは間違いありません。第2弾にしてこの境地に達した本シリーズのこの先が、いよいよ楽しみになるのであります。
『影の火盗犯科帳 2 忍びの覚悟』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
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