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2016.10.31

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』 女探偵、江戸の出版業界を斬る

 江戸の草紙屋薬楽堂に戯作を持ち込んできた女・鉢野金魚。何やら訳ありの彼女には、戯作だけでなく推理の才能があった。薬楽堂に持ち込まれる不思議な事件の数々を、金魚は店に居候する貧乏戯作者・本能寺無念を相棒に解き明かしていく――

 常にユニークな趣向を凝らした作品を発表してきた平谷美樹の新シリーズは、お江戸の出版業界を舞台にしたミステリ。江戸時代に娯楽書籍を扱った本屋――草紙屋を舞台に、駆け出し戯作者の美女と貧乏戯作者のコンビを主人公とした連作ミステリであります。

 江戸の草紙屋でもそれなりの顔である薬楽堂。その薬楽堂の小僧が、ある晩、蔵の前で奇怪な影を目撃したのが事の発端。化物の仕業かと店の者たちが騒いでいる中に、一人の若い女性が首を突っ込んできます
 地味な着物を粋に着こなした彼女の名は、鉢野金魚(はちのきんとと)――人を喰ったような名前ですが、これは筆名。彼女は戯作者希望で、ちょうど薬楽堂に原稿を持ち込もうとしていたところだったのであります。

 これは良い機会と薬楽堂に入り込んだ金魚は、店の主の長兵衛、そして店の居候でよく見ればイケメンの戯作者・本能寺無念らとともに蔵の前の調査に当たることに。そこで化物ではありえない手がかりを見つけた金魚は、そこから犯人の人物像を瞬く間に推理し、蔵の中を狙ったと睨むのですが――


 そんな第一話「春爛漫 桜下の捕り物」から始まる本作のユニークな点、そして魅力は大きく言って二つあります。

 その一つは、主人公コンビの探偵役が女性であること。
 明察神の如き探偵と、その彼に振り回される助手という構図は、これは探偵ものとしては王道中の王道ではあります。しかしその探偵が、戯作者修行中のちょっと粋なお姉さん、相棒が戯作者としては先輩だけれども、色々と頼りない男というのが面白い。

 冷静に考えてみれば、作者には女性がオカルト探偵(そして相棒は頼りない男)という、『修法師百夜まじない帖』シリーズがあります。しかし本作の金魚の、威勢のいい啖呵が次から次へと口から飛び出す(それでいてちょっと世間のことに疎い部分がある)キャラクターは、実に新鮮で魅力的に感じられるのです。


 そしてもう一つの魅力は、言うまでもなく、本作の舞台が、江戸の出版業界を舞台としていることであります。
 もちろん、江戸の出版業界を舞台とした作品は、決して少なくはありません。特に蔦屋のような有名版元や、有名作家・絵師を主人公とした作品は、近年幾つも出版されております。

 それに対して本作は、無名の草紙屋に無名の戯作者たちが主人公ではありますが――しかしそれだからこそ自由に動かせるキャラクターを、ミステリの味付けで描くことで、現代とは共通点も多いが相違点も多い江戸の出版業界に、また異なる角度から光を当てていると言えるでしょう。

 少々本作の趣向を明かしてしまうようで恐縮ですが、続く第二話「尾張屋敷 強請りの裏」では戯作者を副業としている武士を狙った強請りが、第三話「池袋の女 怪異の顛末」では同業の戯作者を襲う怪奇現象が、そして第四話「師走の吉原 天狗の悪戯」では戯作を彩る浮世絵師の失踪事件が……
 と、不可解な謎の数々と、金魚と無念たちの丁々発止のやり取りを絡めて、出版業界の生の姿が、本作では描かれるのです。

 もちろん、題材の面白さだけではありません。ミステリ――時代ミステリとして見ても、本作は非常にユニークであります。

 特に第三話は、タイトルからして江戸の怪異ファンにはお馴染みのあれかと露骨にネタを割っているようでいて、そこから来る終盤の意表を突いた展開の連続が印象的で、ミステリ的には最も捻った印象のある作品。
 また第四話は、ハウダニットよりもホワイダニットに重点のある、物語の流れにも深く根付いた真相の面白さもさることながら、そこで扱われるあるガジェットが、本作の舞台ならではのものでありつつも他の作品ではあまり見たことがないもので、時代ものとしても感心させられるのです。


 そんな本作に敢えて欠点を上げるとすれば、レギュラー、サブレギュラーの数がいささか多いように感じられることですが、それもこれから物語が続く中で違和感もなくなっていくことでしょう。
 本作は早速重版も決まったとのことですが、ならばこれからの金魚と無念たちの活躍も……と、期待しているところであります。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon
草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 (だいわ文庫 I 335-1)

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2016.10.30

矢野隆『生きる故 「大坂の陣」異聞』 歴史を、戦いを、そして人の生を描き抜いて

 デビュー以来ほぼ一貫して「戦う者」を描いてきた矢野隆。その作品の多くの舞台を戦国時代としてきた作者の最新作の題材は、その終焉とも言うべき、大坂の陣。その激戦の最中に交錯する、生きるために戦う少年・飢と、死ぬために戦う老将・後藤又兵衛が生み出すものとは……

 大坂近辺を荒らし回る盗賊団の中でも腕利きの少年・飢。仲間と馴染もうとせず、それどころか女を襲う奴は平然と叩き斬る飢は、大坂で豊臣と徳川の大戦が行われると知り、戦いを求めて豊臣方に潜り込むことを決意します。
 そんな彼を阻もうとするかつての仲間たちと飢が大立ち回りを繰り広げていたところに偶然出くわしたのは、寓居を離れ、大坂城へ向かう途中の後藤又兵衛。言うまでもなく、かつて黒田家でその剛勇を知られながらも、主君と衝突して飛び出し、以来乞食同然の暮らしで浪々としてきた老将であります。

 初めはほとんどすれ違ったに等しい飢と又兵衛。しかし二人の運命は、徳川勢との緒戦の中で再び交錯することになります。

 部隊が壊滅し、仲間たちもほぼ命を落とした中、ただ一人、多勢を相手に戦いを繰り広げる飢の阿修羅の如き姿に興味を抱き、彼を拾い上げた又兵衛。かくて又兵衛の近くに仕えることとなった飢ですが、彼が見た又兵衛、そして真田信繁ら五人衆は、彼とはあまりに異質な精神構造を持つ者たちで――


 本作の主人公・飢は、関ヶ原の戦の落ち武者に犯された母から生まれ、望まれぬ命として彼を扱う周囲を叩きのめして故郷を捨てたという凄絶な過去の持ち主。
 そんな彼にとって戦いとは生きるための手段であり、そして生きるとは、自分を望まれぬ命と呼んだ周囲に対する復讐にほかなりません。生まれついての卓越した戦闘センスを持つ飢は、その想い――すなわち「生」への執念の赴くまま暴れ回ってきたのであります。

 これに対し、後藤又兵衛をはじめとする大坂方の将たちの望むのものは「死」――既に豊臣家に未来は、勝利はないことを察しつつも、戦って戦って戦い抜いて、その果てに華々しく散る、死に場所を求めて彼らはやって来たのです。

 生と死――全く相反する目的のために同じ城に依ることとなった飢と又兵衛。本作はその二人が時にぶつかり合い、時に支え合いながらも、同じ戦場を駆け抜ける様を描き出します。


 そんな本作の物語は、ある意味シンプルといえばシンプルであります。飢を盗賊団の頭領に預けたという、飢と何かの縁のあるらしい男を巡る物語はあるものの、基本的に本作は、大坂の陣に関する史実を踏まえつつ、激しくも淡々と進んでいくことになります。
 しかし、本作においては、その史実通りが必要である……そう感じます。

 もはや変わるとも思えぬ天下の趨勢と、そのとおり決して変わることない厳然たる歴史。
 本作で描かれるのは、その歴史の中に名を残そうとする武将たちと、その歴史の陰に埋もれながらも、どこまでも生き抜こうとした一人の少年の姿なのですから。

 そしてそこで描かれる両者の姿は、決してどちらが正しく、どちらが間違っているとは描かれません(たとえ前者が、当初はどれだけ理解不能な存在として描かれていたとしても)。
 そう、生きるも死ぬも、一人の人間が己の生の道を貫く――すなわち、戦い抜いた末にたどり着く結果。そしてその生の、戦いの理由も、人それぞれであり、そこに上下はないのですから。

 そしてそれはもちろん、望まれぬ生、価値のない命などはない……その強烈な宣言でもあるのです。


 これまでの作者の作品同様、どうしようもない衝動に駆り立てられて戦い続ける者たちを描いた本作。
 その戦闘描写はいよいよ研ぎ澄まされつつも、それを通じて描かれるものは、戦いのための戦いの先にある、人が生きるということそのものでした。

 歴史を、戦いを、そして人の生を描き抜く……作者としても一つの到達点と感じられる作品です。


『生きる故 「大坂の陣」異聞』(矢野隆 PHP研究所) Amazon
生きる故(ゆえ)

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2016.10.29

荒山徹『大東亜忍法帖』上巻(その二) 幕末・明治だからこその無念と後悔

 荒山徹の話題作『大東亜忍法帖』上巻の紹介の続きであります。あまりに「あの作品」写しにも見える本作。そこに引っかかるものが感じられるのですが、しかし……

 しかしそんな引っかかり、拘りは、本作の圧倒的な面白さの前にはくすんでしまうものでもあります。

 何よりも、本作に登場する12人の剣豪の顔ぶれたるや……
 千葉周作、男谷精一郎、伊庭軍兵衛(八郎)、近藤勇、土方歳三、沖田総司、物外不遷(拳骨和尚)、大石進、坂本龍馬、岡田以蔵、田中新兵衛、河上彦斎と、いやはや集めも集めたり!

 佐幕も倒幕も一度死に、明治の世になってみればノーサイド、これほどの顔ぶれが一堂に会せば、それはもう幕末ファン、剣豪ファンとしては盛り上がるしかないのでしょう。

 そしてまた、あちらとほとんど同じようなであっても、決して全く同じではない展開・構成・設定が、本作独自の魅力を強く放つことになります。
 この巻のほとんどを占める、彼ら12人が転送されるまでの経緯。そこに触れてみれば、「剣士が無念と後悔を呑んで亡くなるのに、幕末以上の舞台はないのでは」という強烈な印象を抱かざるにはおれません。

 少々生まれた時期が早かったばかりに、実戦の場で存分に剣を振るえなかった千葉、男谷、大石。朝敵として長きに渡り汚名を着せられた新撰組の三人。そして薩長土肥のために剣を振るいながらも、走狗として無惨な最期を遂げた三大人斬り。

 なるほど、一人一人は無双の力を持ちながらも、時代の流れに呑まれて虚しく消えた剣士たちの存在は、戦国・江戸初期よりも、幕末の方が遙かに多かったのではないか……そう感じさせられるのです。
(本作の剣士たちは、決して魂は魔人のそれなどではなく、生前のそれをそのまま残しているのがまた切ない。……千葉周作はともかく)

 さらにまた、冒頭から登場する榎本の役回りの意外さなどを見るに、決して本作が、偉大な先駆者のまがいものなどで終わるものではないこと(と同時に本作なりの「ルール」をきっちりと守ろうとする作者の一種の律儀さ)を示していると感じられるのです。

 そしてもう一つ、作中で折に触れて描かれる一風斎の行動原理は、これはこの作品ならではのものとしか言いようがないものであり――そしてそこから一部のキャラクターへの共感が生まれるのも実にいい――その手段は本当にとんでもないものなのですが、しかしある意味時代小説の欺瞞とも言うべきものに切り込んだ、恐ろしくドラスティックなものですらあると感じます。
(そしてこの点がまさに一風斎の(そして彼の……の)正体を感じさせるものとなっているのも見事、というのは私の全くの想像ではありますが)


 もっとも、その一方で人を食ったようなパロディやギャグが堂々と描かれるのも、これはこれでどうかと思うのですが、しかしやはり面白い。

 この上巻の終盤の舞台となる、南海の竜ならぬ南海の鯨・山内容堂(この対応関係もまた見事)の別荘に集った転送剣士団が、どれほどおぞましい血と肉の祝宴に耽るかと思いきや、ほとんど体育系学生の合宿的なノリのなったり、「Gメン75」「菊池俊輔」といった時代小説とは無関係に見える(いや、後者はOKか?)ワードが飛び出したり……
 個人的には河上彦斎が「何故か」ござるしゃべりをするのがツボでありました。

 ただし、クトゥルーものとしては、少なくともこの上巻の時点では、本当にエクスキューズ的な要素に留まるのが不満といえば不満ではありますが……


 何はともあれ、この上巻ほとんど全てを費やして、敵の編成は終わりました。明治天皇暗殺という大逆を狙う山田一風斎の正体は何か、そして天皇を守り、転送衆を討つ侍は誰なのか……
 真の物語は、ここからが開幕なのであります。


『大東亜忍法帖』上巻(荒山徹 創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルズ) Amazon
大東亜忍法帖 上 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

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2016.10.28

荒山徹『大東亜忍法帖』上巻(その一) 大作家の大名作に挑むパロディ?

 五稜郭陥落も目前の中、伊庭軍兵衛の臨終に立ち会った榎本武揚は、ただ一人奇怪な陰陽師の出現を目撃する。時は流れ、出獄した榎本の前に、死んだはずの千葉周作が出現、彼は明治政府転覆を目論む陰陽師・山田一風斎の秘術・擬界転送により、他の11人の剣士とともに復活したと語るのだが――

 これまで数々の野心的な作品を送り出してきたクトゥルー・ミュトス・ファイルズですが、その中でも本作は屈指の作品でしょう。何しろ、時代伝奇小説の雄・荒山徹が、あの大作家のあの大名作をモチーフに、幕末・明治を舞台に展開する一大活劇なのですから……

 五稜郭に依った函館共和国の総裁・榎本武揚が、相次いで目撃した怪事。右利きのはずの土方歳三が左手の剣で刺客を撃退し、かつて喪われたはずの伊庭軍兵衛の左手が臨終の際には復活しており、その代わりに右手が欠けていたのであります。
 さらに軍兵衛の臨終の際、あたかも時間が止まったかのように周囲の人間たちが動きを止める中、忽然と現れた謎の陰陽師が「――これで11人」と呟くのを、榎本は聴くことになります。

 あたかも五稜郭陥落の混乱の中で見た幻のような出来事ですが、しかし極めつけの怪事を、降伏後収監されていた牢獄から出た武揚を待ち受けます。かつて交流を持ち、しかし15年前にこの世を去ったはずの千葉周作が、生前そのままの姿で現れたのであります!
 彼を甦らせたのは、謎の陰陽師・山田一風斎だと語る周作。明治政府の転覆……いや、明治天皇の暗殺を狙い、彼のほか、実に11人の大剣士を甦らせたという一風斎の企てに協力するよう求められる武揚ですが――


 人並み外れた技量と体力を持ち、そして死の直前になって自分の生に悔いを残し強烈に生を求める者を、新たな肉体で復活させ、生前の望みを遂げるためにその剣を振るわさしめる――この秘術を知らない伝奇時代劇ファンはいないでしょう。
 その名は忍法魔界転生、言うまでもなくこれまで幾度も映像化・漫画化され、いまもされている山田風太郎の大名作『魔界転生』に登場する秘術です。

 そう、本作はその忍法魔界転生に、真っ向からオマージュを捧げた作品であります。あちらが切支丹妖術を操る森宗意軒の魔界転生により甦った7人の大剣士なら、こちらは、陰陽師・山田一風斎の秘術・擬界転送(まがいてんそう)によって甦った12人の大剣士――
 いやはや、『柳生大作戦』『竹島御免状』など、これまでもその作品の随所で山田風太郎への愛をアピールしてきた作者ですが、ついに本作においては、隠すところなくそれを露わにしてきた……そんな印象があります。

 正直に申しあげれば、この点にはファンとして複雑な気持ちがあります。いかに伝奇小説はパロディの文学とはいえ、パロディやオマージュにありきのような作品を、荒山徹ほどの作者が書くのは惜しい、勿体ない。オリジナルで勝負して欲しい……と。
 特に「原典」の文章を、幾度となく引用しているのは、何とも曰く言い難い印象があります。

 しかし……
 いささか長くなりますので、次回に続きます。


『大東亜忍法帖』上巻(荒山徹 創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルズ) Amazon
大東亜忍法帖 上 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

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2016.10.27

松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!

 斬新な視点と唯一無二のアイディアで、これまでにない真田幸村と十勇士像を描き出してきた期待のシリーズの第三弾であります。この巻の物語の背景となるのは、副題にあるとおり天下人の死――天下人秀吉の死によって生まれた混沌の中、勇士たちは己の行く道を求めて奔走します。

 天下を統一した秀吉が亡くなったことで、静かに、しかし確実に崩れ始めた豊臣政権下の権力バランス。秀吉亡き後の主導権を握らんとする三成は、密かに最大の敵である家康暗殺を目論むものの、それは既に家康方に寝返ろうとする甲賀衆のを束ね・山岡道阿弥の知るところでありました。
 逆に三成を罠にはめ、それを手土産にしようとする道阿弥の陰謀に巻き込まれた霧隠才蔵は、道阿弥配下で恐るべき鎖鎌の遣い手である少年と対決することになります。

 そしてその三成に朝鮮出兵時の事件をきっかけに恨みを抱き、彼を討とうと集まった七人の武将。
 その一人・蜂須賀家政の家臣であり、今は幸村の食客となっている豪傑・筧十蔵も、その企てを知り、蜂須賀家に帰参して三成を討とうとするのですが――


 実は、この第三巻でかなりのボリュームを割いて描かれるのはいわゆる七将襲撃事件と、その渦中に巻き込まれた筧十蔵の心の動きであります。
 この辺り、前二巻で猿飛佐助を中心に描かれた(ちなみにこの巻では佐助は信州で再修行をしており、出番はごくわずか)驚天動地の伝奇絵巻に比べると、地味といえば地味に感じられるかもしれません。

 しかしここで描かれるのは、その強烈な伝奇性と並んで本シリーズを特徴付ける、「天下」という概念(あるいは幻)と、その中で変質していく武士の姿なのであります。

 かつて初陣を前にした幸村に対して昌幸が語ったもの……それは信長が提示した「天下」という概念により、己が命を懸けて守るべき土地から切り離された末、他者により容易に代替されるようになった、すなわち自己というものを喪失した武士の姿でした。
 これはその後に秀吉が天下人となり、己の思うままに大名たちの領地替えを行い、その力を削いでいったことを見れば、まことに正鵠を射たものと言えるでしょう。

 そしてその武士の変容の姿は、この七将襲撃にも示されることになります。
 元々は主家を陥れた相手への「復讐」、言い換えれば主家への「忠義」という、侍としては根源的な感情から、三成襲撃を決意した七将。しかしその想いは、そこに次代の天下人たらんとする家康……政治が絡んだことにより、天下のためという大義名分に代わり――さらに家康に自分を売り込もうという、その大義とは裏腹の、まことに浅ましい想いに変容していくのであります。

 これに対し、真田家の食客という立場から、一種俯瞰的な視点でそれを目の当たりにすることとなった十蔵がどのような道を選ぶのか……それは言うまでもないでしょう。
 ここにも、本シリーズの冒頭から描かれてきた、自己の、人間性の喪失とその回復というテーマは貫かれているのであります。
(そして、それでもどうしても呑み込めぬ十蔵の想いが爆発する場面も実に「人間」的で良いのです)


 そして歴史は動き続け、ついに開戦目前となった東軍西軍の決戦。本作のラストで描かれるのはいわゆる犬伏の別れでありますが、もちろんそれも本作らしい色彩で描かれることになります。

 関東と近江、関東と関ヶ原を結ぶ中山道の途上にある要衝として、東西双方にとって重要な意味を持つこととなった上田の地。ここで、次代の天下のために東軍の側につくことを主張する信幸に対し、昌幸と幸村は、天下ではなく、上田の地のために西軍につくことを選ぶことになります。

 そこにあるのは、言うまでもなく上で述べた「天下」に対する昌幸、そして幸村の姿勢にほかなりません。

 天下統一という時代の流れの前に武田家が滅び、その後の天下人の座を巡る混乱の中においても、上田の地を守り続けてきた――すなわち、天下という幻に逆らってきた真田家。
 その真田家の昌幸と幸村にとって、この戦いは天下分け目の戦などではなく、天下と真田の戦……天下統一により人間性が喪われた絶望の未来に一矢報いるための、人間としての戦いなのであります。

 その天下vs真田の戦の行方は――次の巻にて。


『真田十勇士 3 天下人の死』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈3〉天下人の死


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2016.10.26

岡田秀文『月輪先生の犯罪捜査学教室』 名探偵と学生たちの推理合戦

 毎回、ユニークな舞台設定と、あっと驚くトリックの数々でこちらを驚かせてくれる「名探偵月輪」シリーズ。その第4弾は、何やら奇妙なタイトルですが……今回はなんとスピンオフ。三人の学生相手に犯罪捜査学を教えることとなった月輪龍太郎と生徒たちの活躍を描く短編集であります。

 いかなる縁によるものか、東京帝大で犯罪捜査学の講座を持つこととなった月輪。しかし勇躍初回の授業に向かってみれば、待っていた学生はごくわずか――真面目で気弱な原口孝介、裁判官を目指す几帳面な肥崎春彦、政治家志望で傲岸不遜な松坂栄次郎の三人のみでありました。

 それでも気を取り直して講義を始める月輪ですが、彼の講義は超実践主義。実際に起きた未解決事件を題材に、その捜査と謎解きを講義しようというのであります。
 かくて三人の学生は、月輪とともに、思わぬ推理合戦を演じることに――


 と、これまでは月輪とワトスン役の親友・杉山を主人公とした長編で展開してきた本シリーズですが、今回はがらりと趣を変えた展開。杉山は今回お休みで月輪の助手の氷川蘭子女史が彼を支えることになるものの、物語の中心となるのは、三人の学生であります。
(ちなみに氷川、というところでオヤ? となるのですが、本作はシリーズ第2作と第3作の間に位置するということで納得)

 それぞれ、真面目に犯罪捜査学を学ぼうという者、探偵には興味がないが月輪の伊藤博文のツテ目当ての者、そもそも講義を間違えてそのまま引っ張り込まれた者(!)と受講動機も様々の三人。
 それでも月輪の講義で実際の怪事件に遭遇してみれば、若者らしい好奇心と互いへのライバル意識からそれぞれの推理を戦わせることとなり、それが出揃ったところで月輪がおもむろに正解を……というのが、基本的なパターンであります。

 そんな彼らが挑むのは四つの短編。
 六階建ての塔から消え去り、離れた場所で死体となって発見された実業家の謎を追う『月輪先生と高楼閣の失踪』
 原口が絵を学ぶ西洋画家の周囲に不審な人物が出没、さらに画家の息子が何者かに誘拐される『月輪先生と『湖畔の女』事件』
 大磯を訪れた三人が、かつて異国の少女の亡霊が現れたという洋館で男の死体を発見、月輪不在の中で謎を解くべく奔走する『月輪先生と異人館の怪談』
 三国干渉で国内が揺れる中、伊藤博文の護衛を依頼された月輪と学生たちが、完全な密室の舞踏会で起きた怪事件に挑む『月輪先生と舞踏会の密室』

 いずれも到底実行不可能と思われる状況で起きた難事件という点では、これまでのシリーズと同様ですが(さすがにそのスケールは抑え気味なのはさておき)、やはり探偵役が月輪プラス三人いるのが、何とも賑やかかつミステリ的にも楽しいところでしょう。

 素人探偵が見当違いな推理をした後に、名探偵がその誤りを正し、鮮やかに真相を暴く……というのは、ある意味探偵ものの定石ではあります。
 しかし講義という形を取ることで、その素人推理に一種の必然性を与え、同時に情報を整理することで真の謎解きにスムーズに導入していくスタイルとなっているのは見事というべきでしょう。

 これまでの深刻な事件ではどこか浮きがちだった、月輪の飄々として人を食ったようなキャラクターも、本作のような内容にはよく合っていると感じます。

 もちろんミステリである以上、そのトリックと謎解きが最大の眼目であるわけですが、その点ももちろん問題なし。失踪・誘拐・殺人・狙撃と一話毎にバラエティに富んだ事件は、本作のようなある意味「読者への挑戦」的スタイルによく似合います。
(もっとも、時折、解決の際に月輪以外知らないような情報が出てくることがあるのは残念なところです……)

 それに加え、全く異なる個性で、反目すらしていた三人の青年が、事件捜査の過程で少しずつ距離を縮めていく様が(決してストレートではないものの)描かれていく、青春ものとしての味わいもいい。
 特に『異人館の怪談』は、そんな彼らの微笑ましい冒険が一転、あまりに悲しい真実に直面させられるという、ある意味本シリーズらしい苦みの存在が、強く印象に残ります。


 もちろん、三人の青年の探偵修行はまだ始まったばかり。まだまだいくらでも続けられる設定でありますし、ラストで軽く触れられたその後の物語も大いに興味をそそるところ。月輪自身の活躍もさることながら、またこの三人のスピンオフも読んでみたい……そう思わされる快作です。


『月輪先生の犯罪捜査学教室』(岡田秀文 光文社) Amazon
月輪(がちりん)先生の犯罪捜査学教室


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2016.10.25

鳴神響一『影の火盗犯科帳 2 忍びの覚悟』 太平の世の忍び、正義の忍びの在り方

 浅草寺の歳の市を訪れた火盗改役・山岡景之は、大鳥居に逆さ吊りにされた男の亡骸を目撃する。数日後、仙台伊達家の上屋敷で何者かによる爆破事件が発生、さらに新年の江戸各地の寺でも爆破事件が相次ぐ。果たして一連の事件の背後にあるものは何か。景之配下の影火盗組が駆ける。

 期待の新星・鳴神響一による、甲賀忍び「影火盗組」を配下とする火盗改役・山岡景之の活躍を描く文庫書き下ろしシリーズ第2弾であります。

 将軍家重の時代、火付盗賊改方頭を任じられた本作の主人公・山岡景之は実在の人物ではありますが、実は甲賀忍者の名門・伴氏の出身。本シリーズはそこから景之の配下として密かに育成された影火盗組を設定、通常の火盗改に加え、彼らの活躍を描くことにより、火盗ものと忍者もの、二つの味わいが楽しめる作品であります。

 師走も押し迫った頃、仙台伊達家の上屋敷で火災が発生。あるきっかけから、これが何者かの爆破によるものであることを知った景之ですが、大名家の中のことゆえ直接探索することもできず、真相究明には程遠い状況に置かれるのでした。
 しかし今度は新年の江戸で、何者かが予告の立て札を立てた後にとある寺に仕掛けられた爆薬が爆発し、無辜の民が死傷する惨事が発生。怒りに燃える景之は配下を総動員して捜査に当たることになります。

 はたして一連の爆破事件の陰に潜むものは何か。事件の背後に見え隠れする忍びたちの正体は。そして事件は、以前に浅草寺で景之が目撃した、殺されて大鳥居から逆さ吊りにされた男にまで繋がり、思わぬ闇の存在が浮かび上がるのです。


 冒頭で述べたように忍者ものとしての要素を持つ本シリーズ。その第1弾である前作では、市井の凶悪事件と見えたものが思わぬ伝奇的背景とともに立ち上がってくる構図がありましたが、それは本作も同様であります。
 ある史実――過去の悲劇を踏まえて描かれる事件の真相は、いわゆる火盗改ものには留まらないスケール感を以て、物語を盛り上げるのであり、それが本作の魅力の一つであることは間違いありません。

 しかし本作の魅力はそれに留まりません。本作は、本作でしか描けない物語を、ある要素を絡めることで浮かび上がらせるのです。
 それは景之の小姓頭であり、影火盗組きっての忍びでもある光之進が抱えた屈託――本作の縦糸が連続爆破事件であるとすれば、横糸はこの彼の忍びとしての屈託なのです。

 事件探索の最中に爆薬の痕跡を発見し、そして爆薬を使う相手と対峙する中で、心身に思わぬ不調を来す光之進。それは彼の修業時代の過去によるものでありました。
 山岡家の家臣の子弟から選ばれて忍術修行を行う者たちの中でも、屈指の優秀さで知られた少年時代の光之進。しかし皆伝を目前としたある日の事件が、彼の運命を狂わせることとなったのです。

 忍びとなること、山岡家に仕えることに意義を見失い、あてどなくさすらう光之進。自分の無力さを知り、そしてそれでも捨てられぬ想いに突き動かされた彼が向かった先は……

 すでに克服したはずの、しかし今再び開いた過去の傷を通じて描かれるのは、光之進が何故忍びとして、そして景之の配下として戦うか、その理由。
 それはもちろん、一人のキャラクターの人物像の掘り下げ(そして個人的には、前作に足りなかったと感じられた部分)ですが、しかしそれ以上の意味があると感じます。

 これまで何度も述べてきたように、本作は忍者ものとしての側面を持ちます。しかし忍者ものといえば、彼らが最も活躍した戦国時代を舞台とするものが多いのに対し、本作の舞台は太平の江戸時代中期。忍びがその役目を失い、その存在すら忘れ去られかけた時代であります。
 そんな時代において、忍びは如何に生きるべきか。そして忍びに何ができるのか……本作は光之進の姿を通じ、それを描くのです。

 そしてそれは同時に、本作ならではの忍び像を描き出すことになります。すなわち、正義のために、弱き者のために戦う忍びの姿を――
 言葉にすれば陳腐に見えるかもしれません。しかし、無辜の民を守り、彼らを害する悪に本気で怒りを燃やす景之の、そして彼の手足となって戦う光之進の姿を見れば、それが空虚なものではないと感じられるのです。

 そしてそれは、忍者ものと火盗もの、二つの側面を持つ本作だからこそ描ける魅力であることは間違いありません。第2弾にしてこの境地に達した本シリーズのこの先が、いよいよ楽しみになるのであります。


『影の火盗犯科帳 2 忍びの覚悟』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon


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2016.10.24

『コミック乱ツインズ』2016年11月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』11月号の作品紹介の続きであります。

『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 自分から国を奪った怨敵を追い、屠った者の命を奪い己の寿命にする魔刀・不破刀の化身である美少女ともども旅を続ける主人公・怨ノ介を描く本作も第1巻発売間近。
 今回は、そんな彼があるきっかけから、途中の山形藩の剣術指南役(を目指す男)に頼まれて、男の道場に食客のような立場で滞在することになります。

 怨ノ介が道場に残ることを決意した理由の一つが、男の(嫁入りを控えた)美しい娘のためであったりするのもおかしく、また周囲に他の魔刀が存在する気配もなく、平和な時間が流れるのですが――
 もちろんそれで終わるはずがありません。実は男の任は上意討ちという名の暗殺、怨ノ介と出会ったのもその場だったのですが、異常なまでに続く上意討ちが、やがて惨劇を招くことになります。

 正直なところ今回、人物の画などにところどころ「ん?」と思うところはあったのですが、しかしクライマックスの画の力の前には全て消し飛びます。ユニークな設定と物語を支える画の力にただ脱帽であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 移籍後の連載第2回の今回のタイトルは「鬼青頭巾」。言うまでもなく、あの「雨月物語」の「青頭巾」を下敷きとした物語であります。

 旅の途中で訪れた山村で鬼が来たと騒がれた僧侶・快庵。山の上の寺の阿闍梨が稚児への愛に迷うあまり、亡くなった稚児の肉を喰らって生きながらに鬼に変じたものと間違えられたと知った快庵は、寺に向かうと阿闍梨の鬼と対峙、彼の霊威に感じ入った鬼に自分の青頭巾と、二句の公案を授けて――

 という原典の内容そのままに展開していく今回。しかしその村に、鬼切丸の少年もいたことから、物語は異なる様相を見せることになります。
 人の妄念が変じた鬼を、再び人に戻すことができるのか? 鬼を説き伏せた快庵に少年は興味を抱くのですが――一年後、再び村を訪れた快庵を待っていたものは何であったか。

 正直に申し上げれば、あまりに身も蓋もない結末(いやむしろ発端というべきか)に驚いた今回。むしろ快庵から、お前もいつか人間に成りたいと願う者なのか、と問われてちょっとムキになったように見える少年の姿が、一番の見所かもしれません。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 同じかどたひろしの『そば屋 幻庵』と同時掲載となった今回描かれるのは、聡四郎と紀伊国屋文左衛門のファーストコンタクト。
 紀文が絡んだ永代橋の工事のからくりに気付いた聡四郎を、紀文が差し向けたと覚しき破落戸が襲撃、これを退けたかと思えば、今度は吉原に招待を受けて――

 脅しと賺しを巧みに使い分けて己に近づく紀文は、聡四郎にとって未知の敵。そんな敵を前に大いに戸惑う彼の姿が、今回描かれることになります。
 チャンバラシーンはあるものの、比較的静かな展開の今回で一番印象に残るのは紀文の姿……というより顔。剣を武器とする武士とも、権力をバックにした役人とも違う、海千山千を絵に描いた商人の顔には、こちらも圧倒されるのです。


 以上、ついつい紹介が長くなってしまいましたが、それも気になる作品の多さゆえ。一通り新連載や『戦国武将列伝』からの移籍組も揃った様子ですが、ここに取り上げた以外の作品も強力で、一番から九番まで全て三割打者のようなラインナップであります。

 なお、移籍組や新連載等、作品によっては扉ページの前に1ページ、ストーリーや登場人物の紹介を用意しているのは、実にありがたい配慮で、大いに評価できるところです。


『コミック乱ツインズ』2016年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2016年 11 月号 [雑誌]


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2016.10.23

『コミック乱ツインズ』2016年11月号(その一)

 早いものでもう月も終わりに近づきましたが、『コミック乱ツインズ』の最新号の紹介であります。この号から『戦国武将列伝』誌に連載されていた重野なおき『政宗さまと景綱くん』が移籍、いよいよラインナップが厚くなってきた印象があります。今回も気になる作品を一つずつ紹介しましょう。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回巻頭カラーを飾るのは、「鬼役」こと将軍の毒味役である御前奉行にして、不正を働く幕臣を斬る暗殺者である矢背蔵人介の活躍を描く本作。
 言うまでもなく坂岡真の文庫書き下ろし時代小説シリーズの漫画化ですが、今回は蔵人介が外出した矢先、無惨にも両腕を斬り落とされた美女と遭遇、彼女の末期の言葉を聞いたことから、思わぬ事件に発展していくこととなります。

 誠に恥ずかしながら原作は未読なのですが、しかし橋本孤蔵による画は、(今回はほぼないものの)剣戟シーンなど迫力の一言。あまりにも凄惨な冒頭の一幕も、物語に引き込む力に満ち満ちていました。
 原作の方も読んでみたい……と思わされるのは理想の漫画化の一つだと思いますが、本作はまさにそれでしょう。

 犠牲者は何者なのか、そして何故このような惨劇が起きたのか……今回ほのめかされるその真相はいささか通俗的なのですが、ラストにはいかにも一癖ありげな西の丸の鬼役が登場。気になる場面で引きなのも心憎いところです。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 冒頭で述べたとおり、伊達政宗と片倉景綱の主従を主人公とした歴史四コマが今号から移籍再スタート……なのですが、いきなり政宗にとって、いや伊達家にとって最大の事件から物語は再開することになります。

 小手森城の撫で斬りにより、これまで奥州の大名を縛っていた軛からの解放を宣言した政宗。その手腕はついに敵対していた母・義姫にも認められ、父・輝宗も全幅の信頼を置くようになります。
 が、好事魔多し、恭順したはずの畠山義継が、自分が殺されると思い込み、輝宗を人質に取って――

 と、戦国史上名高い悲劇の、その幕開けが描かれた今回。といっても基本的にギャグ漫画の本作、今回は政宗以上に輝宗が前面に出て、そのなごみ系というか度を超したお人好しぶりがなんとも愉快であります。

 もっともその一方で、政宗の強攻策が敵のみならず味方の兵にまで不信を招いていることを悲劇の遠因として描いている点などは、さすがの一言。
 『信長の忍び』などを見ればわかるように、普段はギャグで回していても、描くべきところは逃げずに真っ正面から描く作者だけに、次回以降何が起こるか、必見でしょう。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 里見家伝来の家宝である八玉を奪い、御家取り潰しを狙う服部半蔵と配下の八人のくノ一。お家の危機に対し敢然と立ち上がる……どころか侍を捨ててしまった八犬士の子孫が、今回ようやく立ち上がることになります。

 その一番手は八犬士随一の巨漢・小文吾。自由気ままに乞食として暮らしてきた彼は、甲賀と伊賀の忍法合戦を宣言しつつ、なんと単身服部屋敷に殴り込むのですが……道場破りではあるまいし、これはムチャクチャというべきでしょう。
 ただ一人で数多くの忍び、そして八人のくノ一を相手とした小文吾は瞬く間に紅に染まり、無惨な姿を晒すことになるのですが――

 しかしこれこそが彼にとっての「忍法」、避けるに避けられない忍法合戦の幕開け、という展開は、実に山風らしい味わいであります。
 そして村雨姫は新たな犬士を求めて山中へ――と、原作ではここに至るまでに、当代八犬士の稼業と人となりが紹介されていましたが、本作はそれをほとんどすっぱりカットしているのが、逆に意外性とスピード感を生んでいるのも面白いところであります。


 長くなってしまいましたので、二回に分けたいと思います。


『コミック乱ツインズ』2016年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2016年 11 月号 [雑誌]


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2016.10.22

『仮面の忍者赤影』 第44話「顔のない忍者」

 陽炎の行方を求める最中、魔風の罠にはまり、毒を受けた青影のため、水を求めに向かった赤影は、何者かに襲われてしまう。赤影が魔風と示し合わせているのを目撃した青影は崖下に落とされ、猿彦と示し合わせたニセ赤影により白影も捕らえられかけた時、「赤影参上!」の声が響き渡る……

 冒頭、陽炎から奪った黄金の仮面を着けてみる雷丸。陽炎に凄んでも、犬彦を睨み付けても、一向に秘密はわからない……というくだり、一切台詞なしなのが妙におかしい。
 一方、下忍たちが通りすがりの地元の姉妹に自分たちの行方を誰何しているのを見た赤影と青影。しかし、地面に張り巡らされた鈴付きの縄にひっかかり、魔風の不動網にかかってしまうのはうかつの一言です。宙吊りにされた赤影と青影の元に自ら駆けつけた雷丸は高笑いですが……ここでいきなり爆発発生、その隙に赤影たちは脱出するのでした。

 が、高熱を出してしまった青影。待ち合わせ場所の小屋で調べてみれば、青影の足に毒針が刺さっているではありませんか。そこで一人水を汲みに沼に行った赤影ですが、その足を何者かが掴み、赤影を引きずり込みます。ややあって青影の元に戻る赤影。顔に泥が付いているほかは何事もない様子ですが……

 と、別行動を取っていた白影と猿彦は、先ほど赤影たちがかかった罠を発見。この辺り、さすがは海千山千のベテラン忍者コンビという感じで好印象であります。そこで二手に分かれた二人は、それぞれわざと鈴を鳴らして雷丸たちを散々に撹乱、走り回らされた雷丸は、自分が魔風網にかかってしまうのでした。そんな雷丸の様子を呆れたように見物していた先ほどの姉妹たちですが、今度は沼で泥田坊、いや泥だらけの赤影を発見するのでした。
 散々に敵を引きずり回した白影と猿彦は集合場所の小屋にやってきますが、そこに待っていたのは、先に現れた方の赤影。白影の顔を見るや、地蔵岩に拠点を移そうと言い出す赤影に従うものの、何かおかしいと首をひねる白影ですが……その直後、入れ違いに姉妹に泥まみれの赤影が担ぎ込まれようとは。

 さて、意識を取り戻してみれば山の上の地蔵岩の上だった青影。外を見てみれば、赤影が魔風の下忍と何やら話しているではありませんか。何食わぬ顔で戻ってきたところに青影が先ほどのことを詰問してみれば、声色がガラリと変えて正体を現す赤影。その正体は魔風十三忍の闇の黒蔵――その黒蔵の赤影に対し、分銅を以って立ち向かう青影。綱引きのような形となった二人ですが、足場の悪い場所で引っ張り合った末、勢い余って青影は崖下に転落するのでした。
 そして地蔵岩の隠れ場所に何食わぬ顔をして戻ってきた黒蔵の赤影。白影が青影を探しに行った中、猿彦は赤影に近寄ってくると、お前黒蔵だろうと耳打ちいたします

 と、白影の前に現れる下忍たち。彼らに連行されているのは捕らえられた赤影と猿彦――示し合わせての行動とも知らぬ白影は、やむなく刀を捨てますが……そこに地蔵岩の上から高らかな笑い声が響きます。
 もちろん現れたのは本物の赤影。その赤影殺せるものなら殺してみせろ、と痛快な啖呵を切った本物の赤影、青影から聞いて黒蔵のことはお見通しであります。そして白影も武器を取り戻して大暴れする中、二人の赤影の対決が繰り広げられます。洞窟の中を戦いの場に移す二人ですが、洞窟の入り口の本物と奥の方の偽物と、光と影でくっきりと分けられたライティングが印象に残ります。

 もちろん斬り合いに勝ったのは本物の赤影。割れた偽物の仮面の下から現れたのは、漆喰で塗り固めたような白い顔。タイツにマントという卍党チックな姿を現した黒蔵は、自分の顔の一部をはぎ取って投げつけて爆発を起こすという、微妙に厭な攻撃を赤影と白影に仕掛けます。が、追い詰められた末に宙に逃れた黒蔵に対して赤影は爆弾ダーツを連打、力尽きて地に落ちた黒影の死体は、砂のように風に吹き飛ばされて消えるのでした。

 その頃、小屋で姉妹に手当を受けていた青影ですが……そこに突然小屋の床を突き破って巨大な角が! 地中から現れた巨大な怪物はそのまま小屋を持ち上げてしまいます。ナレーターからも「青影さん、本当に大丈夫ですか?」と前代未聞の心配を受ける青影ですが……全然大丈夫ではなく、助けを求める青影の悲鳴で次回に続きます。


 何度目かのニセ赤影回ですが、マフラーの結び目が逆くらいしか違いがない偽物の変装ぶりには感心。しかし今回の赤影、父の死と陽炎の行方に気を取られていたのか、全くらしくもない失敗続きでした。


今回の怪忍者
闇の黒蔵

 本物と瓜二つに変身する忍者。白い不気味な素顔を持ち、顔の一部は爆弾となる。赤影とすり替わって飛騨忍者たちを一掃しようとしたが、本物の赤影には及ばず倒された。


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2016.10.21

上田秀人『禁裏付雅帳 三 崩落』 渦中の男に迫る二つの危難

 朝廷の弱みを握るため、老中・松平定信の命で禁裏付として赴任した東城鷹矢。全く勝手のわからぬ京で右往左往する鷹矢ですが、陰謀と政争で出来ているような世界で、周囲が彼を放っておくはずがなく、剣難女難が彼を襲うことに……

 田沼意次を追い落とし、老中として幕府に君臨する松平定信を試すかのように、父・一橋治済への「大御所」の尊号を求める家斉。時同じくして、光格天皇も、父・典仁親王への「太上天皇」の尊号を求めてきたことから、定信は大いに悩まされることになります。

 この無理筋の二件を片付け、権力の座にあり続けるために定信が取ったのは、朝廷の弱みを握り、「太上天皇」を諦めさせたうえで「大御所」のみを実現させようという手段。その走狗として禁裏付に命じられたのが主人公・鷹矢だったのですが……
 いやはや、無理難題を押し付けられる上田作品の主人公の中でも、これはさすがに屈指の難題であります。

 何しろ彼にとっては禁裏付の任を覚えるだけでも一苦労。万事前例に縛られ、そのくせ大して権限もない禁裏付という特異な世界で振り回される鷹矢(今回も冒頭、思わず唖然とするような事実が明らかに……)ですが、そこに今回、さらなる危難が振りかかることになります。


 一つは、女難。まだ独身の鷹矢を籠絡すべく、大納言二条家は、貧乏公家の娘・温子を鷹矢の身の回りの世話と称して送り込んで来たのですが……朝廷側が考えることは幕府側も考えます。
 定信方である若年寄・安藤信成は、定信の命により家臣の娘・弓江を養女とし、鷹矢の許嫁として京に送ってきたのであります。

 いずれ菖蒲か杜若、どちらもうら若い美女ながら、温子は父の出世のために泣く泣くスパイ役となり、また弓江の方も婚礼目前のところを引き裂かれ……
 と、全く心が伴わない、一歩間違えれば仇扱いという、全く羨ましくない針の筵であります。

 そしてもう一つは剣難。定信により追い落とされた元・田沼派が、より直接的に定信に打撃を与えるために鷹矢襲撃を計画。七人の刺客団を送り込んだのであります。
 ……七人くらいであればそれほど苦労せず撃退できるのでは、と思ってしまうのは、こちらが剣豪主人公を見慣れている故ですが、しかし意外なことにと言うべきか、鷹矢は剣の腕は十人並み。

 つまりは、七人もの刺客に襲われればひとたまりもないわけで……これまでの作品とは別の意味でスリリングな殺陣が描かれているのには、なかなか新鮮な味わいがあります。


 考えてみれば、本作のようなタイプの剣難女難というのは、上田作品には比較的珍しいパターン。京という舞台、禁裏付という役目の珍しさもあり、新機軸と言えるでしょう。
 本作のラストでは鷹矢方にも助っ人が登場、その一方で前作から登場しているキャラクターにも意外な素顔が……と、役者が出揃い、物語もここからが本番と言えるのかもしれません。

 もちろんこの尊号を巡る一件がどのような結末を迎えるのか、我々は知っているわけですが、さて鷹矢自身の物語はどのような結末を迎えるのか……本人には申し訳ないのですが、先が楽しみな作品です。


『禁裏付雅帳 三 崩落』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
崩落: 禁裏付雅帳 三 (徳間文庫 う 9-46 徳間時代小説文庫 禁裏付雅帳 3)


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2016.10.20

木下昌輝『戦国24時 さいごの刻』(その二) 不変の史実から生まれる新たな物語

 戦国に名を残した人物が最期を迎えるまでの24時間を描く短編集の紹介、後半であります。後半は山本勘助、足利義輝、徳川家康と錚々たる顔ぶれが並ぶことになります。

『山本勘助の正体』
 第四話は、武田家にその人ありと知られた「武田信玄の家臣、山本勘助戦死までの24時間」を描く物語ですが――しかしこれが本書でも随一の曲者。何しろタイトルにあるとおり、勘助は正体不明の人物なのですから。

 川中島での謙信との決戦を目前に控えた頃、武田家が妻の実家である今川家を討つのを止めるため、その中心人物である勘助を討たんとする武田義信。しかし彼にとって最大の問題はその勘助が正体不明であること――
 本作における勘助とは、戦など大事の前にどこからか現れて的確な策と血まみれの手ぬぐいを託して消える謎の存在なのです。

 その正体を探った末、ついに武田家の家臣・山本菅助か、信玄の弟・典廐信繁のどちらかだと絞り込んだ義信。義信は、またもや勘助からもたらされた秘策・啄木鳥戦法により武田軍が上杉軍に決戦を挑む中、「勘助の正体」を討つ決意を固めるのですが……

 確かに川中島で戦死したと伝えられるものの、勘助は今に至るまで正体不明、非実在説もあるほどの人物。その人物の最期を、本作は勘助の正体と絡めて描き出します。
 しかしその意外な正体が明かされただけでは、物語はそれで終わりません。そこで現れるのは、恐るべき「生命力」を以て立ち上がる勘助の姿なのです。

 その種明かしはある程度察せられるものの、それに留まらない不気味さを漂わせる結末は強く印象に残る物語であります。


『公方様の一ノ太刀』
 おそらくは歴代将軍の中では最強の個人武力を持っていた「将軍足利義輝、御所で闘死するまでの24時間」を描く本作。最強でありながら闘死というのは皮肉ですが、本作はそこに義輝の抱えた屈託を浮き彫りにします。

 幼い頃から幾度となく京を逃れ、京に戻る暮らしを送ってきた義輝。三好・松永の軍勢が京を占拠した中、今回も京を逃れようとする義輝ですが、運命の悪戯から、彼は死に引き寄せられていくことになります。
 そして松永軍の包囲網が御所に迫る中、歴代の足利将軍が佩いた13本の太刀とともに、塚原卜伝直伝の鹿島新当流を存分に振るう彼の前に現れたのは……

 曲者揃いの本書の中では比較的ストレートな内容である本作。しかしクライマックスで義輝が繰り広げる大殺陣の迫力はまさしく剣豪小説。そしてその果てに待ち受ける、剣士の宿命もまた――
 作者による剣豪小説を読んでみたいという気持ちにさせられる一編です。


『さいごの一日』
 「そして、乱世の終幕、徳川家康最期の24時間」を描くラストの物語。なるほど、戦国乱世を統一し、戦国最後の戦いである大坂の陣の翌年に没した家康の最期は、戦国の最後と呼んでもよいでしょう。
 しかしこれまでの五人の劇的な最期(言い換えれば非業の死)に比べれば大往生を遂げた家康。それを如何に描くかと思えば――

 あえて詳しくは述べませんが、ここで描かれるのは彼の最期だけではなく、そこに至るまでの彼の生涯全てというべきもの。
 人は最期の刻に、走馬灯のようにこれまでの人生を振り返るといいますが、ついには豊臣家を滅ぼした彼の執念の淵源が、ここで思いもよらぬ形で描かれるのです。

 家康の最期を描く物語にして、戦国を終わらせた男・家康伝ともいうべき物語。本書を締めくくるに相応しい内容と言えるでしょう。(しかし、ここで冒頭の物語を思い出せば……!)


 以上六編、まさに作者ならではの奇想と、人の世の無惨さ――しかしそれを生み出したのが、人間性(の決して負のそれとは言えない部分)が生んだものなのが、さらにきつい――を描いた名編揃いであります。
 しかしそこで描かれる六つの最期の姿は、いずれも正史を忠実になぞり、歴史の結末を変えるものではありません。

 そう、歴史小説というものが、決して変えられない史実を据えた上で、そこに物語としての肉付けを行っていくものであるとすれば、本書はこの上なくその基本に忠実でありながらも、同時にそれを逆手にとって新たな物語を生み出してみせた作品なのです。

 本書はその点において非常に挑戦的な作品であると言うほかありません。そしてもちろん、類まれな傑作であるとも――


『戦国24時 さいごの刻』(木下昌輝 光文社) Amazon
戦国24時 さいごの刻(とき)

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2016.10.19

木下昌輝『戦国24時 さいごの刻』(その一) 肉親の愛が招く死と滅び

 木下昌輝待望の新作は、何やらコミカルな印象すら受けるタイトルの一冊。しかし内容は独創性の塊――豊臣秀頼、伊達輝宗、今川義元、山本勘助、足利義輝、徳川家康と、戦国に生きた六人がその最期を迎えるまでの24時間を描いた短編集であります。ここでは一話毎その内容に触れていきましょう。

『お拾い様』
 巻頭に収められたのは「大坂夏の陣で、豊臣秀頼が死ぬまでの24時間」の物語。お拾い様とは秀頼の幼名――生まれた子供を一度捨てた形にし、拾ったことにすれば健康に育つという俗信によったものであります。

 既に天下の大半を押さえた徳川方に対し、それに引けを取らぬ綺羅星の如き武将豪傑たちが集った大坂の陣。しかしながら結果としては豊臣家が完全に滅亡することとなった一因は秀頼の母・淀殿にある……とは、これまでしばしば語られてきたところであります。

 被我の勢力差を理解せず徳川の挑発に乗った。冬の陣ではあっさりと講和に応じ結果として大坂城を丸裸にした。そして何よりも、秀頼に過保護に接するあまり彼の出陣に反対し、全体の士気を上げられなかった……
 本作においてもこれらの淀殿の行動は変わることがありません。いつまでも自分を子供扱いする母に倦み、呆れながらも、しかしその過去を慮り、秀頼はただ母の言うがままの行動を取り、そしてそれが豊臣家の、秀頼の命脈を縮めていくことになるのです。

 この辺りの描写は丹念ではあるものの、あまりにも定番に寄り過ぎているのでは……というこちらの印象は、しかし終盤で見事に覆されることとなります。
 果たしてそこで秀頼が見たものは……それはここでは書けませんが、彼を拾う役を務め、そして大坂城にまで付き添ったという武士の存在を巧みに生かしたその結末には、もう愕然とするほかありません。冒頭から、一番の問題作であります。


『子よ、剽悍なれ』
 第二話は、戦国史でも屈指の悲劇と言うべき、「伊達政宗が父、輝宗を射殺するまでの24時間」の物語。
 複雑に勢力が入り組んだ奥州の情勢を巧みに乗り切り、実母に疎まれた政宗を支え、導いた輝宗。その輝宗が、一度は伊達に屈した畠山義継に拉致され、追った政宗の命による射撃で義継もろとも命を落とした……

 この辺り、実際の死の状況には諸説あるようですが、父が子に願い、子が涙を呑んで射撃を命じるというのは実に泣かせる話で、これが最も人口に膾炙しているといえるでしょう。本作も、この説が取られているのですが――しかし、『宇喜多の捨て嫁』の作者が、甘いだけの話を描くわけがありません。
 本作に登場するのは、自分が伊達家の実権を握り、奥州制覇に乗り出すのに邪魔である父を、義継の手を装って暗殺せんとする政宗。その策は義継を動かし、まずは彼の計算通りに進んでいくのですが……

 誰もがよく知る政宗の隻眼。そのために特注された銃で、自ら輝宗を撃たんとした政宗が知った父の姿。それは決して巷説に言うお人好しでも旧態依然とした人物ではなく――しかしそれゆえに彼は死ななければならなかった、という結末が胸に突き刺さります。異形の親子愛の物語と言うべきでしょうか。


『桶狭間の幽霊』
 題名から予想できるように「桶狭間にて、今川義元討ち死にまでの24時間」を描く本作に登場するのは、なんとこれも題名通りの幽霊。その幽霊とは義元の兄――玄広恵探と言えば、なるほどと思う方もいるでしょう。

 元々は今川家の継嗣ではなく、仏門に入れられた義元。しかし兄たちの死により今川家を継ぐこととなった義元は、同様に僧となっておりそして対立する派閥に担がれた玄広恵探を討った過去がありました。
 その玄広恵探の幽霊が、上洛(尾張攻め)を控えた義元の夢寐に現れ、この行動が義元の死を、今川家の滅亡をもたらすと止めたものの義元は取り合わず、そのために桶狭間で最期を遂げた……というのは比較的知られた巷説であります。

 本作もそれを敷衍した内容でありますが、基本的に玄広恵探の目線で描かれているのが面白い。彼にとっては仇ではあるものの、生家の現当主である義元。そして何よりも、共に仏門に入れられる日のある思い出が、彼を義元のために動かすのですが……
 しかしその想いが義元を縛るという皮肉。前二話に続きここでも肉親の愛が思わぬ結果を招き、死と滅びを招くという哀しい地獄絵図が描かれるのであります。


 長くなりますので残り三編は、次回に取り上げます。


『戦国24時 さいごの刻』(木下昌輝 光文社) Amazon
戦国24時 さいごの刻(とき)

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2016.10.18

瀬川貴次『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』 中将の前の闇と怪異という希望

 実に約1年ぶりの『ばけもの好む中将』であります。しかし今回はいつもとは少々異なる雰囲気……あれだけ怪異を愛し、求めてきた「ばけもの好む中将」こと宣能が、怪異巡りをしなくなったというのですから、ただごとではありません。こんな時こそ自分が頑張らねば(?)と立ち上がった宗孝ですが……

 高貴な生まれで美男子でと、平安貴族としては非の打ち所のない左近衛中将宣能。しかし実は彼は怪異を何よりも愛し、ばけものと出会うためにせっせと夜歩きをする変人、人呼んで「ばけもの好む中将」であります。
 その宣能に何故か気に入られた、(姉が十二人いるほかは)ごく普通の下級青年貴族の宗孝は、毎回毎回宣能に引きずられて世にも恐ろしい目に遭うことに――

 という基本設定の本シリーズですが、しかし本作においては、なんと宣能が怪異を求めなくなってしまったという異常事態。すわ怪異探しも卒業か、と思いきや、それどこではなく、彼は何ごともに鬱々と塞ぎ込む毎日を送っていたのであります。
 ここでお人好しさというか健気さを発揮したのが宗孝。怪異巡りに付き合わされるのは嫌ですが、しかし理由は知らねど常ならぬ状態の宣能を放ってはおけないと、敬愛する人物を元気づけるために、今度は彼が怪異を探して、宣能に教えようというのです。

 何となく木乃伊取りが木乃伊になった感がありますがそれはさておき、人間の手によるものではない、本物の怪異を求めてせっせとあちこちに足を運ぶことになった宗孝。
 そんな中、前作で宗孝の姉の一人・真白に恋してしまった春若こと東宮は、何とか恋を成就させるべく暗躍(?)を開始、それがまた宗孝と宣能に思わぬ影響を与えることに……


 前作『踊る大菩薩寺院』では、これでもかと言わんばかりにスラップスティック大活劇が演じられましたが、本作はそれに比べるとかなり静かなイメージ。
 宗孝が一人で巡る怪異の出没場所は、これまでの作品と縁のある場所も多く、どこかこれまでのおさらい的な印象もあります(この辺り、一年ぶりの新刊ゆえ……という気がしないでもありません)。

 しかしもちろん、物語の面白さ、楽しさはこれまでと変わることはありません。
 宗孝と宣能を取り巻くキャラクターたちの楽しさ、怪異の真相の意外さ、そして油断しているとスッと入り込んでくるパロディ・小ネタの可笑しさ――そんな本作の魅力は、もちろん本作においても健在なのですから。(今回の名作漫画ネタ2つには不覚にも噴出)

 特に、真白の気を惹こうと幼いなりに必死な春若の姿が健気というか愉快というか、これまでのシリーズでも問題を起こしてきた雅平中将と組んでの悪だくみ(?)が引き起こす騒動は、まさに本作ならでは。
 「伊勢物語」のあの有名なエピソード映しで恋の逃避行を演じようとする姿は、古典好きにも必見でしょう。


 しかし同時に本作においては、これまで物語の裏側で描かれてきた陰の部分が、よりはっきりと浮かび上がってきた感があります。
 その陰を象徴するのは、右大臣として宮中で権力を振るう宣能の父。妹の弘徽殿の女御の存在もあり、権勢並びなき彼ですが、しかしライバルを蹴落とし、自らの権力を維持するためには、表には出せない陰、いや闇の部分があることが、前作の結末ではっきりと示されます。

 実は本作において宣能が普段のような顔を見せないのは、まさにその闇をはっきりと目撃してしまった――そして自分もやがてそれを受け継ぐ運命にあることを否応なしに感じてしまったからにほかなりません。

 やがては自分にとって可愛い妹である初草の君を東宮妃として、さらに自らの権勢を揺るぎないものにしようとする父。
 そのやり方を否定しつつも、その血からは逃れられないことを自覚している宣能の屈託は、本作に、本シリーズに、深い陰影を与えているのです。(そしてその右大臣自身も、秘められた苦くも甘い過去の存在が……)

 これまでのシリーズにおいては、特殊な体質である初草の君に対する一種の救いとして機能していた感もある怪異の存在。しかしその怪異は、表面上は恵まれた立場にありつつも、ままならぬ現実に縛られた宣能にとっても、救いなのだと、今回感じられます。
 そしてもう一つ、どこまでも懸命に二人の力になろうとする愛すべき凡人である宗孝の存在もまた、大いなる救いなのですが……

 この先、宣能の怪異探求がどのような先行きを迎えるかはわかりません。しかしそれは同時に、宣能が現実にどう立ち向かうか――その動きと表裏一体のものではないかと、感じた次第です。


『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠 (集英社文庫)


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2016.10.17

谷津矢車『信長さまはもういない』 依るべきものを喪った者たちの姿に

 これまでも一作毎に趣向を凝らした作品を発表してきた谷津矢車ですが、本作はタイトルの時点で意表を突く作品。信長の乳兄弟であり、彼の若き日から付き従ってきた池田恒興を主人公に、信長亡き後の彼の歩む道のりを可笑しくも哀しく描いた物語です。

 信長がやんちゃしていた頃から彼に付き従ってきた股肱の臣である恒興。信長が出陣した戦には全て参加したと言われ、信長の覇業も終盤に近づいた頃には摂津十万石を与えられた、まず一廉の武将であります。
 ……が、どうにも他の信長麾下の武将に比べると、恒興は後世においてはいささか影が薄い。信長に忠実に仕え、その後の後継者争いにも一定の役割を果たしたものの、しかし他の強烈な面々に比べると彼が目立っていないのは、主役となった長編は、本作がほぼ初めてであろうことからもうかがえます。

 さて本作は、その恒興が姉川の戦いの後、信長からこの先のことを問われる場面から始まります。その問いに、これまで同様、信長の命じるままに動くだけと答えた恒興に対し、「貴様はどうも面白うないぞ」と不興を露わにする信長。
 そして彼は、これまでの半生で経験した戦や政のあれこれを書き留めた帳面を恒興に与え、これを読み解けと告げるのでした。

 しかしその問いに答える間もなく、信長は突然の謀反によってこの世から消え、恒興はその事実に愕然とすることになります。
 自分に命を下す存在がいなくなったことで、身動きが取れなくなった恒興。彼は息子や家臣たちから今後の動きを問われた時に、あの帳面の存在を思い出します。

 その帳面――彼曰く「秘伝書」を取り出し、パラパラと適当にめくった頁に記されていた言葉。その言葉を助言として動いた恒興は、思わぬ形で山崎の戦に武功を挙げて秀吉を助け、その後のいわゆる清州会議でも、同様の形で大きな役割を果たすことになります。
 しかし秀吉が織田家の後継者、いや簒奪者と化していく中、家康との対立が激化。両者の間に立たされた恒興が、今回も頼った秘伝書にあった言葉とは……


 作者の作品は、重い題材を扱う際も、どこかいい意味での軽みやおかしみがあるのですが、本作においてはその持ち味が最大限に発揮されている印象があります。

 何しろ恒興は一種の戦馬鹿(それでも娘婿の森長可よりはマシなのですが)、その割に意外と神経が細い彼が、難局に右往左往しつつ、適当に出てきた言葉をありがたがって行動したものが思わぬ成功に繋がり……というのは、ほぼ完全にコメディの呼吸。
 恒興ら登場人物たちのキャラ立ちがはっきりしていることもあり、リーダビリティが非常に高い作品であります。

 しかし本作は、シンデレラ武将(?)の活躍を描く作品でも、ドタバタ戦国ギャグでもありません(その気はあるにしても)。
 本作で描かれるものは、信長という、良きにつけ悪しきにつけ巨大すぎる存在が消えた後の、武将たちの喪失感なのであります。

 先に述べたように、勘気を蒙るほど信長の指示待ち人間であった恒興。その彼の喪失感の大きさはもちろんのこと、しかし彼ほど極端ではないにせよ、その喪失感は信長の配下たち一人ひとりが、それぞれの形で感じたものとして描かれます。
 清洲会議で恒興らと対立した丹羽長秀や柴田勝家、鬼武蔵として恐れられる森長可、秀吉を支える蜂須賀小六、そして勝者にして簒奪者たる秀吉すらも……皆「信長さまはもういない」ことを背負い、そしてその空虚さの重みに呻吟するのであります。

 その姿は恒興を筆頭に、皆滑稽で、無様で、不甲斐ないものに見えることでしょう。
 しかし、一度それが我が身に起こったと考えてみれば――例えば、今自分が絶対のものと信じ、依存している会社や社会制度がなくなったとしたら――我々は途端にうそ寒いものを感じることになるのであります。

 過去のある時点の人物や出来事を描くことにより、現代の我々にも通じるものを提示してみせるというのは、歴史小説の常道と言えるでしょう。
 本作もそれを踏まえたものでありますが――しかしその視点が、社会で功成り遂げた者のそれではなく、むしろその社会の壁に弾き飛ばされた者のそれであるのは、実に作者らしいと言うべきでしょうか。


 正直なところ、物語の結末(において恒興が理解したもの)は、物語の構造からすれば容易に予想がつくものではあります。
 しかしそれでももちろん、この結末が描かれるべきものであったことは間違いありません。そこに示されるものは、恒興同様、寄る辺をなくして途方に暮れる我々にとっての、一つの希望でもあるのですから……


『信長さまはもういない』(谷津矢車 光文社) Amazon
信長さまはもういない

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2016.10.16

重野なおき『信長の忍び』第10巻 浅井家滅亡、小谷城に舞う千鳥

 いよいよアニメも放送開始となった『信長の忍び』、単行本の方も久々に新刊が登場であります。二桁の大台に乗ったこの巻で描かれるのは浅井長政との決着戦ですが、しかしそれは単なる信長の宿敵の滅亡に終わるものではありません。そう、長政には信長の最愛の妹・市が嫁いでいるのですから……

 前巻において、北陸の双璧であった浅井・朝倉のうち、朝倉家をついに滅ぼした織田軍。勢いに乗って浅井家の本拠である小谷城に迫る織田軍ですが、この城は難攻不落、接近するだけでも困難極まりない城であります。
 この小谷城攻略を任せられたのが秀吉であり、そして彼に協力するのが信長の忍びたる千鳥なのですが……果たして彼らはこの城を抜くことができるのか、そしてお市を連れ帰ることができるのか?


 というわけでこの巻のかなりの部分を割いて描かれるのはこの小谷城攻略戦。先に申し上げれば、その結末については史実通りであり、そこからいささかも変わるところはありません。
 しかしそこに至るまでの過程は、まさしく本作流とも言うべき展開。秀吉が、半兵衛が、小六が……秀吉サイドがオールスターで活躍する中、彼らとは、そしてお市とも縁深い千鳥は決死の活躍を見せることになります。

 浅井方でも浅井井規が織田方に寝返り、城への手引きを買って出たものの、しかし小谷城が攻めるに難い城であることは変わりありません(しかも井規の真の目的は……)。
 しかも小谷城は守りの堅さに加え、鉄砲隊を幾重にも配置して徹底抗戦の構え。それを突き崩すために、千鳥は文字通り必死の戦いを挑むことになります。

 そして幾多の犠牲を払った末に最期の刻を迎えた長政。政略結婚とはいえ強い愛で結びつけられ、三人の子を成したお市は、長政とともに命を絶つことを望みます。
 ここでほとんどギャグ抜きで描かれる二人の絆は、ある意味定番とはいえ実に切なく、かつ甘く熱いのですが……しかしたとえ残酷とはいえ、彼女が生き延びることを望む者は少なくありません。

 信長が、秀吉が、そして長政が、お市が生きることを望む中、ここでも千鳥がお市にある言葉をかけるのですが――これが、なるほどこうきたか! と唸らされるほかない見事な説得。
 自らの命など惜しまず、愛する人と運命を共にすることを望む女性が、何故この先も生きることを決意したのか……千鳥ならでは、つまりは本作ならではの説得力であります。
(しかしその直後に、そんな彼女の言葉でも動かせない非常な「現実」が強く突き刺さるのですが……)


 と、大いにこの巻も読まされてしまうのですが、その一方でいささか気になってしまったのは、千鳥のあまりの活躍ぶりです。

 もちろん彼女が本作の主人公であり、そして信長の天下布武の一種象徴として描かれる以上、彼女が活躍することは、ある意味当然であります。
 その点は仕方ないのですが……しかし、お市の説得はともかくとして、その前の小谷城攻略戦でここまで活躍させる必要があったかどうか。

 お市説得は、ここまで手を血で汚し、そして自らも血を流した彼女だからこその言葉があることは十分承知の上で、しかしそれでも彼女が前面に出過ぎたことに、いささか違和感を感じたところです。

 もっともこの辺りは、信長の戦いが局地的なものから、大局的なものとなっていく過程で生じる印象ではあるでしょう。
 しかし(厳しい言い方をすれば)作者の他の歴史四コマにおいて、千鳥のような存在がなくとも物語を展開していることを思えば、その扱いが難しくなっているという面もなきにもあらずではないか……そう感じます。

 もっとも、この後に展開される助三vs杉谷善住坊という異次元マッチは、まさしく本作ならではのものであって、この辺りに対する一つの回答なのかな、と思わなくもありませんが……


 何はともあれ、包囲網が突き崩され、また一歩天下に近づいた信長。しかしその前にはまだ本願寺が、そして武田勝頼が待ち受けます。
 そこで千鳥が何を見て、何を感じ、何を為すのか……この先も色々な意味で気になるところであります。


『信長の忍び』第10巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 10 (ヤングアニマルコミックス)


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2016.10.15

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、もうすっかり気温も落ち着いてきました……いや、それもそのはず来月はもう11月。本当にあっという間に時は過ぎていきますが、本を読む時間は持っておきたいものです。というわけで11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 10月は少々寂しい印象のあった新刊ですが、しかし11月は新作を中心に、なかなかの充実ぶりという印象です。

 まず文庫新刊では、高井忍『名刀月影伝』が気になるところ。松平定信の命で名刀の真贋を見定める二人組の旅を描くという本作、時代ミステリの名手だけに、ただではすまない印象です。
 また、平山夢明がIN★POCKETに連載していた久々の時代もの『大江戸怪奇草子 どたんばたん(土壇場譚)』、鈴木英治が明石掃部を描くと思われる『大坂城の十字架(仮)』が楽しみなところであります。

 また、シリーズものの新刊では、風野真知雄『女が、さむらい』第3巻と上田秀人『日雇い浪人生活録』第2巻と、ベテランが活躍。
 文庫化では、畠中恵のしゃばけシリーズ『すえずえ』と、柴田ゆう・萩尾望都など豪華執筆陣によるしゃばけのアンソロジーコミック『しゃばけ漫画 仁吉の巻』『佐助の巻』が登場します。

 そして中国ものでは、今年2月に全17巻で完結した北方謙三『岳飛伝』がついに文庫化スタート。大水滸伝完結編として、見逃せない作品です。


 そして漫画の方でも新作に注目。黒人ボクサーが信長の時代にタイムスリップするという奇想天外なたみ&富沢義彦『クロボーズ』もいよいよ第1巻が登場、また、玉井雪雄『怨ノ介 Fの佩刀人』第1巻、室井大資&岩明均『レイリ』第1巻・第2巻なども要チェックでしょう。
 1巻ものでは、先日ついに完結した下元ちえ『焔色のまんだら』、蜷川ヤエコによる薬屋シリーズ(?)第4弾『モノノ怪 鵺』が楽しみなところです。

 また、シリーズものの新刊も、灰原薬『応天の門』第6巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻、永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻、樹なつみ『一の食卓』第4巻、鷹野久『向ヒ兎堂日記』第7巻と目白押しであります。
 再刊では、波津彬子が様々な作家の小説を漫画化した『幻想綺帖』第1巻が文庫化。沙村広明『無限の住人』新装版も第8巻・第9巻と快調に刊行中です。

 最後に気になるのは、三好輝&竹内良輔『憂国のモリアーティ』第1巻。タイトルどおり、あのシャーロック・ホームズのライバルを主人公に、彼の若き日の姿を描く物語ということで、ホームズファンとしては注目であります。



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2016.10.14

『仮面の忍者赤影』 第43話「吸血怪獣ギロズン」

 ギロズンに追い詰められた末に捕らえられ、激しい拷問を受ける陽炎。遅れて駆けつけた赤影たちにも血汐将監とギロズンが襲いかかり、紅影が討たれてしまう。辛くも逃れた赤影たちを誘き寄せんとする猿彦の策で、再び将監・ギロズンと対決する赤影。赤影に斬られた将監に助けを求められた猿彦だが……

 前回のヒキでギロズンの襲撃を受けた黒影と陽炎。突然なんだかわからない怪物に襲われてパニックに陥る二人の姿は、ほとんどホラー映画であります。そしてその気持ちの悪い口吻を伸ばし、強烈な吸引力で引き寄せようとするギロズンに何とか抵抗したものの、口から吐き出すガスに動きを止められた黒影が餌食に……ここで盲目ゆえ何が起こったのかわからず、当たりを手探りするしかない陽炎ですが、彼女もガスで動きを止められてしまい、ギロズンが迫ります。
 が、そこに現れたのは襤褸にモヒカン刈りという奇怪なビジュアルの男・血汐将監。ギロズンを制止し、小型化した将監は、今度は懐から拡大鏡を取り出し、陽炎の体を覗き込みます。と、そこに浮かび上がる黄金の仮面。彼の透視術・忍法身透しであります。

 その頃、馬で(猿彦は足で)洞窟を目指していた赤影一行。白影と猿彦を見張りに残し、洞窟の中に入った赤影たちが見たものは、そこに残された陽炎の杖でした。一方、何やら路傍の仏像に祈る猿彦と、彼への疑いが消えない白影ですが、二人の前に陽炎たちを見たという老婆が現れます。老婆の案内で後を追う赤影たちですが――その前には無残な白骨と化した黒影が!
 実は老婆の正体は血汐将監、彼が呼んだ下忍は蹴散らしたものの、今度はギロズンが現れます。その強烈な吸引力にても足も出ない赤影たちですが、まず猿彦が吸い寄せられ、彼を助けようとし紅影もギロズンに……

 その頃、雷丸のもとに連行され、鎖で縛られた上に激しく鞭打たれるというハードな拷問を受けていた陽炎。すでに肌身離さずにいた黄金の仮面も奪われ、その秘密を話せと迫られていたのであります。それでも意外な芯の強さ、というか伝法さを見せて逆らう陽炎に、雷丸は配下に更なる拷問を命じ、自分は酒でも飲み飲みながら見物の構えであります。
 と、そこに戻ってきた将監に、杯を渡して酒を注いでやる雷丸。紅影は片づけたが赤影と白影と青影は……と報告する将監、逃がしたか? と問われ、すっとぼけて頷いたところにバカモン! と雷丸の怒りが爆発する(そして酒を吹き出す将監)という間が絶妙のやり取りが楽しい。雷丸と配下のコントはほとんど毎回描かれていますが、今回が一番面白かったと思います。

 一方、やはり戻ってきた猿彦にも怒る雷丸ですが、猿彦は白影に疑われていると答え、さらにそれを晴らす策があると――
 そして赤影たちが崖の上に作った黒影と紅影の墓標の前に、傷ついた姿で現れた猿彦。ここから飛び降りて詫びるという猿彦を慌てて赤影たちは止めます。こうしてまんまと懐に入り込んだ猿彦は、陽炎のもとへ案内すると、とある洞窟に彼らを案内するのですが――その洞窟の中には陽炎の短刀・五郎入道正宗が残されていただけ。さらに外で陽炎を探す青影にギロズンが襲いかかります。

 青影はギロズンのガスで動きを止められ、白影も沼地に足を取られて苦戦する中、襲ってきた将監と切り結ぶ赤影。武術では赤影には及ばず、袈裟懸けに斬られた上に倒れてきた灯籠に押しつぶされた将監を残し、赤影は二人を救うために爆薬付きのダーツを連打、さしもの怪物もついに動きを止めます。
 そして這々の体で逃れ、洞窟の中の猿彦に助けを求めてきた将監ですが――しかし、猿彦は無情にも彼にトドメを刺します。そして敵を一人倒したと得意げな猿彦に対し、陽炎の手がかりが無くなってしまったとニンガリした顔の白影ですが……その様子を窺っていた犬彦は、うまく懐に入り込んだとニンマリするのでした。


 とにかくギロズンの不気味さが印象に残る今回。ビジュアル、鳴き声、攻撃方法、中途半端な大きさと、と全てが近寄りたくない感満載でした。倒し方は意外とストレートだったのは、いささか残念ですが……


今回の怪忍者
血汐将監

 ギロズンを操るモヒカン刈りの男。拡大鏡で相手を透視する魔風忍法見通しも使う。ギロズンで黒影と紅影を殺し、陽炎を捕らえるが、再度の戦いで赤影に斬られた末、赤影たちの懐に潜り込もうとする猿彦にトドメを刺されて果てる。

今回の怪忍獣
ギロズン

 将監が操る山蛭の怪獣。通常の蛭サイズから等身大にまで巨大化する。口吻の強烈な吸引力と相手の動きを止めるガスを武器とし、捕らえた相手の血を吸ってしまう。赤影の爆弾ダーツ連打の前に力尽きた。


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2016.10.13

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第1巻 味吉陽一、幕末に現る!?

 私も色々な時代漫画を読んできましたが、本作のような作品はさすがに読んだことがない、というより予想だにしていませんでした。漫画で、アニメで、奇想天外な料理で大活躍したミスター味っ子こと味吉陽一が、今度は幕末を舞台にその料理の腕を振るうのであります……ん、幕末?

 『ミスター味っ子』は、今からちょうど30年前(!)に週刊少年マガジンで連載され、大人気となったグルメ漫画。もちろん原作は既に完結し、それどころか約10年前には、彼の息子を主人公とした続編も発表されたほどであります(こちらも数年前に完結)。

 そんな中、昨年末に創刊された『真田太平記』誌上で突然(?)スタートした本作は、時系列的にはその一作目の後日譚に当たる物語。味皇料理会との激闘を終え、平穏な日々に戻った陽一が、突如幕末にタイムスリップしてしまったことから、物語は始まります。
 ある日目覚めてみれば、全く見覚えのない景色の中に放り出されていた陽一。それもそのはず、彼がいたのはペリーの黒船が来日した幕末の江戸だったのであります。

 そこでとある食いしん坊の旗本に拾われた陽一は、その旗本とともに黒船見物に出かけたところで、黒船の水兵たちが屋台の料理にケチをつけているところに出くわしてしまいます。
 カッとなった陽一は、三日後にうまいものを食わしてやると思わず宣言、肉料理が好みであろう彼らのために、お得意のカツ丼を作ろうとするのですが……

 というわけで、いきなりのタイムスリップはともかく、ある意味料理漫画の定番展開を見せること本作。
 しかし一口にカツ丼といってもこの時代の江戸ではパン粉は手に入らなければ、豚肉も今のような品質ではありません。そんな中でどうやってカツ丼を、それも肉料理に慣れた相手を唸らせるものを作るのか……

 と、これもタイムスリップ料理もの(というジャンルはないか)の定番ですが、そこを思いもよらぬ発見と工夫で乗り越えてしまうケレン味は、まさしく『ミスター味っ子』。そして何よりも、この第一話の料理が、第一作の冒頭を飾ったカツ丼というのも嬉しい。
 奇想天外な調理法で見事カツ丼を作り上げた陽一は、ペリーまでも唸らせることに成功。そして陽一を拾った旗本こそ、若き日の勝海舟で……というオチもついて、まずは物語の滑り出しとして文句なしの内容でしょう。


 そんな本作で実に楽しいのは、陽一のタイムスリップが、海舟の空腹とリンクしているという何ともすっとぼけた設定でしょう。
 おかげで、海舟が腹を減らすと幕末に呼びだされ、満腹すると現代に帰ってくる……という、なんとも陽一にとっては厄介な状態なのですが、それが何ともおかしいのです(回を重ねるにつれ、陽一が慣れてきて全く驚かなくなっていくのがまた……)。

 しかしこの設定のおかげで、一口に幕末といってもかなり長いタイムスパンの中で美味しいところをつまみ食いできる……すなわち、有名な事件・人物に遭遇する時にだけ陽一が居合わせることができるというのは、これはなかなかに見事な工夫でしょう。

 もっともこの第1巻で描かれる時代は、海舟にってはまだまだ雌伏の時代、実はそこまで有名な事件は描かれていません。しかしそんな中でも特に面白いのは、咸臨丸でアメリカに渡った際のエピソードであります。

 例によってアメリカにまで呼びだされた陽一は、海舟、さらにジョン万次郎や若き日の福沢諭吉とともにゴールドラッシュに沸く西部を訪れるのですが、かつて万次郎が世話になった人物は、一攫千金を狙う無法者たちに苦しめられ、生きる気力を失った状態に。
 そこで彼を元気づけるために、かつて万次郎がご馳走になったハンバーグをベースに陽一が作った料理とは――そのケレン味たっぷりの内容もさることながら、料理で過去を思い出させる「らしさ」も良くで、まずはこの巻のベストエピソードではないかと思います。


 そしてラスト二話ではまさかの幕末にカレー勝負が勃発。カレーといえば……というわけで「彼」が登場するのも味っ子ファンには思わぬサプライズ。ラストにとんでもない形で登場する歴史上の有名人も含めて、今後このユニークな物語がどのように展開していくのか、すなわち幕末をミスター味っ子がどのように駆け抜けるのか――まだまだ楽しみは尽きません。

 なお、本書のラストには『食いタン外伝 水戸黄門』を特別収録。『食いタン』の高野聖也そっくりの若き日の水戸光圀が慶安の変に挑む異色作で、こちらもなかなか嬉しいボーナスです。


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2016.10.12

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 八 終焉の百鬼行』 そして苦闘の旅路の果てに待つもの

 その意外かつ独創的な内容と完成度の高さでこれまで我々を魅了してきた『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズもいよいよクライマックスであります。通算第8巻を迎えた本作で描かれるのは、浅間山を舞台に善魔入り乱れて繰り広げられる最終決戦。その最中、強敵に追い詰められた半四郎の運命は……

 政敵・田沼意次を追い落とすため、配下の妖忍・服部半蔵に命じ、様々な策謀を巡らせてきた松平定信。その両者の争いに巻き込まれて江戸から姿を消した聊異斎や捨吉を追い、半四郎は浅間山に向かうことになります。
 しかしその浅間山には奇怪な童形の山鬼が出没、その討伐を名目に周辺諸藩からの人間も加えた田沼家の手勢が聊異斎たちを追い詰めます。さらにその陰では半蔵配下の怪忍者たちが謎めいた動きを見せ、浅間山は一触即発の戦場と化すのでした。

 そんな中、田沼家に雇われた怪剣士・涸沼源二郎と対峙することとなった半四郎は、死闘の末に源二郎を破った……と思いきや、そこで源二郎の恐るべき能力が発動。半四郎は剣士として致命的な深手を負わされることとなります。
 その時、ついに浅間山が噴火して――


 というわけで、前作ラストでの絶体絶命の窮地から始まる本作。何よりもまず、反則クラスの異能を持つ源二郎に対して、半四郎がいかに立ち向かうのか――という点に興味が向かいますが、しかしそこで示された解は、もう意外どころではありません。
 確かに思い返せば伏線はあったものの、それはありなのか!? と言いたくなってしまう意表を突いた展開(正直なところ、作劇上の演出かと思っておりました……)には愕然とさせられるのですが、しかしこれはまたまだ序の口、であります。

 浅間山噴火が続く中、さらに周囲に混乱と死を振りまく山鬼。鬼一坊と自ら名乗るその妖魔は、しかし意外なことに半四郎と聊異斎のことを知り、しかも二人に怨みを持っているというではありませんか。
 そして明らかになるその正体とは――まさかと思えばその通り、いやはやこれまた驚天動地という他ない展開なのであります。

 そしてその一方で着々と進行していく半蔵(その「正体」にもまた仰天)の計画。単に田沼政権への嫌がらせ、失点作りというレベルではとどまらぬその計画の全貌が明らかになった時――本作は時代伝奇小説、それも極上のそれへとはっきり変貌を遂げたと、心から唸らされるのであります。


 本作は元々時代伝奇小説ではないか、と仰られればその通り。しかし本作においては、その物語設定故に、時代伝奇本流というよりも、その発展形の一つである妖怪時代小説という印象が強かったのも事実であります。(その両者を区別することにどれだけ意味があるかは、ここでは置いておきます)
 しかし本作において描かれるものは、個人と妖怪との対決、あるいは交流・交渉といったある意味ミクロな域を遥かに超えたスケールの物語。これを時代伝奇と呼ばずして何を呼ぶ! という他ありません。

 しかし本シリーズは元々妖怪という非日常的な怪異を丹念に描くと同時に、それと同じレベルの熱意でもって江戸の市井という日常を描いてきた作品でありました。
 そして優れた時代伝奇小説を支えるのが、こうした日常――言い換えれば「現実」の姿であることを思えば、本作がかくも見事な変貌を遂げたことにも納得がいくというものです。

 いやむしろ、それはシリーズ当初から予定されていた、緻密な計算によるものかもしれませんが……


 何はともあれ、本シリーズも残すところあと1巻。本作のクライマックス、阿鼻叫喚の巷と化した浅間山では、まさに本作の、そして本シリーズのタイトル通りの存在が登場するのですが――しかし、それがもたらすものは、災いと恐怖だけではありません。

 これまでの半四郎の苦闘の旅路にどのような意味があったのか。彼がその戦いの中で為したことはなんであったか……その一端が示される結末には、彼のこれまでを見てきた我々としては、ただ涙するしかないのです。
 そしてそれを踏まえた上で半四郎を待つものは何か……それは必ずや、悲しみや苦しみだけではないと、心から信じて最終巻を待っているところであります。


『素浪人半四郎百鬼夜行 八 終焉の百鬼行』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(八) 終焉の百鬼行 (講談社文庫)


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2016.10.11

下元ちえ『焔色のまんだら』完結編 そして彼の歩み続けた道の先に

 長谷川等伯の生涯を描く『焔色のまんだら』の完結編が、「コミック乱11月号増刊 剣客商売」に掲載されました。連載誌である「戦国武将列伝」が先日休刊したものが、ラスト2話一挙掲載でここに完結することとなり、ファンとしては嬉しい限りです。

 安土桃山時代から江戸時代初頭にかけて、数々の障壁画、水墨画を遺し、この時代の絵師の代表格として知られる等伯。しかし本作における等伯は、決してその画業は順風満帆ではなく、悩み多き人物として描かれてきました。
 ライバルであり仰ぎ見る対象であった狩野永徳との確執、恩人であり美を探求する盟友であった千利休の切腹……数々の出来事を乗り越え、それでもなお、己の求める絵を描くべく奮闘する等伯は、しかし今回、あまりに大きな悲しみを経験することになるのです。


 今回収録されたうちの一話目、第五話で描かれるのは、祥雲寺金碧障壁画に挑む等伯父子の物語であります。

 己の画業を貫くため、利休の仇である秀吉の依頼に応える等伯。その依頼とは、幼くして亡くなった愛児・鶴松の追善のために建立した、祥雲寺を飾る障壁画の製作でした。
 一門を挙げてこの障壁画に挑む等伯と門人たちですが、しかしその中で、桜の間を任された等伯の長男・久蔵は、己の技量と求める画業、そして大きすぎる父の存在の間で苦しむことになります。

 等伯の名は、現代に至るまでその名を広く知られておりますが、しかし残念ながら、この久蔵の名を知る者は少ないと言うべきでしょう。
 しかし久蔵も決して凡庸な絵師ではなく、それどころか「画の清雅さは父に勝り、長谷川派の中で及ぶ者なし」とまで謳われた人物であります。

 そんな彼が絵にまつわる理想と現実の中で迷い、葛藤する姿は、ある意味父写し。そしてその父もまた、己の思うがままに生きてきただけに、息子とどのように接するべきか悩み――と、父子の葛藤の姿が、この第五話では描かれることになります。
 そしてその果てに、父と子がそれぞれに描き上げた障壁画を通じて描き出されるものは……

 本作における最大の魅力――それは、等伯の名画を作中に引用し、そしてその描かれた風景風物を、等伯をはじめとする登場人物たちが訪れ、触れ、感じる様を描く点であると、私は一貫して感じてきました。
 そしてそれは今回においても変わることはありません。

 祥雲寺の障壁画として等伯が描いた「楓図」と久蔵が描いた「桜図」、そのそれぞれの美が、二人の真情と重なり合う時、そこに生まれるのは、競い合う絵師二人ではなく、互いに敬愛し大切に想い合う父と子の姿であり、そこに強く感動があるのです。


 しかし――それに続く最終話において、等伯は無明の闇に突き落とされることとなります。

 ライバルを、盟友を、そして……を失った等伯。彼は、己の絵師としての来し方を振り返り、そして己が押し通してきた絵師としてのエゴが犠牲としたものに絶望の淵に沈むことになるのですが――
 一度は己の作品を、己自身を焔の中に捨てようとした等伯。その彼が極限状態の中で掴んだものは何であったか。そこで再び我々は、等伯の傑作を、その画の中に立つ等伯自身の姿を見ることになるのであります。

 この最終話において、等伯は50代半ば。いささかネタばらしめいた話となりますが、彼が70数歳まで生きたことを思えば、彼の人生も画業も、まだまだ道半ばであります。

 その時点で本作が最終回を迎えるのは、これはどこまでが当初の予定通りであったかは想像するほかありません。しかしこの最終話に描かれたものを見れば、この時点で物語を閉じることにも、大きな意味があると感じられます。

 悩み苦しみながらも己の道を切り開き、貫き続けてきた等伯。彼はこの先もその道を歩み続けたのであり――そしてその彼の道は、彼が彼である限りどこまでも、現代に至るまでも続いたのだと、本作は我々に教えてくれるのですから。


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2016.10.10

宮本昌孝『ドナ・ビボラの爪』上巻 猛き武人姫、信長を愛す

 宮本昌孝久々の長編は、何と織田信長の正室・帰蝶を題材とした作品。何とというのは、作者に女性主人公の作品が少ない(『紅蓮の狼』収録の二作くらいでしょうか?)こともありますが、何よりも帰蝶という有名で、しかし謎めいた女性が物語の中心に配置されているゆえであります。

 帰蝶――あるいは濃姫は、かの斎藤道三の娘にして、あの織田信長の正室。隣り合い激しく争ってきた美濃と尾張の和睦の証として信長と結婚することとなった女性であります。
 輿入れ前夜、父から信長がうつけであった場合は刺せと短刀を渡され、織田と斎藤が争う場合には父上を刺すかもしれませんと答えた有名な逸話があるように、父譲りの豪毅な性格であったという話もありますが……

 しかし、その実情はほぼ完全に闇の中。信長のもとに嫁いで以降の記録がほとんどなく、実際にどのような人間であったのか(上で述べたのはあくまでも巷説であります)、それ以前にいつ亡くなったのか、それすらわからないのです。
 もとより女性に関する記録が少ない時代ではありますが、信長ほどの人物の正室がこの状況というのはいささか珍しい。それゆえ、フィクションでは彼女の人となりやその去就について、様々な形で描かれてきました。

 もちろん本作もその系譜にあることは間違いありませんが、しかし何よりも印象的なのは、彼女の容貌でしょう。
 はっきり言ってしまえばその顔は父・道三の威圧的な容貌に瓜二つ。男に生まれれば一廉の武将として見られるものでありますが、女性としては……であります。

 その容貌ゆえに実の母にすら疎まれ、ただ父の愛情と、守り役であり彼女にとっては姉とも母とも親友とも恃む煕子(明智十兵衛の妻)の献身的な支えを頼りに、帰蝶は姫君としてよりも武人として、成長していくことになります。
 しかしいかに逞しく成長したとしても彼女も乙女。女性として誰かを愛し、愛されることを望むようになるのですが、しかし――

 と、そんな彼女の前に現れたのが織田信長。こともあろうに自ら美濃領に忍び込み、自身の目で帰蝶を見初めたという信長は、望んで彼女を正室に迎えることとなります。
 そこにはあの道三の娘、という打算も働いていたかもしれませんが、あくまでも颯爽とした、そして型破りな青年武人として帰蝶に接する信長。そんな彼に愛され、帰蝶は女性として――いや、一個の人間としての喜びを味わうことになるのです。


 この上巻の中盤では、こうして信長の正室となった帰蝶が織田家で活躍する姿と、彼女と信長の絆が描かれることとなります。

 彼女が織田家に輿入れしたのは、信長がまだ十代の頃。その数年後に父・信秀が亡くなり、信長が家督を継ぐことになるのですが……しかし当時の織田家は内憂外患。何よりも母・土田御前が信長を認めず弟の信勝を溺愛、自然と家中は二分され、一触即発の状況となっていきます。
 そして武家の表の争いは、奥向きにも反映されるもの。帰蝶は陰になり日向となって信長を支え、土田御前や乳母・養徳院と渡り合う中で、頭角を現していくのであります。

 周囲の愛に飢えてきた――言い換えれば、周囲から認められてこなかった――人物が、己の価値を認めてくれる相手と出会い、活躍の場を与えられる。そんな彼女の姿は、序盤に描かれた彼女の姿が悲しみに満ちたものであるだけに、実に嬉しく、また爽快の一言であります。
 父・道三の死、信長の側室の存在など、幾つもの悲しみに出会いながらもそれを受け止め、成長していく姿もまた感動的で、この辺り、やはり宮本作品! という印象なのですが……


 しかし好事魔多し。彼女が愛されるほど、幸せになっていくほど、同時にこちらの不安は募っていくことになります。何よりも史実においては、先に述べた通り、彼女の存在は歴史にほとんど残されていないのですから。

 そしてこの上巻の結末において、その予感は当たることとなります。ある喜びの最中、あまりにも残酷かつ非道な形で、その座から引きずり下ろされる帰蝶。これまでの活躍が印象的であればあるほど、その落差は衝撃的かつ無惨なものとして感じられるのですが――

 それを受けて、下巻の物語はいかに展開していくのか。全くその姿を見せるタイトルの「ドナ・ビボラ」の意味も含め、下巻を手に取らずにはいられない展開なのです。


『ドナ・ビボラの爪』上巻(宮本昌孝 中央公論新社) Amazon
ドナ・ビボラの爪 上

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2016.10.09

松尾清貴『真田十勇士 2 淀城の怪』 伝奇活劇の果ての人間性回復

 その容赦のないキャラクター描写と、独創的な「天下」観で大いに驚かせてくれた松尾清貴の理論社版『真田十勇士』の第2巻であります。戸沢白雲斎の下を逃れ、真田家に身を寄せることとなった猿飛佐助の初任務。それは、淀城に潜むという謎の声の正体を探ることだったのですが……

 豊臣秀吉の北条討伐の前後から始まったこの物語ですが、その第2巻は、その秀吉がこよなく愛した茶々の奇妙な経験から幕を開けることとなります。
 天下人秀吉の子を身ごもり、出産を淀城で待っていた茶々。その彼女の寝所に現れた姿なき声の持ち主は、彼女は天下人の子を生むのではなく、理想の世界を造る本当の天下人を生むのだと語りかけてきたのですが……

 出産前の特異な心理状態が生み出した幻覚とも思われたその声ですが、しかしその子――鶴松が幼くして病に倒れた時、茶々の脳裏に浮かんだのはその声の存在。あるいは鶴松の病は、その声の主の仕業ではないか?
 周囲に相手にされぬその言葉を受け止めた彼女の弟――すなわち、生きていた浅井長政の男子(!)――である根津甚八からの情報を踏まえ、幸村は淀城探索の命を下します。

 そしてその任に当たることとなったのは、真田家に仕える異能の美少女・海野六郎こと加賀と、あてどもなく彷徨う中で彼女らに捕らえられ、行きがかり上、真田家に仕えることとなった佐助。
 冷然とした態度を崩さない加賀と忍びとしては感情過多ともいえる佐助と、水と油の、しかし実は白雲斎の姉弟弟子である二人は、主なき淀城に潜入するのですが――


 茶々が淀殿と呼ばれたのは何故か。それは鶴松を懐妊した彼女が、秀吉から淀城を与えられ、そこで鶴松を生んだから……というのは、よく知られた事実であります。
 では、茶々の前の主は誰であったか――それはあの明智光秀、本能寺の変の後に彼が淀城を修復し、一度はここに依ったことは、あまり知られていないのではないでしょうか。

 そして本作はその意外な繋がりを踏まえて、さらに奇想天外な物語を紡ぎ上げることになります。
 加賀の陽動を受け、かつて茶々が使っていた部屋――すなわち、彼女が謎の声を聞いた部屋に忍び込んだ佐助。一見何の変哲もない、何の仕掛けもない部屋で彼を待っていたのは、姿なき謎の「敵」でありました。

 彼ほどの術者をしてその存在を一切察知させずに一方的に襲いかかる敵は何者なのか。その術の正体は何か。その敵こそが声の主なのか、だとすればそれは何のためのものであったのか。そして何故、淀城なのか――

 クライマックスで明かされるその謎の答えはあまりに意外、このような術が許されるのか……! と大いに驚かされるとともに、伝奇ファンとしてはよくぞやってくれた! と大いに興奮させられた次第です。


 しかし本作の真のクライマックスはその先にあります。といっても物語の性質上、その内容だけはここで決して述べることはできないのですが……その先にあるものを述べることは許していただきましょう。
 それは佐助の人間性の回復――かつて白雲斎の下で忍術を叩き込まれた際に否定尽くされた、彼の人間としての生の肯定なのです。

 賊の襲来と噴火という二つの災いにより家族を失い、天涯孤独の身となった佐助。その彼を拾った白雲斎は、しかし彼の人間性を徹底的に殺し、敵として立ちはだかることで、彼を忍びとして育て上げました。
 その結果どうなったか――己の技を磨き、白雲斎の下から逃れるという目的こそ果たしたものの、その後の彼は己というものを持たず、ただ漫然とその日暮らしのまま、放浪を続けていたのです。

 しかし、淀城での任務の果てに彼が知ったある事実が、彼を人間として――己の生を生き、希望を持って己の未来へ向かう者として、彼を再生させるのです。
 その事実が何であるか、ここで書けないのが歯がゆい限りではあります。しかし物語の開幕からここに至るまでの物語、一見人間性の回復といったものと無縁の伝奇活劇の中で描かれてきたものがそこに収斂していくのは――それまでの非情な物語との大きな温度差もあって――熱い感動をもたらしてくれると申し上げるほかありません。


 そしてこの巻で描かれる人間再生は、一人佐助のみではありません。根津甚八も、望月六郎も、そして海野六郎も、皆、冒険の中で己が己であること、己が一個の人間であることを取り戻していくのですから。
 希有な伝奇活劇と熱い人間ドラマと、その両方を備えた、見事と言うほかない作品であります。


『真田十勇士 2 淀城の怪』(松尾清貴 理論社) Amazon
淀城の怪 (真田十勇士)


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2016.10.08

『仮面の忍者赤影』 第42話「忍法はがね鞭」

 赤影と合流すべく魔風の下忍に化けて脱出する紅影だが、雲間猿彦の忍法はがね鞭の前に窮地に陥る。すんでのところで現れた赤影たちに敗れ、降参して仲間になると申し出る猿彦だが、彼とテレパシーで結ばれた兄・犬彦を通じ、陽炎の隠れ場所が知られてしまう。そして陽炎と黒影の前に奇怪な影が……

 冒頭、再び影部落を訪れる黒影。しかしその場に残されていたのは飛騨忍者たちの、そして影烈風斎の亡骸のみ……。と、その彼の後をつけてくる魔風の下忍を返り討ちにした黒影は「これで少しは気も晴れた……」と格好良く呟いて去っていきます。残された魔風の下忍は、貝殻通信機に最期の言葉を残して倒れるのですが――おお、横光作品の秘密結社的で格好いいと思いきや、雷丸は冷酷に通信機を爆破し、死体を始末するのでした。
 陽炎のもとに戻った黒影は事の次第を報告。紅影は赤影たちと合流すべく出発、警戒に当たっていた魔風下忍を刀で太陽光線を反射して敵をめくらましする忍法流れ星の縮小版みたいな技で倒します。そして下忍に化ける忍法人こだまで警戒網をすり抜けるのですが……

 一方、下忍の報告を受けた雷丸は激怒して、避難した影一族の女子供たちを拷問にかけても黄金の仮面の在り処を聞き出せと、下忍を派遣します。そして下忍たちが女子供を引き出した時――赤影参上! 青影も白影も駆けつけ、久々の忍法みだれ髪で下忍たちを一網打尽にするのでした。そして逆に下忍たちから雷丸の居場所を聞き出そうとする赤影ですが、またもや通信機が爆発。すんでのところで察知して赤影は躱しましたが、哀れ下忍たちは縛られたまま爆発に飲まれるのでした。

 さて、魔風下忍に化けて脱出した紅影ですが、その前に現れたのは魔風十三忍の一人・雲間猿彦。化けた時に貝殻通信機に気付かず、得意になって人こだまのことを喋ってしまったのが大失敗であります。そして猿彦が振るう技は、リール付きの竿から鋼の糸を放つ魔風忍法・はがね鞭。岩をも砕くはがね鞭に刀も砕かれた末、崖から吊るされる紅影の命も風前の灯……と思いきや、そこに赤影たちが参上、下忍たちをバッタバッタとなぎ倒します。そして猿彦のはがね鞭もあっさり手甲で受け止めると、逆に猿彦を崖から吊るしてしまうのでした。

 と、ここであっさりと猿彦は魔風を抜けて味方すると命乞い。どう考えても胡散臭いのですが、ここで許してしまうのが赤影であります。しかしいかに赤影が甘くとも、そして通信機は始末したとしても、猿彦の前で紅影から陽炎の居場所を聞くのはうかつでは……
 という悪い予感は見事に当たり、猿彦が耳で聞いたことは、彼の双子の兄・犬彦にテレパシーで筒抜けだったのであります。かくて、陽炎が龍ガ峰の滝の洞窟にいることを、敵味方両方が知ったわけですが――

 そこで先んじたのは魔風の側。洞窟に放たれたヒルが巨大化したと思えば、そこに現れたのはなんとも曰く言いがたい奇怪な色と形の怪獣・ギロズンであります。サイズ的にはほぼ等身大のギロズンに斬りかかる黒影ですが、しかしその身は刀が突き刺さっても一向に効かないどころか、吸収してしまうのでした。
 そして陽炎と黒影を追い詰めたギロズンは、口(?)から黄色いガスを噴射。陽炎が赤影に助けを求める悲鳴を上げたところで、次回に続きます。


 味方と敵、双方が所在のわからない第三者を追い、(その第三者も含めて)虚々実々の駆け引きを繰り広げるというのが面白い今回。
 そしてラストに登場したギロズンは、これまでと異なり人間サイズというのが逆に「なんか本当にいそう」感を出していて、不気味でよいのです。


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2016.10.07

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の最終回の感想の続きであります。蔑天骸を相手に凜雪鴉が妙な追い込みをかけたおかげで復活した妖荼黎打倒の唯一の手段たる天刑劍が喪われ、万策尽きたかと思われた時――

 その時、ただ一人、妖荼黎の前に立つ殤不患。そうだ、我々にはこの男がいる! といっても彼は文字通りの徒手空拳と思いきや、彼は、俺たちは二本の腕と十本の指で道具が扱えると力強い宣言。そして道具には他に代わりがいくらでもあると……!

 そこで彼が取り出したのは一本の巻物。そこに記されたのは、いずれも西幽の名だたる魔剣・妖剣・聖剣・邪剣――なんと彼は蔑天骸も真っ青の剣コレクターだった!? そして妙にタブレットめいたスクロール操作で彼が取り出したのは一本の異形の剣、須彌天幻・劫荒劍であります。
 七支刀状に変形したその剣が生み出したのは平たくいえばブラックホール、その中に妖荼黎は瞬く間に吸い込まれ、あっさりと封印されてしまうのでした。

 実は西幽で争いの原因となる件の剣たちを集めていた殤不患。しかし集めも集めたり36本の剣の目録を付け狙う悪人たちが引きも切らず現れるため、剣の捨て場所を求めて旅するうちに鬼歿之地も超え、東離に辿り着いてしまった――いやはや、まさに大英雄の所業であります(というかレベルカンスト、アイテムフルコンプして追加ディスクに手を出したRPGの廃プレーヤーのような……)

 何はともあれ妖荼黎を飲み込んだ空間の穴が塞がるには百年かかるとのこと。そしてその剣の封印を守るのが、丹翡の、捲殘雲の「新たなる使命」。使命に燃える丹翡と、しっかり丹翡の尻の下に敷かれつつも幸せそうな捲殘雲の二人に別れを告げずに去る殤不患の前に、凜雪鴉が現れます。
 絶っっっ対ついてくんなよ! という殤不患に、第1話のお返しのように傘を差し出す凜雪鴉。その内心では、彼の目録に群がってくるであろう悪党の中にいるかもしれない極上の奸物目当てに、付きまとってやる気満々ですが……

 そんな殤不患の行く先は嵐の予感。彼は傘を路傍の地蔵にかけてやると、念白とともに一人飄然と去っていくのでありました。(完)


 ――というわけで文句なしの大団円を迎えた本作。(個人的には馴染み深いとはいえ)武侠という日本ではあまり広まっていない題材に、さらに馴染みのない布袋劇というメディアという、非常に冒険的な作品でしたが、最後まで非常に楽しませていただきました。
 最初のうちは少々キャラクターが類型的かな、とも思ったものですが、物語が進むに連れて次々に明かされていく彼らの意外な素顔には唸らされてばかりでしたし、特に主人公二人の「正体」が物語を牽引していく終盤の展開は大いに引きこまれた次第です。

 実は武侠ものと一口にいってもなかなか定義は難しいのですが(例えば本作のようにファンタジー世界を舞台にしたものも含まれるか、など)、本作は設定・舞台においてはその辺りをうまく最大公約数的に取り入れていたかと思います。
 そしてキャラクター造形においては、これぞ武侠! というべき、既成の権威権力に依らず、自らの道、自らの真実を貫かんとして江湖をさすらう善魔入り乱れた英雄豪傑たちの姿がきっちりと描かれ、それが最大の魅力になっていたことは間違いありません。
(先に述べたように、蔑天骸はじめとする玄鬼宗は類型的に感じられたのですが、それも計算通りであったと今では理解できます)

 唯一の不満は、まだまだ様々なキャラクターを出して欲しかった、そしてもっともっとたくさんのエピソードを見たかった……という点ですが、そこは続編決定ということで、そちらに期待しましょう。
 本作においてそのキャラクターが確立された殤不患と凜雪鴉、二人の好漢がどんな冒険を繰り広げてくれるのか――何よりもこの二人が再び顔を合わせた時のことを考えるだけで、思わず顔がほころんでしまうのであります。

 まずはその時を楽しみにしておくこととしましょう。


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2016.10.06

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)

 天刑劍を手にした蔑天骸に対し、真っ正面から剣で立ち向かい圧倒する凜雪鴉。完全に勝利しながらも命を取ろうとしない凜雪鴉に対し、蔑天骸は天刑劍を破壊し、凜雪鴉を嘲笑いながら命を断つ。そんな中、完全に封印から復活する妖荼黎。唯一の対抗策が失われた中、ただ一人、妖荼黎の前に立つ者は……

 遂に最終回、いきなりクライマックスに相応しく、主題歌なしで物語は始まります。

 天刑劍を手にしてご満悦の蔑天骸の前で、物語が始まって以来初めて剣を抜き放った凜雪鴉。真正面からお前の天狗の鼻を折るという凜雪鴉を嘲笑い、蔑天骸は魅翼を召喚して相手をさせようとしますが、凄まじい速度で打ってかかった凜雪鴉が召喚の笛に傷をつけていたことで、逆に魅翼は蔑天骸に襲いかかります。
 もちろんこれはあっさり退けた蔑天骸ですが、この腕を見せられれば、凜雪鴉の剣を認めざるを得ません。しかし「それだけの腕を持ちながら殺無生から逃げ惑っていたのは何故か」と問われて「強者を求める相手を喜ばせてやる筋合いはない」と答え、「なぜ盗賊などやっているのか」と問われて「剣に飽きたから」と完全に舐めきった答えを返されれば、これまで大物ぶっていた蔑天骸もキレずにはおれません。

 美しい月光を浴びながら激しく切り結ぶ両雄。しかしその間も舌戦は止みません……というより一方的に凜雪鴉が攻め立てます。剣の道がたどり着く先は山の頂などではなく大海原のようなもの、極めるほどに果てが見えなくなる……ごもっとも。言うことはまさに達人のそれですが、凜雪鴉の場合、その道に嫌気がさして剣を捨てたというのですから、蔑天骸立つ瀬なし。
 ついにエフェクトで地球がぶっ飛ぶほどの(少なくとも蔑天骸には)最大奥義を繰り出す二人ですが、勝ったのは凜雪鴉――しかも、彼には蔑天骸の命を取る素振りもありません。邪道の輩は断たないでからかった方が楽しいからね、と鬼のようなことを言う凜雪鴉の前に、蔑天骸は完全敗北であります。

 正直なところ、善悪定め難い個性的なキャラクターが次々登場する本作の中では、定型的な悪役、世紀末覇王的なそれの域を出ない印象だった蔑天骸ですが、なるほどそれもこの時のため――凜雪鴉の人となりを示すための踏み台とするためであったか、というのは一面的な見方かもしれませんが、個人的には腑に落ちました。
 しかし視聴者までそんな風に思われては(?)蔑天骸も我慢できません。お前も絶望させてやるとばかりに天刑劍をひねり壊した蔑天骸、折れた天刑劍の刃に貫かれて血笑の中に息絶えます。

 さすがに妖荼黎を封印できる唯一の武器である天刑劍を破壊されて凜雪鴉も焦った――かと思えば、負け犬は負け犬らしく死ね、絶望したくせに笑いながら死ぬな卑怯者! ……と、そこ? とツッコみたくなる怒りっぷりですが、あれだけ小憎たらしいばかりの余裕を見せていた凜雪鴉の仮面を引き剥がしたのですから蔑天骸も以て瞑すべしでしょう。
 しかしそんなことをやっている間にも刑亥の儀式は進み、ついに妖荼黎が復活(そして祠が崩れる中に消える刑亥)し、人間界抹殺を宣言。そこに駆けつけた殤不患らは事の次第を凜雪鴉から聞き出しますが、殤不患の「妙な追い込みをかけたんじゃないだろうな!」というお言葉ごもっとも。

 しかし実際問題として天刑劍がなければ対抗手段がない。別の神誨魔械を持ってきたら、とすっとぼけた提案をする凜雪鴉ですが、道義的に問題があるし、そこにも魔神が封印されていたら洒落になりません。

 万策尽きたかと思われた時――長くなりましたので次回に続きます。


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2016.10.05

横山仁『幕末ゾンビ』第2巻 死地に生きる者vs生ける死人

 戊辰戦争の只中に何処からともなく出現したゾンビにより地獄絵図と化した戦場で、将軍慶喜を守る永倉新八たちの死闘を描く物語の第2巻であります。ゾンビの乱入による混乱のおかげでかろうじて大坂から脱出した一行ですが、彼らを待つのは新たなる敵の群れで……

 鳥羽・伏見の戦いで新選組が錦の御旗と近代兵器の前に大苦戦を強いられる中、突如出現した生ける死人――ゾンビの群れ。殺しても死なず、そして噛まれた者もまたゾンビと化す状況で、戦死したばかりの井上源三郎までもが異形のゾンビと化し、戦場は敵も味方もない大混乱と化すのでした。

 その地獄の中を辛うじて大坂城まで撤退した新選組最強の男・永倉新八を待っていたのは、将軍慶喜、実はその身代わりである妹の静姫を守り、蝦夷地に撤退するという意外な密命。
 かくて、永倉・原田・大石・市村の新選組隊士は、重火器使いの大女・お芳と謎の老人とともに、「慶喜」を守って大坂を脱出するのですが……

 という設定で始まった物語ですが、いやはや本当にどこまで行っても死人、どこまで行っても絶望――としか言いようがありません。
 ただでさえ劣勢の幕府軍ですが、そこに襲いかかるのは新政府軍だけでなく、無数のゾンビの群れ。しかも比較的基本に忠実だった(?)戦国時代のそれとは異なり、千種類にも及ぶという面白能力を備えた異形の怪物ばかりなのですから。

 幸いというべきか、新政府軍にも平等に襲いかかるゾンビですが、しかしゾンビに殺されるとゾンビになるのであれば、単により厄介な敵が増えるだけ。
 一応旅のゴールは設定されているとはいえ、いやもう本当に難易度設定を間違えたのでは……と言いたくなるほどの地獄ぶりです。

 というのも今回のゾンビ、直接噛まれるだけでなく、体液に触れるだけでもアウト。それどころか、倒されたゾンビから発生したガスが雲となり、そこから降った雨に当たっただけでもゾンビになってしまうのですからたまらない。
 おかげで土葬されてしばらくたっていそうな死体まで復活するというサンゲリアみたいな状態に……というのはともかく、まだまだ元気だった原田左之助までもが半ゾンビ化してしまうのは、恐るべき窮地というほかありません。。

 考えてみればゾンビからの逃避行の途中、仲間の一人がゾンビにやられて半ゾンビ化、完全にゾンビになる前にお前の手で殺してくれ……というのは定番中の定番ではあります。しかしここでは、本作において何も貴重な戦力の一人であった原田までも、と天を仰ぐしかありません。
(ここから意外すぎる人物が思いがけない対応を取るのですが……さすがにそれは伏せておきます)

 そして『戦国ゾンビ』のように、人間側の敵もまたしぶとい、そしてしつこいのも同様であります。その筆頭が、(ゾンビ禍の最中でも褌一丁に上着だけのスタイルで色々と心配になる)西郷率いる薩摩が放つ最強の刺客二人。
 その二人のうちの一人、これまた意外といえば意外な人間が、この巻では原田たちを更なる窮地に陥れるのであります。


 ……こうして紹介していても気が滅入るほどのピンチの連続なのですが、それでも嫌悪感はあまり感じないのは、永倉をはじめとする登場人物たちが、そんな状況に怯えたり振り回されることなく、自分の持てる力をフルに活かして立ち向かっていくからでしょう。

 思えば、永倉たちにとっては元々この場はすでに死地。そんな彼らにとっては、新政府軍もゾンビも、己の道を塞ぐ敵に違いはない――そんな死地に生きる者たちと、生ける死人たちの戦いは、これからが本番であります。
 といってもやはりそろそろ、永倉側にも助っ人が欲しいところではありますが……


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2016.10.04

東村アキコ『雪花の虎』第3巻 兄妹の情が招くもの

 実は上杉謙信(長尾景虎)は女性だった、という巷説をベースに彼女の生き様を描く本作も、はや第3巻。武将としての初陣で圧倒的な力を見せた景虎ですが、長尾家のために振るったその力が、皮肉な事態を招くことになります。

 越後に覇を唱える長尾為景の二女として生まれながらも、病弱な兄・晴景に代わる将器を見いだした父により、男として育てられた景虎。
 しかしその父も亡くなり、晴景の下では抑え切れぬ越後の豪族が動き出す中、ついに景虎は栃尾城の戦いで初陣を飾ることになります。

 補佐についた本庄実乃のフォローを受けつつも、傑出した才を見せて見事な初勝利を飾った景虎ですが、しかし体を休めるまもなく、彼女は新たな戦いに向かうこととなります。
 その相手とは黒田秀忠。為景の若い頃より長尾家に仕えた老臣が、居城の黒滝城で謀反を起こしたのであります。

 これに対して兄に代わって討伐の軍を進め、瞬く間にこれを下した景虎。一度は守護の調停が入り、隠居で許した景虎ですが、再び秀忠が謀反を起こすに至っては許せるはずもなく、一族郎党に至るまで滅ぼすに至ったのですが……
 彼女の戦いは全て兄に代わり、兄を補佐するためのもの。しかしそれが彼女の声望を高め、そして皮肉にも兄の立場を弱めていくのであります。

 そして反・晴景派の国人衆が、景虎を奉じるべく動き出すのに対し、彼女は――


 ここで描かれるものは、ある意味、戦国時代ではごく普通に見られた光景であります。
 激動の時代に所領を守るため、あるいはより利を得るため、劣った主を見限り、より優れた新たな主(そしてそれは多くの場合、旧主の血縁なのですが)を迎える……このような動きのなかった家の方が、あるいは少ないかも知れません。

 そしてその典型がこの当時の長尾家の状況であるのですが――しかしここで決定的に異なるのは、景虎が晴景の妹であったこと、そして晴景の妹、景虎には姉である綾姫がいたことであります。

 もちろん、女性の方が男性よりも平和的などと根拠なく言うつもりはありませんが、しかし本作の場合、景虎が当時の一般的な武将(当然ながらその性別は男)と異なる感性の持ち主であることに違和感はありません。
 そしてさらに一般的な女性である綾が間に入ることで、二人の間が一層融和的な空気になることもまた。

 さらにそこに、三人の母の体調不良も重なり、三人の絆は一層強まるのですが、この辺り、物語の当初から本作にあった、一種のホームドラマ……という語が誤解を招くとすれば、家族のドラマの色彩が強いのが、本作らしいユニークさでしょう。

 もちろん戦国時代の家族に、現代のそれを単純に重ねて見ることができないのは言うまでもありません。
 しかしすぐ上で述べたように、本作においては特異な設定を用意することにより、その重ね合わせを違和感ないものとして提示し――そしていささか矛盾した言い方ですが、だからこそ明らかになる相違点を浮き彫りにしていると感じられます。

 その相違点が今後何を招くのか、それは戦国ファンであればよくご存じかと思いますが、その歴史的事実の背後に、家族の、兄妹の、姉妹の情の存在を浮かび上がらせてみせるのは――言い換えれば、史実の陰に埋もれた人間の姿を垣間見せるのが本作の魅力なのだと、改めて感じた次第です。


 ちなみにこの巻においては、新たな景虎の家臣として、(鬼)小島弥太郎が登場いたします。

 数々の逸話を持ちながらも、実在したか確証のない一種巷説上の人物ですが、巷説といえば、冒頭に述べたとおり謙信女性説がその最たるもの。そんな本作においては、彼も実在の(?)人物として登場。
 色々と規格外の彼のキャラクターが、ある意味実に戦国らしい豪傑として――そしてもちろん、本作らしい味付けで物語を賑わわせるのも、実に楽しいところであります。


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2016.10.03

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第2巻 吸血鬼たちの戦場で

 戦国時代にタイムスリップしてしまった女子高生・ひさきが出会った若き日の織田信長。彼は実は吸血鬼で……という、色々と大盛りの戦国ロマンの第2巻であります。あの桶狭間の戦を終えた信長の、ひさきの、彼らを取り巻く人々の運命は――

 彼女を手中に収めた者が天下を取ると予言する謎の尼僧・壱与の力により、戦国時代にタイムスリップさせられたひさき。その彼女を救ったのは、京に覇を唱える三好長慶――実は吸血鬼の始祖でありました。
 その京で、丁度上洛していた信長と出会ったひさきですが、彼は刺客に襲われ、彼女の目の前で瀕死の重傷を負ってしまいます。そしてひさきの懇願に応えた長慶により、信長は吸血鬼として生まれ変わることに……

 というとんでもない展開で始まった本作ですが、この巻の冒頭で描かれるのは、その信長が天下に名を轟かせた桶狭間の戦。
 信長がある意味奇跡的な奇襲によって、遙かに自軍を上回る今川義元の首級を挙げたことについては、様々な作品においてその成因が語られています。そこで本作で提示されるその答えはといえば、ある意味あまりにもシンプルなもので仰天させられる内容であります。

 しかしこれはまだ序の口。この戦の最中、突如現れた人狼――本作においては吸血鬼の宿敵と言われる存在――によって前田犬千代が瀕死の重傷を負い、彼を救うために信長は犬千代を吸血鬼化することに。
 そして自らも人狼に挑んだ藤吉郎は、人狼に噛まれたことでなんと……(ここで表紙をご覧下さい)


 何とも混迷を極める本作の戦国史ですが、そこにおいてあくまでもごく普通の女子高生であるひさきの役目は――それは未だに明確にはなりませんが、一つだけわかっているのは、彼女の血が吸血鬼たちにとっては極めて甘美なものであり、彼女の存在自体が、大きな魅力となり得ること。

 そしてもう一つ、本作において彼女には、現在長慶の下を出奔して行方不明中の松永久秀の身代わり(!)を務めるという役割が与えられているのですが……

 いやはや、現代人が過去にタイムスリップして、その時代の人間の身代わりを務めるというのはある意味定番ですが(本作においてももう一人、ひさきと一緒にタイムスリップしてしまった幼馴染みの男子高生が……)、さすがに本作のパターンは見たことがないように思います。

 しかし作中でのそれはある意味長慶の茶目っ気とはいえ、これによってひさきは織田サイドだけでなく、三好サイドの動きにも巻き込まれていくのが、なかなかに面白いところであります。

 この巻の後半において描かれるのは、三好実休、安宅冬安、十河一存、そして三好義興と一族総出で(?)繰り広げられる河内の畠山高政(こういうところで史実に忠実なのが本作の面白いところではあります)との抗争。
 長慶同様、全員が吸血鬼である三好一族が繰り広げる、文字通り血で血を洗う戦に歯止めをかけるため、ひさきも戦場に立つのですが……松永久秀の名を冠したとはいえ、果たしてごく普通の女子高生に何が出来るのか? ここで描かれた戦の結果は、彼女の今後に大きな影響を与えるのものかもしれません。

(にしても、本作においてはあまりの凶暴さから「鬼十河」と呼ばれる一存を自分が抑えると何度も断言しておいて結局……な義興のポンコツぶりたるや)


 そしてまた気になるのが、終盤登場する吸血鬼を狩ることを定めと称する謎の男。
 このちょいワルげなイケメンが、まずは最初のターゲットとして三好一族を狙う様子であることを考えれば、その正体もある程度予想はつきますが、だとすればひさきは……

 色々と豪快な設定に良くも悪くも驚かされることの多い本作ですが、この先、織田サイド以上に三好サイドの方が気になってしまうようなヒキではあります。


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戦国ヴァンプ(2) (KCx)


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2016.10.02

ちさかあや『豊饒のヒダルガミ』第3巻 「罪」を背負い歩き続けた果てに

 天保の飢饉を背景に、生きながらヒダルガミと化し、餓鬼を喰らって生を繋ぐ盲目の男・トゼの旅路を描く物語も、この巻にて完結。これまで明かされていなかったトゼ自身の過去と目的が明かされた末に、彼が、彼とともに旅する者たちが辿り着いたのは……

 およそ七年間もの長きに渡り、数多くの餓死者を出した近世三大飢饉の一つである天保の飢饉の最中、各地を旅するトゼ。ヒダルガミ――人に取り憑き、飢餓感と疲労感で取り殺してしまう憑神と呼ばれる彼は、普通の食い物を喰らうことが出来ず、ただ飢え死にした者の死霊・餓鬼を喰らい、そしてそれによってその地に豊穣をもたらす存在であります。

 しかしトゼは彼岸の亡者ではなく此岸の人間、それであるのに何故彼が生きながらにしてこのような身の上と成りはてたのか……この最終巻では、ついに彼自身の過去が語られることとなります。

 盲目の身を、仲の良い兄に支えられて辛うじて生きてきたトゼ。しかし飢饉で彼らだけではなく村全体に食うものがなくなり、絶え間ない飢餓感に苛まれる中、彼らはあるものを喰らって生を繋ぐことになります。
 しかしそれすらも尽き、自らの命も残り少ないことを悟った兄は、トゼに語ります。自分が亡くなった時には……


 ここで語られるトゼの過去自体は、前の巻の描写である程度予想することができました。しかしここで描かれるのはその先――その過去を背負った彼が、何故ヒダルガミとなってしまったか、であります。
 なるほど、説明されてみれば、それは伝奇ものなどではお馴染みの理論(?)ではありますが、しかしそれをここで当てはめるのか……と、絶句するほかありません。

 しかし物語はさらにその先を描き出します。すなわち、何故トゼは旅をしているのか。トゼは何を求めているのか……と。
 そしてトゼの同行者として、好むと好まざるとに関わらず、彼の旅の道連れとなってきたゼンとミキ。亡者を彼岸に送る道を見出す力を持つゼンと、亡者を察知する力を持つミキ――この二人の本当の、意外な役割もまた、トゼの旅の終わりで明かされることになります。


 飢饉の末に同じ人間を……という、かつて確実に起きたであろう、しかし直接描くにはタブーとしか言うほかないそれを、真っ正面から描くこととなったこの最終巻。
 これまで以上に暗く生々しい、そして目を背けたくなるほど惨たらしい画も相まって、トゼの犯したその「罪」の重さは、さながら体にまとわりつく餓鬼の如く、こちらの心身にもずっしりとのしかかります。

 しかしここで描かれるもの、そしてこれまでも本作で描かれてきたもの――自らが生き延びるために他者を犠牲にすることが許されるのか、そうまでしてこの世に生きる価値は、意味はあるのかという問いかけの答えを見出すためには、その重みを真っ正面から受け止めなくてはならないのでしょう。

 そしてその答え……その答えの一つが、物語の結末において示されることとなります。
 もちろんそれは、100%すっきりと割り切れるものではありません。そしてその答えが、トゼの、登場人物一人一人の重みを完全に取り除いてくれるものでもありません。

 しかしそれでも生きていれば、たとえそれが呪われた生であったとしても、歩き続けた先に初めて見えるものがある、生まれるものがある――本作の結末は、その存在を高らかに謳い上げます。
 そしてその道のりが、人に新たな希望を与えることも……


 ギリギリの題材から逃げることなく描ききった上で、その先の希望を描く。本作でこれほど美しい結末を見ることができるとは……と、驚かされるとともに、大いに感動させられた次第です。


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豊饒のヒダルガミ 3 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2016.10.01

『仮面の忍者赤影』 第41話「鎧怪獣グロン」

 あらゆる攻撃が効かないグロンからひとまず脱出する赤影たち。一方、烈風斎と影一族は魔風忍群の総攻撃を館で迎え撃つ。しかし烈風斎は強大な忍法で魔風雷丸を追い詰めるが、卑劣な手段で雷丸に討たれてしまう。全てが終わった後に駆けつけ、悲しみに暮れる赤影たちに再びグロンが襲いかかる……

 魔風忍群に包囲された影部落への帰路を急ぐ赤影たちの前にグロンが現れ……という前回のヒキですが、グロンは思いの外強敵。射撃や爆弾、赤影の忍法流れ星も効かぬ相手に、赤影たちは(操る夜目蟲斎が抜けていたこともあり)ひとまずその場を脱出します。
 その連絡を蟲斎の貝殻電話で受ける雷丸のアホ面たるや……というのはさておき、引き続く魔風忍群の攻撃を毒ガス攻撃などで防いでいたものの、ついに破壊された烈風斎の館の門。そして雷丸を筆頭に館に雪崩れ込む魔風忍群ですが、これは烈風斎の策であります。地下迷宮のような内部では、落石、火炎、鉄砲水と様々な罠が待ち受け、次々と敵の数を減らしていきます。這々の体で烈風斎の間に辿り着いた雷丸ですが、待ち受ける烈風斎はさすがに赤影の父、非常に強い!

 念を凝らすや天地がグルグルと回り、翻弄された末に烈風斎に取り押さえられる雷丸。しかし退散すれば命までは取らないという烈風斎の甘さにつけ込み、既に赤影がグロンに殺されたと虚言を弄する雷丸の短刀が烈風斎に突き刺さります。最後の力を振り絞り、館をもの凄い勢いで爆破する烈風斎ですが――
 その爆発を背に、涙を堪えて先を急ぐ陽炎、紅影、黒影。彼女たちと入れ違うように影部落に到着する赤影たちですが、そこに残るのは焼け野原と死体のみ……これまでどんな窮地にあっても、どんな強敵を前にしても冷静沈着に切り抜けてきた赤影ですが、故郷の崩壊と肉親の死には堪えられず、「父上ーっ!」とその場に泣き崩れるのでした。

 そこに白影たちが戻ってきて、黒影と紅影の死体がないと告げるのですが……三人の前に現れたのは、烈風斎の近くに控えていた禿頭の忍者・山八。前回、陽炎が黄金の仮面を懐に隠すのを助けた山八ですが、しかし彼は、黒影と紅影が一族を裏切り、魔風忍群を引き入れたと告げるではありませんか。
 その言葉を信じ、怒りに震えてその場を去る赤影たち。それを見送る山八は、奸悪そのものの表情を浮かべると、雷丸の正体を現します。ああ、さしもの赤影も冷静さを欠いた状態では敵の奸計に落ち、数少ない生き残り同士で殺し合ってしまうのか!? ……と思いきや、そこで高らかに赤影参上!

 影一族には仲間を裏切る者などいない、という極めてシンプルかつ力強い理由で、赤影たちは雷丸の嘘を見抜いていたのであります。そして赤影たちの怒りの手投げ弾攻撃に慌てる雷丸ですが、そこにグロンが出現。やはりその無敵の表皮の前には全く赤影たちの攻撃は通用しません。
 と、グロンに捕まってしまい、放り投げられてしまった青影。しっかりと着地は決めたものの、遠くに飛ばされてしまった彼が見たのは、奇声を上げながらグロンを操る蟲斎でしたが……驚く蟲斎の喉元を、青影は一撃で切り裂いて倒すのでした(子供でもやっぱり忍者、全く容赦も躊躇もなし……)。

 これにヒントを得た青影は、赤影たちのもとに戻り、グロンも喉元が弱点ではないかと話します。しかしグロンが下を向いている限り喉元は見えない、そこで赤影は影一文字で大ジャンプ、そのままグロンの頭上を飛び回ります。そしてグロンが上を向いた瞬間――白影の射撃がその喉元を射抜いた! その間わずか十秒(青影が測定)、世界新記録と笑顔を見せる白影と青影を軽くいなし、赤影たちは陽炎を追って旅立ちます。

 しかしその背後には、陽炎が黄金の仮面の在処を知ると知ってしまった雷丸の姿が……


 上でも述べましたが、本当に珍しく赤影が自分の感情を露わにした今回。完璧なヒーローだった赤影が見せた人間味が印象に残ります。
 一方の雷丸と蟲斎は、それとは対照的な悪ふざけ的ハイテンションで正直鼻白むのですが、本当にどうしようもなかった蟲斎はともかく、雷丸は見かけと違い(?)、これまでの敵とは異なるクレバーな部分を持つのが面白いところでしょう。


今回の怪忍者
夜目蟲斎

 雷丸とともに影部落を襲撃した怪忍者。奇声を上げ、大げさな手先の動きでグロンを操る。スケイルメイル状の鎧をまとうが、がら空きの喉元を青影に斬られて死んだ。

今回の怪忍獣
グロン

 蟲斎が操る、非常に硬い表皮を持つ鎧虫の怪獣。球状に体を丸めて空を飛び、またその状態で小さくなって蟲斎の腹の中に収納される。喉元が弱点であると看破され、白影の狙撃により一瞬で沈黙した。


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