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2016.11.16

室井大資&岩明均『レイリ』第1巻・第2巻 死にたがり少女と武田の未来と

 あの『寄生獣』『ヒストリエ』の作者、歴史ファンにとっては『雪の峠・剣の舞』の作者である岩明均が原作を担当するということで注目を集める本作。戦国時代の甲斐を舞台に、苛烈な生き様を送る一人の少女の姿を描いて強烈なインパクトを残す作品であります。

 長篠の戦から4年後の天正7年(1579年)、今川家にその人ありと知られ、今は武田勝頼に仕える岡部丹波守の城で、雑兵たちを相手の賭試合で凄まじい剣を振るう少女・レイリ。
 彼女は長篠の戦の後、敗走する丹波守を追う落ち武者狩りに両親と弟を目前で惨殺され、自らも狼藉に遭うところを丹波守に救われた過去を持っていました。

 以来、丹波守の下で憑かれたように武術を学び、今や並みの男では及びもつかぬ腕前となったレイリ。そんなレイリの腕を見た勝頼の側近・土屋爽三は、彼女に賭け試合を持ちかけます。
 片手で剣を振るいながらも、レイリを歯牙にもかけぬ力を見せた彼は、丹波守から彼女を貰い受けるのですが――


 ここまでが第2巻の冒頭ですが、とにかく圧倒されるのは、レイリの異常、と言ってもよいほどのキャラクターであります。

 まだ年若くも尋常でない戦闘力を持つ少女というのは、時代漫画においても決して珍しい存在ではありません。
 しかしレイリのキャラクターを特徴付けるのは、彼女の身につけた強さが自分自身のため――自分の目的や、あるいは自分が生き延びるためのものなどではなく、ただ戦って戦って戦い抜いて、その中で死ぬためという点なのです。

 上で述べたとおり、目の前で家族を無残に殺された過去(この辺り、原作者の『剣の舞』を連想)を持つレイリ。その過去が、そしてそこで生き延びたという一種の罪悪感が、彼女をして「死にたがり」というべき性格に変えたのですが……そこに至るまでの過程、そして彼女の心中の描写の凄惨さたるや!
 特に彼女が見る夢のおぞましさは、なるほど、時に人間を動いている肉塊と捉えるような突き抜けた描写を見せる――しかしそれと同時に、人間性というものに深い理解を持つ――原作者ならでは、と思うべきでしょうか。

 ちなみにその一方で、レイリと周囲の人間(特に彼女の主となる者)とのやりとりの中に、すっとぼけたおかしみがあるのは、これは作画者に由来するところでしょうか。


 それはさておき、ただ生前の家族の願いをなぞるように生き、自分自身の夢や希望を持たない――すなわち、自分というものを持たない死にたがりの彼女に与えられた任務が、まさしく自分以外の誰かとなり、その誰かのために死ぬというのは、これは皮肉と言うべきでしょうか。
 そう、彼女の任とは影武者……ある人物の影武者となることだったのであります。

 この人物というのがまた、なるほど面白いところを突いてきたな、と言いたくなるようなユニークで、そしてフィクションで描く余地のある人物なのは、歴史ものとしての本作の面白さでしょう。
(ちなみに惣三が片手での刀の扱いを得意とするというのも、ニヤリとできるところ)

 そしてこの年代でこの設定であれば、ある程度その行き着く先は予想できる気もしますが、果たしてその歴史の陰で――武田家の未来において、「名もない」存在であるレイリがどのような運命を辿ることとなるのか。
 その中で、レイリが自分自身の生を見つけて欲しい……そう願いたくなる物語のスタートであります。


 と、一つだけ気になってしまうのは、本作の物語の展開スピード。内容的に丁寧に描くべき物語であることはわかりますが、かなり遅いのでは……という印象はあります。
 本作は第1巻・第2巻同時発売でしたが、それが正解……というより、第1巻だけでは何の作品かわからない、というのが正直なところで、そこだけは残念に感じた次第です。


『レイリ』(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
レイリ(1)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)レイリ(2)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

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