和月伸宏『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』前編 過去から踏み出した少年たち
『るろうに剣心』の「世界」が帰ってきました。「ジャンプSQ」12月号に前後編の前編が掲載された本作、剣心が活躍したのとほぼ同じ時代、同じ場所で、新たに少年少女が繰り広げる冒険譚であります。
物語の始まりは、小菅集治監の前から……そこから出所した少年二人が出会うことから始まります。二人のうち、見るからに軽そうな洋装の少年は、密航の罪で三ヶ月収監された井上阿爛。目つきが鋭く凶暴な少年は、食い逃げで五年(!)収監されていた長谷川悪太郎――
同い年ではあるものの、何から何まで違う二人の共通点は、行く宛も、食べるものもないこと。何となく行動をともにすることになった二人は、評判の牛鍋屋の裏口で残飯を漁ろうとして失敗、はぐれ者の吹き溜まりのような集落に迷い込むのですが、そこに現れたのは旭と名乗る一人の少女でありました。
悪太郎の出所を待っていたという旭。彼女は、かつて悪太郎と同じ一団に属していました。五年前、この日本を奪おうとした賊、今では政府からその存在を抹消された「言禁の首魁」の下に集った賊に。
そして旭が悪太郎を待っていた理由は、彼が持ち出したという「言禁の首魁」にまつわる「御宝」を求めてだったのですが――
というわけで、「赤べこ」(しかも宝塚バージョン)、「落人郡」、そして国盗りを狙った賊の首魁の……と(あと「うふふ」と笑う笠かぶった幽霊と)、剣心ファンであればニヤニヤが止まらない本作。その多くは遠景としての登場ですが、予告以来、本作を心待ちにしていた人間としては嬉しいサービスであります。
そしてその中で決して遠景には留まらないのが、あの男の存在。五年前に剣心に倒され、その本拠も爆散したにも関わらず、今なお随所に影響を及ぼしているのは、彼らしいというべきでしょうか。
しかし本作の面白いところは、主人公二人が、そんな存在とは(少なくとも悪太郎は)無縁とは言わないまでも、ほとんど全く縛られていない点でしょう。
かつてその存在が多くの人間(もしかすると作者自身も含めて)の心を捕らえ、そして本作においてもいまだその影響の下に置いているあの男。その男を全く畏れず有り難がらず、自分自身の生を生きようとする二人の姿は、むしろ痛快ですらあります。
思えば『るろうに剣心』という作品は、過去に縛られてきた男が現在を守り、未来に向かって歩み始める物語でありました。それから考えると本作は、良きにつけ悪しきにつけ、既に一歩も二歩も踏み出した物語であるように感じられます。
もちろんそれは、二人が過去から完全に自由であることを意味しないでしょう。二人がこの前編の終盤で手にしたもの……その存在は、好むと好まざるとに関わらず、過去から続く因縁に二人を巻き込むことは間違いありません。
そしてそもそも、彼らにもそれぞれ背負う過去があることもまた、間違いないのですから。
そして感心させられるのは、そのそれぞれの過去の存在を、食べ物に対する態度を通じて描き出すことであります。残飯を喰らうことも全く躊躇わない悪太郎と、そんな彼を涙ながらに止めようとする阿爛と……その対照的な姿は、さほど多くないページ数の中でも強く印象に残ります。
そしてこの阿爛の行動がまた、作者が、作者の作品が持つ本質的にポジティブさを強く感じさせてくれるのも、ファンとしても涙が出そうなほど嬉しいのです。
さて、波乱の予感を残しつつ後編に続く本作。果たして二人は過去から逃れ、現在を、未来を掴むことができるのか。
そのタイトルを見れば、それはある程度予想できる……というのは意地悪な見方かもしれませんが、それを上回るものを見せてくれるに違いないと期待しているところであります。
『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』前編(和月伸宏 「ジャンプSQ」12月号掲載) Amazon
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