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2016.11.28

小松エメル『総司の夢』 鬼と人の間にある夢

 大の新選組ファンとして知られ、これまでも『蘭学塾幻幽堂青春記』で新選組が大きな要素として描き、そして何よりも無名隊士を主人公とした『夢の燈影 新選組無名録』で大きな反響を呼んできた小松エメル。本作は、そんな作者が満を持して放つ長編――あの沖田総司の生涯を描いた物語であります。

 その副題の如く、数ある新選組隊士たちの中でも、確かに実在したにもかかわらず、ほとんど知られぬ隊士たちを主人公とした『夢の燈影』。それに比べ、本作の主人公は有名も有名、新選組と言われればすぐに名前の挙がる人物であります。
 その意味では本作は全く趣向の異なるように感じられるかもしれませんが、しかし本作は単に同じ世界観の物語というだけでなく、歴史の隙間にもがく等身大の隊士を描く点において、前作に通じるものを持つ作品です。

 幼い頃に試衛館に引き取られ、剣士として頭角を現した総司。近藤・土方・井上・山南・永倉・原田・藤堂・斎藤……彼らと共に剣を磨き、賑やかに青春を過ごしてきた総司にですが、そこに浪士組結成の報がもたらされます。敬愛する近藤が、試衛館の仲間たちが、今こそと腕を撫して立ち上がる中、総司は主義思想には関係なく、ただ仲間たちと剣を振るうために加わることを選ぶのでした。

 そして浪士隊結成から清河八郎の離反、新選組結成と、次々と状況が変化する中、総司たちの周囲で、何者かによって脱走者をはじめとして幾人もが斬殺される事件が続発。そんな中、総司は「鬼」を思わせる目をした男・芹沢鴨に興味を抱きます。
 しかし芹沢の中の「鬼」を理解しきる前に彼は粛正の刃に倒れ、近藤たちの組織として動き始める新選組。池田屋事件、禁門の変、山南の切腹、伊東一派の分裂……一番隊隊長として目まぐるしく奔走する総司は、人を次々と屠っていく「鬼」の正体に近づいていくのですが――


 いかにも新選組ファンの作者らしく、主人公たる総司をはじめ、ここに登場する有名隊士たちのほとんどは、初めて見るのに馴染みがあるという、我々が彼らに抱くイメージに忠実な人物像であり、その意味で非常にキャッチーな作品ではあります。
 しかしそれは、彼らが、そして本作の物語が、ファンフィクションとして類型に留まるということでは、もちろん決してありません。本作で描かれるのは、あくまでも本作ならではの、作者ならではの世界であり、そしてそれを代表するのが、言うまでもなく総司なのであります。

 「夢」をタイトルに冠する本作。しかし本作の総司は、「夢」というものを見ない青年として描かれます……二重の意味で。
 夜の眠りにおいて夢も見ず、ただ空虚の中に眠る総司。そんな彼は同時に、未来の希望としての夢もなく、ただ空虚の中に生きているのであります。

 もちろん、彼には命を賭ける剣があります。共に生きる仲間たちがいます。しかし彼にとってはそれだけ……いや、それさえあれば良かった。彼が刃を向ける志士たち、いや肩を並べる仲間たちのように、この時代を生きるための主義主張が、彼にはないのです。

 実は総司という人物は、フィクションの中で空虚な人物として描かれることが少なくありません。どんな時もニコニコとしながら躊躇いもなく人を斬る。ただ近藤に、土方に命じられるままに人を斬る。佐幕や勤王という思想性もなく――
 これは総司が持つピュアなイメージの裏返しというべきものかと思いますが、今はそれは置いておくとして、本作の総司は、こうしたイメージそのままのようでいて、しかし大きく異なる形で描き出されます。

 京で剣を振るい様々な相手を斬る中で、「鬼」を求め追う中で、そしてかけがえのない人々を喪う中で……空虚であった彼の中に、生まれていくもの。それは時に足かせとなり、重石となるものであり、しかし同時に人が鬼ではなく、人であるために背負うべきもの――そう、「夢」なのであります。

 自分には夢がないと知りつつ、それを良しとして生きる。それはひどく虚しいようでいて、しかし青春を生きる者、生きた者にとって、どこか馴染み深い感覚でしょう。そしてそこから人間として成長する中で、得た夢の重みによろめき、苦しむこともまた。
 本作は沖田総司という希代の剣士、新選組という時代の徒花を描きつつも、普遍的な青春の姿を描く作品であり……その苦さは、切なくもどこか好ましく感じられるのです。


 ちなみに、冒頭に述べたように本作は『夢の燈影』とは同じ世界観の物語。前作のあの時、総司はこう考えていたのか、と別の角度から物語を見ることができるのは実に面白く、ぜひ今後も見てみたい趣向であります。


『総司の夢』(小松エメル 講談社) Amazon
総司の夢


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