三好輝『憂国のモリアーティ』第1巻 悪を倒すための悪、モリアーティ!?
「モリアーティ」といえば、言うまでもなくシャーロック・ホームズのライバル。犯罪界のナポレオンと呼ばれ、聖典はもちろんのこと、様々なパスティーシュでホームズと死闘を繰り広げてきた相手ですが……そのモリアーティを、階級社会を憎む一種の革命家として描くピカレスク物語であります。
病がちな弟のルイスと二人、モリアーティ伯爵家の養子となった主人公。しかし彼を迎え入れた長男のアルバート以外、彼の両親と弟のウィリアムをはじめとする人々は、世間体のみを気にし、陰では事ある毎に二人を虐待する毎日でありました。
しかし、極めて優れた知性を持ち、大英帝国を貫く階級制度を悪と断じてこれを打破しようとする主人公に共鳴したアルバートは、彼と共謀して自分たち以外の家族を殺害してモリアーティ家を継ぎ、主人公はウィリアムの名を手に入れることとなります。
かくて腐敗した社会を変えるべく動き出した三人のジェームズ・モリアーティ。ウィリアムはダラム大学で若くして教鞭を執る傍ら、「悪」に罰を与える犯罪相談役として、仲間たちを率いて動き出すことに――
というわけで、本作は「ホームズの敵役」(ちなみに冒頭は(おそらく)ライヘンバッハでの決闘シーン)というモリアーティのイメージを根底から覆す作品であります。
自らは手を汚すことなく人間を動かし、様々な「悪」を為す。その部分は踏まえつつも本作のモリアーティの行動原理は、より大きな「悪」――命に優劣をつけ差別を生む階級制度を打ち砕くためだというのですから!
有名な悪人キャラが、実は伝えられるような人物ではなく、何らかの理由により実像がねじ曲げられたものだった……というのは時代伝奇ものではしばしばあるスタイルですが、しかしまさかこのキャラが、と思わされた時点で、この作品はある程度成功しているのでしょう。
それもモリアーティが三人兄弟であったり、「ジェームズ・モリアーティ」と復姓である点や主人公の勤務先、もちろんモランやポーロックといった配下の存在まで、聖典から拾える要素を丹念に拾い上げ、目先の意外さのみに頼ったわけではない点に好感が持てます。
が、その一方でモリアーティの言動にあまり魅力を感じられないのは、(少なくともこの第1巻の時点では)彼の行動が、厳しい言い方をすれば単なる仕事人レベルに見えてしまう点であります。
大きな悪を倒すために自らも悪になるというのは良いのですが、その過程でやっていることはあくまでも悪人――それもかなり俗物の、自分の行動を得意がってベラベラと喋ってしまう手合いの――退治レベルに留まっているのが現状。
それなりに黒いところは窺わせるものの、現時点ではモリアーティがちょっとダーティな正義の味方、一種の自警団に見えてしまうのは、何とも勿体なく感じられます。
もちろんそれこそが狙い、本作のモリアーティはそういうキャラだ、というのであればそれはそれでありかと思いますが、モリアーティというビッグネームを用いるのであれば、もっと踏み込んだ「悪」の姿を見せてほしい……そう感じます。
そこで気になるのは、彼のライバルとなることが運命づけられているホームズの存在であります。モリアーティが悪を倒すための悪であるとすれば、果たしてホームズは何者なのか?
単純にモリアーティの敵=貴族の味方となるのか、あるいはモリアーティの思想とは異なる形で悪を倒そうとする存在なのか。はたまた単なる愉快犯的探偵なのか――
一つだけ言えるのは、モリアーティの目指す悪の何たるかを客観的に評価することができるのは、ホームズの存在あってこそであろうということ。
第1巻の時点から先々のことを言うのも恐縮ですが、ホームズの前で彼の悪がどのような形で意義付けられるか……それが楽しみに感じられます。
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