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2016.12.31

このブログが選ぶ2016年ベストランキング(単行本編)

 昨日の続き、単行本の2016年ベストランキングであります。こちらも2015年10月から2016年9月末発刊の時代小説・歴史小説について、皆様にお勧めしたい6作(シリーズ)を挙げていきます。

 ある意味文庫書き下ろし以上に範囲が広い単行本。文庫書き下ろしには少ない歴史小説が含まれるため当たり前ではありますが、私のランキングの方も、歴史小説に含まれるものが大半となりました。

1位『室町無頼』(垣根涼介 新潮社)
2位『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴 理論社)
3位『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝 中央公論新社)
4位『半席』(青山文平 新潮社)
5位『戦国24時 さいごの刻』(木下昌輝 光文社)
5位『信長さまはもういない』(谷津矢車 光文社)

 1位は、応仁の乱の数年前を京を舞台に、上は腐敗の極み、下は貧困の極みという時代に風穴を開けようとする三人の男たちを描いた作品です。
 現代と大きく重なる舞台と物語設定の的確さもさることながら、何よりもタイトルに示される「無頼」のあり方が何とも痛快。単純に既存の法に縛られないというだけでなく、この世界に己以外に頼む者無い、独立独歩の精神――一種の内部規範としての「無頼」概念は、かつての柴錬のそれを髣髴とさせるものがあります。

 主人公の一人である少年・兵庫の危険極まりない武術修行のシーンなど、エンターテイメントとしての面白さももちろん超一級の作品であります。

 2位は――こうした表現は誰に対しても大変失礼なものではあるのですが――私以外がこの作品を推していないのが全く理解できない真田ものの快作。戦国時代の背後に潜み、恐るべき陰謀を展開する百地三太夫に抗する真田幸村と彼の下に集った勇士たち……という伝奇活劇としても屈指の面白さを誇る本シリーズですが、さらに驚かされるのはその物語を貫く基本構造です。

 本作においては「天下」という概念を、従来の武士と土地の結びつきを解体し、個としての人間性を否定しかねないものとして設定。その構図と、戦乱の中でそれぞれに人間性を否定されてきた勇士たちの姿が重なり、天下vs人間性とも言うべき物語へと展開していくのはただ圧巻、必見の作品であります。

 そして3位は、伝奇性豊かな歴史小説を描けば当代きっての達人が久々に描いた長編伝奇の快作。長の正室として知られながらも歴史の闇に消えた道三の娘・帰蝶を物語の中心に据え、その意思を継ぐ者たちの復讐絵巻を展開させてみせた物語展開の妙には引き込まれるばかり(特にタイトルの「ドナ・ビボラ」の正体がわかった時の驚きたるや!)

 復讐もの故の重さ、暗さは否めないものの、ラストに描かれる痛快な大どんでん返しは、まさしく作者ならではの爽快な味わいであります。

 4位は時代小説ファンと同時にミステリファンに好評を以って迎えられた作品です。徒目付の青年が、内々に持ち込まれる問題の解決に奔走するという物語ですが、面白いのはそのいずれもが、下手人が判明し、すでに表向き事件は解決しているものの、「何故」という点のみが不明であること。
 つまりホワイダニットのミステリとして読むことができる作品なのですが、そこに武士と人間の間に揺れる人々の姿、そして出世だけを求めることが人生かと悩む主人公の姿が重なり合うことにより、時代小説として、そして一種のビルドゥングスロマンとしても高レベルの作品であります。

 そして5位は同率2作品。まず『戦国24時』は、戦国時代の大事件、有名人の死の直前24時間を取り出し、そこに秘められた人の心、事件の真相を浮き彫りにしてみせるという、歴史小説の基本構造を濃縮してみせたような極めて意欲的な連作短編集。
 そして『信長さまはもういない』は、信長の乳兄弟・池田恒興を、信長の指示なしでは何もできない男として描き、本能寺以降の混乱の中で右往左往する姿をコミカルに、そしてどこか哀しく描く物語であります。

 近年躍進著しい若手歴史小説作家ならではの新鮮な感性が光る両作品、いささか失礼な表現かもしれませんが「俺たちの世代」の作品として、いま読まれるべき作品であると信じるところです。


 以上、駆け足ではありますが今年の単行本ベストランキング、次点としては、『大東亜忍法帖』上巻(荒山徹 創土社)を、下巻が無事刊行されるよう祈りを込めて、挙げたいと思います。



 『室町無頼』(垣根涼介 新潮社)(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
 『真田十勇士 1 忍術使い』(松尾清貴 理論社) Amazon
 『ドナ・ビボラの爪』上巻(宮本昌孝 中央公論新社) Amazon
 『半席』(青山文平 新潮社) Amazon
 『戦国24時 さいごの刻』(木下昌輝 光文社) Amazon
 『信長さまはもういない』(谷津矢車 光文社) Amazon

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2016.12.30

このブログが選ぶ2016年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年はよそで書く機会がなかったので、このブログでやります2016年のベストランキング。2015年10月から2016年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、皆様にお勧めしたい6作(シリーズ)を挙げていきたいと思います。まずは文庫書き下ろし時代小説から。

 さすがに一時期に比べるとブームも落ち着いてきたかに思える文庫書き下ろし時代小説ですが、それでもまだまだ毎月大変な点数が刊行されております。
 その中で6作、それもこのブログらしいチョイスというのはなかなか大変なのですが、悩みに悩んだ末の結果は以下の通りであります。

1位『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也 講談社文庫)
2位『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰 ハヤカワ文庫)
3位『明治剣狼伝伝 西郷暗殺指令』(新美 健 角川春樹事務所時代小説文庫)
4位『鬼の福招き 一鬼夜行』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル)
5位『やっとうの神と新米剣客』(西本雄治 白泉社招き猫文庫)
6位『天正真田戦記 名胡桃事変』(出海まこと メディアワークス文庫)

 悩んだと言いつつも、浪人剣士と様々な妖異との死闘を描く1位だけはすぐに決まったというのが正直なところであります。
 2014年からスタートしたシリーズも、今年発売の第6巻から第二部に突入。「文庫書き下ろし時代小説」的な世界観と妖怪ものの巧みな融合という第一部からの特長はそのまま、終盤に向かうにつれて物語のスケールはガンガン広がり、クライマックスの伝奇的な盛り上がりにはただただ脱帽です。来年早々に刊行の最終巻も楽しみであります。

 2位は非シリーズものではダントツの作品。死後の後生を祈る「現絵」を描く青年武士と孤独な少女の物語が思わぬ方向に広がり、哀しくも力強く美しい物語として結実する本作は、作者の代表作であると言って差し支えないと思います。
 ちなみに本作、SFやミステリのイメージが強いハヤカワ文庫からの刊行というのもなかなか象徴的です。

 3位は西南戦争を舞台に、西郷隆盛を巡って銃と剣が火花を散らす軍事冒険時代小説の快作。
 これが時代小説デビュー作となる作者の筆の勢いと、出し惜しみなしのアイディアの連続に一気に読まされました。

 4位はお馴染み、閻魔面の商人と生意気な小鬼の凸凹コンビの人気シリーズの第二部開幕編。様々な妖にまつわる騒動と、その背後の人と妖の情の交錯をオールスターキャストで送る内容は、まさしく横綱相撲と言ったところでしょうか。ラストシーンの美しさも非常に印象に残ります。

 第1回招き猫文庫時代小説新人賞・大賞を受賞した5位は、熱血青年剣士と幼女姿の神さまという組み合わせも楽しい異色の剣豪青春小説。ファンタジー色の強い、しかし足腰のしっかりした時代小説を多く刊行してきたレーベルらしい快作でした。今後の活躍にも期待したい作者です。

 そして6位は、今年数多く刊行された真田ものから。若き真田幸村が、秀吉の小田原討伐の序章とも言うべき名胡桃事変で活躍する姿を描く本作、この作品ならではのアイディアが満載(何しろ幸村のもう一つの名というのが……)の快作であります。
 が、実は本作、5年前に上巻のみ刊行された『ロクモンセンキ』の続編という変則的スタイルなこともあって、少々勧めにくい作品になってしまったのは残念なところです。


 ちなみに次点としては『燦』シリーズ(あさのあつこ 文春文庫)、『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子 創元推理文庫)と思います。
 前者はラストのどんでん返しに本当にひっくり返りましたが、とにかく待たされる期間が長かった、という印象が残るのが残念。後者は特に第2巻『うそつきの娘』で作者らしい暗黒絵巻が展開されているのが印象に残ったところです。


 単行本は明日。



『素浪人半四郎百鬼夜行 六 孤闘の寂』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰 ハヤカワ文庫JA) Amazon
『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
『鬼の福招き 一鬼夜行』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
『やっとうの神と新米剣客』(西本雄治 白泉社招き猫文庫) Amazon
『天正真田戦記 名胡桃事変』(出海まこと メディアワークス文庫) Amazon

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2016.12.29

朝日曼耀『戦国新撰組』第1巻 歴史は奴らになにをさせようとしているのか

 今年も色々な作品を紹介してきましたが、その締めくくりが本作。あの幕末の武闘派集団・新撰組が、こともあろうに戦国時代にタイムスリップ、桶狭間の戦に乱入することになるという物語であります。

 池田屋事件で一躍その名を挙げた新撰組。数々の剣士たちを抱え、剣を取っての戦闘力でいえば幕末屈指とも言うべき彼らですが――しかし屯所にいたはずの彼らが突如飛ばされてしまったのは、何時とも知れぬ時、何処とも知れぬ戦場。
 そこで怪物のような戦闘力と体力を持つ野武士一人に隊士たちが蹴散らされ、残された土方、島田と「あと一人」も、更に怪物めいた男・蜂須賀小六と、彼と行動を共にする切れ者めいた男・木下藤吉郎に捕らえられて――

 という第1話の展開については連載開始時にも紹介しましたが、この単行本第1巻に収録されているその後の展開は、さらにとんでもない事態の連続であります。

 実は時は永禄3年、所は尾張――彼ら新撰組が飛ばされたのは、実に桶狭間の戦直前。そんなところに紛れ込んでしまった土方たちは、今川の間者と勘違いされ、捕らえられてしまったのでした。
 一方、別にこの時代に現れたらしい近藤・山南・斎藤・山崎らの面々は、土方たちを奪還すべく中島砦の織田信長率いる軍を奇襲することに……!

 中島砦といえば、信長が桶狭間に今川義元を奇襲する際に出陣した砦。その信長を逆に奇襲してしまったのですから痛快といえば痛快ですが、しかし冒頭で描かれたように、戦に明け暮れたこの時代の武士は、幕末の武士とはひと味もふた味も違う猛者揃い、そんな中で新撰組サイドは苦戦を強いられることなります。

 しかしその中で、半ば死んだふりをして独自の行動をする男が一人。
 それこそが先に触れた「あと一人」、本作の主人公である三浦啓之助……かの佐久間象山の遺児にして、暗殺された父の仇討ちのために新撰組に入隊した、そして超やる気のない現代っ子(?)気質の若者であります。

 新撰組ファンの間では悪名高いこの男が何をやらかすのか、藤吉郎ならずとも「何してくれてんだ!」と叫びたくなるようなこの第1巻のラストの展開は必見であります。


 ……というわけで、戦国+新撰組というキャッチーなタイトルどおりの内容でガンガン突き進む本作ですが、しかし原作者・富沢義彦の名を見れば、単純に面白半分に歴史をかき回す物語になるとも思えません。
 現在、黒人ボクサーが戦国時代にタイムスリップ、晩年の信長に仕えるという『クロボーズ』を連載中の原作者。この作品も、そしてこれまでの作品も、一見無茶苦茶をやっているようでいて、しかし押さえるべき根っ子は押さえた上で、どこまで踏み出すか、どこまで壊すかを計算している作品揃いなのです。

 本作においては、例えば戦国武士と幕末武士の戦力差であり、あるいは戦国史の知識をほとんど持たない土方であったり……それがどこまで史実どおりであるかは(たぶん誰にも)わかりませんが、しかし「成る程「らしい」わい」と思わせる仕掛けの数々が、荒唐無稽なシチュエーションを支えていることは間違いありません。

 そしてその中でさらに本作ならではの一ひねりを加えてみせたのが、主人公たる啓之助の存在であります。
 これ以上ない大義名分を持って入隊したものの、隊士として、いや武士として「らしからぬ」言動が多く、後世に悪名を残した彼を、本作はその部分を押さえつつ、どこか鬱屈した、そして父譲りと言うべきか、怜悧な知性・知識を持った青年として描き出すのです。

 いわば新撰組とも、もちろん戦国武士たちとも異なる視点を持つ啓之助。その彼が何を思い、何を為すか……その一端は上記に述べたとおり早くも描かれたことになりますが、本作の主人公であるだけでなく、トリックスター的存在としての活躍が期待できそうであります。


 「戦国+○○○」といえば、真っ先に思い浮かぶ元祖の(そして今に至るまでアップデートされ続けている)作品といえば、もちろん半村良の『戦国自衛隊』。
 あの作品においては、主人公たる自衛隊員たちは、ある人物の代役として歴史のうねりに巻き込まれることになりましたが、さて本作においてはどうなるのか。

 歴史は奴らになにをさせようとしているのか――根っ子を守りつつも、行き着くところまで行って欲しい作品であります。
(うっかり忘れかけていましたが、よく見るととんでもない格好をしている今川義元の運命にも期待)


『戦国新撰組』第1巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 1 (サンデーGXコミックス)


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2016.12.28

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』 大き過ぎる想いが生み出すもの

 ふとしたことから妖怪たちの子供の預かり屋となってしまった人間の少年・弥助を描くシリーズも、好評を反映してかかなりのペースで刊行され、もう第3弾。この巻では弥助はちょっと脇に回り、彼を取り巻く妖怪や人間たちを主役とした短編集といったスタイルで物語は展開します。

 妖怪たちの子を預る妖怪・うぶめの住処を壊したため、罰としてうぶめの代わりに子預かり屋となり、その努力が認められて正式に子預かり屋となった弥助。
 引っ込み思案だった性格も妖怪相手にはだいぶ改善され、前作ではあまりにも哀しく辛い事件もあったものの、養い親である元大妖怪の千弥に見守られ(というか溺愛され)、元気に暮らしております。

 と、そんな弥助と千弥が、夏も近い時期に花見に誘われて……というのが第一話「桜の森に花惑う」。前作で登場した、人間の魂大好きの妖猫姫・王蜜の君の持つ異界の山に咲き乱れる桜見物に行くことになった二人ですが、そんな彼らの後を人間の若者・久蔵がついてきてしまって――

 と、第一話の主人公の一人は、弥助たちに何かとちょっかいを出してくる脳天気な久蔵が主人公。どうしようもないドラ息子で弥助からは毛嫌いされながらも、根は善人の久蔵が、どんなおっかない目に遭わされるのかと思いきや……なんとそこで彼を待っていたのは思わぬロマンス。
 あまりに意外な組み合わせに(特に久蔵の身の上が)心配になりつつも、何とも微笑ましく、思わずニヤニヤしてしまいたくなるような甘い甘い展開が楽しい物語です。

 この第一話と、弥助大好きの子供妖怪・津弓と梅吉の他愛ない意地の張り合いが妖怪奉行・月夜公の屋敷で大騒動を引き起こす第二話「真夏の夜に子妖集う」と、コミカルなエピソードが続き、本作はこの方向性で行くのかな、と思いきや、正反対のベクトルなのが第三話「紅葉の下に風解かれ」であります。

 弥助のことを母のように姉のように何くれとなく気遣う兎の妖・玉雪。小妖ながら彼女が立派な栗林がある山を持っているのは何故か、彼女の過去とともに語られるのですが――ここで描かれるのは、ある意味実に作者らしい、悍ましくも恐ろしく、しかし切なくも暖かい物語なのであります。

 凶悪な妖に襲われた子供を捜して彷徨う玉雪が山で出会った少年。たった一人孤独に暮らす彼には、周囲の人間を次々と不幸にしていく力があったのです。
 果たしてその力の源は何なのか。少年を救うべく奔走する玉雪が見たものは、凄まじくも哀しい因縁と愛の姿でありました。

 時に容赦なくこの世界の、そこに生きる者の負の側面をえぐり出し、読者の前に突きつけてみせる作者の作品。
 しかしそこにあるのは、悪趣味に、面白半分に恐怖を扱うのではなく、その中にどうにもならぬ人の業と、大き過ぎる想いが生み出した悲しみを見つめ、そしてその中に小さな希望を見出そうという姿勢であります。

 この第三話も、もちろんその系譜に属するもの。玉雪の物語がより大きな物語に重なる結末も美しく、個人的には本作の中で最も好きな物語です。

 そして大きすぎる想いのすれ違いが生み出した悲劇といえば、第四話「冬の空に月は欠け」を忘れるわけにはいきません。このエピソードで描かれるのは、千弥と月夜公の過去――かつては無二の親友であった二人の出会いと決別を描く物語なのですから。

 共に妖の世界で屈指の力と美しさを持ち、それ故に他者を拒絶し孤独に生きてきた二人。そんなある意味似たもの同士であった二人が如何にして互いを認め合い、己にとって欠くべからざる存在として想い合うようになったのか。
 そしてその二人が何故激しく憎み合い、その果てに千弥は己の力の源たる眼を捨て、月夜公は癒えぬ傷を負うことになったのか――

 ここで描かれるのは、他者が決して及ばぬほどの力を持ちながらも、それ故に大きすぎる哀しみを背負う者たちの姿であり、そしてそこに秘められた美しい真情の姿であります。
 人とはかけ離れた妖の妖たる存在にも、人にも負けぬ想いがある……それは哀しくも、一つの救いでもあるように感じられるのです。


 そんな千弥の唯一の救いである弥助が、こともあろうに彼のことを忘れてしまうという大変な物語であるラストの「忘れじの花菓子」が、ちょっとあっさりしすぎた内容なのが少々勿体ないのですが、本作がシリーズの、そして作者の魅力が一杯に詰まった作品集であることは間違いありません。
 まだまだシリーズは続くとのこと、この先も大いに期待できそうです。


『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖たちの四季 (妖怪の子預かります3) (創元推理文庫)


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2016.12.27

山口貴由『衛府の七忍』第3巻 新章突入、南海の守護者と隻腕の武士と

 治国平天下大君として天下に圧政を敷き、まつろわぬ民たちを駆り立てる家康の「覇府」に対して立ち上がった七人の「衛府」よりの使者・怨身忍者たちの活躍を描く本作も、はや単行本第3巻。葉隠谷のカクゴと現人鬼・波裸羅、二人の宿命の激突の行方は、そして南海に出現する新たなまつろわぬ民とは――

 真田の遺臣の娘・伊織を守り、家康に戦いを挑むため旅を続けるカクゴ。怨身忍者・零鬼の力を持つ彼に対して幕府が刺客として差し向けたのは、常人を超えた美貌と暴力性を備えた両性具有の怪人、現人鬼・波裸羅であります。
 カクゴ同様、霞鬼に変身する力を持ちながらも家康に与する彼は、自らを囮にカクゴらを誘き寄せる策(しかも全裸の女に化けて牛裂きの刑にかけられるという無茶すぎる策)に出ることになります。

 まんまとその罠にはまったカクゴは、幕府の忍者と壮絶な忍法合戦を繰り広げた末にこれを退けたものの、正体を現した波裸羅の圧倒的な力に追い詰められることに。
 そしてさらに二人に迫るは、やはり家康に与する吉備津彦命の配下、お伽話の登場人物(?)たちから取られた外見と能力を持つ奇怪な累人たちの群れ。圧倒的な力を持つ敵の前に二人が絶体絶命となる中、波裸羅の行動は――


 いきなりラスボス級の存在である波裸羅様の登場、それもある意味因縁の相手であるカクゴとの対決と、見どころ満載となったこの「霞鬼編」。
 「衛府の七忍」の一人であることは間違いないものの、これまで(?)以上に奔放無頼の存在と化した波裸羅様、それもあろうことか権力側に与してしまった彼が、本当に衛府の同志となるのか?

 これまで以上に先が読めないエピソードですが、蓋を開けてみれば、強大かつ奇怪な敵とカクゴが繰り広げる死闘を存分に描きつつ、波裸羅の凄みと、彼の変身いや変心を説得力を持って描く展開に大いに納得であります。(それにしても、今日び「頭に”忍法”って付いているから忍法なの!」的な技の数々を見ることができるとは……)

 特に波裸羅が終盤で取る行動については、その理由をあからさまに描くことなく、それでいて彼ならばこそと思わせてくれるのが素晴らしい。
 彼ならではの孤高の美学と、それ以上に彼もまたまつろわぬ民、人々に圧政を敷く者と、その下でさらに弱き者たちを虐げる者たちによって虐げられてきた者の一人なのだと……そのキャラクターを崩すことなく描いてみせたのには脱帽であります。

 もっとも、だからといって彼がおとなしくカクゴや伊織と行動と志を共にするとも考えられないのですが……それはこの先のお楽しみでしょう。


 そしてこの巻の後半からスタートするのは第五章というべき「霹鬼編」。「霹」といえば、本作のモチーフである『エクゾスカル零
』においては美少年・九十九猛が装着した強化外骨格の名ですが――
 本作に登場するのはその姿を一変させた野性味溢れる美青年、琉球の九十九御城の護り手、ニライカナイの戦士たる猛丸であります。

 ……なるほど、これまで時の権力に虐げられる数々のまつろわぬ民たちを描いてきた本作ですが、この時代の琉球人ほどそれに相応しい――という表現を使ってよいのかは悩ましいところですが――人々はいないでしょう。
 本作における最大の敵たる徳川幕府(だけ)ではなく、島津家の圧政の下にあった琉球。本作はその琉球の民を描くに当たり、さらなるドラマを用意しています。

 本作の舞台は大坂の陣の直後。これまでの章でも豊臣家残党を巡る物語が幾度となく描かれてきましたが、今回登場するのはその首魁ともいうべき豊臣秀頼……生きていた秀頼が薩摩に落ち延びたという説は有名ですが、本作はさらにその先の琉球にまで到着していたという設定であります。
 そして何よりも驚かされるのは、その秀頼に仕える隻腕の武士の存在。その名は犬養幻之介――そう、あの『シグルイ』の藤木源之助をモチーフとした青年武士であります。

 いわゆるスターシステムを採っている本作において、源之助の登場は意外ではないと言えばその通りですが、しかしやはり元作品で彼の辿った運命を考えれば、気にならないわけがありません。それも、今回も仕える主君が明らかに暗君と来れば――

 この巻における猛丸との出会いが、果たして幻之介に何をもたらすことになるのか……そして猛丸に何をもたらすのか。今から次の巻が大いに気になるではありませんか。


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2016.12.26

畠中恵『まことの華姫』 真実の先の明日

 毎回ユニークな設定とキャラクター、そしてミステリ味を効かせた物語で楽しませてくれる作者による本作は、これまでにない主人公(?)像が印象に残る物語であります。何しろ両国の見世物小屋で、声色使いの芸人が操る美少女人形なのですから。

 両国といえば江戸時代の一大歓楽街、様々な娯楽が集まり、日夜を問わず賑やかな場所ですが、そこで近頃評判なのが、元人形師の芸人・月草。
 故あって人形師を辞めた彼は、自分の作品である華姫とともに流れ流れて両国にたどり着き、そこで姫様人形のお華を操りながら一人二役の話芸を売り物にしていたのであります。

 しかし人気を集めていたのはむしろお華そのもの。「お華追い」なぞというおっかけ連中まで登場するほどのその美しさと、それと裏腹の毒舌ぶりもさることながら、彼女は「真実」を見通すという評判があったのです。
 かつて両国にあったという、有徳の僧が掘ったという井戸。水面に姿を映した者に真実を見せるという伝説のあったその井戸の水の凝ったものが、お華の両の瞳だというのです。

 と、それは実は月草の売り口上、お華はあくまでも人形に過ぎないのですが、しかしいつの世も迷える人は尽きないもの。そんな人々がお華の語るという真実を求めてやってきた挙句、月草とお華は様々な事件に巻き込まれ、探偵役を務めることに……というのが、本作の基本スタイルであります。

 その物語の冒頭に登場するのは、両国一帯を縄張りとする(つまりは月草が世話になっている)地回りの娘・お夏。
 川に身投げした姉の死は父が原因でないかと疑う彼女は、お華に真実を問うのですが、いつの間にやらお華と月草は、お夏に振り回されるまま、お夏の姉の死の真相を追うことに――

 という第一話「まことの華姫」に始まる本作は全五話で構成されています。
 七年前の火事で行方不明となった二人の子供を探す古着屋の元締め夫婦の前に十人もの子供が名乗りを上げる「十人いた」
 自分が店を継いだために家を飛び出した親友にして義兄を探して西国からやってきた若旦那の問いが思わぬ騒動を生む「西国からの客」
 お華が密かに高額で真を語るという噂が立ったことをきっかけに、旗本の側室にまつわる騒動に巻き込まれる「夢買い」
 人形師時代の元許嫁が夫殺しの嫌疑をかけられたという知らせに、月草が必死に遠国で起きた事件の真相を追う「昔から来た死」

 どの作品も、コミカルなキャラクターと、日常の謎的な不可思議な事件、そして楽しいばかりではない後味の残る展開と、いかにも作者らしい味わいの物語揃いであります。


 さて、そんな本作の最大の特長がお華の存在にあることは言うまでもありませんが、しかしお華は作者の他の作品のように、妖などではなく、あくまでも月草が操り声色で喋らせる人形――その謳い文句に言うような真を見通す力を持つ不可思議な存在ではありません。
(作中のお客さん同様、その路線を望む方が多いのもわかりますが……)

 しかしここで描かれるのは、そんな人形でしかないお華にすがってでも真実を知りたいと切望する――仮にお華が真に神通力を持っていたとしても、人形に真実を尋ねるという行為自体おかしなものであるわけで――人々の姿であります。
 そして彼らは結局、物語の中で真実を掴むのですが……しかしそれは同時に、その向こうにある苦い現実に直面することを意味します。

 こう見ると本作はひどく味気ない作品にもなりかねません。しかしもちろんそうはならないのは、上で触れたキャラや物語運びの巧みさはもちろんのこと、その苦味の中に、一抹の希望が織り交ぜられているからであります。

 真実は、もしかすると望んだとおりのものではないかもしれない。しかしそれを知って初めて、人は明日に足を進めることができる――
 そう、お華の語りから人々が得るものは真実だけではありません。真実の向こうの明日こそを、人々は真に得ているのであります。


 そしてそれは、お華を操る月草も例外ではありません。本作の結末で明日を手にした月草が、お華とともに何を語るのか。その先の物語もぜひ読みたいものです。


『まことの華姫』(畠中恵 KADOKAWA) Amazon
まことの華姫

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2016.12.25

真田丸ロスに送る時代小説5選+α

 このブログで取りあげることこそありませんでしたが、私も毎週楽しみにしていた大河ドラマ『真田丸』。先週ついに最終回を迎えてしまったため、真田丸ロス状態の方もいらっしゃるかと思いますが、そんな方のために時代小説・歴史小説のオススメ5選+αを紹介いたします。

 まず取りあげたいのは①『真紅の人 新説・真田戦記』(蒲原二郎)。
 大坂の陣で信繁の下に加わり、真田丸で戦った少年・佐助の目から見た大坂の陣を描いた作品であります。

 本作は物語・キャラクター自体の面白さもさることながら、特筆すべきは作中で描かれた道明寺の戦い(後藤又兵衛の最後)の新解釈が、ドラマの方でも同様の解釈が採用された点でしょう。
(ちなみに主人公、実はドラマでも人気だったあの武将の子であります)


 続いてはドラマでも明確には描かれなかった大坂の陣の「その後」を意外な切り口で描いた②『秀頼、西へ』(岡田秀文)。
 幸村が秀頼を連れて薩摩に逃れたという有名な伝説を題材に、秀頼とともに薩摩に向かう真田大助の逃避行を描く一種の歴史ミステリです。
 歴史小説と同時にミステリの方面でも評価の高い作者だけに、誰も信じられなくなる終盤のどんでん返しの連続はただ圧巻であります。

 なお、秀頼生存説については百数十年後を舞台にその真実を描いた『真田手毬唄』(米村圭伍)、また大坂の陣から数十年後の真田家(信之)と幕府の暗闘を描いた活劇『斬馬衆お止め記』(上田秀人)も面白い作品です。


 そしてドラマでも幸村とともに大活躍した後藤又兵衛の壮絶な戦いを描いたのが③『生きる故 「大坂の陣」異聞』(矢野隆)。
 生きるために大坂城に入った孤独な少年と又兵衛の交流から、死に花を咲かせるために戦いを繰り広げる最後の武人の姿が鮮烈に浮かび上がります。

 ちなみに本作、ドラマの方を意識していると明言されていますが、登場する幸村は、なるほどドラマのキャラクターのネガ像ともいうべき存在でなかなか強烈です。

 また、同じく五人衆を描いた作品としては、毛利勝永を主人公とした数少ない作品である『真田を云て、毛利を云わず 大坂将星伝』(仁木英之)も必読です。


 残る2作品は、せめてフィクションの世界では真田の痛快な活躍を読みたい、というところで伝奇性の強い作品を。

 まず④『柴錬立川文庫』(柴田錬三郎)は短編連作形式で九度山隠棲時代から大坂の陣に至るまでの真田幸村と勇士たち、そして周囲の英傑たちの姿を一人一話で描いてみせた名作。
 有名な史実・巷説を題材にしつつ、それを大胆に脚色して描き、短編ながらそれぞれ長編並みの密度を持つ作品であります。

 ちなみに同じ作者の『赤い影法師』は、その十数年後の寛永御前試合を舞台にした忍者ものですが、「実は生きていた」幸村と佐助が登場、またこれがえらく格好良いのでおすすめ。

 最後にドラマ(というかプロモーション)の方ではダメな感じながら、最終回で奇跡の出演を遂げた十勇士を描いた作品を。
 フィクションでは異能のヒーローとして描かれる彼らが大暴れするのが⑤『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)であります。

 これまでも様々な作品で描かれてきた十勇士ですが、本作の彼らは忠誠心はどこへやら、戦国を自由気ままに放浪する一人一芸の豪傑たちという設定。
 とんでもない報酬と引き替えに大坂方(幸村)に手を貸す彼らの姿には、反骨のヒーローとしての真田(十勇士)像の最新アップデート版と言うべきものとして感じられます。


 おまけ。面白いけど真田丸ファンが読んだら卒倒しそうな作品の双璧は『徳川家康(トクチョンカガン)』(荒山徹)と『わが恋せし淀君』(南條範夫)でしょう。

 影武者家康が引き起こす大波乱を描く前者に登場する幸村は歴史に名を残すことに凝り固まった一種のサイコパス。大坂の陣の頃にタイムスリップしてしまった現代人を主人公とした後者に登場する淀君はほとんどサークルクラッシャー……
 と、ドラマをはじめ従来の人物像を粉砕する描写にひっくり返ること必至であります(が、もしかして……とも思わされたりもあったりして)


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2016.12.24

ちさかあや『早雲の軍配者』第1巻 再び始まる新たな小太郎の物語

 戦国時代、関東の雄・北条家を支える若き軍配者・風摩小太郎の青春を描いた富樫倫太郎のベストセラーを、『豊饒のヒダルガミ』のちさかあやが描く漫画版『早雲の軍配者』の第1巻であります。

 本作の原作となる小説『早雲の軍配者』は、2010年の作品。様々なジャンルで作品を発表してきた作者が歴史小説で活躍する契機となったとも言うべき作品であり、以降『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』と続く軍配者三部作の第一作です。

 タイトルに掲げられている「軍配者」は、軍師だけでなく、気象予測、易学や陰陽道、戦場での作法など、戦争全てを指図するブレーンを務める役目。
 本作は、主人公・小太郎がその軍配者として一歩踏み出す姿を瑞々しく描くこととなります。


 北条早雲に仕える忍び・風間一族の先代統領の子・小太郎。父亡き後、統領の座を継いだ叔父に冷遇されながらも、幼い妹と二人懸命に生きてきた小太郎に、ある日大きな転機が訪れることとなります。
 小太郎が働いている寺を訪れた僧形の老人・韮山様こと早雲庵宗瑞(北条早雲)。彼は小太郎の非凡な素質を見抜き、孫の千代丸(後の北条氏康)の軍配者として育成しようと考えたのであります。

 早雲直伝の合戦術の伝授をはじめ、武術・学問・観天望気と英才教育を受ける小太郎ですが、しかし小太郎が自らの地位を脅かすと考えた叔父の魔手が彼に迫ることに――


 この第1巻で描かれるのは、物語のまだプロローグとも言うべき部分。
 本作の中心は、この後小太郎が本格的な軍配者としての道を学び、そして終生の友にして好敵手となる二人の男と出会う足利学校での日々ですが、この巻では小太郎がこの足利学校に向かう途中までが描かれることとなります。

 その意味では、まだまだこれからの物語と言うべきかもしれませんが、しかしこの時点で小太郎のキャラクターはよく描き出されているように感じます。

 風摩(風魔)小太郎といえば、後世に伝わる姿は鬼のような大男で冷酷な忍者の頭領というのが一般的ですが、しかし本作の小太郎はそれとは全く異なる少年。
 端正な容姿に生真面目で温厚な性格、何よりも戦を嫌い平和を求めるキャラクター像は、従来の小太郎像を裏返してみせたかのように感じられます。

 このあたりの「良い子」ぶりはさじ加減を誤ると途端にリアリティがなくなりかねませんが、本作においてはその小太郎の良き部分を、どこか親しみやすさに転化している印象があり、漫画の主人公として素直に好感が持てるキャラクターとして成立していると感じます。

 もちろん、登場人物は好感が持てる者だけではありません。小太郎を苦しめる叔父の厭らしさや、終盤に登場する謎の男・四郎左の得体の知れなさなど、小太郎とは反対側に属しているようなキャラの描写も印象的なのは、これはむしろ作画者の前作からすればなるほどと頷ける……というのは言い過ぎでしょうか。


 何はともあれ、先に述べたとおりこの物語はまだ始まったばかりであります。「山本勘助」やその連れの四郎左らと旅することとなった小太郎たちは無事に足利学校にたどり着くことができるのか。そしてそこで彼を待っているものは何か――
 再び始まる小太郎の新たなる物語である本作。小太郎だけでなく、残る二人の軍配者が如何に描かれるかも含めて、なかなか気になる作品なのであります。


『早雲の軍配者』第1巻(ちさかあや&富樫倫太郎 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon
早雲の軍配者 1 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2016.12.23

大年表の大年表更新

 古代から太平洋戦争期までの、ある年に起きた史実上の日本・世界の出来事と、小説・漫画等の伝奇時代劇その他フィクションの中の出来事、人物の生没年をまとめた虚実織り交ぜ年表「大年表の大年表」を更新いたしました。

 今回の更新で追加した作品名は以下の通りです(五十音順順)。
『海鳴り忍法帖』『江戸忍法帖』『エド魔女奇譚』『衛府の七忍』『桜花忍法帖』『黄金の犬』『大奥怨霊絵巻』『鬼神伝 龍の巻』『鬼を飼う』『女賞金稼ぎ紅雀』『影の火盗犯科帳』『かたづの!』『蒲生邸事件』『からくり探偵百栗柿三郎』『完四郎広目手控』『完四郎広目手控 文明怪化』『ガンズ&ブレイズ』『鬼神の如く』『禁裏付雅帳』『空白の桶狭間』『傀儡に非ず』『紅蓮鬼』『クロボーズ』『月蝕 在原業平歌解き譚』『決戦! 熊本城』『御用船帰還せず』『三人孫市』『真田十勇士(松尾清貴)』『忍びのかすていら』『十三人の刺客』『修羅維新牢』『新鬼武者 DAWN OF DREAMS』『新・御宿かわせみ』『戦国ヴァンプ』『大東亜忍法帖』『血鬼の国』『ドナ・ビボラの爪』『天空をわたる花』『天正真田戦記』『天そぞろ』『燈台鬼』『どらくま』『ぬり壁のむすめ』『信長の棺』『信長さまはもういない』『幕末ゾンビ』『箱館売ります』『はごろも姫』『花はさくら木』『叛旗兵』『飛騨忍法帖』『姫神』『日雇い浪人生活録』『風神秘帖』『ふたり十兵衛』『平安もののけバスターズ』『豊饒のヒダルガミ』『魔性納言』『ミスター味っ子 幕末編』『虫封じマス』『室町無頼』『明治・金色キタン』『明治剣狼伝』『ヤマユリワラシ』『雪花の虎』『吉野太平記』『義元謀殺』『よろずや平四郎活人剣』『乱神』『レイリ』『戦国外道伝ローカ=アローカ』『倭国本土決戦』

 その他にも『悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲』『ウエスタン忍風帖』『王朝の陰謀』『シャーロック・ホームズ 恐怖! 獣人モロー軍団』『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』『十五少年漂流記』『書剣恩仇録』『神秘の島』『ソウルエッジ』『ソウルキャリバー』『ソウルキャリバーⅡ』『ソウルキャリバーⅤ』『宝島』『パンの大神』『マイナス・ゼロ』『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』『憂国のモリアーティ』『ライズ・オブ・シードラゴン』』とまあ、なんでもありであります。

 なお、各作品タイトルから、ブログの方での作品紹介記事もしくはamazonの商品ページへのリンクも貼りたかったのですが、さすがに作品数が多すぎるため、今回は断念しております。次回以降にいずれ。

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2016.12.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い

 長篠の戦の後、家督を長子・信忠に譲るとこととなった信長。その相続の場で、諸勢力への宣戦布告に等しい宣言を行った信長に対して動き出したのは本願寺であります。しかしその背後には、果心居士、すなわちケンやようこと同じ現代人である松田の暗躍が――

 信長の宣言を受けた諸勢力の中で、真っ先に信長との対決に向けて動き出した本願寺顕如。しかしその背後には松永久秀、そして果心の姿がありました。
 彼らの謀計を知ってしまったようこは、ケンの目に入ることを期待し、本願寺から織田に送られた自らの西洋菓子に警告のメッセージを託して送ることになります。

 そのメッセージを察知したケンですが、しかし詳細は不明のまま。そこでケンは織田と本願寺の宴席にかこつけ、ようこと対面して直に話を聞こうとします。
 しかしその間も、自らが使者となって毛利を動かし、さらに光秀に接近して彼の深層心理を操り……と果心の謀計は進行。ついに始まった本願寺攻めの中、逆に反撃で追い詰められた光秀は天王寺砦に入るのですが――


 というわけでこの巻で描かれるのは、石山合戦のうちの天王寺合戦の序曲。歴史を紐解けば、信長がわずか三千の兵でもって五倍もの本願寺勢に挑んだという、この時期の信長が直接軍の指揮を執った、非常に珍しい合戦であります。
 序曲と述べたように、この巻で描かれるのはその戦の始まり、光秀が砦に籠もり、信長が自ら援兵を率いて飛び出すまでで、物語の展開としては嵐の前の静けさといったところ。本作の最大の魅力である料理を用いた問題解決という展開も、かなり少なめであります。
(ケンが、自分の西洋料理が本願寺に封じられたことを逆手に取るくだりはなかなか面白いのですが)

 その意味ではかなり地味な巻ではありますが、しかし面白いのは、この戦の陰で、彼ら現代人たちの思惑が交錯する点であります。
 その中心となるのは、言うまでもなく果心こと松田。自分がこの時代(というか信長)に受け容れられないのであれば、歴史を変えてしまえばよいと、悪いタイムトラベラー精神(?)を発揮した彼は、ケンよりも深い歴史の知識を活かして、ある意味史実の果心以上に暗躍することになります。

 そしてそんな松田を放ってはおけないのがようこ。愛するケンが織田方にいることもありますが、それだけでなく彼女の心にあるのは、松田に対する一種の同胞意識でしょう。
 自分が松永をも動かしていると増長する松田のダメっぷりに呆れながらも、それでも彼女が松田を見捨てられないのは、共にタイムトラベルという奇禍に遭い、そしてそれぞれに辛酸を舐めてきたゆえ(そしてケンとようこの馴れ初めにも松田が関わっていたことが判明)。

 この辺り、記憶喪失で現代の記憶が限定的であり、何よりも早々に信長と出会うことができたケンとは異なる態度になるのは、自然な心の動きと納得できます。
 あまりにも小さく、人間的な松田とようこではありますが、一種超人的な存在となってきたケンの鏡像の役割を果たしていると言えるでしょうか。


 とはいえ、ケンが料理で大活躍する姿を見たいという気持ちもまた正直なところ。この巻のラストで、また信長から大変な無茶ぶりをされてしまったケンが、果たして如何にその難題を果たすのか。
 松田との間接的対決とも言えるその展開に期待であります。

『信長のシェフ』第17巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 17 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?

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2016.12.21

立花水馬『世直し! 河童大明神』 父と子と河童を繋ぐ世直し

 虫封じを題材としたユニークな連作『虫封じマス』で登場した作者の新作は、人間の若者と河童――そう、あの頭に皿があってキュウリが好きなあの河童――が組んで、世の為人の為に奮闘する活劇であります。

 ある理由から父と喧嘩をして江戸を飛び出し、大坂で暮らしていた青年・喜助。ふと思い立って久々に江戸に帰ってみれば父・喜八は危篤、駆けつけた彼の目の前で喜八は完爾と微笑んで逝くのでした。
 しかし生前、掘割の整備に私財を投じ――そしてそれこそが喜助が父と仲違いした理由だったのですが――極貧の中で暮らしていた喜八には弔いを出す金もなく、途方に暮れていた喜助の前に、奇妙な男が現れます。

 生前喜八に世話になったという男の手配で無事に弔いを終えた喜助ですが、何とその男の正体は河童! 世の為人の為に働いた喜八の姿に感動した彼ら河童たちは、喜八を助けて働いたというのであります。
 生前は軽蔑していた父の意外な姿に関心を持った喜助は、喜八の名を継ぎ合羽職人として江戸で暮らし始めるのでした。

 と、その江戸では子供の拐かしが続発。さらに美女の誘拐殺人、米価の吊り上げ、強引な冥加金の取り立てなどが相次ぎ、庶民の暮らしはどんどん苦しくなっていきます。
 その一連の出来事の背後に、今太閤を名乗る大商人・茂十郎の存在を知った喜八は、河童のぎーちゃん、謎解き坊主の春雪とチームを組んで世直し大明神を名乗ると、世の為人の為、巨大な悪に戦いを挑むことに――


 現在もその名が残る浅草の合羽橋。江戸時代に合羽屋喜八が私財を投じて堀割整備を行い、そしてその喜八のために河童が力を貸していた、という二重の意味で「カッパ」にまつわる伝承が残される地ですが、言うまでもなく本作の題材はこの合羽橋であります。
 なるほど、大抵の伝承では人に迷惑をかける河童が、人間を助けて働く(しかも強制されたわけでもなく)というのがなかなか興味深いのですが、本作はそこにさらに一ひねりを加え、喜八の息子が主人公というのが工夫でしょう。

 私財を投げ出し、家族を顧みなかった父に反発してきた主人公が、その父が最期の刻に極めて満足したかのような笑みを浮かべるのを見る……という冒頭部分だけでぐっと来るのですが、その後の展開がまたいい。
 一文の得もしなかった父の生き方が理解できない中、川で溺れる子供を見て前後を考えず助けに飛び込み、それが父同様、河童の心を大きく揺り動かすというのは、本作のテーマである「世の為人の為」を体現するものと言えるでしょう。

 思わぬ絆で結ばれた喜八とぎーちゃんの姿は、一種のバディもの――すなわち、全く異なる生まれや育ちの二人が、一緒に行動する中で互いを(特に読み手に近い側を)認め、その価値を再確認していく物語として受け止めることもできます。


 そしてそんな彼らが繰り広げる世直しはなかなかに痛快、特に米の買い占めに対する逆襲など、なるほどこの手があったか、と感心させられるほどなのですが……しかし、終盤に来てその印象は個人的に少々違ったものとなりました。

 これまで幾度もその陰謀を潰してきた茂十郎が、追い詰められた末に暴走し、さらに人々を苦しめていることを知った喜八。全面対決を決意する喜八ですが、しかし奉行所までも抱き込んだ敵はあまりにも強大であります。
 これまでは人間の知恵と河童の力で難題を解決してきた喜八たちが、この最後の戦いで取った手段とは……いやいやこれはアリなのか、と言いたくなるような乱暴なもの。

 あるいは普通の(?)時代劇ではアリなのかもしれませんし、これ以外の手段はないのもわかりますが、しかしここまで来ると思いつめた喜八の姿に、一種の痛ましさまでも感じさせるのです。

 ここで改めて考えさせられるのは「世の為人の為」というキーワード。確かに大事で美しい想いではありますが、それが生み出す犠牲はどこまで許容されるのか、そして他人の思う「世の為人の為」と衝突することがあるのではないか……本作の終盤からは、そんなことを考えさせられました
(本作では茂十郎も「世の為人の為」を口にするのですが、明らかに口先だけのものなのでこれとは異なります)

 ヴィジランティズムの矛盾とも言うべきこの疑問にまで踏み込むことができれば、さらに素晴らしい作品になったと思うのですが……それはちょっと難しく考えすぎでしょうか。


『世直し! 河童大明神』(立花水馬 徳間文庫) Amazon
世直し! 河童大明神 (徳間時代小説文庫)


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2016.12.20

『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』誌2017年1月号の作品紹介のその二であります。

『すしいち!』(小川悦司)
 今回は鯛介はお休みで、おりんが主役を務めるエピソード。かつて亡き父に連れられて来ていた浅草寺の御開帳に来た彼女が、晩年仲違いしてしまった父のことを思い出しているうちに不思議な寿司屋と出会って……という物語であります。

 その寿司屋の名は「聖寿司」。そして職人の眉間には膨らみが……と、まさか○○様が寿司を! という展開にはひっくり返りました。
 が、既にこの物語の時点で浅草では採れなくなっていた浅草海苔が……というのは物語的にも料理的にもうまい絡め方で、またそれがおりんと父の思い出に繋がっていくのには、ただお見事というべきでしょう。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 村雨姫の懇請に応え、奪われた八玉を奪還するために始まった犬士たちと、服部のくノ一たちの忍法合戦第一番の後半戦が描かれる今回。
 己を影に変える忍法「摩羅蝋燭」で二人のくノ一を打ち、このまま一気に全員を抜くか……という勢いの犬坂毛野の活躍が描かれることとなりますが、いや、やはりハッタリの効いた忍法合戦は良いものです。

 しかし服部忍軍の総帥たる半蔵の前にはさしもの毛野も苦戦必死、そして多勢に無勢の果てに……という展開は、これもまた忍法帖の美学でしょう。無頼の男たちが、純粋無垢な聖姫のために死地に赴くという本作の基本構造は、今回も美しく描き出されます。

 と、敵味方はイーブンとなったものの、敵の追っ手に追いつめられた村雨姫。そこに救いの手をさしのべたのは、美しい外見に似合わぬ鉄火な口調の美少女(?)と剽げた外見の男で……という、実にニクい引きで次回に続きます。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗の生涯でも最悪の事件である父・輝宗の死を描く一連のエピソードも今回でひとまずのラストとなります。

 畠山義継に捕らえられ、息子の夢を守るために自ら死を選んだ輝宗と、怒りに燃えて敵を鏖殺した政宗(義継への振る舞いにはちょっと引きますが……)。
 それで全てが終わったわけではなく、政宗は、そして畠山方も報復戦を決意。しかしそれ以上に、ようやく和解できたかに見えた政宗の母は、政宗に対して恐るべき疑念を――

 というドシリアスな展開が続くのですが、そんな中でまさしく一世一代のとんでもないギャグをぶちかました輝宗が全てを持って行った感があります。いや、ここでこのネタを持ってくるのにはある意味感心。


 その他、『江戸怪盗記』(大島やすいち&池波正太郎)は、ここしばらく『剣客商売』を漫画化してきた作者が鬼平と外道盗人・葵小僧の対決を描く、というのが目を引く作品。が、葵小僧の造形はなかなか面白いものの、絵的にも構成的にもかなり苦しいというのが正直な印象でした。

 そして次号で池波正太郎を漫画化するのは何と原秀則。いやはや、全く予想もしていなかった組み合わせであります。


『コミック乱ツインズ』2017年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年1月号 [雑誌]


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2016.12.19

『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)

 今年最後の(号数で言えば来年最初の)、そして創刊14周年の『コミック乱ツインズ』誌の紹介であります。恒例の池波正太郎原作作品は大島やすいちの『江戸怪盗記』、ゲスト読み切りは速水螺旋人の『鬼と兵隊』と、この雑誌らしいバラエティの豊かさであります。今回も、特に印象に残った作品を紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 父親の商売敵に捕らえられ、あわや落花狼藉のヒロイン・紅を救うべく走る聡四郎は……という緊迫の展開。
 ですが、その結末がいささかすっきりしない上に(原作でもそうだったかしらん)、後半は静かな展開が続くのが、個人的には少々残念な印象であります。

 にしても、怒りに任せて自分から破落戸を叩き斬りに行く主人公や、敵方の豪快な策略など、最近の原作者の作品ではあまり見られない展開で、妙なところで感心してしまいました。


『鬼と兵隊』(速水螺旋人)
 冒頭で紹介した今回の特別読み切りですが、ミリタリー漫画家がどのような作品を……と思いきや、本作もやはりミリタリーもの、しかし何ともゆるくて暢気な味わいの物語です。

 第二次大戦中の中国大陸で、「鬼(おばけ)」に出会ってしまった一人の日本兵。何故か日本軍の砦に行きたいというおばけに対し、彼は自分もおばけだと偽って連れて行くことになります。
 砦に着くや、おばけを捕まえたと大声を上げる兵隊ですが、仲間たちが見たのは――

 という本作、何故おばけが砦にやってきたか、という理由が何ともおかしくもちょっと哀しいのですが、オチも含めて何とも微笑ましい感触。これが時代劇か、いやもはやこの時代の物語も時代劇なのだ、などと堅いことを言うことなく楽しみたい作品です。
 ちなみに本作のベースとなっているのは中国の怪奇小説集『捜神記』の「売鬼」という物語。前半は意外なくらい原典を活かした内容となっており、こちらを知っていると楽しさも倍増であります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 怨敵・多々羅玄地を北へ北へ追ってきた怨ノ介の旅も、出羽国月山に到着。そこで彼は何者かに追われる刀鍛冶の男と同行することになるのですが、男が持っていた舞草刀も魔刀の一つでありました。
 その男に関わるなという不破刀の言葉も聞かず、逆にこれからは武士の仇討ちだからと不破刀(の魔女)と別れを告げる怨ノ介。そして再び現れた刀鍛冶の追っ手と対峙した彼が知る意外な真実とは――

 これまでのどこかゆるい雰囲気とは一転、ほとんどシリアス一辺倒の今回。初めて不破刀を手にした時にはてんで素人だった怨ノ介も、既にいっぱしの剣士として行動することになるのですが……しかし物語は、彼の復讐譚を超えた域に踏み込んでいく様子を見せます。
 刀鍛冶の男が語る伝説の刀鍛冶・鬼王丸――鬼と刀の物語は何を意味するのか。鬼とは、魔刀とは何なのか。一方でその問いかけは、怨ノ介自身の物語にも深く繋がっていくこととなります。

 朧気ながら敵の真実、巨大な怨念の姿が見えてきたようにも思えますが、果たして魔女と別れた怨ノ介はこの怨念に打ち勝つことができるのか。クライマックスは目前でしょうか。


 またもや長くなってしまいましたので、二回に分けたいと思います。


『コミック乱ツインズ』2017年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年1月号 [雑誌]


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2016.12.18

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ついに今年も残すところあと2週間ほど。もう過ぎる年のことは忘れて、これから来る新しい年のことを楽しみにしましょう(前向きな後ろ向き)。ということで、2017年の始まりを告げる、1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 1月のアイテムは数はあまり多くないものの、粒ぞろいの印象。まず文庫小説で何よりも気になるのは、ついに完結の芝村涼也『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』であります。「拾遺」というナンバリング(?)が気になりますが、物語の最後を見届けましょう。
 そしてシリーズも佳境に入ってきた長谷川卓『嶽神伝 鬼哭』が上下巻で登場。何やら不穏なタイトルが気になります。

 一方、文庫化・復刊では、吉川英治『江戸城心中』、武内涼『秀吉を討て』第1巻、宮本昌孝『乱丸』全3巻と新旧の名品佳品が並びます。
 またちょっと変化球では岡田秀文の暗黒明治ミステリ『黒龍荘の惨劇』、菊地秀行の平安伝奇『大江山異聞 鬼童子』が。また、北方謙三『岳飛伝 3 嘶鳴の章』も順調に刊行中であります。


 さて、漫画の方も同様に数こそ多くはないもののユニークな作品が並びます。
 楠桂『鬼切丸伝』第4巻、東村アキコ『雪花の虎』第4巻、ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第3巻、宮島礼吏『もののて』第2巻、吉川景都『鬼を飼う』第2巻――

 そんな中でも特に気になるの作品が二つあります。一つは宮川輝『買厄懸場帖九頭竜 KUZURYU』第3巻。これで完結ですが、前2巻と異なり、原作と離れた独自路線に注目……というよりビッグゲスト登場の最終回に驚け!
 そしてもう一つ、殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第1巻はタイトルから察せられるとおり、新選組+料理ものですが、これがかなり面白い。一見際物めいた題材ですが、新選組ものとして見てまずよく出来た作品なのです。

 その他、日本以外を題材とした作品では皆川亮二『海王ダンテ』第2巻、川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第3巻が登場。
 また、沙村広明『無限の住人』新装版も第12巻・第13巻と順調に刊行を続け、終盤にさしかかっています。



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2016.12.17

仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 ニート青年・王弁とボクっ子美少女仙人・僕僕の冒険を描いてきた『僕僕先生』も本作でついに開始から十年目、そして十巻目を迎えました。物語の方もいよいよクライマックスに突入、神仙界の恐るべき決定を前に僕僕の真意が問われる中、天上の英雄たちが次々と参戦し、事態は混沌を極めることに――

 これまでの旅の中で幾度となく僕僕一行の前に現れ、対峙してきた王朝の密偵集団・胡蝶の長・貂との決戦の末、劉欣を失った一行。
 ひとまず皇帝に仕える仙人であり僕僕とも旧知の司馬承禎のもとに身を寄せる一行ですが、王弁が突然の目覚めぬ眠りに落ち、僕僕は彼を救うための材料を求めて世界を回ることとなります。

 王弁を乗せてきた神馬の吉良、長らく一行から離れていた薄妃とともに星々の世界にまで足を踏み入れる僕僕ですが、各地で彼女を待ち受けるのは伝説に名を残す仙人や英雄たち、そして物語の陰で暗躍してきた怪仙人・王方平。
 その背後には、いずれこの世界のバランスを崩すと思われる人界を滅ぼすという決定を下した神仙界があるのですが……僕僕は神仙界と人界、果たしてどちらの側につくのか。いやそもそも、僕僕とは何者で、何を思って人界を旅するのか?

 そしてその一方で、胡蝶の残党を掌中にした司馬承禎は僕僕を裏切り、王弁の中に潜むある力を甦らせることで、都を大混乱に陥れます。果たして王弁は目覚めることが、再び僕僕と出会うことができるのか――


 と、まさに風雲急を告げる展開の本作。そもそも主人公である王弁がほとんど寝ているという時点で異常事態ですが、世界滅亡の瀬戸際なのですからそれどころではない……というより、あるいは王弁こそがその鍵!? という状況なのであります。
 そして僕僕の方も、これまでの作品でフラッシュバック的に描かれた過去の姿が改めて問われることになりますが、しかし彼女を巡るドラマはそれだけではありません。

 今回登場するのは、彼女が長き時の中で取ってきた弟子たち……いわば王弁の先輩たち(その中にはとんでもない大物も!)。彼らの存在からわかるのは、気ままに見えた彼女の旅にもある意図があったこと、そしてそれがこれまで成功してこなかったということであります。
 王弁は初めての成功例なのか、それでは王弁は僕僕の道具に過ぎないのか? 疑問と謎は山積みなのです。


 そしてそんな物語をさらにややこしく、そして賑やかに盛り上げるのはスペシャルゲストの面々であります。

 かつて御仏(今回語られる神仙と仏の関係も実に興味深い)の教えを求めて苦しく長い道のりを旅し、その功で今は天上界で暮らすあの三人組。そして吉良と同族の赤い天馬に乗り、自慢の美しい髭を靡かせる義の武人。
 彼らもこの世界に存在していたのか(いや、存在して当たり前なのですが)と驚いたり納得したりのビッグゲストたちです。

 一歩間違えれば、ここまでの大物の前に既存のキャラクターが食われたり、あるいはゲストが物語から浮いてしまうこともあるわけですが、しかし本作に限ってはもちろん心配ありません。
 僕僕たち登場人物も、物語そのものも、彼らの存在をしっかりと違和感なく渡り合い、受け止めているという印象があります。

 それを可能とするのは、もちろんこの『僕僕先生』という物語が、その中で生きてきたキャラクターたちが、ちょっとやそっとのことでは揺るがない、しっかりとした「厚み」を備えているからにほかなりません。
 冒頭で述べたように、十年十巻――その積み重ねてきたものの存在を、強く感じさせられた次第です。


 と言いつつも、物語の方は別の意味で大揺れであります。文字通りの闇落ちを仕掛けた王弁に対し、タイトルどおりの行動を取る僕僕。それがこの世界を救うことになるのか――
 そして最後の最後で王弁が出会うこととなるのは、全くもって思いも寄らぬ人物。あの、ある意味シリーズ最大の問題作とここで繋がるとは! と、とにかく驚きの結末としか言いようがありません。

 本シリーズはいよいよ次巻で完結とのことですが……これだけ衝撃的な引きを見せられたら、もう今すぐにでも次を読みたい! としか言いようがありません。
 結末目前という感慨よりも、そんなわがままな想いが遙かに強いというのが、正直なところなのであります。


『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
神仙の告白 僕僕先生: 旅路の果てに


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2016.12.16

『仮面の忍者赤影』 第52話「六大怪獣包囲陣」

 地獄谷で陽炎と青影が処刑寸前のところに現れた赤影と白影。奇策で黄金の仮面を奪い、二人を救出した赤影たちだが、雷丸は思わぬ形で逆転の罠を仕掛けていた。ジジゴラとその体内から復活した怪忍獣たちに包囲された赤影たち。絶体絶命の窮地に、陽炎の呪文が黄金の仮面の真の力を引き出す――!

 陽炎だけでなく、ジジゴラの口から出てきた青影も磔柱に縛りつけられ、処刑はもう目前のところに馬で駆けつけた赤影と白影。二人に対し、雷丸は結局自分では解き明かすことができなかった黄金の仮面の真の秘密を明かすよう迫ります。人質を取られ、苦悶する赤影……と、次の瞬間にはいつものエフェクトで赤影が崖の上に参上!
 あれ、場面の繋ぎがえらい雑だなあ、と失礼なことを思ってしまいましたが、ごめんなさい、赤影と白影は依然として雷丸の前に。ではこちらの二人は一体と思いきや、こちらの赤影の方は驚く雷丸に猛然と飛びつき、黄金の仮面を奪還、崖の上の赤影も二人を救出いたします。これは新たな味方が登場!? と思いきや、実は馬上の白影は変わり身の人形、仮面を奪った赤影は白影の変装でした。

 そして本当に久々の(本物は第二部以来?)の白影の忍凧で一行は悠々とその場を脱出するのですが……一安心と思ったところで、青影から変な匂いがすると言い出す陽炎。その言葉に怪訝な表情を見せる赤影と白影ですが、突然青影が腹痛を訴えたため、一行はひとまず野宿することとなります。そして一行が寝静まった頃、むくりと起き上がった青影は怪しげな発煙筒を焚いて黄金の仮面を奪い取り、どこかの洞窟に入っていくのですが――
 そこで待ち受けていた雷丸は、つけてきた人間がいると指摘、もちろんこれは赤影と白影であります。青影を取り押さえて雷丸に迫る二人ですが……そこで青影が一瞬のうちに見上げるほどの巨漢に変身! 自分よりも遙かに小さな青影に化けたでっかでか東馬の術と怪力にさすがの二人も取り押さえられ、形勢は再び逆転するのでした。

 実はここはジジゴラの体内、本物の青影は、冷凍保存(?)された五大怪獣に囲まれて牢に入れられ、赤影と白影も意識朦朧な状態に。一方の雷丸は仮面を手にして祝杯を挙げるのですが――。と、そこで青影が、かつて姉が練習していたという呪文を思い出します。「ぱよよ~ん……」ってハァ? というこちらの困惑をよそに青影が唱えた呪文は黄金の仮面を巨大化させ、その下敷きになった雷丸は「わしは死ぬぞー」と赤影に助けを求めます。
 こういう時にはとことん下手に出る雷丸ですが、青影の再呪文で救出された途端「ジジゴーラ!」とジジゴラを起動。さらにジジゴラの口から飛び出した五大怪獣が巨大化(等身大だったギロズンまで……)文字通りの六大怪獣包囲陣であります。その間にあっさりと東馬を倒した赤影と白影ですが、ギロズンの煙に動きを止められ、ガガラの火炎にザバミの泡と猛攻に晒されることに――

 と、一人野宿の場所に残されていた陽炎は異変を察知、岩にぶつかりながらもその場に駆けつけ、赤影たちを救うために呪文を唱えます。「ぱよよ~ん。ぴよよ~ん。ぷよよ~ん」……誰ですかこんな呪文を考えたのは、というこちらの静かな怒りはさておき、黄金の仮面の宝珠から赤い光線が次々と放たれ、五大怪獣は連続爆破。そしてジジゴラも光線に打たれて苦しむと……その姿は雷丸になり、そのまま息絶えるのでした。白影は「人間ではなかったんですな」と言っていましたが、いや雷丸とジジゴラは別々に行動していたわけで、この辺りは実にアバウトだなあ……

 何はともあれ悪は滅び、赤影たちは飛騨に帰っていきます。青影は赤影に譲られた仮面をつけ、そして赤影は黄金の仮面をつけ――
「天下晴れての日本晴れ! いやーいい気持ちでござるわい」という白影の言葉そのままの大団円であります。


 ……と言いつつ、やっぱり色々とアバウトな点は気になった最終回。呪文とかジジゴラの正体とか色々ありますが、赤影があまり活躍しなかったのが個人的には気になりました。


今回の怪忍者
魔風雷丸

 魔風忍群を率いる頭領。悪辣かつ残忍、卑怯だが、普段は剽軽な表情を見せる怪人物。数々の罠と陰謀で赤影を苦しめたが、一心同体の(?)ジジゴラが倒れて共に滅んだ。

でっかでか東馬
 名前通りの怪力の巨漢。その体とは裏腹に青影に完璧に変装して黄金の仮面を奪ったが、戦闘力はさほどでもなく、あっさり倒される。


今回の怪忍獣
再生怪獣軍団

 ジジゴラの体内で保存されていたグロン・ギロズン・ガガラ・ザバミ・バビランの五体。雷丸の命で巨大化し、赤影たちをその能力で苦しめたが、陽炎の呪文によって黄金の仮面から放たれた光線で倒された。


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2016.12.15

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

 単行本が二桁になったのはつい最近のような気もしていましたが、あっという間に巻を重ねて『猫絵十兵衛』ももう17巻目であります。今回艶やかに表紙を飾るのは、下総猫神の娘・真葛。彼女をはじめとして、この巻ではこれまで登場した懐かしい顔ぶれが幾人も登場しております。

 もちろん今回も健在の猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタの名コンビ。彼らを通じて、江戸の人と猫と妖の姿と情を描くスタイルも、もちろん変わることはありません。
 そんなこの巻に収録されているのは以下の全7話であります。

 蘭学を学ぶ二人の少年・源之助と悦二郎が、肺病病みの女性を助けようとしたことで起きた騒動「烏猫」
 本物の狩りと勘違いしていた百代と真葛のために、十兵衛とニタが猫又たちを潮干狩りに連れて行く「磯遊び猫」
 やんちゃが過ぎる猫のやん助に翻弄される幟職人のために十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「幟猫」
 大事な人(猫)を探しているという真葛と、そんな彼女に内心穏やかでない権蔵の姿を微笑ましく描く「偲はく猫」
 農家の一員として可愛がられている猫に頼まれ、雨乞いをすることとなった十兵衛が奮闘する「よもぎ猫」
 盆猫踊りに置いて行かれた三匹の仔猫たちが、不思議な人物(猫物)に導かれて……という「猫地蔵」
 子供時代の十兵衛と師匠夫婦が、付近を騒がす盗人騒動に巻き込まれた顛末「かきつむ猫」

 時に猫又や妖絡みの不思議な事件を、時に純粋な(?)猫と人間の交流の物語を――その両方を分け隔てることなく、全く同じ世界の物語として描く作者の筆は今回も見事で、どの世界にも共通する「情」の姿が実に気持ちが良いエピソード揃いであります。

 そんな本作ですが、今回特に印象に残ったのは、実に7篇中の4篇に再登場する、過去のエピソードに登場したゲストキャラクターたちであります。
 あれ、誰だったかな、と思う方もいらっしゃるかもしれませんので、以下に簡単に紹介しておきましょう。(カッコ内は初登場回)

・源之助と悦二郎(第12巻「猫のオランダ正月」)
 共に蘭学を学ぶ親友同士の少年コンビ。普段から周囲の事物をオランダ語で呼んでおり、猫のことをいちいち「カット」と呼ぶのが微笑ましいのであります。
・百代(第11巻「百代猫三番勝負」)
 かつてニタに育てられた雌猫又。誰に似たのかいちいち言動がやかましく、十兵衛のことをニタを奪った泥棒猫扱いして挑戦してくるという初登場は異常に印象に残ります。
・真葛と権蔵(第12巻「鈍牛と猫」)
 下総の猫神の八番目の娘で生真面目な真葛と、薬問屋のおもとの付き人で寡黙な大男の権蔵。なかなかのお似合いのこの二人、何よりも真葛の正体を知っても変わらぬ想いを抱く権蔵のおかげで実に微笑ましいリア充ぶりであります。
・やん助(第14巻「やんちゃん猫」)
 生まれてばかりの頃に十玄師匠の家に預けられた仔猫。とんでもない暴れっぷりで周囲の人間を振り回した末に先輩猫たちに説教され、少しはマシになったと思えば――


 というわけで17巻にもなればずいぶんとキャラクターも増えますが、ほとんど一人として、一匹としてかぶることはない個性的なキャラのオンパレードなのには感心させられますし、お気に入りのキャラに再会できるのは嬉しいものであります。
(個人的には真葛と権蔵は大いに応援したいカップルであることもあり――)

 そしてまた、短編連作形式ということもあり、十兵衛とニタは基本的に変わらない(キャラクター像が動かない)本作において、彼らの代わりのように、ゲストたちの方は少しずつ成長し、関係性を変えていくのには、なかなか印象深いものがあります。

 基本的なスタイルは変わることなくとも、少しずつ動いていくものがある、変わっていくことがある……居心地の良い世界の中で、それは時に寂しいような気がすることもありますが、それもまたこの世界の姿であると言うべきなのでしょう。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十七巻 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と

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2016.12.14

森川楓子『国芳猫草子 おひなとおこま』 一人と一匹、謎を追う?

 第6回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉作家による、なかなかにユニークな時代活劇であります。ひょんなことから猫の言葉がわかるようになった歌川国芳の押しかけ弟子の少女が、国芳の飼い猫とともに怪事件の謎を追う物語です。

 タイトルの「おひな」は本作の主人公、鰹節問屋の娘ですが今をときめく国芳の絵に一目惚れ、周囲の反対を押し切って押しかけ弟子となった少女であります。
 しかしこのおひな、弟子にはなったものの絵の才能はからっきし。それでも何とか師匠と一門の力になりたいと、子守と猫守に奔走する毎日なのでした。

 そんなある日、自分以外には懐かない国芳の娘・とりの子守に出たおひなは、何者かに当て身を喰らわされて失神。気がつけばとりは攫われた後でありました。
 自分の責任だと心を痛めた彼女はとりを探して奔走しますが、もちろんただの少女に何ができるわけもありません。と、そんな彼女の前に現れたのは、彼女の兄弟子の一人の友人を名乗る薬師の男。盲人なのか目を隠したその男の怪しさも気にならず、彼が差し出す「耳が良くなる」という薬を飲んだおひなですが――

 確かに普通では聴くことができないものを聴くことができるようになったおひな。しかしその薬は単に耳を良くするのではなく、「猫の言葉が理解できるようにする」ものだったのであります!
 それだけでなく猫と会話までできるようになったおひなは、本作のもう一人(?)の主人公――国芳の家に飼われていた美しい雌猫・おこまの協力を得ると、猫のネットワークを使ってとりの行方を追うのでした。

しかし事態はいよいよ複雑な様相を呈することになります。
 いつの間にか国芳のもとに帰されてきたとり。とりを追って入り込んだ大名屋敷の姫君に気に入られて飼い猫になってしまったおこま。しかしその屋敷では凄惨な殺人事件が発生、一方、突然姿を見せなくなった国芳門下の天才少年・周三郎にもとんでもない秘密が――


 相変わらずの猫人気によるものか、小説・漫画・映像を問わず、結構な点数が発表されている猫時代劇。そしてそこにしばしば登場してくるのは、自身が大の猫好きとして知られ、猫を描いた作品も多い国芳であります。

 その意味で本作は鉄板とも言える組み合わせですが、国芳はむしろ一歩退いて――しかし彼と一門のいかにも江戸っ子らしい明るさと賑やかさも本作の魅力の一つでしょう――その弟子の少女を主人公にしたのが工夫でしょう。
 しかも彼女はなりゆきとはいえ猫と会話する力を持ち、その力で猫から手がかりを集めるという、一種の異能探偵ものとなっているのも楽しい作品であります。
(自分の能力で集めた証拠でいかに周囲を納得させるかで悩むのも、定番ですが楽しい)

 その一方で、タイトルロールの一匹であるおこまが、あっさり国芳の家を離れて大名屋敷を選んでしまったりという妙なリアリティのある描写などをはじめ、猫サイドも楽しく、まずはこの辺りを期待された方にとってはなかなか楽しい作品と言えるかと思います。


 が、「このミス」という言葉に期待して本作を読むと、うーんと悪い意味で唸らされてしまうというのが正直なところであります。

 物語の中心となるのは、国芳の娘の誘拐事件と、大名屋敷での首なし殺人事件ですが、前者はすぐに真相が明かされるのはいいとして(ちょっとした捻りはありますし)、後者については、あまりに定番通りの展開なのを何と評すべきか。
 上で触れたおひなの探偵要素もあまり活かされておらず、厳しい言い方になりますが、この辺りはいささか中途半端な印象は否めません。

 もっとも、これはやられた! と唸らされた点も確かにあります。
 少々物語の核心に触れかねませんが、天才少年絵師・周三郎にまつわるある伝説と、本作の事件を絡め、思わぬ形で事件の核心に迫らせるのは、これはミステリとしてよりもむしろ時代ものとしてお見事、と感心いたしました。

(その活かし方について、普通の猫にこういうことができるのかな、と科学的な観点から思わされましたが、そこはさすがに野暮というものでしょう)


 色々と食い足りない部分はありますが、確かに光るところはある作品……そう申し上げるべきでしょうか。


『国芳猫草子 おひなとおこま』(森川楓子 宝島社文庫) Amazon
国芳猫草子 おひなとおこま (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

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2016.12.13

高井忍『名刀月影伝』 名刀の謎が突きつけるもの

 『漂流巌流島』で歴史上の事件に驚くべき真相を示し、 『柳生十兵衛秘剣考』では剣豪たちの秘剣の正体を解き明かしてみせた高井忍の新作の題材は、名刀……史上名高い刀剣の数々にまつわる事件に、白河藩の腰物方(刀剣の管理役)と絵師の凸凹コンビが挑むことになります。

 時は松平定信による寛政の改革が失敗に終わった直後、役目を退いた定信は、古宝物図録集『集古十種』の編纂を始めます。その一環で刀剣の調査の任務を与えられたのが、無聊を託っていた腰物方の山本助十郎と、その親友で絵師の林幹之助であります。
 助十郎が刀剣の目利きを行い、幹之助が絵に残す……特に問題となる点もないような任務ですが、しかし二人が行くところ、次々と厄介事が追いかけてくるというのです。

 物語の始まりとなるのは、江戸で話題となった平家の宝剣・小烏丸にまつわる騒動。さる旗本の家に伝わるはずのその宝剣が、市井からもう一振り発見され、しかもそちらの方が本阿弥光悦が残した図面と照合していたのであります。
 果たしてどちらの小烏丸が本物なのか、そしてその証拠となるのは何か。そもそも小烏丸とは何なのか……助十郎の推理により思わぬ真相が浮かび上がる時、血風が吹き荒れることになるのです。

 ……という『陰陽小烏丸』を皮切りとする本作は全四話から構成されています。

 騒動を大きくしすぎたことから、ほとぼりを冷ますために西国行きを命じられた二人。そこで向かった大坂で廻船問屋の主が持つ正宗を巡る誘拐事件に巻き込まれ(『楠龍正宗』)、南河内では八幡宮で起きた放火事件の最中に奪われた粟田口則国の作刀を追い(『八幡則国』)、そして大和一帯を荒らすという刀盗人を柳生家の剣士団と追う中で三条宗近の知られざる名刀の存在を知り(『天狐宗近』)――

 と、手を変え品を変え展開される物語は、名刀にまつわる逸話の数々が散りばめられて否応なしに興味を煽る上に、凸凹コンビのやりとりも楽しく、そしてチャンバラも……と、時代小説の楽しさが横溢。
(逸話のボリュームが大きく、物語のテンポを削いでいるのは些か残念ですが、しかし物語としては不可欠の要素であるだけに仕方がないと言えるかもしれません)

 何よりも楽しいのは、いかにも作者らしいミステリとしての仕掛けの数々。そもそも、名刀として伝えられる刀剣が本物なのか、という時点で一種の謎解きであるところに、名刀を巡って様々な事件が発生するから、事態はいよいよややこしくなっていきます。
 特に第四話など、殺人事件の謎を巡り、フーダニット、ホワイダニットが絡み合い、さらに名刀そのものにまつわる伝奇的な謎解きが……と盛りだくさんなのです。

 内容的には、歴史上の謎を解き明かす歴史ミステリの側面よりも、過去の人物が事件の謎を解き明かす時代ミステリとしての側面が強いのですが、いずれにせよ作者の持ち味は存分に引き出されていると言えるでしょう。


 が、本作の魅力はそれらに留まるものではありません。本作はその物語を通じて、一つの大きく重い問いを投げかけてくるのです。
 すなわち、刀剣の価値とは何か、刀剣において真に大事なものは何なのか、と――

 本作の舞台となるのは江戸時代後期。この時代、日本近海では外国船の来航が頻発し、知識人の間で海防が論じられるようになると同時に、それと重なり合うようにして、尊皇意識の芽生えが見られるようになります。

 松平定信は尊号事件を通じてそうした空気に真っ向から対した人物とも言えますが、その家臣である主人公コンビが対峙することになるのは、いわば剣の中に尊皇意識を見い出す人々。帝との関わりを持つものが少なくない名刀を手にし、帯びることで、尊皇意識を高め、アピールする……そのためには手段を選ばぬ者たちなのです。

 しかしそれは、真に刀剣の価値を認めてのものと言えるでしょうか。そこにあるのは刀剣そのものの価値――切れ味や形の美しさなど――ではなく、それにまつわる逸話や伝説といった由来のみをありがたがる態度ではないでしょうか?
 物語の終盤で助十郎が異議を申し立てるのは、実にこうした思想に対してなのであります(そしてそれは、実は刀剣に対してだけのものではないと感じられるのですが――)。

 その想いは、本作のタイトルにも表れていると感じます。いずれが天心の月か、水にうつる月影か――刀剣そのものとそれにまつわる物語と、どちらが真で、どちらに価値を見い出し、愛するべきなのか……時代ミステリの形をとりつつ本作が突きつけてくるものは、どこまでも鋭く、重たいのであります。


『名刀月影伝』(高井忍 角川文庫) Amazon
名刀月影伝 (角川文庫)

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2016.12.12

伊吹亜門『監獄舎の殺人』 新進気鋭が描く時代ミステリの名品

 第12回ミステリーズ! 新人賞受賞を受賞した時代ミステリの名品であります。明治5年、京都の監獄舎で起きた殺人――その日の夕刻には斬首が決まっていた死刑囚が毒殺されるという不可解な事件に、江藤新平の懐刀が挑むことになります。

 元奇兵隊士として幕末の動乱期に活躍し、明治に至って下野、不平士族を糾合したものの鎮圧された男・平針六五。
 尋問にも頑として口を割らぬまま、事件が起きたその日の夕方には斬首されると決まった平針ですが、しかし食事を食べた直後、彼は毒殺されるのでした。それも、彼の裁判のために京を訪れていた司法少丞・鹿野と、彼を斬首することとなっていた青年・円理の眼前で。

 この怪事に俄然勇み立ったのは、鹿野とともに京に来ていた司法卿・江藤新平。江藤はこれこそは平針に旧悪を暴露されることを恐れた自分の宿敵・長州閥の仕業と、その日に平針が処刑されることを唯一知らなかった長州出身の京都大参事・槇村正直こそが犯人と決めつけるのでありました。
 そんな江藤の姿勢に疑問を持ち、一人調査を続ける鹿野が辿り着いた真実とは――


 と、明治初期の政府内の対立を背景に展開される本作は、なるほど、短編ながらも本格ミステリの名に恥じない見事な完成度の作品。
 処刑が決まっていた男がなぜ毒殺されなければならなかったのか、というホワイダニットを中核に、明治ものとして様々な要素を絡めて描かれる物語は、時代ミステリ好きにとってはたまらない内容であります。

 物語を構成する要素が次々と一つに嵌まり、意外な――しかしこの時代、この設定ならではの――真実を浮かび上がらせた末、そこからさらに! という内容には、時代ミステリの魅力が凝縮されていると言って良いでしょう。

 また、本作の探偵役を務める鹿野のキャラクターがいい。
 尾張出身の訛りを残した短躯の男で、「京はよく降る」と言って常に西洋傘を手に行動する鹿野。司法の権化とも言うべき江藤に振り回されつつも、丹念な推論を重ねた上で真実にたどり着くその姿はなかなかの名探偵ぶりですし、何よりもクライマックスの格好良さは……と、これは読んでのお楽しみ。

 そして事件の真相も、個人的にはミステリファンよりも時代小説ファンの方が先に気付くのではないか……という印象だったものが、ふふ、途中で読めたわいとニヤニヤしていたこちらをアッと驚かさせる展開となっていくのは実にお見事。
 ある史実に繋がる結末にもニヤリとさせられたところです。

 そしてその上で、本作の内容と、江藤のその後の運命を考えれば、何とも複雑な気持ちにならざるを得ないところもまた、心憎い限りであります。


 本作は今月21日に発売される『ミステリーズ! 新人賞受賞作品集』に表題作として収録されていますが、単独でも電子書籍で発売中なのが嬉しいところ。
 また、12日に発売の『ミステリーズ!』誌最新号には鹿野の過去を描いた短編が掲載されるとのことで、こちらも楽しみであります。

 いや、楽しみといえば、これほどの作品を見せてくれた作者の今後の活躍こそが、何よりもその最たるものですが――


『監獄舎の殺人』(伊吹亜門 創元推理文庫) Amazon
監獄舎の殺人 (ミステリーズ! 新人賞受賞作品集) (創元推理文庫)

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2016.12.11

和月伸宏『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』後編 少年たちが前に進むために

 『るろうに剣心』の物語から五年後の世界で、少年たちが繰り広げる新たな冒険の物語の後編であります。ようやく明日に踏み出そうという二人の少年――長谷川悪太郎と井上阿爛の前に現れるのは、しかし過去からの悪因縁。果たして二人は自分自身の道を切り開くことができるのか?

 集治監から同じ時に出所したのをきっかけに行動を共にするようになった悪太郎と阿爛。どちらも行く当てもなければ金もない、そんなないない尽くしの二人にとって唯一の希望は、悪太郎が五年前に拾ったある刀でした。
 実はその刀こそは、悪太郎もかつて属していた賊の首魁……その陰謀のあまりの大きさから、今ではその存在すらが抹消された言禁の首魁が手にしていた刀だったのです。

 再起の、そして力の象徴として、今は亡きその首魁の刀を求める賊の残党たちの手から辛くも逃れた二人は、手にした刀を早く売ってしまおうと、阿爛の知人がいる商会を訪れるのですが――
 と、言うまでもなくその首魁こそは剣心と死闘を繰り広げた末に炎に消えた志々雄真実。そして共に消えたと思われた彼の愛刀こそは異形の殺人刀・無限刃……というわけで、思わぬところで剣心本編との繋がりを見せた本作ですが、この後編においてはいよいよ本格的にリンクしていくこととなります。

 何しろ、二人が刀を持ち込んだのが塚山商会……とくれば、そこに現れるのは剣心や弥彦とも深い縁のある塚山由太郎なのがまず嬉しいところであります。

 しかし阿爛が適当に(意外とそうでもないのですが)並べた刀の来歴が嘘とすぐに見ぬいた由太郎に、嘘は必ず他人と自分に取り返しのつかない傷を負わせると、彼の過去を考えればえらく重い説教を受ける二人。
 しかしそれに対して阿爛を庇い、由太郎の言葉に反論してみせる悪太郎の姿がいい。前回の悪太郎の拾い食いを止めた阿爛の言葉といい、この辺りの少年描写は作者ならではの明朗さと感じさせられます。

 何はともあれ、結局刀は売れず、それどころか賊の残党に追われた末に(よりによって由太郎のかつての師に潰された道場の跡地に)追い詰められた二人。
 中空の内部に油を仕込み、打撃力を倍加させる賊長の面白武器(このあたりのギミックもまた作者らしい)に苦戦する悪太郎を助けるために飛び込んだ阿爛ですが、そのために彼は思わぬ姿を晒すことになるのでした。

 かつて志々雄に拾われた際、強くならなければ一生惨めなままだ、という言葉をかけられた悪太郎。その言葉が示すように、前編とこの後編で描かれたのは、決して格好良くない悪太郎と阿爛の姿でした。
 悪太郎が前編で阿爛に止められても気づかなかったその「惨めさ」を自覚し、そしてそれを乗り越えるための「強さ」として、ついに無限刃を抜き放つのですが――


 しかしここで物語は急展開、由太郎の急報でかけつけた剣心が悪太郎を止め、代わって久々の飛天御剣流龍槌閃で賊長を粉砕。……異聞であったはずが、そのまま本編の一部に変わってしまったようなこの展開、正直なことを言えば、大いに面食らいました。

 後で作者へのインタビューを拝見したところでは、今回の異聞は来春スタートする『るろうに剣心』の続編である北海道編に先立ち、新キャラクターである悪太郎たちを紹介する物語、いわばプロローグであったということで、その意味ではこの展開は納得できます。
 しかし、自分自身の「惨めさ」(個人的には阿爛のそれをこの名で呼ぶのには抵抗があるのですが)を知り、そこから抜け出すためについに一歩を踏み出した悪太郎が、あっさりと剣心によって止められてしまったのは、少々残念ではあります。

 もちろん、その目的・理由の差こそあれ、明確な殺意を以って無限刃を抜くというのであれば、前の持ち主である志々雄と変わらないわけで、それを剣心が止めるというのはむしろ当然ではあります。
 しかし少年たちが前に進むための選択は、彼ら自身で為されるべきではないか、せめてこの物語においては、それを彼らに全うさせて欲しかった……という気持ちはあります。

 もちろんその選択に当たっては、少年たちを導く存在が必要であることもまた、大いに理解できるのですが――


 いずれにせよ、全ては新章で描かれるものなのでしょう。もちろん私も『るろうに剣心』の大ファンとして、新章は大歓迎です。
 そしてそこにおいて、剣心が切り開いてきた新時代を、「明日」を歩むべき者たちの物語もまた描かれるのであれば言うことはありません。今はただ本編に、そしてこの異聞に続く物語を楽しみに待つのみです。


『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』後編(和月伸宏 「ジャンプSQ」1月号掲載) Amazon
ジャンプSQ.(ジャンプスクエア) 2017年 01 月号 [雑誌]


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 和月伸宏『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』前編 過去から踏み出した少年たち

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2016.12.10

広瀬正『マイナス・ゼロ』 タイムトラベルが描き出す歴史の中の人間

 昭和20年、浜田俊夫は空襲で瀕死の隣人・伊沢先生から、18年後の今日ここに来てほしいと頼まれる。そして昭和38年、旧伊沢邸を訪れた彼の前に現れたのは、18年前に行方不明になった当時と変わらぬ姿の先生の娘・啓子だった。その出会いが、俊夫を時間を超えた運命の変転に巻き込むことに……

 長らく絶版となっていたものが、先日電子書籍として復活した作品、直木賞候補作ともなった作者の代表作にして、タイムトラベルSFの古典であります。
 恥ずかしながら私もこれまで未読だったのですが、尊敬する先輩の言葉に押されて手にしてみれば、なるほどその言葉には全く偽りはなかった……と唸らされた次第です。

 少年時代、大戦末期の不思議な体験から18年後、かつて想いを寄せていた隣家の少女・啓子が、当時と変わらぬ姿で現れたのと出会うこととなった主人公・俊夫。そのあり得るはずのない出会いの背後にあったのは……そう、タイムマシンであります。
 啓子の父が残したタイムマシンの存在を知った二人。意味不明の文字が記されたノートとタイムマシンを調査した結果、啓子の父が現れたと思しき昭和9年へのタイムトラベルを二人は計画するのですが――

 しかし思わぬトラブルから一人で昭和7年にタイムトラベルしてしまい、さらにタイムマシンに置いて行かれてしまった俊夫。幸いタイムマシンの中の古い紙幣を手にしていた俊夫は、人の良い鳶の親方一家に居候し、先生が現れるのを待つのですが、しかし思わぬ波乱が彼を待ち受けているのでありました。


 なるほど、タイムトラベルもの、タイムマシンものの定番の一つは、思わぬトラブルで過去の時代に置き去りとなった主人公が、何とかしてタイムマシンを取り戻し、元の時代に帰ろうとするという物語でしょう。
 未来を知る主人公が、その知識を活かして過去の世界で活躍し、未来に帰るべく悪戦苦闘するも……という本作は、まさにその定番そのもの、というより1965年という発表時期を考えれば、少なくとも日本においては本作がその鼻祖と言えるのかもしれません。

 果たして俊夫は元の時代に帰ることが、啓子と再会することができるのか――俊夫を襲うトラブルの数々と、タイムトラベルに隠された謎が絡み合い、そして物語を構成する全ての要素がかっちりと繋がりあった末に浮かび上がる驚愕の真実! と、タイムトラベルもののお手本のような作品なのです。


 しかしこのブログ的な視点で述べさせていただければ、本作の素晴らしさは、そうしたSFの妙味だけでなく、一種の「時代もの」としての完成度の高さにもあります。そう、本作の主な舞台となる昭和7、8年の世界を、本作は丹念に、そしてある意味独自の観点で描き出すのです。

 昭和7、8年といえば上海事変の勃発、満州国の樹立、五・一五事件に日本の国連脱退と、日本があの戦争になだれ込んでいく時期にあたります。当然と言うべきか、フィクションの世界においても暗いムードで描かれることの多い時期であります。

 しかし本作は基本的に異なるスタンスを取ります。それらを遠景に置きつつもここで描かれるのは、そんな未来を知らず、現在を謳歌する人々の明るくも逞しい姿なのです。
 オリンピックに胸躍らせる人々、普及し始めた乗用車やラジオといったテクノロジー、猥雑なパワーに溢れる銀座などの繁華街……それらの姿を、本作は丹念な考証と往時への愛情を込めて描き出すのです。

 そこから生まれるリアリティが、SFとしての本作を支えていることは言うまでもありません。しかしそれだけでなく、ここで描き出されるのは、いつの時代も変わらない人間の営み、人間のバイタリティであり、その人間たちの繋がりこそが我々の歴史を繋いできたと、本作は語るようにすら感じられるのです。

 しかし同時に、時間の流れ、歴史のうねりの前でのこうした人間一人一人の存在のちっぽけさをも、本作は描き出します。タイムトラベルの存在を通じてだけでなく、遠景にあったあの戦争が人々を飲み込んでいく瞬間を以て――
 これはいささか考えすぎかもしれませんが、本作が一種のノスタルジーだけで構成された物語ではないことは、物語後半で俊夫が辿る運命を見ればわかるでしょう。


 個人的にはラストの大どんでん返しは本当に必要だったのかなあと思わなくもありません(他の要素がある意味必然だったのに対し、あれのみは偶然の産物ということもあり)。
 しかし、SFとして、一種の時代ものとして、本作が歴史の中の人間の姿を浮き彫りにした名作である……それはもちろん、間違いのないことであります。


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2016.12.09

『仮面の忍者赤影』 第51話「決戦魔風忍群」

 雷丸に囚われたまま陽炎に続き、ジジゴラに青影までもが捕らえられてしまった。赤影たちの助けを待つ二人は、これまでの魔風忍群や怪忍獣との戦いを思い出していた……

 根来篇に続き、この魔風篇もラスト一話前は総集編。囚われの身となった陽炎が影の里が滅びていく過程と自分を巡る戦いの数々を、そして青影が姉を助けだすための怪忍獣たちとの戦いを思い出すという趣向であります。

 今回描かれるのは以下のシーンであります。
・魔風忍群とグロンによる影の里襲撃
・陽炎たちの脱出と影館の大爆発
・ギロズンに襲撃される陽炎たちと陽炎の身体検査
・闇の黒蔵が化けたニセ赤影との対決
・ガガラ出現と口無水乃の死
・ガガラ対ザバミと足切主水の最期
・バビランとの対決
・ジジゴラに攫われる青影

 登場忍者は夜目蟲斎、血汐将監、闇の黒蔵、口無水乃、足切主水、花粉道伯そして雲間猿彦……というわけで今回も怪忍獣中心のセレクトであります。
 一応猿彦も登場はするのですが、ほとんど顔見せ的な扱い。この魔風篇の一つの柱であった彼の葛藤、犬彦との対峙はさすがに短い時間で描けないということかと思いますが、少々残念ではあります。
(ちなみに今回の編集では、足切主水がザバミもろともガガラに敗れたような描写なのが楽しい)


 さて、根来篇同様、こちらも最終回一話前に魔風篇を振り返ってみれば、やはり怪忍獣の活躍が印象に残るとはいえ、物語の方向性としては全く異なっていたというのが(当たり前といえば当たり前かもしれませんが)正直な印象であります。

 以前にも触れましたが、根来篇が武将同士の争いに雇われる形でそれぞれの忍者集団が戦いを繰り広げたとすれば、今回の魔風篇は、純粋に忍者集団同士の争い。これまで赤影たちの雇い主として登場した織田家の人間は全く登場せず、影一族同士の生存のための戦いが描かれることとなります。

 その点では、ある意味もっとも歴史との接点が少ないパートと言うことができますが――まあ、特に第二部などは接点とはいっても本当に申し訳程度だったわけですが――もちろんそれで物語がつまらなくなるかといえばそういうことはありません。
 陽炎と黄金の仮面争奪戦という比較的シンプルな筋立ての中で、忍者と忍者、忍者と怪忍獣の、余人(武士)を交えぬことで純度の高い戦いを描いてみせたのには、また別の面白さがあります。

 そしてその面白さの一翼を担っていたのが、敵の首魁たる魔風雷丸であることは間違いありません。
 歌舞伎的なメイクでコミカルな(そして時に飛ばしすぎて意味不明な)オーバーアクトというのは、悪い意味で子供番組の悪役的になりかねませんが、そこに妙な存在感を与えた汐路章の怪演はもちろんのこと、意外にもクレバーな立ち回りが独特の存在感を与えていたと感じます。

 これまでの忍群の首魁が、野望とカリスマで部下を率いてきたのに対し、それに加えて妙な愛嬌と凶暴性、そして悪辣さと冷酷さ(部下の家族を人質に取る、というのは悪の組織にはまま見られる描写ですが、それが制度化されているというのは凄まじい)を持つ彼の姿からは、妙なリアリティが感じられます。

 というよりその存在と立ち振る舞いは、戦国時代の混沌から生まれた戦国武将たち(というよりその原型である室町後期の下克上から生まれた者たち)のネガの姿を思わせる、というのはさすがに考えすぎかもしれませんが――


 第二部以来久々に超科学(という名の手抜き)描写があったり、やはり雷丸と一部の配下のやり取りにはやり過ぎ感があったりと、色々と頭を抱える部分もあった魔風篇ですが、残すところはあと一話。
 最後の最後にまた頭を抱えるような気もしますが、何はともあれ長きに渡ってきた赤影最後の戦いを楽しみにしておきましょう。


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2016.12.08

松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と

 天下に挑む真田幸村と勇士たちの戦いを描いてきたシリーズ第5弾の舞台となるのは、サブタイトルのとおり九度山。関ヶ原で西軍が敗れ、守るべき地を奪われて九度山に幽閉されることとなった幸村の胸に去来するものは……そして幸村の前に、もう一人の勇士(?)が姿を現すこととなります。

 上田城の戦ではさんざんに徳川の本隊を翻弄し、結果として家康の天下取りを阻んでみせた幸村。しかしその直後に行われたもう一つの合戦……ついに現世に復活した百地三太夫との対決には完全な敗北を喫した幸村は、失意のままに九度山に流刑となるのでした。

 というわけで、三太夫との決戦を描いた第一章を除けば、本作の物語は、ほとんど九度山において展開することとなります。
 関ヶ原から大坂の陣に至るまでの十数年間を九度山で過ごすこととなった幸村。この期間、ほとんど外界から隔離されることとなった彼には、少なくとも史実の上では、父・昌幸の死を除けばさしたる出来事もなく、語るべきこともほとんどないように見えますが――

 しかし本作ではその一種空白の日々を送る幸村の姿を描き出します。淡々と容赦なく、もの悲しくもどこか美しく。


 本シリーズ独自の概念として描かれてきた、「真田」と「天下」の対峙。それは言い換えれば、真田が依って立つ故地、武士が守り受け継ぐべき「一所」と、それを否定し均質化した末の概念ともいうべき「天下」の対決であったと言えます。
 それ故に「天下分け目」の関ヶ原ではなく、あくまでも真田の一所たる信州上田に籠もった幸村ですが……その結果、彼は守るべき「一所」を失ったのであります。

 己を己たらしめる一所を失い、さりとて天下に身を寄せることもできず、いわば幽閉されながらもさすらい人となった幸村。そんな彼の姿を、本作はあるキャラクターを通じて描き出します。
 それは由利鎌之助……後世に言う真田十勇士の一人、そして本シリーズにおいては最後にその名が登場した勇士となります。

 その名が、と書いたのは、彼の姿自体は以前に登場していたからにほかなりません。かつて三成が家康暗殺を狙った際に才蔵の前に現れて死闘を繰り広げた鎌使いの少年……それが彼だったのです。
 今また、徳川の刺客として幸村の前に現れた少年。彼は名前もなければ記憶も感情もない、そして成長もなく年をとることもない、永遠の少年……ただその刹那に鎖鎌を振るい、殺戮を繰り返すのみの存在だったのです。
(そして終盤で語られるその正体には、全てが周到に張り巡らされた伏線として機能する本シリーズの凄みを再確認させられます)

 しかしその少年の中に幽かな人間性を認め――あるいは期待して――「由利鎌之助」の名を与え、家族として遇する幸村。そしてその幸村と鎌之助は、奇妙な相似形を描くように感じられるのです。

 もちろん、姿形は人であれど、その内面は常人とは遙かに異なる異形とも言うべき鎌之助と幸村は、全く異なる存在ではあります。
 しかし名前も記憶も持たない、すなわち過去も未来もなく、ただその瞬間にここに在るしかない鎌之助。それに対して一所を奪われてただ九度山で朽ち果てるしかない幸村。この二人にどれほどの違いがあるのか? 

 ともに寄る辺をもたず、それでいて終生一箇所にに囚われたさすらい人として、彼らは等しい存在なのではないか……本作はそれを容赦なく描き出すのです。


 しかし本作は同時に彼らの姿を通じ、小さな疑問を描き出します。人間の守るべきものは本当に「一所」のみであったのか。そしてそれを持たぬ者・失った者は、本当にこの世において寄る辺ない存在なのか……と。

 その答えを握るのは、彼らの周りに集った人々――勇士たちであります。
 一人一人が寄る辺を失い、一度は人たることを否定されてきた勇士たち。そんな彼らが今なお幸村の下に在るのは何故か。そして殺戮機械ともいうべき鎌之助が、幸村らとの暮らしの中で静謐を保っているのは何故なのか。

 今は幽かにしか見えないその答えこそは、おそらくは家康による、そして三太夫による「天下」が始まろうとする今、最後の希望となるのではないでしょうか。
 しかし最後の決戦はもはや目前。果たしてそれまでに彼らがそれを知ることはできるのか――


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九度山小景―真田十勇士5


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 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦

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2016.12.07

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇

 家族の仇を討ち、妹を救うために鬼との孤独な戦いを続けてきた炭治郎。ついに仲間が登場と思いきや、これが相当の珍キャラだった上に、さらにもう一人、この巻ではこれまた大いに変な奴が登場することになります。何はともあれ三人パーティとなった彼らの次なる敵は、しかし桁違いの力を持つ存在で――

 鬼たちが潜み、鼓の音とともに姿を変える不気味な閉鎖空間と化した屋敷に、超絶ヘタレの同期・我妻善逸とともに挑み、何とか強敵を打ち倒した炭治郎。しかし外で待っていたのは、途中ではぐれた善逸が謎の猪の頭を被った男にボコボコにされている姿でした。
 禰豆子の入った箱を守って殴られまくった善逸に代わり、猪男に挑む炭治郎。しかし相手の正体は、彼らと同期の鬼殺隊士……最終試練の場には誰よりも早く来て誰よりも早く帰ったという凄い理由で今まで顔を見せていなかった、五人目の合格者――嘴平伊之助でありました。

 猪突猛進という言葉を人間にしたような伊之助を、独特の天然すぎる包容力で受け止めてしまった炭治郎。なんだかんだで行動を共にすることとなった三人に下った次の指令は、那田蜘蛛山に急行することでしたが、しかしそこでは先輩隊士たちを次々と毒牙にかける、恐るべき鬼たちの姿が――


 というわけで仲間と言ってよいものか色々と不安ではあるものの、新たな面子が加わった今回。

 前巻で登場した善逸は、超へたれで利己的で、しかし根っ子の部分では弱い者を守ろうとする気持ちが強いという(そして意識を失うと真の実力を発揮するという)実に面白いキャラクターでありました。
 今回登場した伊之助は、猪の頭をかぶった上半身裸の男という一歩間違えればホラー映画の殺人鬼的ビジュアルながら、言動はいわゆるバトルマニア(というより極度の単純○○)、しかして素顔は美少年という、これまた実に尖った造形のキャラです。

 これは炭治郎もそうした点が多分にありますが、少年漫画然としたところから意図的に尖らせた、あるいは歪ませた彼らのキャラクター造形は、同様の方向性を持つ物語と相まって、本作ならではの不思議な味わいを――生々しさを独特の間のコミカルさでくるんだものを生み出していると感じられます。

 この巻でもそうですが、描かれている内容は相当に血生臭く容赦ないものでありつつも、不思議に不快感を感じさせないのは、この独特の味付けによるものでしょう。
 そしてその上で、炭治郎の鬼に対しても見せる優しさ、善逸の中に眠る強さ、伊之助のホワホワ(?)と、彼らの中の善き部分、あるいはその成長が描かれるのが、なかなか気持ちがよいところであります。


 もっとも正直なところ、毎回指令が来て鬼退治点という展開は、炭治郎にとっては鬼の血集めという目的に沿ってはいるものの、こちらにとっては物語全体の方向性というものが見えないのが、いささか歯がゆいところではあります。
 どのようにこの先手札を切っていくかは、作者の中では決まっているのだとは思いますが――

 何はともあれ、強敵との対決は半ばで終わったこの巻。炭治郎たち三人がこの先どのように戦いの中で成長していくのか、そして物語の冒頭以来久々に登場した鬼殺隊の「柱」――冨岡義勇の力はいかほどのものなのか。
 久方ぶりに少年漫画の楽しさを味わっているところなのであります。


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2016.12.06

三好輝『憂国のモリアーティ』第1巻 悪を倒すための悪、モリアーティ!?

 「モリアーティ」といえば、言うまでもなくシャーロック・ホームズのライバル。犯罪界のナポレオンと呼ばれ、聖典はもちろんのこと、様々なパスティーシュでホームズと死闘を繰り広げてきた相手ですが……そのモリアーティを、階級社会を憎む一種の革命家として描くピカレスク物語であります。

 病がちな弟のルイスと二人、モリアーティ伯爵家の養子となった主人公。しかし彼を迎え入れた長男のアルバート以外、彼の両親と弟のウィリアムをはじめとする人々は、世間体のみを気にし、陰では事ある毎に二人を虐待する毎日でありました。
 しかし、極めて優れた知性を持ち、大英帝国を貫く階級制度を悪と断じてこれを打破しようとする主人公に共鳴したアルバートは、彼と共謀して自分たち以外の家族を殺害してモリアーティ家を継ぎ、主人公はウィリアムの名を手に入れることとなります。

 かくて腐敗した社会を変えるべく動き出した三人のジェームズ・モリアーティ。ウィリアムはダラム大学で若くして教鞭を執る傍ら、「悪」に罰を与える犯罪相談役として、仲間たちを率いて動き出すことに――


 というわけで、本作は「ホームズの敵役」(ちなみに冒頭は(おそらく)ライヘンバッハでの決闘シーン)というモリアーティのイメージを根底から覆す作品であります。
 自らは手を汚すことなく人間を動かし、様々な「悪」を為す。その部分は踏まえつつも本作のモリアーティの行動原理は、より大きな「悪」――命に優劣をつけ差別を生む階級制度を打ち砕くためだというのですから!

 有名な悪人キャラが、実は伝えられるような人物ではなく、何らかの理由により実像がねじ曲げられたものだった……というのは時代伝奇ものではしばしばあるスタイルですが、しかしまさかこのキャラが、と思わされた時点で、この作品はある程度成功しているのでしょう。

 それもモリアーティが三人兄弟であったり、「ジェームズ・モリアーティ」と復姓である点や主人公の勤務先、もちろんモランやポーロックといった配下の存在まで、聖典から拾える要素を丹念に拾い上げ、目先の意外さのみに頼ったわけではない点に好感が持てます。


 が、その一方でモリアーティの言動にあまり魅力を感じられないのは、(少なくともこの第1巻の時点では)彼の行動が、厳しい言い方をすれば単なる仕事人レベルに見えてしまう点であります。

 大きな悪を倒すために自らも悪になるというのは良いのですが、その過程でやっていることはあくまでも悪人――それもかなり俗物の、自分の行動を得意がってベラベラと喋ってしまう手合いの――退治レベルに留まっているのが現状。
 それなりに黒いところは窺わせるものの、現時点ではモリアーティがちょっとダーティな正義の味方、一種の自警団に見えてしまうのは、何とも勿体なく感じられます。

 もちろんそれこそが狙い、本作のモリアーティはそういうキャラだ、というのであればそれはそれでありかと思いますが、モリアーティというビッグネームを用いるのであれば、もっと踏み込んだ「悪」の姿を見せてほしい……そう感じます。


 そこで気になるのは、彼のライバルとなることが運命づけられているホームズの存在であります。モリアーティが悪を倒すための悪であるとすれば、果たしてホームズは何者なのか?
 単純にモリアーティの敵=貴族の味方となるのか、あるいはモリアーティの思想とは異なる形で悪を倒そうとする存在なのか。はたまた単なる愉快犯的探偵なのか――

 一つだけ言えるのは、モリアーティの目指す悪の何たるかを客観的に評価することができるのは、ホームズの存在あってこそであろうということ。
 第1巻の時点から先々のことを言うのも恐縮ですが、ホームズの前で彼の悪がどのような形で意義付けられるか……それが楽しみに感じられます。


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2016.12.05

風野真知雄『女が、さむらい 置きざり国広』 大混迷の村正争奪戦

 北辰一刀流の筆頭の女剣士・秋月七緒と、毒で足の自由を失い刀鑑定屋となった御庭番・猫神創四郎が、村正をはじめとする刀剣にまつわる怪事件に挑む連作シリーズの第3弾であります。村正を巡る幕府の不穏な動きが高まる中、天空に巨大な星が……ってどこまで行くのかこのシリーズ!?

 江戸に散らばり、様々な者の手を転々として事件を引き起こす三本の村正――月光村正、ねずみ村正、淫ら村正。
 任務で各藩で秘蔵されている村正の調査する中で、月光村正を手に入れた創四郎は、何者かに毒を盛られ、瀕死となったところを偶然七緒に救われ、市井に身を隠して刀の鑑定屋・猫神堂を開くことになります。

 しかしそこに持ち込まれるのは曰くありげな……というよりよくわからない不思議な事件がつきまとう刀剣ばかり。創四郎に惹かれるようになった七緒は、彼を助け、共に事件探索に乗り出して――


 という基本スタイルが前作までで完成した本作ですが、今回も「あの世の長光」「穴の開いた名刀」「置きざり国広」「鈍刀の風格」「微笑み宗近」と全5話、作者お得意のライトなミステリタッチで物語が展開していきます。

 時折あの世に消えるという剣士、刀身に穴が空けられた刀、下駄屋の店先に置き去りにされた名刀……などなど、ある意味「日常の謎」的な形で展開される謎の数々は、どれも個性的。
 もっとも、正直なところ今回もエピソードごとの完成度は大きく差があるのですが、「穴の開いた名刀」の真相など、いかにも作者らしい軽みと暖かみ、人間心理の襞が描かれて味わい深いものがあります。


 そしてその一方で大きく展開したのが、本シリーズの縦糸ともいうべき村正にまつわる事件であります。

 数ある村正の中でも特別な意味を持つと思われる三本の村正を巡って集ったのは、七緒と創四郎だけでなく、尾張徳川家の若さまとその剣の師、悪党狩りに憑かれた女剣士、武器マニアのイケメン音曲師、四十七人斬りの過去を持つ尼姫……と個性的過ぎる面子。
 しかも前作ではそこになんとなんと、時の将軍・徳川家慶が参戦、「そうせい様」と揶揄されたほどの無気力人間であったはずが、突然剣の達人に変貌し、御庭番の体制を一新して村正狩りを始めるのですから驚かされるどころではありません。

 果たして家慶の変貌は何を意味するのか……それと繋がりがありそうなのは、今回のクライマックスに登場する彗星の存在。天空を不気味な色に染め、江戸湾に落下したその彗星を家慶が求めるのは何故か? そして物語開始から遡ること十数年前にももう一つの彗星が――

 と、男よりも女の方が強くなりつつある時代、という本作独自の設定にまで繋がってくるのか、いやむしろこれは『死霊大名』では……と、意表を突いた物語世界の広がりに驚いたり歓喜したりなのであります。


 文庫書き下ろし時代小説のフォーマットをきっちりと守りつつ、伝奇精神に溢れた作品を(もちろん全てではないものの)発表してきた作者だけに、この作品がどこに行き着くのか、何を描き出すのかに期待は膨らむ一方なのです。


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2016.12.04

シミルボンにレビューを投稿していました

 実はこの数ヶ月間、本のレビューやコラムの投稿サイト「シミルボン」に、レビューを投稿していました。今年の5月にも投稿していたのですが、今回は三ヶ月弱の比較的長期にわたり投稿させていただきました。と言っても内容的には新規ではなく、このブログに以前投稿した記事の再録という形になります。

 このシミルボンというサイトの紹介文を引用すれば、「ユーザーの皆さまが “いい本”を互いに教えあったり、好みの“読書人”に出合ったりすることのできる、プラットフォームです。」とのことで、つまりは口コミサイトということになるでしょうか。
 こうした本の口コミサイトは、以前から幾つもありましたが、私がシミルボンを面白いと思ったのは、その形式がかなり改まったものであったからと言いましょうか……冒頭にレビューやコラムと書いたように、単純な投稿よりもある程度かっちりした、投稿者の顔がわかるようなシステムであった点です。

 このブログはこのブログでもちろんそれなりにかっちりとしたもののつもりですが、あくまでも個人ブログとして、気安さというか、良くも悪くも自由度があります。それに対して、投稿者が皆同じ形で投稿するシミルボンに記事を投稿してみるのもよい刺激になるのではないか……と思ったのです。
 幸い、このブログからの再録でもOKとのことでしたので、宣伝になるかと思い(まァこちらの方が大きな理由ですが)、投稿してみた次第です。

 ただもちろん漫然と再録しても私もご覧になる方も面白くない。再録するのであれば、その価値がある作品を、そしてそれなりに自分でも少しはまともに書けたかな……という記事を再録することにしたのですが、しかしこれが実は大変でした。
 何しろ読み返してみれば、その時はいいことを書いたつもりでも、誤字脱字が多かったり、論旨一貫してなかったりともうガタガタ。こんなものをそのままコピペしたらいい物笑いだ、と青くなって、自分の文章を読み返して、かなり手を入れる羽目になりました。

 上で述べたようにやはり個人ブログゆえの気安さ、油断があったということでしょうか、これまでこんな文章を読まされてきた方々には大変申し訳ないと頭を下げつつ、改訂版として投稿しました。
 そこまで言うのであればブログの方も修正した方が良さそうですが、これはもう、自戒を込めて残すこととさせていただきました。(ただ一つ、明らかに元の作品に対する事実誤認、大きなネタバレがあった記事については、ブログの方も修正しています。作品タイトルの方はご勘弁を……)


 と、こちらの事情の話ばかりになってしまい恐縮ですが、やはり他の読者の方々、それも少なからずプロの方がいる場にレビューを投稿するのはよい勉強になりました。まあ普段が普段だからして読む方を選ぶ記事ばかりになってしまったのは、まあこれはもう仕方ない。
 何はともあれ、また機会があればレビューを投稿(再録)したいと思っておりますので、その際はご笑覧いただければと思います。少なくともその時には、最初の版よりはマシなものになっているかと思いますので――



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2016.12.03

『仮面の忍者赤影』 第50話「とかげ忍獣じじごら」

 カラスの群れに異変を感じ向かった先で樹から吊された百姓・半助を見つけた赤影たち。魔風から逃れた仲間がいると聞いた赤影は青影を囮に残し、半助の案内で天狗山に向かう。しかし半助の正体は、魔風の不動金剛丸だった。辛うじて金剛丸を退けた赤影たちだが、その前に巨大な影が出現する……

 気がつけばもう残り3話ですが、相変わらず陽炎が連れ去られた敵の本拠はわからぬ状態の赤影たち。と、空を覆うカラスの群れに異変を感じた赤影たちが森の中に向かってみれば、そこには高い木に吊された男の姿がありました。死体かと思って降ろしてみればまだ息のあった男は近隣の百姓・半助。魔風に攫われて強制労働していたところを仲間たちと逃げ出したのですが、自分のみ捕らえられて吊されていたと彼は語ります。
 と、そこで何かを察した赤影と白影が周囲の木々に攻撃を仕掛ければ、木から激しく吹き出す赤い血潮! 青影が目を丸くして見つめる中、周囲の木は全て魔風の下忍に変わるのでした。さらに鉄砲隊が周囲から銃撃してくる中、赤影たちはとりあえず爆発を起こしてそれに紛れて消えます。

 さて、半助から仲間たちが天狗山の洞穴にいると聞かされ、そちらに向かうこととした赤影。筏で川を行く一行ですが、そこにジョーズの背びれの如く水面に突きだした白刃が迫ります。気付いた時には次々と筏の丸太を束ねる綱を切っていく白刃。赤影たちが水中に攻撃を仕掛ければ、水面を赤く染めて浮かび上がる下忍たちの死体……。しかし既にバラバラになった筏を放棄して、一行は大ジャンプで岸に飛び移ります。
 それにしてもうち続く魔風の攻撃。一計を案じた赤影は、青影に後を任せると(本当に軽く任せるのが逆にイイ)、自分たちは天狗山を目指します。一人残った青影は、三人分の藁人形をこしらえると、焚き火を囲む態を装いますが……しばらくは下忍の目をくらましたものの、やはり青影一人がちょこまか動いているのはどう見ても怪しく、下忍の襲撃を受けてしまいます。それを軽々と躱した青影ですが、その前に巨大な影が――

 一方、無事に天狗山の洞穴に到着した赤影たちですが、人の気配が感じられません。それでも中に入ってみれば、そこにも下忍たちが待ち伏せていたではありませんか。撃退して表に飛び出した赤影と白影を待ち構えていたのは半助……いや、魔風十三忍が一人・不動金剛丸! 高みに立ち、二本の野太刀(の鞘という中途半端な場所)から光線を放つ忍法地雷火陣で周囲は大爆発、影一文字で大ジャンプした赤影にも空中で光線が直撃、地上の白影も爆発に飲み込まれます。
 えらく芝居がかった所作と台詞で地上を見回し、勝利を確信する金剛丸。しかしそこに何故か地蔵に化けた(忍法石仏?)赤影参上! 白影ももちろん健在で、二人の攻撃の前に、あっさりと金剛丸は沈むのでした。

 が、突如そこに現れる巨大な影。巨大な一本角と一つ目の怪忍獣ジジゴラであります。ここでなんか唐突な感じで弱点を探ろうと仮面を透視モードに変える赤影ですが……ジジゴラの胃の中には青影の姿が。さしもの赤影も、手出しできずに焦りの表情を浮かべます。
 さらに腕の皮膜で宙を飛びながら、ジジゴラが一眼から破壊光線を連打。追い詰められた赤影たちの耳に響くのは、瀕死の金剛丸の叫び……陽炎と青影を助けたければ地獄谷へ来いというメッセージを残し、金剛丸は爆死するのでした。

 そしてその地獄谷では、柱に縛り付けられた陽炎を満足げに見やる、黄金の仮面姿の雷丸の姿が……


 これまでもそうでしたが、二段三段構えのトラップが印象に残る今回の魔風の攻撃。赤影たちを油断させるため、半死半生でぶら下がっていたこ金剛丸のガッツには脱帽です。
 その金剛丸、ダブル野太刀をひっさげた毛皮のベストというえらくワイルドで格好良い姿だったのですが、意外とあっさり倒されたのは残念でした。


今回の怪忍者
不動金剛丸

 二本の野太刀を武器とする巨漢。太刀の鞘などから放たれる破壊光線・地雷火陣が最大の武器。魔風から逃れてきた百姓に化けて赤影たちを誘導、幾度も下忍たちの罠に誘いこんだが、全て突破された末に自らも敗れ、地獄谷に来いと言い残して死亡する。

今回の怪忍獣
ジジゴラ

 巨大な一本角と一つ目、脇の下の皮膜が特徴的な怪忍獣。皮膜で自在に空を飛び、目からリング状の破壊光線を放つ。単独行動をとっていた青影を捕らえたその正体は……?


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2016.12.02

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第1巻 開幕、逆手の忍びの一大アクション

 「もののけ」ならぬ「もののて」の噂が飛び交う江戸時代の中山道街道筋を皮切りに展開する、何ともユニークな忍者漫画の第1巻であります。旅の少女が出会った長袖の青年の正体とは……(物語の展開に触れることになりますのでご注意下さい)

 襲われた者の身に、巨大な爪の跡を残すと恐れられる「もののて」。医者を目指して諸国を見聞中の少女・おこたは、中山道を旅する中でその怪物の噂を耳にします。
 その彼女がある宿場で目にしたのは、土地の悪党どもに雇われ、容赦なく借金の取り立てを行う長袖の青年・皆焼。その態度に反感を抱いたおこたですが、そこで長袖に隠されていた彼の手を目にすることになります。何とその手は右と左が逆……右腕に左手が、左腕に右手が、それぞれ外側を向いてついていたのであります。

 そしてその晩泊まっていた宿が悪党たちに襲われ、囚われの身となったおこたは、彼らの根城で皆焼に再会することとなります。
 周囲の人間からは異形と忌避され、恐れられる皆焼の逆手。しかしその手を恐れるどころか好きだと言うおこたに心を動かされた皆焼は――


 という第1話の本作、核心に触れてしまえば皆焼の正体こそは「もののて」……正確にはもののてと恐れられる人間。その逆手に幾本もの刃を手にした彼は、通常の剣術の理法などは一切無視した、五体すべてを用いた攻撃を操る忍だったのであります。
(その何本もの刃の攻撃の跡が、獣の爪のように見えるというのが面白い)

 街道沿いの賊を内偵するという任務を受けていた皆焼はおこたの依頼に応えて賊を鎮圧、依頼の費用返済のために彼と行動を共にする羽目になった彼女とともに、街道の行く先々で騒動を引き起こす……というのが、この第1巻の主な物語であります。


 そんな本作の最大の特徴は、言うまでもなく、本作のタイトルでもある皆焼の逆手。その異形が行く先々で人々から差別され、嫌悪されるというのは、いささか危険球で、なかなかに思い切った設定だとは思いますが……それはともかく、ビジュアル的なインパクトは満点。
 見慣れたものが逆についているというのはそれだけで強烈な印象を与えるものだ、ということを今更ながらに知りましたが(作画もかなり大変なのでは……)、もちろんインパクトだけではありません。

 上に述べたとおり、常識離れした剣術(と果たして呼んでよいものか?)を操る皆焼。なるほど、通常の剣術使いが左利きの相手と対峙するだけでも相当苦労すると聞いたことがありますが、これはその比ではありません。
 そしてそんな腕から繰り出される常識外れのアクションが実に面白い。剣を剣とも思わぬその技は、その逆手によるものだけでなく、忍のそれとしてある種の説得力と意外性を持っていますし、何よりも絵として漫画として、実に映えるのであります。

 また、そんな皆焼の逆手をおこたのみが美しいと感じ、それが二人を結ぶ絆となるというのは、これはお約束かもしれませんが、やはり美しい設定でしょう。
 第三話のラスト、戦いを終えて疲れ果てた皆焼に膝枕をしたおこたが、そっと皆焼の手と指を絡め合う場面は、本作ならではの無上の美しさがある……というのはいささか大げさかもしれませんが、この第1巻で一番こちらの胸を打ったことは間違いありません。


 もちろん、これはある程度意図的なものかと思いますし、野暮を承知で申し上げれば、考証的には非常にアバウトであります。また、現代の用語が色々と使われていることには(考証云々よりも純粋に滑っている感があって)やはり違和感はあります。
 こうした点はあるものの、むしろ本作の場合は、上に述べたような長所を伸ばしていくうことこそが重要な作品でしょう。

 第1巻で描かれた物語はおそらく序章、終盤で登場した皆焼の職場、彼の仲間たちがこれからどのように彼に、おこたに絡んでいくことになるのか。忍者アクションとしてはこれからが本番なのでしょうから――


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2016.12.01

鳴海丈『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 怪異に負けぬ捕物帖を目指して

 「おえんちゃん」こと妖怪・煙羅に守られたあやかし小町・お光と、北町奉行所の熱血同心・和泉京之介のカップルが怪奇の事件に挑む連作シリーズも本書で第三弾。謎解きありあやかしとの対決ありと、三つの事件が描かれることになります。

 と、いきなりあとがきの話で恐縮ですが、本シリーズは(というより作者の作品の多くは)文庫書き下ろし時代小説には珍しく、あとがきが収録されています。
 本シリーズでは企画の原点やモチーフになっている作品など、興味深い内容が多いのですが、本書はそこで「変身人間三部作」に言及されているのに驚かされます。

 変身人間三部作とは、60年ほど前に東宝が製作したSF映画……『美女と液体人間』『電送人間』『ガス人間第一号』の三作品。
 この三作の特徴とは、いずれも科学技術によって超常的な能力を得た存在を描きつつも、あくまでもそこで展開されるのは「人間」の犯罪ドラマであり、それ自体に魅力があること……というのは作者の言ですが、確かに三部作で描かれるのは、麻薬密売・連続殺人・銀行強盗と、ある意味実に人間的な犯罪の数々でした。

 そしてこの三部作、特に『液体人間』のように、それ自体が一級の犯罪ドラマとして成立している……この「あやかし小町」シリーズも、そのような作品でありたいと、作者は宣言しているのであります。
 実際のところ、本作の第1話であり、表題作である『廻り地蔵』は、その狙いを体現した作品と感じます。


 ある晩発見された、厨子を背負った男の死体。探索に当たることとなった京之介は、その場から立ち去った男を押さえたものの、殺人犯は別にいることを知ります。
 一方、ある小間物屋で、店の人間全員が食事の際に何らかの毒に当たり、特に主人が人事不省の重体に陥るという事件が発生。さらに、別の店では主人の孫が誘拐されるという事件までもが起きるのでした。

 お光の目撃から、誘拐事件を起こしたのが最初の殺人の下手人と同じ男であることが判明するのですが、果たして連続する3つの事件に共通点はあるのか。最初の事件の厨子に手がかりがあると睨む京之介ですが――

 と、入り組んだ内容の本作ですが、事件の展開といい描かれる人間模様といい、そして明かされる真相の意外性といい、捕物帖としてかなりの水準にあると感じさせられます。
 バイオレンスやエロスという印象の強い作者ですが、しかし決してそれだけではなく、時に極めて王道の、ミステリ色の強い作品を手がけていることは作者のファンであればご存じかと思いますが、本作はまさにそれと言えるでしょう。

 そしてまた、本作はいわゆる「あやかし」色がかなり薄い作品でもあります。お光も要所要所で活躍するものの、あくまでも中心となるのは京之介であり、そして描かれるのは人間の、人間による事件……作者の狙いを体現した作品と呼んだ所以であります。

 もっとも、このあやかし色の薄さも難しいところで、あまり薄いと本シリーズで描く必然性が……となってしまいます。正直なところ本作にもその印象はあり、さじ加減の難しさを感じさせられるところですが、まずはその意気やよし、と言いたいのです。


 そして第2話『紅蝙蝠』では、行き止まりに追い込まれても煙のように消えてしまう怪盗・紅蝙蝠の謎を京之介たちが追うという(どこか『怪奇大作戦』味もある)内容。
 続く第3話『死神娘』は、周囲で常識では考えられないような頻度で人々が死んでいくことから死神娘と噂される豪商の娘にまつわる意外な真実が描かれることとなります。

 どちらの作品も、第三の主人公と言うべき男装の娘陰陽師・長谷部透流が登場、第1話とは逆にあやかし度高めの内容ですが、しかしその根底にあるのは、あくまでも「人間」が起こした事件という点において、変わるところはありません。
(特に第3話のある意味豪快すぎる真相は、人間とあやかしが入り乱れる本作ならではの意外性で必見)


 もっとも、第1話のところで述べたように、まだバランスが難しい点はあります。また、タイトルロールたるお光の存在感が、本書では少々軽い――人間相手では京之介が、あやかし相手では透流が前面に出てしまうため――きらいはあります。

 そうした点はあるものの、作者の志は確かに感じられる本書。その志が目指すようにシリーズの車の両輪たる人間とあやかし、二つの要素がいつか完璧に噛み合えば――そこには素晴らしい傑作が生まれることでしょう。


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あやかし小町 大江戸怪異事件帳 廻り地蔵 (廣済堂文庫)


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