伊吹亜門『監獄舎の殺人』 新進気鋭が描く時代ミステリの名品
第12回ミステリーズ! 新人賞受賞を受賞した時代ミステリの名品であります。明治5年、京都の監獄舎で起きた殺人――その日の夕刻には斬首が決まっていた死刑囚が毒殺されるという不可解な事件に、江藤新平の懐刀が挑むことになります。
元奇兵隊士として幕末の動乱期に活躍し、明治に至って下野、不平士族を糾合したものの鎮圧された男・平針六五。
尋問にも頑として口を割らぬまま、事件が起きたその日の夕方には斬首されると決まった平針ですが、しかし食事を食べた直後、彼は毒殺されるのでした。それも、彼の裁判のために京を訪れていた司法少丞・鹿野と、彼を斬首することとなっていた青年・円理の眼前で。
この怪事に俄然勇み立ったのは、鹿野とともに京に来ていた司法卿・江藤新平。江藤はこれこそは平針に旧悪を暴露されることを恐れた自分の宿敵・長州閥の仕業と、その日に平針が処刑されることを唯一知らなかった長州出身の京都大参事・槇村正直こそが犯人と決めつけるのでありました。
そんな江藤の姿勢に疑問を持ち、一人調査を続ける鹿野が辿り着いた真実とは――
と、明治初期の政府内の対立を背景に展開される本作は、なるほど、短編ながらも本格ミステリの名に恥じない見事な完成度の作品。
処刑が決まっていた男がなぜ毒殺されなければならなかったのか、というホワイダニットを中核に、明治ものとして様々な要素を絡めて描かれる物語は、時代ミステリ好きにとってはたまらない内容であります。
物語を構成する要素が次々と一つに嵌まり、意外な――しかしこの時代、この設定ならではの――真実を浮かび上がらせた末、そこからさらに! という内容には、時代ミステリの魅力が凝縮されていると言って良いでしょう。
また、本作の探偵役を務める鹿野のキャラクターがいい。
尾張出身の訛りを残した短躯の男で、「京はよく降る」と言って常に西洋傘を手に行動する鹿野。司法の権化とも言うべき江藤に振り回されつつも、丹念な推論を重ねた上で真実にたどり着くその姿はなかなかの名探偵ぶりですし、何よりもクライマックスの格好良さは……と、これは読んでのお楽しみ。
そして事件の真相も、個人的にはミステリファンよりも時代小説ファンの方が先に気付くのではないか……という印象だったものが、ふふ、途中で読めたわいとニヤニヤしていたこちらをアッと驚かさせる展開となっていくのは実にお見事。
ある史実に繋がる結末にもニヤリとさせられたところです。
そしてその上で、本作の内容と、江藤のその後の運命を考えれば、何とも複雑な気持ちにならざるを得ないところもまた、心憎い限りであります。
本作は今月21日に発売される『ミステリーズ! 新人賞受賞作品集』に表題作として収録されていますが、単独でも電子書籍で発売中なのが嬉しいところ。
また、12日に発売の『ミステリーズ!』誌最新号には鹿野の過去を描いた短編が掲載されるとのことで、こちらも楽しみであります。
いや、楽しみといえば、これほどの作品を見せてくれた作者の今後の活躍こそが、何よりもその最たるものですが――
『監獄舎の殺人』(伊吹亜門 創元推理文庫) Amazon
| 固定リンク