上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!
将軍吉宗と大奥のいつ終わるとも知れぬ暗闘に巻き込まれた御広敷用人・水城聡四郎の戦いも11巻目であります。再び江戸に舞台を移しての物語はいよいよヒートアップ、吉宗の周囲に次々と迫る天英院の魔の手に、ついに吉宗が反撃を開始することに――
前作、前々作での危険だらけの京・尾張への旅から何とか帰着した聡四郎。しかしその間にも大奥を巡る情勢は変化し、没落の兆しが見え始めた天英院は、ついに恐るべき暴挙に出ることになります。
ある日突然、西の丸で倒れた吉宗の世子・長福丸(後の家重)。医師の診察により、毒が盛られた可能性があることが判明したことから、怒りに燃える吉宗は聡四郎を西の丸大奥差配に任命、大鉈を振るうことを命じます。
一方、長福丸の安否を気遣い、病の平癒祈願で、自ら寺社に参詣することを望む竹姫。しかし、天英院一派が竹姫追い落としを狙う中、江戸市中に竹姫が出るということは刺客に襲えというようなものであります。
それは承知の上で、竹姫の吉宗への想いを受け止め、そして何よりも竹姫に外の世界を見せるため、総力を挙げて竹姫の警護に臨むことを決意する聡四郎。
しかし天英院の陰湿な魔手はなおも姫に迫り、ついに怒りを爆発させた吉宗は、ある切り札を手に、聡四郎とともに天英院と直接対決に臨むことに――
巻数も二桁となり、いよいよクライマックスも近いと思われる本シリーズ。これまで比較的ゆっくりと展開してきた印象のあるシリーズですが、この巻にきてググッとペースアップしてきました。
そのためか、尾張に関する因縁など、いささかあっさりすぎる結末を迎えた印象は否めません。しかしそれが気にならないほど、この巻の盛り上がりは凄まじく、そして素晴らしいものがあります。
天英院のの命で動く(といっても一枚岩ではないのがまた面白いのですが)伊賀の郷忍、さらには伊賀者を捨て刺客人となった宿敵・藤川など、並み居る敵が次から次へと仕掛ける罠もスリリングながら、それを防ぎ、打ち砕いてみせる聡四郎たちの活躍は、これまで溜めがあった分、爽快ですらあります。
そして溜めがあったといえば吉宗であります。これまで改革の大鉈を振るいながらも、それは聡四郎の手を通してのものでした。
当たり前といえば当たり前ですが、我が子を、そして愛する女性を幾度も襲う奸計に自ら出陣……と、この辺りの展開(というか吉宗の行動)は乱暴といえば乱暴ではありますが、思わず「待ってました!」と言いたくなるほどであります。
しかし個人的に本作で最も印象に残った部分、本作ならではの魅力と感じさせられたのは、江戸の町に出ようとする竹姫を守る聡四郎の、仲間たちの想いであります。
将軍の正室、大奥の主となることも目前となった竹姫。それはこの時代の女性にあっては頂点であり、そして本シリーズはその座を巡る暗闘であったとも言えます。
しかしそれと引き換えに失われるものもあります。それは自由――彼女はもはや、城の外に出ることは能わなくなるのです。
その竹姫の、一人の少女の一時の自由を守るために戦う……それ以上に尊く、ヒロイズムを感じさせるものがあるでしょうか。
聡四郎が、玄馬が、無手斎が、袖が――いわば「チーム水城」と言うべき面々が命を賭ける姿は、こちらの胸を否応なしに熱くしてくれるのです。(そしてその想いを語る無手斎の言葉がまたイイ!)
そして終盤、天英院が一顧だにしなかった、彼女が虫けら同然に扱ってきた存在によって彼女の地位が覆される展開にも唸らされるのですが、しかし真に驚かされるのはラスト数行であります。
本作のタイトルの意味が明らかになるそこで描かれたものが、この先どのような意味を持つのか……そしてこの物語と如何に結んでみせるのか。
いささか気が早いかもしれませんが、本作を読めば、その先を期待したくもなるというものです。
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