入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)
入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎無頼控』
6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
『鞍馬天狗』の生みの親である大佛次郎とが描く、海を超えて展開する大活劇であります。
松前藩を牛耳る悪徳商人・赤崎屋に滅ぼされた大商人の遺児・銀之助。彼を救うこととなった快男児・豪傑たちは、強大な悪を相手に決死の戦いを繰り広げることになります。
そんな本作の最大の魅力は、松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に、主人公を守る人々を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在が印象に残ります。
運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿が心を熱くするのです。
(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎):志士連判状を巡り、新選組と死闘を繰り広げるご存じ鞍馬天狗と杉作少年を描く代表作 Amazon
『ゆうれい船』(大佛次郎):応仁の乱後の世界で両親を亡くした少年が海に旅立つ冒険譚 Amazon
7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく……
銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説であり、時代伝奇の楽しさが横溢した快作です。
それにしても印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。
推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。
(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄):財宝の秘密が隠された「山彦」の銀将を巡って展開する、怪人縄いたちら善魔入り乱れての争奪戦 Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄):秘境・将棋谷を巡り、さそり道人黄虫呵と怪盗・流れ星の雨太郎が対決 Amazon
9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。
鯨の腹の中から発見された異境の吸血鬼・不知火検校に囚われた若者の手記に始まり、江戸に現れ美女を狙う吸血鬼の脅威、これに挑む老碩学たちの死闘――と、内容的には『吸血鬼ドラキュラ』の忠実な翻案とも言うべき作品ですが、歌舞伎の骨寄せを取り入れるなど、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。
何よりも唸らされるのは(これはオリジナルの)結末で明かされる不知火検校の正体。初出以来幾度も復刊されてきた、まさに不滅の生命力を持つ名作です。
(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀):江戸に現れた異国の吸血鬼「さたん」に浪人・こうもり鉄太郎が決死の戦いを挑む Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史):三本の笛を巡り、美剣士・妖人・怪人たちが目まぐるしく入り乱れる争奪戦 Amazon
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
古典ジャンルの中で唯一戦後の作品――古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描くシリーズ第一作です。
異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという呪われた出自を背負う異貌の剣士・眠狂四郎。
男は斬り女は犯す狂四郎が、様々な事件に巻き込まれては秘剣・円月殺法の冴えを見せる本作は、剣豪もの・ミステリ・人情もの――と様々な要素を取り入れたバラエティ豊かな連作集であります。
そして何よりも魅力的なのは、無頼の極みを行きながらも、深い孤独と悲しみを背負い、罪悪感に喘ぐ狂四郎の人物像。幾多の死闘の果てに狂四郎が手にしたものは――全百話のラストに待つものには、ただ涙させられるのです。
(その他おすすめ)
『眠狂四郎京洛勝負帖』 Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon
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