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2017.01.25

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』 この世の理不尽に足掻く者たち

 江戸を、各地を騒がす怪異との戦いの果てに、浅間山大噴火の百鬼夜行の中で姿を消した素浪人・榊半四郎と聊異斎、捨吉。果たして彼らはどこに消えたのか……本シリーズもこれで最終巻ですが、本作はここに少々意外な形で結末を迎えることとなります。

 配下の妖忍たちを操って浅間山大噴火を目論む松平定信、それを阻もうと手勢を繰り出す田沼意次一派――様々な勢力が入り乱れる中に奔走した半四郎、聊異斎、捨吉の戦いの甲斐あってか大噴火は多大な被害を与えたものの、致命的な結果とはならず終わったのですが……しかし三人はその混乱の中で姿を消すことになります。
 そしてその後の彼ら三人の運命は……誰もが気になるその問いに、本作はいささか変わった形で答えを示すのです。

 シリーズ第4巻での出来事において火盗改に目をつけられ、江戸を離れて各地を巡ることとなった半四郎ら三人。その模様は軽く第5巻において触れられました。
 本作に収録された全四話のうち、掌編ともいうべき第三話を除く三つの物語で描かれるのは、その旅の中で彼らが遭遇した怪異の物語なのです。

 房総に向かった三人が、ある特定の網元の舟のみが嵐に襲われ遭難していくという怪事の影に、不幸な運命に見舞われた網子の存在を知る第一話「海霊」。
 土地の神に生け贄の娘を捧げて山中深くの平家の落人部落で、暴走を始めた奇怪な神の猛威に半四郎が孤剣を以て挑む第二話「異神」。
 山中で行方不明となり、三年の間異界で暮らしていたという座敷牢の中の若者と半四郎たちが出会う第四話「桃源郷」。

 この三話で描かれるのは、これまでシリーズで描かれてきたものと同様、由来も姿形も力も、それぞれ全く異なる、そして何よりも本作ならではの個性的な怪異の数々。
 その前において、半四郎たちが時に怪異に抗する者となり、時に傍観者となるのもまた、これまでと同様であります。

 そして残る第三話において、我々が最も気になっていたその後の江戸の姿が語られることになります。ただ一人江戸に残された愛崎同心が、噴火後に発生した大飢饉の余波による一揆の中で見たもの、それは――


 このような最終巻のエピソードの配置に、疑問を感じる方も少なくないかもしれません。本来であれば時系列的に一番後となる第三話、このエピソードこそが本作の最後に配置されるべきではないか……と。
 そして同時に、ここで描かれたその後の物語に、すっきりしないものを感じる方も多いのではないでしょうか。さらに言えば、本作に収められた他のエピソードが、過去の語られざる物語であることにも。

 この点については、あくまでも想像するしかないのですが、これも一つの結末の形である……ということは間違いなく言えるでしょう。
 大噴火の百鬼夜行の果てに、半四郎たちがどこに消えたのか。いかなる運命を辿ったのか。真実がいかなるものであれ、世界のその後の運命は第三話のとおりであり、そして半四郎たちのその後の運命は、第四話の結末に暗示されたとおりなのだと。

 そして本作の前半の二つの物語に、最終巻としての意義を見出すとすれば、それはその怪異の背後に、ある種の「理不尽」の存在を描いたことではないでしょうか。
 あるいは人の世の悪意がもたらしたもの、あるいは人知を超えた怪異がもたらしたものという違いはありますが、これらの物語で人々を苦しめるのは、まさしく理不尽としか言いようのない運命なのであります。

 思えば本シリーズにおいて描かれてきた物語の数々に通底するのは、この「理不尽」の存在でした。
 様々な超自然の怪異に苦しめられる人々だけではありません。悪政に、災害に、そして人の悪意に苦しめられる人々――本作に登場する人々の多くは、自身に責任のない理不尽な出来事に苦しめられてきたのです。

 しかし同時に本シリーズは、その理不尽を描くだけのものではありません。運命の悪意に負けることなく必死に「足掻く」者、そしてそれを助け、見守る者をまた、本作は描いてきました。そしてその代表が、自身も理不尽な運命に翻弄され続けてきた半四郎であることは言うまでもありません。

 本作で描かれたとおり、過去にも、現在にも、未来にも理不尽は存在します。しかしそれだけではない、それに挑む者が、それを助ける者が必ずいる……本シリーズはその姿を描くものではなかったでしょうか。
 本作は、それを我々に改めて提示してみせたように感じるのです。


『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(拾遺) 追憶の翰 (講談社文庫)


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