一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻 彼の孤独感、彼自身の事件
最近ライト文芸レーベルで非常に多く見かける「○○屋さん」もの。それをまとめてどう呼んだものかと思っていましたが、「お仕事小説」という呼び名があるようです。本作はその「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作――明治時代を舞台に「浄天眼」の力を持つ青年を中心に描かれる物語であります。
ある日、知人の警官・相良から、魚目亭燕石なる戯作者の身の回りの世話役となることを頼まれた少年・由之助。
浅草で人気の芝居小屋・大北座の跡取り息子であるものの、外の世界にも興味を惹かれる年頃の由之助は、好奇心もあってそれを引き受けることになるのですが――
実は名家の出ながらも実家を飛び出し、女中の千代と静かに暮らすこの燕石、戯作者ではあるものの大変な気分屋で面倒くさがり、そして何よりも引きこもり。
そんな燕石に手を焼きつつも、何だかんだで楽しく日々を送る由之助ですが、しかし燕石には大変な秘密があったのです。
それは、彼が「浄天眼」なる能力を持つこと……彼は、人の体を含む物体に触れることでその物が持つ「記憶」を見ることができるという、いわゆるサイコメトリー能力の持ち主だったのです。
周囲からは厭われ、非常な負担を伴うその力を嫌い、引きこもり生活を送っていた燕石。しかし相良をはじめとして周囲の人間が持ち込んできた事件に巻き込まれ、その力を使うことに――
という本作、まずこの上巻の時点での正直なところを述べさせていただければ、これはお仕事小説とは違うのでは……という印象は否めません。
冒頭で述べたお仕事小説コンの開催概要(第1回のものですが)によれば、お仕事小説とは「1.ストーリーの中に何らかの「お仕事」が出てくる作品 2.主人公が何らかの「職業」についている作品」であり、本作をこれに当てはめるのは厳しいと感じます。
またミステリとして見ても本作は苦しい。何しろ燕石の能力が強力すぎて(過去の映像だけでなく感情なども全て感じてしまう)、真相がほぼダイレクトに判明してしまい、見えたものから何かを推理するという要素がほとんどないのですから。
こうした点のみを見れば、なかなか苦しいものがある本作ですが……しかしそれだけにとどまるものではありません。
何よりもまず目を引くのは、登場キャラクターたちの描写でしょう。
もちろん、その中心となるのは燕石であります。普段は戯作者として飄々と暮らし、年の離れた弟のような由之助をからかっている燕石ですが、しかし彼が背負うのはその浄天眼の力による大いなる孤独感であります。
常人にはない力を持って生まれたが故に疎外され、孤独を味わう、というのはある意味定番の設定ではありますが、本作はその疎外感、孤独感の描写が面白いと申しましょうか――燕石自身の感情のみならず、いやそれ以上に周囲の人々、それも彼にとっては近しい人々との関係性を以てそれを浮き彫りにしてみせるのはなかなか巧みなところであります。
そして由之助が、千代が、相良が――それぞれの形で燕石と接する中で、自分自身が抱えたものを浮かび上がらせるのもまたいい。特に、美貌の持ち主にして超有能な女中という千代が抱えた屈託、複雑な想いなどは、実に切なく、胸に残ります。
しかし個人的にそれ以上に印象に残ったのは、本作のある種の舞台設定と描写の巧みさであります。
先に述べたとおり、由之助の実家は評判の芝居小屋・大北座。芝居小屋というより、今でいう劇場・劇団のような存在である大北座は数多くの女優を抱えるのですが……本作で折に触れて描かれるのは、その女優とパトロンの「関係」であります。
今の目で見ると些か感心できぬその「関係」は、どちらかと言えばライトな味わいの本作に生臭さを漂わせる形になっており、読みながら違和感を感じていたのですが……それがまさか物語で大きな意味を持つとは。
しかもそれが燕石の、由之助の運命に大きく関わり、これまで描かれる事件にはどこか他人事だった彼ら自身の事件として浮かび上がらせる終盤の展開には大いに唸らされた次第です。
果たして燕石の浄天眼はこの悪因縁を絶つことができるのか、そして彼の孤独は、周囲の人々の屈託は癒されることがあるのか……俄然、下巻も読まねば、という気持ちになっているところです。
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