山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』 科学捜査でも解き明かせぬ思い
現代と江戸時代で二重生活を送るヒロイン・おゆうが江戸の名探偵となって活躍する本シリーズもこれで第3弾。今回彼女が挑むのは、数年前に姿を消し、今また江戸に現れた伝説の盗人ですが……しかし事件は根津の寺院で行われる富くじにも関わり、思わぬ様相を呈することになるのであります。
祖母が残した家の中に江戸時代に繋がるタイムトンネルを見つけたことから、現代と江戸時代を行き来するようになった元OL関口優佳=おゆう。
現代の分析オタクの友人・宇田川の力を借りた科学捜査で、南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を次々解決してきた彼女は、今では伝三郎に十手を預けられるほどであります。
そんなおゆうが近所の長屋のおかみさんから頼まれたのは、女と一緒にいるところを見られて以来行方不明の彼女の亭主・猪之吉探し。やむなく引き受けたものの、しかしすぐに彼女はそれどころではない事件に巻き込まれることになります。
さる大店の呉服商で起きた蔵破り……その鮮やかな手口は、数年前に江戸を荒らし回り、忽然と姿を消した伝説の盗賊・疾風の文蔵のそれを思わせるもの。
内輪揉めの末に仲間一人の死体を残して消えて以来、消息不明だった文蔵が帰ってきたのだとすれば大事と、伝三郎や源七親分、さらに文蔵を執拗に追ってきた老岡っ引き・茂三とともに事件を追うおゆうですが――
さっそく宇田川の助けを借りて呉服商の蔵破りの真相を解き明かしたおゆうですが、しかしその過程で、彼女は行方不明の猪之吉の指紋が、蔵の鍵から見つかったことを知ることになります。
指紋のことは伝三郎に明かせぬまま、猪之吉の行方を追うおゆうは、金物細工師だった猪之吉が、賞金千両と評判の根津明昌院の富くじに関わっているらしいことを知るのですが――
既に3作目ともなれば、設定もキャラクター配置もすっかりお馴染みのものとなった本作。
そのため……というべきか、タイムトラベルという設定にあまり新味はなくなってきたのは痛し痒しかもしれませんが、しかし捕物帖としての面白さは、これまで以上に増してきた印象があります。
伝説の盗人による蔵破りを縦糸に、行方不明の職人探しを横糸に、一見関係のなさそうな出来事が、人物が思わぬ繋がりを見せ、そして恐るべき事件の全貌を明らかにする――
定番と言えば定番ですが、物語が始まって以来、刻一刻と様相を変えていく事件像に、適度に配置されたサスペンスと、時代ミステリとして、最後の最後まで楽しませていただきました。
もちろん、おゆうの(というか宇田川の?)科学捜査は健在で、今回も事件の核心に迫る手がかりを次々と明らかにしていくのですが……しかし面白いのは、その科学捜査でも、そしてそれを活かすおゆうの推理でも解き明かせないものがあることでしょう。
それは人の心の内……人が心の中に秘めた思いの存在であります。
おゆうたちの活躍により、ひとまずの解決を見た事件。
しかしさらにその先――事件に関わった人々の心の内が明かされていくことにより、どんでん返しのように、見えていたものが変わっていく終盤は、おゆうの謎解き以上に強く印象に残ります。
特にある人物の述懐により、ある意味おゆうにとっては他人事であったこの江戸という時代、江戸という世界が一気にその姿を変えていく展開など、本作ならではの味付けで、感心させられました。
もっとも、未だにおゆうに対して心の内を明かさない人物は、彼女の一番近くにいるのですが――
しかしこれは前作の紹介でも触れましたが、おゆうの秘密が彼にバレたところで、対して問題になるように見えないのはやはり大きな弱点と感じます(そしてその逆もまた同様なのですが)。
もっとも今回、その辺りもほんの少し変化の兆しが見えるのですが……これが今後の物語にどう影響するのか。こちらも気になるところではあります。
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