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2017.02.15

北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

 北方謙三の大水滸伝最終章の第2巻であります。楊令の死の衝撃が冷めやらぬ中、行くべき道を模索する梁山泊の人々。金と南宋の思惑が交錯する中、岳飛もまた迷いの中から少しずつ立ち上がっていきます。そして一人の偉大な人物がついに退場することに――

 楊令の死から半年後、梁山泊を襲った大洪水の水もようやく引き、その機能を取り戻しつつある梁山泊。しかし新頭領に選ばれた呉用の聚義庁は何ら命令を下すことなく、軍をはじめとする面々は、自らの、梁山泊の行動に迷いつつ、自分自身の判断で動き始めることになります。
 そして兀朮が南を、秦檜が北を窺い、それぞれに中国全土統一を狙う中、その間に立たされた岳飛は、力を蓄えつつも自分自身を見つめ直すことに――

 と、この巻の前半の展開は、第1巻からあまり大きな動きはないようにも見えます。が、ここで梁山泊にとって、そしてこの物語にとって、大きな事件が起きることとなります。
 それは王進の死……子午山に隠棲し、史進・鮑旭・馬麟・楊令・花飛麟・秦容・張平・ 王貴 ・蔡豹と、数多くの若者を導いてきた武人が最期を遂げることのであります。

 ある意味、原典とは最も大きく異なる人生を歩むこととなった北方大水滸伝の王進。
 作中最強レベルの実力を持ちながら梁山泊の同志となるわけではなく、しかし己の生に迷う梁山泊の若者たちを受け入れ、再生させる……そんな役割を彼は果たしてきました。

 個人的にはこうした人間再生工場とも言うべき王進の在り方には違和感を感じていたのですが(尤も、大水滸伝で初めて泣かされたのは鮑旭のくだりだったのですが……と、これは王母の功績かしら)、やはりその存在は、この大水滸伝の世界にはなくてはならないものであったことは間違いありません。
 そしてその最期もまた、この最強の武人に相応しい、身も蓋もない言い方をすれば無茶な挑戦でありつつも、しかし荘厳さを感じさせる見事なものであったと言うべきでしょう。

 しかし同時に王進の退場は、大水滸伝の世界が大きく変貌しつつあることの、一つの表れなのかもしれません。
 何しろ、この第2巻で描かれる、梁山泊の幹部クラスが一同に会して行われる大会議においては、梁山泊の在り方、その根底にある志――替天行道の在り方までもが、問い直されることとなるのですから。

 大水滸伝における「志」の存在については――これはたぶんに原典の野放図な梁山泊の印象が残っていたために――これも個人的には大いに引っかかっていたのですが、しかし物語と大前提として受け容れてきました。しかしその大前提すら、一種の疑いとすら言える眼差しを向けてくるとは……
 大水滸伝は、こちらの想像していた以上に柔軟な存在、物語世界自体が一人歩き始めるほどのものであったか……と、恥ずかしながら今頃感心させられた次第です。

 そしてその柔軟さは、梁山泊に生まれた第二世代において花開いていくこととなります。兀朮と秦檜が、それぞれの立場から中国統一という壮大な夢を見る中、彼ら若い世代は中国という枠を超えて、西へ東へ南へ……自由の大地を求めて歩み出すのですから。
 それが梁山泊の、国という存在の向かう先であるかはわかりませんが、枠から飛び出した若い世代というのはやはり気持ちの良いものであります。

 そしてもう一人気持ちの良い存在となってきたのが岳飛であります。

 これまで幾多の戦いに参加し、作中でも有数の実力者でありつつも、重要な戦いにはほとんど敗北し、辛くも命を繋いできた岳飛。
 身も蓋もない言い方をすれば「しぶとい敵役」という扱いに近かった彼も、自らの名を関する本作においては、武人としてだけではなく人間として、生き生きとした若者としての素顔を見せてくれることとなります。

 特に自分の義手を作ってくれた毛定や、何よりも娘の崔蘭とのやり取りは、純粋に物語として、登場人物同士の生き生きとしたやりとりとして実に楽しい。
 まだまだ岳家軍の総帥としての――歴史に名を残す英雄・岳飛としての先行きは不明なものの、一人の人間として、この先の彼の行動が楽しみになるというものです。


 さて、大きな変貌を遂げていく梁山泊ですが、しかし変わらないもの、変われないものもあります。それは楊令の死に対する復仇の想い――間接的にせよその引き金となった兀朮への復仇であります。

 本作の終盤では、兀朮率いる金軍が実に二十万の大軍を率いて梁山泊に襲来、迎え撃つは復仇の心に燃える八万の梁山泊軍。
 果たしてこの戦いの行方は……いきなりクライマックスであります。


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