野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
ついに単行本も二桁の大台に突入した『ゴールデンカムイ』。思わぬ成り行きから手を組んだ杉元一味と土方一味ですが、脱獄王・白石が第七師団に囚われたことで、思わぬ道草を食うことに……
鶴見一派がニセの刺青人皮を手に入れたことをきっかけに、一時休戦することとなった杉元と土方。贋作を見破る術を知る可能性がある贋作師・熊岸長庵と会うため、樺戸集治監に向かう一行は、チームをシャッフルして二手に分かれるのですが……もちろんその先でも騒動に巻き込まれることになります。
アイヌになりすましていた脱獄囚一味と大乱戦を繰り広げた末、そのリーダーであり刺青人皮の持ち主である詐欺師・鈴川聖弘を捕らえた杉元チーム。
一方、土方チームでは白石が第七師団と遭遇、捕らえられたことから、土方とキロランケという渋すぎるコンビが救出に向かうのですが……しかし白石のポンコツぶりと、彼自身が杉元に内通がバレることを恐れていたことから失敗に終わるのでした。
合流した両チームは、鈴川の変装術を頼りに、大胆にも第七師団の本拠である軍都・旭川に潜入。首尾良く白石のところまでたどり着いた鈴川と杉元ですが、そこに鶴見中尉の懐刀の薩摩隼人・鯉登少尉が現れ――
というわけで、白石救出作戦がメインとなったため、本筋はほとんど進まなかった今回。そのため……というわけではまさかないと思いますが、変態キャラの登場も少なく(登場しないとは言っていない)、比較的落ち着いた内容ではあります。
しかしもちろん、それが面白くないということとイコールではないことは、言うまでもありません。
相変わらずのテンションの高いギャグ(そして唐突に挿入される小ネタ)、アイヌグルメにアイヌ知識、陸海空(陸水空)に展開される派手なアクションetc.本作の魅力はここでもこれでもか、とばかりに詰め込まれているのですから。
特に、白石救出作戦の中核として前巻で登場した鈴川の驚くべき変装スキル&詐欺師ならではの人心掌握術が展開されるくだりは、本作の隠れた(?)魅力であるサスペンス味が実に良く出た展開。
それを迎え撃つ新キャラ・鯉登少尉も、まだまだ顔見せに近い出番ではありますが、精悍な見かけによらぬ一筋縄ではいかない面白キャラぶりを予感させ、今後の展開に期待を持たせます。
そしてまた、主人公サイドだけでない数多くのキャラクターが入り乱れる本作の楽しさは、この巻でももちろん健在であります。
今回は比較的動きが静かな鶴見中尉の前には、銃器開発の天才・有坂成蔵中将が登場。言うまでもなく有坂成章がモデルの人物かと思いますが、漫画版ゲッターロボの敷島博士の如きキャラ造形には――登場エピソードがこの巻屈指の異常なテンションであったことも相俟って――少ない出番が強烈に印象に残ります。
さらに杉元たちを追う谷垣・インカラマッ・チカパシの前には、千里眼の超能力者・三船千鶴子が登場。
こちらはもちろん御船千鶴子がモデルですが(ご丁寧に彼女のマネージャー的立場だった義兄・清原ならぬ青原というキャラも登場)、同じ千里眼持ちのインカラマッとの絡みは、思わぬ変化球で驚かせてくれます。
(それにしても有坂も御船も、モデルを容易に連想させつつも、あくまでも架空の人物という扱いなのは、色々と苦労が窺われます)
しかしそんな中でもきっちりとラストを締めるのは、記念すべきこの巻の表紙・裏表紙を飾った杉元とアシリパであります。
前の巻で、アシリパを守るためとはいえ、その彼女自身がドン引きするような大殺戮をやらかした杉元……その後も、いやそれ以前にも、普段の好青年ぶりとは裏腹の非情かつ狂気に満ちた表情を見せてきた彼に、アシリパがかけた言葉とは――
杉元・鶴見・土方……彼らに共通するのは、戦争の狂気の中で己を輝かせ、そして戦争が終わった後もなお、その戦争に囚われ、己を見失ったことであります。
だとすれば彼らは、杉元はもう戻ってくることはできないのか? その哀しい問いかけに対する一つの答えとして、アシリパの言葉は響きます。
本作の最大の魅力……それは、どれほど極端な描写があろうとも、その奥に息づく人間性の存在と、それを描く筆の確かさであると、改めて確認させられた次第です。
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