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2017.03.10

松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

 これまで奇想天外な形で描かれてきた天下対真田の戦いも、ついに最終決戦に突入。守るべき土地を失い、全てを失ったかに見えた場から立ち上がった真田幸村と勇士たちの真の戦いが始まることになります。その決戦の場は、言うまでもなく大坂の陣……この巻で描かれるのはその冬の陣であります。

 上田城の戦を優位に進めながらも関ヶ原で西軍が敗れたことで上田の地を失い、そして荼枳尼天の力を手に完全復活した百地三太夫に敗れたことで白鳥明神の加護を失い……二重の意味で守るべきものを失った幸村。
 しかし、以来十数年にわたり九度山に逼塞を余儀なくされた彼に従う者たちも確かに存在します。

 佐助、才蔵、清海、伊佐、六郎、小助、十蔵、甚八、鎌之助……いずれもそれぞれの形で自分自身を奪われ、そして幸村の下でそれを再び見出してきた者たちであります。
 そして幸村もまた、自分に残された最後のものを抱いて、最後の戦いに臨むことになります。それは己の戦う理由、信念、矜持、縁等々……言い換えれば「自分が自分であること、そしてために必要なもの」であります。

 全てを喪い、それでも残ったもの……自分が自分であるために、確かな絆を持った者たち同士大坂城に入った幸村と九人の勇士。彼らが拠る場は、言うまでもなく彼ら自身の城、真田丸――


 というわけで始まった大坂冬の陣ですが、その内容としては、基本的に史実に沿ったものが描かれることになります。

 もちろん、織田有楽斎の子であり、父以上に不可解な行動を取った左門(頼長)や、大坂に入城しながらも徳川と内通して討たれた南条忠成(元忠)など、面白い人物ながらマイナーな人物にもスポットが当たるのはなかなかに面白いなところであります
 また、木村重成の颯爽としつつもどこか歪みを感じさせるキャラ造形の妙(そしてそこに絡む本シリーズならではの驚くべき伏線!)にも唸らされるところですが、「今のところは」戦いの流れそのものは、史実から大きく離れたものではありません。

 しかしそれが物語としての面白さや緊迫感をいささかも減じるものではないのは、これまで本作で描かれてきた合戦と変わるところではありません。
 たとえ経緯と結果は史実通りであれど、その中で暴れ回るのが、これまでに「人生」を積み重ねてきたキャラクターたちだからこその盛り上がりが、ここには確かにあるのです。

 しかし個人的にその中で最も印象に残ったのは、ある意味人生の積み重ねと最も遠いところにある二人のキャラクター――真田大助と由利鎌之助であります。

 九度山で生まれ、もちろんこれが初陣となる大助。記憶力や学習能力というものを持たず、常に今この時しかない鎌之助。前巻において不思議な、どこかもの悲しい絆で結ばれた主従であり、親友であり、兄弟であり……そしてそのどちらでもない二人。
 そんな二人が、真田丸攻防戦で繰り広げる戦いは、生涯「最初」の戦場となるだけに、他の登場人物とはまた異なる緊迫感と、ある種の初々しさに満ちています。

 そしてその戦いの果てに二人の間に生まれたもの、手にしたものは……それはここでは書けませんが、これまで本シリーズを、少なくとも前巻を読んだ人間は、必ずや天を仰いで「嗚呼!」と嘆じたくなる、そんな名場面であります。


 そしてこの巻ではあまり表に出なかったとはいえ、史実の背後で蠢く奇怪な魔の影は、戦いを静かに、そして確実に侵していくことになります。

 戦いの後に幸村の前に現れた南光坊天海が取った行動は、そして彼が残した言葉は何を意味するのか。
 そしてそれと繋がっていくであろう、冒頭で描かれたある人物の行動は何を意味するのか――

 ここに来て未だ全貌が見えず、しかしそれが顕わになった時、とてつもないものが描かれるのではないか……そんな期待を抱いてしまう松尾版『真田十勇士』。
 天下対真田、天下対人間の戦いの向かう先は……いよいよ次巻完結であります。


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