平谷美樹『江戸城 御掃除之者!』 物と場所、そして想いを綺麗に磨くプロの技
2,4,5,6月と文庫化も含めた新刊が並び、四社合同企画でプッシュされている平谷美樹の時代小説。その第1弾が本作……タイトルのとおり、江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちの活躍をユーモアを交えて描く、作者らしい独創性に富んだな作品であります。
御掃除之者とはまたあまりにストレートなネーミングですが、歴とした徳川幕府の役職。江戸城の御殿の清掃をメインに、その他物資の運搬なども行ったお役目であります。
身分は御家人ですが、ランク的には黒鍬者と同じと言えば、失礼ながら下から数えた方が早いとわかるでしょう。
身分は低く、もちろん薄給で、来る日も来る日も(しかも世襲で)掃除……というのはなかなか厳しいものですが、しかしどんな仕事もそうであるように、彼らの仕事にもまた、それぞれにやりがいと誇りがあります。
そして本作で描かれるのは、そんな仕事に日々奮闘する男たちの姿なのです。
本作の主人公は、御掃除之者組頭(例えれば係長クラス?)の山野小左衛門。全部で三つある江戸城御掃除之者の組の一つをまとめ、家に帰れば妻と二人の息子が待っている(でも色々と肩身が狭い)人物であります。
その小左衛門が、ある日上司から命じられたのは、何と大奥の掃除。もちろん大奥は男子禁制、普段は内部の女性たちが掃除しているわけですが、何年も局に篭もり、ゴミを溜め込んでいるという御年寄の部屋を掃除して欲しいという依頼があったのであります。
かくて腹心の六人の部下……いずれも一芸に秀でた膳兵衛・浩三朗・金吾とその弟子たち庄輔・新之介・謙助を連れ、大奥に乗り込んだ小左衛門。しかしそこで待ち受けていたのは、何としても部屋を掃除させまいとする女中たちの防衛戦で――
そんな奇想天外な第1話「音羽殿の局御掃除の事」をはじめとして、本作は全3話で構成されています。
採薬使からの依頼で、長崎からやってきた将軍の象……の糞を運ぶことになった小左衛門たちが思わぬ危機に巻き込まれる第2話「象道中御掃除の事」。
そして第1話を受けて、今度はあの人物の亡魂が徘徊するという大奥の開かずの間の掃除をすることになった小左衛門たちの奮闘が描かれる第3話「御殿向 開かずの間御掃除の事 『亡魂あり』」。
いずれも本作でなければお目にかかれないような、常に凡手を嫌う作者らしい個性的なエピソード揃いであります。
そして、どんなシリアスな内容でも、どこかにユーモアが感じられる作者の作品らしく、小左衛門と仲間たちのやりとりに、ユルくすっとぼけた味わいがあるのが楽しい。
特に何故か手製の水鉄砲を毎回持ってくる金吾、同じく手製の御掃除人形(いわば江戸時代版ルンバ)を持ってくる浩三朗とのやりとりは実におかしいのであります(特に第3話には思わず吹き出しました)
しかしもちろん、本作で描かれるのは面白おかしい物語だけではありません。
先に述べたとおり、幕府の役人の中では下の方の彼らは、それだけに世間の風の厳しさを知る身の上。特に小左衛門の息子たちは、御掃除之者を継ぐのを嫌い、そんな役目に汲々とする父に白い目を向けてくるのですから、何とも身につまされるものがあります。
そして彼らが掃除しようとする相手・モノにも、それぞれの事情があります。
溜め込まれたゴミ、そしてそのゴミが溜め込まれた場所……そこには単なるモノ、単なる場所があるだけではなく、簡単には捨てられない想いも篭もっているのですから。
それを理解し、そしてその上できっちりと綺麗に磨いてみせるのがプロの矜持というもの。特に、自分たちも色々と溜め込んでいる身であればなおさらであります。
だからこそ本作で描かれる小左衛門たちの掃除は、単に物理的だけでなく、精神的に周囲を美しく変えていくものとなります。そしてそんな実に小気味よい小左衛門の掃除は、読んでいる我々たちの心もまた、爽やかに元気付けてくれるのです。
しかし残念ながらそんな小左衛門の掃除の素晴らしさを、まだまだ彼の息子たちはわかってくれないようではあります。
それでもいつかはわかって欲しい、そしてもちろん、その日が訪れるまで小左衛門たちの活躍をもっともっと読んでみたい……そんな気持ちになる作品です。
ちなみに第2話は作者の『採薬使佐平次 将軍の象』の外伝。本作にも顔を出す佐平次が、象を守って格好良く活躍している間に、こんな事件が……というファン必見の内容であります。
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