越水利江子『南総里見八犬伝 運命に結ばれし美剣士』
越水利江子といえば、『忍剣花百姫伝』『うばかわ姫』といったオリジナルの時代ものがまず浮かびますが、その一方で児童向けの偉人伝や古典リライトでも活躍している作家。本作もその系譜に属する作品ですが、なかなかに完成度の高い、単純なダイジェストに留まらぬ八犬伝として成立しています。
この『ストーリーで楽しむ日本の古典』は、児童文学の老舗・岩崎書店が刊行しているヤングアダルト作家による古典リライトシリーズ。執筆陣には金原瑞人、那須田淳、令丈ヒロ子等々、錚々たる面々が並びますが、本書の越水利江子も、これまで『とりかえばや物語』『落窪物語』『東海道中膝栗毛』を刊行しています。
そのシリーズの最新巻である本作は、言うまでもなく曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』をベースとしたもの。
この八犬伝、大人よりもむしろ子供の間で人気なのではないか……と思ってしまうほど、児童文学の出版社それぞれからリライトが刊行されており、その幾つかはこのブログでも紹介させていただいております。
もちろんそのアプローチは千差万別、可能な限り原典に忠実な作品もあれば、原典をベースにアレンジを加えたもの、あるいは題材のみを借りたほとんどオリジナルの作品すらありますが……本作は、相当に原典に忠実な部類と言えるでしょう。
結城合戦に始まり、里見義実と伏姫の物語から、八犬士誕生と来て、信乃の登場と荘介との義兄弟の契り、浜路くどきから道節登場、芳流閣の決闘――いずれも八犬伝ならではの見せ場ですが、本作は原典の要素をほぼそのままに、それらを巧みに再構築してみせます。
もちろん、必ずしも原典そのままではないものの(特に房八とぬいのくだりは相当にアレンジ)、本作は基本的に新しい要素は足さずに、原典の物語を再現してみせることに成功しているのです。
(玉梓が怨霊の出番がほとんどないというのも、実はリライトでは非常に珍しい)
しかし、個人的に一番印象に残ったのは、その情景・心理描写の美しさであります。
富山の自然の中での伏姫と八房の生活、信乃と浜路の出会い、芳流閣の上からの眺望など、原典の名場面の間にふと差し挟まれる描写の美しさは、本作ならではの魅力として、特筆すべきものでしょう。
例えば、
「冬ごもりの雪雲はいつしか晴れ、春霞が立てば、朝鳥が友を呼んで鳴きかわす。(中略)
夏の夜には、谷川の苔石は、昼間の陽のぬくみを残してやわらかく、苔石に腰かけ、見上げれば、三日月の青く冴えわたるのに、伏姫の胸はせまった。
夏の夕立で洗い流した黒髪も、秋ともなればやや冷えて、織りなす谷の紅葉も散りつもり、松風が吹きこむ伏姫の寝床の岩窟は、いつしか錦の床となっていた。」
というように――
このように、子供に限らず、我々が読んでも十分に面白い本作ですが、しかし一点本当に残念なのは、本作が荒芽山のくだり――一旦は集結した五人の犬士が、管領軍の襲撃に散り散りとなる場面で終わっていること。
もちろん原典の分量を考えれば、一冊で全てを収めることは不可能であることは間違いありませんが、これだけの水準のものであるからこそ、勿体無いというほかありません。
この後も数々の名場面が存在する『南総里見八犬伝』。いつかそれらの名場面を作者の筆で読むことができるよう、願う次第です。
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