斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と
公儀隠密の総帥の娘である少女・小桜を主人公とした『くのいち小桜忍法帖』……つい先日、完結巻の第4巻が刊行されたシリーズの第3巻であります。江戸の町で起きる小さな事件を追うことになった小桜。しかしその果てに彼女は、自分の家も関わった、思いも寄らぬからくりの存在を知ることになるのです。
あと数ヶ月で桜が咲こうという中、その次の季節の花をあしらった着物を求めて江戸の町を行く小桜。その途中に出会った顔なじみの岡っ引き・雷蔵親分から彼女が聞かされたのは、またもや怪事件の噂であります。
江戸の町から姿を消した幾人もの職人。周囲に気付かれないように巧妙に消え、そしていつの間にか戻っている彼らに共通するのは、いずれも金座で小判づくりに携わる職人であることでした。
なるほど、周囲から隔離された金座であれば、一時期職人が消えていたとしてもすぐに気付かれることはありません。しかしそうだとしても、誰が、何のために……
探索を始めた小桜たちが掴んだのは、事件の背後にとある外様藩の存在があること。だとすればこれはまさに彼女の、いや彼女の家である外様大名の探索担当の公儀隠密・橘北家の役目であります。
遠国に出ていた彼女の二番目の兄も加わり、事件の背後で密かに進行していた陰謀を押さえるべく動く橘北家の面々なのですが――
江戸で次々と起きる怪事件に、小桜が挑むというスタイルで展開してきた本シリーズ。本作も基本的にはそのフォーマットを踏まえたものですが、しかしそこからいささか踏み出した形を見せることになります。
実は本作においては、事件の謎は比較的早い段階で判明し、その後はその陰謀を明るみに出さんとする橘北家の作戦が描かれることとなります。
しかし物語の中心となるのは、むしろその作戦が終わってから。中心となるのは、作戦の(小桜にとっては)思いもよらぬ結末であり、そしてそれを目の当たりにした彼女の心の動きなのです。
思えば、開幕当初より、事件とそれに対する小桜の活躍と同じかそれ以上に、彼女の内面を描いてきた本シリーズ。
それはまだ未熟ながらも公儀隠密の一員としての彼女の姿を描くと同時に、一人の年頃の少女としての彼女の内面を描くものでもありました。
これまで彼女の持つこの二つの側面は、矛盾することなく存在してきました。自分は公儀隠密の家に生まれ、当然公儀隠密になる。そしてその任は常に正しい(と言わないまでも道理に叶ったものである)という思いの下に。
しかし本作の事件の結末において、そしてそれと同時に進行していたある任務の結果(それが史上に残るあの大事件に繋がることに……!)を知ることによって、彼女の中に一つの疑問が生じることになります。
自分たちのしていることは本当に正しいのか。公儀隠密の任とは何なのか、というような。
それは大人の目から見れば――そして一般の時代小説は基本的にそのスタンスなのですが――青臭い感傷に過ぎないと断じられるものなのでしょう。
しかし、そんな感傷を抱くことができるのも、大人の世の中の「当然」に対して異議申し立てするのも、子供の特権でしょう。そしてそんな子供たちが読む物語においてそれが描かれることも、また必要なことであります。
もちろん、そんな異議申し立ては容易いことではありません。公儀隠密のような立場であればなおさら。
そんな小桜の小さな反抗が、本作の、いや本シリーズの冒頭から描かれてきた彼女のキャラクターの一端を通じて描かれるのは、これはもうベテランの技だと、大いに感嘆させられた次第です。
果たして小桜が抱いた想いはどこに向かうのか。本作で描かれた大きな大きな事件に、彼女は今後どのように関わっていくことになるのか。シリーズ最終巻も近日中に紹介いたします。
ちなみにこの最終巻では、驚くべき(予想はしていましたが……)クロスオーバーの存在が明らかになるのですが、よく読んでみればその痕跡はこの巻から既に存在していたことに驚かされます。
知っていて読まなければわからない部分ではありますが――
『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
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