斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』 理不尽との対峙 自分の世界との対峙の先に
時は元禄、外様大名の探索を任とする公儀隠密・橘北家総帥の娘・小桜を主人公としたシリーズの完結巻であります。江戸の町に出没する能面の辻斬りと対峙することとなった小桜は、もう一つ、江戸を騒がす大事件を目の当たりにすることに――
ある事件を通じ、公儀隠密の陰の部分を目の当たりにしながらも、橘北家の娘として、そして表の顔である薬種問屋の娘/丁稚として変わらぬ日々を過ごす小桜。その頃江戸では辻斬りが流行していたのですが、その辻斬りに、彼女自身が出くわすことになります。
馴染みの呉服屋に顔を出して遅くなり、店から駕籠で送られる途中、突如駕籠かきや番頭に襲いかかった謎の男。能面の小面をかぶったその男は、小桜が放った手裏剣代わりのかんざしもものとはしない、恐ろしい腕前を見せつけます。
もちろんその場は逃れた小桜ですが、しかしこのような悪行が自分の周囲にまで及んだとあらば、黙ってはいられません。
人の言葉を喋る(ように思われる)西洋犬・半守の活躍で辻斬りの正体を突き止めたものの、しかしそれは法では裁けない(もみ消される)身分の相手。しかしそれでもこれ以上の犠牲を防ぐため、小桜は一人辻斬りに挑むのですが――
と、これまで同様、江戸を騒がす事件に挑む小桜の姿が描かれるのですが、しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。それと平行して、それよりも遙かに大きな事件が描かれるのであります。
本作の舞台となるのは元禄15年……と言えばおわかりでしょう。その大事件とは、赤穂浪士の討ち入り。浅野家の遺臣が、吉良上野介邸に討ち入った、あの忠臣蔵の題材となった事件であります。
実はこの事件、というより浅野内匠頭の刃傷には、浅からぬ……というより大きな関わりを持つ橘北家。それこそが小桜の抱える屈託の原因なのですが、その結果とも結末とも言うべきものを小桜は目撃することになるのです。それもいささか奇妙な形で。
こうして本作で描かれる二つの事件は、一見全く関係のないものに思われます。しかしよく見てみれば、抵抗のできぬ相手に刃を振るう武士という構図――方や無辜の民を斬る辻斬り、方や老人一人を多勢で襲う浪士たちという違いはあれど――は共通するものがあると言えるようにも感じられます。
そしてさらに言えば、前者は為政者によって守られ、後者はむしろその為政者によって仕組まれたもの。この両者は、いわば為政者によってねじ曲げられ、犠牲が生じた事件であるとも言えるのではないでしょうか。
その理不尽に挑み、打ち砕くのが通常の時代劇であるかもしれません。事実、前者に対しては既に触れたように、小桜は敢然とこれに挑もうとするのですが……しかし、あくまでも小桜はその為政者側の人間である(特に後者に至ってはその実行者ですらある)という点で、事態は簡単ではありません。
自らが法を、為政者の則を守るべき立場において、何ができるか。何をなすべきか。言い換えれば、自らが帰属する世界の中で、その世界そのものに対峙することができるか……これはむしろ、我々大人にとっての問題であります。。
そして逆に言えば、その問題に直面することとなった小桜は、大人の世界に足を踏み入れたと、そう言えるのかもしれません。
物語の筋だけを追えば、比較的あっさりと進み、終わってしまう作品ではあります。また、小桜の決意が、一種デウス・エクス・マキナ的な介入によって終わってしまうのは、いささか拍子抜けではあります。
しかし本作の背後に、このような構図があるとすれば……それは少女一人の力で簡単に乗り越えられるものではないでしょう(それはもちろん、それを無条件に受け入れることとイコールでは決してありませんが)。
それも含めて、本作は少女の成長を描いてきた本シリーズの一つの締めくくりとして、相応しいものではないか……そう感じるのは、いささか牽強付会が過ぎるでしょうか。
ちなみにそのデウス・エクス・マキナは、本作においてその驚くべき正体を明らかにすることになります。
簡単に言ってしまえば、作者の他のシリーズとのクロスオーバー……というより本作自体が、他の作品の裏面に当たる構成なのですが、こうした作品でこの趣向は、なかなか珍しいもののように感じられます。
もちろん作者のファン、両シリーズのファンとしては大歓迎のサービスではあります。
(しかし、そのもう一作品を読み返してみたら、そのキャラの正体が既にはっきり描かれていたのは不覚――)
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