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2017.05.14

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第12巻 逃げる近藤 斬る土方 そして駆けつけた男

 毎回毎回、読んでいるこちらの心が悲鳴を上げたくなるような展開が続く本作。劇場アニメ化も決定し(作者曰く「鬱アニメ」)、まだまだこれからの盛り上がりが期待できる本作ですが……しかし物語は、最大の悲劇に向けて、ゆっくりと、しかし着実に進んでいくことになります。

 甲陽鎮撫隊と名を改め、なおも戦いを続けんとする新撰組ですが、結成当時からのメンバーであった永倉と原田が、近藤との衝突をきっかけに脱退。
 さらに近藤が官軍の伊地知正治に捕らえられ、その場は大久保大和と変名を使って凌いだものの、その命は風前の灯火であります。

 その近藤助命のために江戸の勝海舟を頼った土方は、その条件として大鳥圭介率いる幕軍に合流。宇都宮城攻略戦に加わることになるのですが――


 というわけで、宇都宮城攻略戦を中心に描かれるこの第12巻。史実に照らせば、この後に何が待っているのかは明らかなわけで、それに対する覚悟を何とか固めて手に取ってみれば、いやはや焦らす焦らす。
 やるなら一気にバッサリとやってくれ! と言いたくなるところですが、しかし「それ」に至るまでの新撰組の男たちそれぞれの戦いが、この巻では丹念に描かれるのであります。

 その筆頭が、言うまでもなく土方。ある意味近藤の命を人質に取られた形で幕軍に加わった彼を待っていたのは、土方の、そしてこちらのヘイトを煽るために造形したとしか思えないような大鳥。

 その彼に半ば振り回される形で宇都宮城を攻め、そして守ることとなった土方ですが……ここで描かれるのは阿修羅の如く、という表現が最も相応しく感じられるような土方無双。土方が斬る、撃つ、翔る!

 と、こう書けば爽快アクションもののようですが、しかしその胸中に溜まった鬱屈・鬱憤・焦燥が吹き出すかのようなその姿は、やはり本作らしい情念に満ち満ちていて、爽快さとは正反対の重さがこちらの心にも突き刺さるのであります。

 そしてその一方で、本作の近藤も、ただ座して死を待つだけの男ではありません。大久保大和としての態度を貫き、一度は釈放されるやに見えた近藤。しかしそこで元御陵衛士の男に正体を見破られ……と、万事休す。
 しかしここで同行していた隊士・野村利三郎が駆ける!

 史実であれば近藤がアレされる際、彼の働きかけで釈放されたという野村ですが、本作では何と近藤を引っ張って脱走! 必死の逃走劇を繰り広げるのです。
(しかし史実ではここにいた相馬主計はオミット……)

 なるほど、ここに至って逃走するのは、伊地知が憤激したように、武士の風上にも置けない行為かもしれません。しかしそれでも何でも、近藤には生きていて欲しい、という野村の心情もわかりすぎるほどわかるのであります。

 そして何より、ここからの展開がまた凄まじい。近藤たちに対して伊地知が放った追っ手・源翁……それの正体は、何と盲目の熊! 武士ならざる者の相手は獣が相応しいということかもしれませんが、近藤対熊というのは、ある意味本作らしい異次元マッチではありませんか。

 そして史実とは異なる行動を取る男がもう一人……一度は近藤とは袂を分かったあの男が、行動を共にした親友を振りきって登場。しかも、考え得る限り最高のタイミングで!
 確かに新撰組離脱後の行動は諸説ある人物だけに、ナシとは言えない、いや物語の盛り上がり方を考えれば断然アリです。しかしここまで最高の登場をさせておいて、どうやって退場させるのか、と心配にならないでもない展開ではありますが――


 と、徐々に史実から離れていくようにも見える展開が続く本作。
 こんなことは滅多に言わないのですが、もういいよ、このまま歴史変えちゃおう! ……という気分は、これはほぼ全読者共通なのではないでしょうか。
(しかしまあ、こういう気持ちを最悪の形で裏切ってくれるのが本作なのですが――)

 なお、鬱展開の元凶である鈴は今回出番なし。安心していたら、鉄之助の出番も減ってしまったのは痛し痒しですが――
 しかし辰兄の瞳からは順調にハイライトが消えていき、こちらも目が離せないような、見たくないようなな状況であります。


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