上田秀人『禁裏付雅帳 四 策謀』 思わぬ協力者登場!?
老中松平定信から密命を受け、禁裏付となった東城鷹矢の苦闘を描くシリーズ第4弾である本作。禁裏の裏を探る活動をいよいよスタートしたものの、もちろん京という異世界の壁は厚く、思わぬ窮地に立たされることになる鷹矢。しかしそこで彼に協力を申し出たのは、意外な人物だったのであります。
父・一橋治済が大御所の尊号を授けられるよう、徳川家斉から厳命を受けた老中・松平定信によって、突然京に禁裏付として送られることとなった東城鷹矢。
勝手違いの役目に悪戦苦闘する鷹矢ですが、上からは定信からの厳しい視線が向けられ、そして周囲からは禁裏の公家たちの、そして定信と対立する京都所司代の敵意をぶつけられ、四面楚歌の状況であります。
しかし家に帰ってみれば、待つのは二人の美女……といっても一人は二条家のスパイとして送り込まれた貧乏公家の娘・温子、そしてもう一人は定信方の若年寄から送り込まれた武家娘・弓江と、要は彼を見張り縛る存在で、家の中も冷戦状態。
それでも自分の仕事をしなければ定信が恐ろしいと、禁裏を攻略する(=弱みを握る)ために鷹矢は動き出すことに――
そんな状況の中、前巻では反定信勢力の刺客団に襲われ、上田作品の主人公には珍しく、這々の体で逃れる羽目となった鷹矢。しかし京でものを言うのは武よりも文、そして金……というわけで、彼は禁裏を巡る金の動きを切り口に、行動を開始することになります。
この辺り、ちょっと意外な展開にも思われましたが、禁裏付とは書院番と目付と勘定吟味役を一人で兼ねる役目、というような作中の表現からすれば、これはむしろ当然の流れであるかもしれません。
奇しくも三つの役目とも、上田作品の題材となってきたこともあり……というのはさておき、今回鷹矢は京の台所とも言うべき、錦市場――現代でもその立場を変えることなく存在する、その市場に向かうことになるのですが、ここで思わぬ事態が発生することになります。
かつて敵対する五条市場と、それと結んだ町奉行所によって窮地に陥った過去から、武士に対して激しい敵意を持つ錦市場。そこにノコノコ鷹矢が物価調査に出かけたために、勘違いした市場の人々がエキサイト、暴徒と化して襲いかかったのであります。
しかも折悪しく弓江が半ば無理やり同行してきたことから彼女を庇い、鷹矢は窮地に陥ることに――
しかし災い転じて福と成す。一歩間違えれば双方にとって取り返しのつかない事態となったところで、意外な人物が登場する事になります。その名は桝屋源左衛門……またの名を伊藤若冲!
なるほど、若冲の本業は錦市場の青物問屋、それも町名主を務めたほどの大手であります。しかも、上で触れた五条市場との争いの解決のために、中心となって奔走した人物であったことが、近年知られるようになっています。
だとすればここで若冲が登場するのは、実は不思議ではありません。しかし本作のメインとなる禁裏という世界、そして何よりも政治的な暗闘とは無縁の人物(それでいて京の上流階級とは大きな繋がりを持つ)ということもあり、全く登場を予想だにしておりませんでした。いや面白い……!
そして京ではほとんど孤立無援、いやそれどころか四面楚歌であった鷹矢にとって、若冲の存在は大きな助けとなるに違いありません。
さらに、ここに至りついに物価という切り口を掴んだ鷹矢。これがいよいよ反撃の始まりとなるか……はまだまだわかりませんが、弓江との関係も少しずつ変化してきたこともあり、物語に変化が生じたことは間違いありません。
また、どうしてもこの記事では鷹矢ばかりに触れてしまいましたが、温子をはじめとして、彼を取り巻く登場人物たちの動きもなかなか面白い本作。
もちろん、数多くの勢力がそれぞれの思惑を秘めて入り乱れるのは、こうした物語の定番ではあります。
しかしその各勢力に属する個人の悲哀、そして強かさが、本作では主人公がそれほど強力ではない分、より強く感じられるのが、本作の面白い点ではないかと感じられます。
権力という怪物に振り回されるのは、鷹矢一人ではない……鷹矢に強力な力がない分、どこか群像劇的味わいも生まれてきた本作ですが、しかしこの世界はゼロサムゲーム。
最後に報われることになるのは誰なのか……まだまだ先は見えません。
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