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2017.05.26

北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり

 なおも続く南宋と金、岳飛と兀朮の全面衝突。兀朮を追い北進を続ける岳飛と、迎え撃つ兀朮の決戦の末に待つものは――。そして梁山泊でも、一つの時代の終わりを告げる出来事が起きることになります。

 兀朮の指揮下に南進してきた金軍三十万を迎え撃つこととなった岳飛率いる南宋軍二十万。機動力で勝る金軍の騎馬隊に対し、岳飛は地に伏せた歩兵の長刀による攻撃で反撃、金に大打撃を与えることに成功します。
 そして中原の漢民族を解放するため、北方に引いていく兀朮を追う岳飛ですが、これは同時に危険な賭けでもあります。かつての宋国領といえど今は敵地において、兵站もままならぬ中、戦いを続けることとなるのですから。

 そして互いに相手を倒してこそ勝利があると思い定めた岳飛と兀朮は、それぞれ数万にまで軍を減らし、ほぼ互角の条件下で真っ向からの勝負を挑むことに……


 前巻から、いつ果てるともなく続く岳飛と兀朮の死闘。冷静に考えれば単行本にして一冊程度なのですが、とにかく戦いまた戦いの連続は凄まじい密度、作中の羅辰や??律のように、見ているだけで魅入られ、力をすり減らしてしまいそうな戦いが続きます。
 そしてそれでも戦いを止めぬ二人は、数万の軍を率いながらも、ほとんど一騎打ち、それも素っ裸で正面から殴り合うような戦いを続けるのですが――いやはやこのくだりは、『岳飛伝』でも名勝負の一つに数えられるであろう凄まじい戦いであります。

 しかし如何なる戦いにも終わりはあります。そして如何なる戦いも、始めるより終わらせるのが難しいのですが――南宋、金の両陣営とも「その後」に向けて戦いの最中から動き出し、そして岳飛はその動きに絡め取られて苦しむことになります。

 この彼の悩み・苦しみは、戦いを求める個人である戦人と、組織の一員である軍人の間のジレンマと言えるでしょう。戦いの最中に陣を訪れた宣凱に戦いの後のことを問われて、正直に自分にはわからんと言ってしまう岳飛にとっては、それはある意味兀朮以上の強敵かもしれません。
 そして似た者同士であっても、王族であるためか、兀朮の方がこうした状況を素直に受け入れているのが興味深く、また、かつてその状況に飲まれてしまった老いたる禁軍総帥・劉光世の岳飛への言葉もまた熱いのですが……


 そんな岳飛の悩みは、史実の上での彼の運命に繋がっていくことになるのですがそれはさておき、一方の梁山泊サイドは、ひたすら自由に、そしてひたすら壮大に、活動を広げていくことになります。
 海を越え、藤原氏の治める奥州を訪れた張朔。西遼フスオルドに向かい、西方の部族の平定を任された韓成。秦容は南方で甘庶糖を生み出すために悪戦苦闘し、王清は振られた末に変に達観して放浪し……

 梁山泊を離れ、それぞれの生を生きる二世世代たち。一人一人が物語の主人公として活躍(流されてるだけの人間もいますが――)する姿は、実に魅力的であり、これまでになかった新たな梁山泊の姿を感じさせてくれます。
 個人的には、家庭に倦んで仕事に逃げた韓成が、今まで梁山泊の人間には見られなかった形で人間性を顕わにする姿に、大いに心動かされた次第です。


 そして、若者たちが表舞台に躍り出る一方で、舞台から退場していく者もいます。それは呉用――楊令亡き後の頭領として、敢えて無為の姿を見せることで新たな梁山泊の在り方を提示した呉用が、この巻においてついにこの世を去ることになります。

 既に残すところ数えるほどしか残っていない初代梁山泊の生き残りであり、その中でも首脳陣の一人として色々な意味で活躍してきた呉用の最期は、一つの時代の終わりと言っても過言ではないでしょう。

 既に相当の老齢となり、この数巻は床に伏した姿で登場していた呉用。それでいて核心に迫ったような言葉を残してきた彼は、その後継者たる宣凱に対し最期の言葉を残すことになります。

 幾つかあるその言葉はいずれも印象的ですが、個人的に特に心に残ったのは、「心に梁山泊がある者が、梁山泊を作る」という言葉であります。
 上で述べた、場所としての梁山泊を離れて生きる若者たちの有り様を指し示したが如きこの言葉は、あるいは本作のたどり着くところを示しているのではないか――そんなことすら感じさせるではありませんか。

 そしてもう一つ、宣凱に対する最後の指令とも取れる言葉――この先の展開を予告するかのようなその言葉は、おそらくは梁山泊の、そして岳飛の運命を大きく動かすと思われるのですが……


 いよいよ両者が大きく交錯することになるのか――歴史を大きく動かす前半のクライマックスも間近であります。


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