吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
超常の力を持ち人を喰らう鬼と、鬼を討つ者たち・鬼殺隊の死闘を描く物語も巻を順調に重ねてきました。既に第6巻まで発売されているところに恐縮ですが、今回はまず第5巻を紹介しましょう。
家族を鬼に殺され、唯一残った妹・禰豆子を鬼に変えられた末、鬼殺隊の隊士となった炭治郎。これまで隊の命で数々の鬼と戦う中、善逸や伊之助といった仲間(?)もできた彼の新たな任務は、那田蜘蛛山に潜んで人々を襲う蜘蛛鬼の家族との対決でありました。
鬼殺隊の先遣隊を壊滅に追いやった、父母と兄姉、そして末子からなる鬼たち。善逸は兄鬼を倒したものの蜘蛛化の毒に侵され、伊之助は強力な父鬼に苦戦、そして二人とはぐれた炭治郎は、この山の鬼の真の主である末子・累と対峙することに……
というわけで第4巻の後半から始まった那田蜘蛛山での死闘は、この巻を丸々使って描かれることになります。
ユルい描写も少なくない一方で、残酷描写・ホラー描写も容赦ない本作ですが、ここで登場する蜘蛛鬼の一家は、ビジュアルも能力も、実に悍ましく恐ろしいもの。しかしその言葉が最もふさわしいのは、この山で最強の鬼・累でしょう。
見かけは少年でありながら、最強の鬼・十二鬼月の一角を占める累。その力もさることながら、真に恐るべきはその精神性――家族に異常に執着し、自らの力で従えた鬼たちに両親や兄姉の役を強制する様は、歪んだ心を持つ者が多い本作の鬼の中でも屈指の狂気を感じさせます。
そんな恐怖でこしらえた偽りの家族を持つ累と対峙するのが、炭治郎と禰豆子という本物の兄妹というのも、ドラマ的に実に面白い構図であります。
そして自分たちよりも遙かに実力が上の相手との戦いの中で、それぞれ新たな技を会得するのも、定番ではありますがやはりいい。
特に炭治郎の方は、物語開始以前にこの世を去っている父――鬼たちの長・鬼舞辻無惨とも因縁があるらしい――の思い出がきっかけにするというのも、今後の伏線的なものを感じさせてくれます。
しかし本作ならではの物語が描かれるのは、この戦いが決着した後であります。
鬼殺隊最強の「柱」の一人・冨岡の救援によってもあって辛くも累を倒した炭治郎。しかし彼は、鬼を醜い化け物と評し、文字通り踏みつけにする(それは決して悪意からではなく鬼殺隊にとっては当然の反応なのですが)冨岡の言葉を否定するのです。
鬼は自分と同じ人間だったと――そして虚しい生き物、悲しい生き物であると。
容赦なく鬼を斬ることと、その鬼を哀れみ悼むことと――それを両立させることは、一見矛盾に満ちたものであり、そこにあるのは優しさよりも甘さに近いのかもしれません。そして何よりも、禰豆子という存在がいるからこそ出るものなのでしょう。
しかしそんな炭治郎の想いが、これまで鬼の中の「人間性」とでも言うべきものを掬い上げ、彼らに一片の救いを与えてきたのも事実であります。
そしてここにおいても、それが悲しくも最も感動的な形で描かれることになります。詳細は伏せますが、「地獄へ」とサブタイトルが冠されたその回において描かれるものこそは、不吉な印象とは裏腹の、いやその言葉だからこそ輝く、深い愛と救済の姿なのであります。
そしてそれが、本作を人外の化け物退治の物語に終わらせない、人と人であった者との悲しい戦いと和解(それは後者の死によって成されるものではあるのですが)の物語へと昇華させていることは間違いありません。
もちろんそれは数ある本作の魅力の一つに過ぎないとも言えます。
個性的過ぎるキャラクターたちと、そんなキャラたちが、時に何かがすっぽ抜けたかのように繰り広げるユルいやりとりも本作の魅力なのですが――それは次の巻にて存分に描かれることになりますので、その紹介の時にまた。
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