« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017.06.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その二)

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)


 入門者向け時代伝奇小説百選、平安ものの後編であります。

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 突然人の命を奪う鬼撃病が流行し、怪異が頻発する都。この事態を収めるべく奔走する齢84歳の晴明は、自分が少年となった夢を見て以降、徐々に若返り、陰陽師の力を失っていきます。
 自分が夢の中で光源氏と一体化してしまったことを知る晴明。さらに現実世界と、「源氏物語」の物語世界が入り交じるような出来事が次々と起こって……

 平安の有名人・安倍晴明。そして平安を代表する物語「源氏物語」――本作はその両者を組み合わせるという趣向のみならず、現実が物語と混淆し、侵食されていくという、一種の物語の怪を描きます。しかしそこに、政略の道具とされてきた二人の女性が、自分の物語を取り戻す様が重ね合わされることで、本作の物語は深みを増します。
 ユニークな伝奇物語であるだけでなく、同時に物語の力を様々な側面から描く快作です。


52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 独特の美意識に貫かれた伝奇物語を発表してきた作者が、日本最初の物語と日本最大の物語の奇妙な交錯を描く作品であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が手にした秘巻「かがやく月の宮」。かぐや姫の物語を記したそれは、しかし巷間に知られた竹取物語とは似て非なる物語を語ることになります。
 そして徐々に明らかになっていくかぐや姫の正体。仙道書「抱朴子」に記された玉女とは、波斯で月狂外道に崇められた月の女神とは……

 海を越えて展開する幻妖華麗な世界と同時に、その根底にある深い「孤独」の存在を描いてきた作者。本作はその孤独を、日輪に比されるこの国の帝のそれとして描き、日と月の出会いの先に、奇妙な救いを描き出します。 さらにそこから新たな物語の誕生が生まれるのも面白い、作者ならではの奇想に満ちた物語です。


53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 少女向けの平安伝奇を中心に活躍してきた作者が一般読者向けに描く本作は、実に作者らしいコミカルでエキセントリックな物語であるります。
 タイトルの「ばけもの好む中将」とは、左近衛中将宣能のこと。右大臣の御曹司にして容姿端麗な彼は、しかし怪異が好きでたまらず、わざわざ探しに出かけてしまう奇人であります。

 そんな宣能と、何故か彼に気に入られてしまった中流貴族の青年・宗孝。二人が怪異を求めて繰り広げる珍騒動は、作者が自家薬籠中とする平安コメディの楽しさに満ちています。
 その一方で、「怪異」の中に浮かび上がる人間模様もまた興味深い。特に各エピソードに絡む宗孝の十二人の(!)姉のキャラクターは、歴史の表舞台には現れない当時の女性たちの姿を掘り下げることで、本作に可笑しさに留まらない味わいを与えているのです。

(その他おすすめ)
『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次) Amazon


54.『風神秘抄』(荻原規子) 【児童文学】 Amazon
 古代を舞台とした「勾玉三部作」の作者が、その先の平安末期を舞台に描くボーイミーツガールの物語です。

 平治の乱に敗れ、一人生き残った源義平の郎党・草十郎。笛のみを友に生きてきた彼は、自分の笛と共鳴する舞を見せる白拍子の少女・糸世と出会い、惹かれ合うようになります。
 時空さえ歪めるほど自分たちの笛と舞の力で、幼い源頼朝の運命を変えようとする草十郎。しかしその力に後白河法皇が目をつけて……

 文字通り時空を超えるファンタジーであると同時に、実在の人物を配置した歴史ものでもある本作。その中では、神の世界と人の世界の合間で、自分の価値と居場所を求めて彷徨う少年少女の姿を描き出されることになります。
 草十郎にまとわりつくカラス、鳥彦王のキャラクターも魅力的で、重たくも明るく、微笑ましさすら感じさせる快作です。

(その他おすすめ)
『あまねく神竜住まう国』(荻原規子) Amazon


55.『花月秘拳行』(火坂雅志) Amazon
 後に大河ドラマ原作をも手がけた作者のデビュー作――平安末期を舞台とした奇想天外な拳法アクションであります。
 漂泊の歌人として歌枕を訪ねて陸奥へ旅立った西行。しかし実は彼は藤原貴族の間に連綿と伝えられてきた伝説の秘拳「明月五拳」の達人。もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求める彼の行く手には、恐るべき強敵たちの姿が……

 西行といえば人造人間製造など、逸話には事欠かない人物。しかし本作は、その彼に歌人としての要素を踏まえつつ、拳法の達人というキャラクターを与えたのが素晴らしい。
 さらに、暗花十二拳を大和朝廷に怨みを持つまつろわぬ民の末裔に伝わる拳法と設定したのも見事。秘術比べの域を超え、歴史の陰に隠された怨念の系譜を浮かび上がらせることで、本作は優れた伝奇ものとして成立しているのです。


(その他おすすめ)
『人造記』(東郷隆) Amazon
『宿神』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
安倍晴明あやかし鬼譚 (徳間文庫)かがやく月の宮ばけもの好む中将―平安不思議めぐり (集英社文庫)風神秘抄【上下合本版】 (徳間文庫)花月秘拳行 (角川文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「安倍晴明あやかし鬼譚」(その一) 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超えるもの
 「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に
 「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

| | トラックバック (0)

2017.06.29

上田秀人『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』 「継承」の対極にある存在

 上田秀人の最新シリーズである『日雇い浪人生活録』も、これで早くも第3弾。田沼意次の壮大な試みに手を貸すことになった両替商・分銅屋を守って今日も用心棒稼業の左馬介。しかし難敵を辛うじて退けたものの、そのために彼と分銅屋は思わぬ窮地に陥ることに……

 米本位制から金本位制への移行という、大御所吉宗の遺命実現のためのパートナーを捜していた意次に見出され、手を貸すこととなった分銅屋。
 人柄と鉄扇術を買われてその分銅屋の用心棒となった浪人・諫山左馬介ですが、剣術の腕はからっきし、謎の敵の襲撃に大苦戦を強いられることになります。

 それでも何とか切り抜けた彼の前に今回現れるのは、分銅屋を蹴落とそうとする札差・加賀屋がし向けてきた刺客。歴とした旗本の家臣であり、剣術の遣い手を向こうに回して、浪人・左馬介は再び苦戦を強いられるのですが……


 そんなわけで、生きる糧のためとはいえ、今回も命がけの用心棒として奮闘する左馬介。本来であれば守りの術である鉄扇術で剣術使いに立ち向かうという苦境に立たされた彼の戦いがクライマックスと思いきや――実は物語の本番は、この後に待っていました。

 死闘の末、辛うじて刺客を斃した左馬介。相手の命を奪っただけでなく、一つの家系を滅ぼしてしまったことに悩みながらも、何とか立ち直った(ここで思わぬ役割を果たすお庭番ヒロインが楽しい)彼は、しかし思わぬ追求を受けることになるのです。

 主人公が襲ってきた刺客を倒す――これは時代小説においては当然の展開、上田作品でもお馴染みの展開ですが、しかし本作は少々状況が異なります。
 何しろ左馬介は単なる浪人――密命を受けた幕府の役人などではなく、無宿者よりも少しマシな扱いという程度の身分。たとえ正当防衛とはいえ、歴とした武士を殺してお咎めなしとはいかないのであります。

 そして用心棒である彼が罪に問われれば、雇い主である分銅屋もただでは済まず、得をするのは(そもそもこの事態を引き起こした)加賀屋――というわけで、本作のメインとなるのは、如何にこの事態を切り抜けるかという、一種の頭脳戦なのです。

 この辺りの展開は、浪人という作者の主人公としては珍しい設定を存分に生かしたものであり、本シリーズならではの面白さというほかありません。
 そしてこの苦境からの脱出も、単に意次の権力にすがってというだけでなく(そもそも主人公サイドとしてそれはいかがなものか)、そこから一捻りも二捻りも加わり、左馬介ならずとも呆然としてしまうような結末を迎えるのには唸らされました。


 このように金本位制への移行というミッション以上に、「浪人」である左馬介の存在が生み出すドラマと、そのキャラクターの掘り下げに力点を置いている感のある本作。  その彼の存在が、上田作品において、本作を、本シリーズを、特異な位置のものとしていることに、今回改めて気づかされます。

 上田作品に通底するものとして、作者自身が挙げるテーマ――「継承」。
 人間の当然の営みとして、家を、血を、地位を、財を、親から子へと受け継いでいく「継承」。その最たるものである将軍の座を巡る争いなどは、上田作品でしばしば見られるモチーフでしたが――左馬介は、その「継承」とは無縁の、対極にある存在なのであります。

 何しろ、浪人である彼にとっては後世に残すべき家も地位もない。そもそも財がないわけですが、そのために家庭を持って血を残すこともできない。
 そんな、その日を生きるのがやっとで明日に残すものがない――そうしたいという夢もない――彼の身の上を示す「日雇い」という言葉は、「継承」のある種のアンチテーゼであると言えるのではないかと感じられるのです。

 しかし同時に彼ら浪人は、実質的には無為徒食の武士とは違い、働くことの意味を、「金の価値」を知る者でもあります。
 武士でもない、庶民でもない、その間にある浪人。今はひどく宙ぶらりんではありますが、あるいはその存在は一つの可能性と……言うのはさすがに無理はありますが、せめて左馬介には、彼自身の生きた意味を見出して欲しい、と声援を送りたくなるというのが、正直な気持ちであります。


 米から金への世の中が実現するのか――それと同じウェイトで、主人公のこれからの「生活」が気になる物語であります。


『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
日雇い浪人生活録(三) 金の策謀 (ハルキ文庫 う 9-3 時代小説文庫 日雇い浪人生活録 3)


関連記事
 上田秀人『日雇い浪人生活録 1 金の価値』 二つの世界を結ぶ浪人主人公
 上田秀人『日雇い浪人生活録 2 金の諍い』 「敵」の登場と左馬介の危険な生活

| | トラックバック (0)

2017.06.28

浅田京麻『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』 定番を超えた美しいものたちの物語

 明治時代の横浜の古美術店を舞台に、士族の娘と異人の血を引く鑑定士が繰り広げる、ちょっと不思議要素あり、ラブコメ要素ありの、瑞々しく魅力的な物語であります。

 留学を目指す兄のために、洋服店で働いてきた芳野結子。客に勧められて投機のために買った雪舟の掛け軸を売りに古美術店・霧島堂を訪れた彼女は、しかし店の鑑定士・ミハルから、掛け軸が真っ赤な偽物と知らされます。

 掛け軸のためにした借金返済のため、あわや身売りさせられそうになったものの、ミハルと友人たちの奔走で事なきを得た結子。
 それがきっかけで、霧島堂で売り子兼メイドとして働くことになった彼女は、イケメンながらドSで俺様キャラのミハルに反発を覚えつつも、いつしか惹かれるようになって……


 素直でお節介焼きのヒロインが、イケメンで腕利きだけど変わりものの店主に振り回されながらも少しずつ成長し、そしていつしかラブいことに――というのは、今日日のお仕事ものには定番のパターンでしょう。
 その意味では本作はそのど真ん中の作品。ミハルが異人の父と日本人の母との間に生まれたハーフであったり、物に込められた人の記憶を視る能力があったりという要素はあるものの、スタイル自体はまず定番と言ってよいかと思います。

 そのため(ミハルの「能力」が思ったよりも作中でクローズアップされることが少ないこともあって)第1巻を読んだ時点では、そこまで印象に残る作品ではなかったのですが――しかし、読み進めるにつれ、本作の魅力が、どんどんと強まっていくのを感じました。

 何よりも、結子とミハルの、初対面は悪印象だった同士が、やがてそれぞれの美点を見出し、様々な障害を乗り越えて惹かれあっていく――というこれまた定番の展開を、本作ならではの設定を生かしつつ丹念に描き、積み上げていくのがいいのです。

 士族の出とは言い条、兄の立身のためには自分が働かなければならない結子。父は母国に帰り、母は早くに亡くなって、異人の子として周囲から爪弾きにされてきたミハル。
 それぞれにこの時代ならではの背景を抱えた二人が、その背景から生まれるものに翻弄されつつ、それだからこそ互いを理解し、距離を縮めていく……

 むしろお話としては当然の展開ではありますが、それだからこそ、きちんと描くのは難しい内容。しかし作者は、おそらくはデビュー作の本作において、そうとは感じさせぬ確かな筆致で、そんな微笑ましくも、大いに共感を抱かせる二人の姿を丹念に描き出すのであります。


 しかし――それ以上に本作を魅力的なものとしているのは、「明治時代の」「横浜の」「古美術店」という設定を存分に活かした物語作りにこそあります。

 タイトルに冠された「文明開化」によって海外の事物が一気に流れ込んできたこの時代。それは同時に、この国の古き物の価値が、一気に揺らいだ時代でもありました。
 廃仏毀釈により破壊・消失した仏像仏典、印刷技術の発展で消えていった(そして海外に流出した)浮世絵――そんな、時代の境目に翻弄された数々の美術品にまつわる物語を、日本と諸外国との接点である横浜において、本作は描き出します。
(そしてその古さと新しさの、洋の東西の交わるところに、その申し子ともいうべきミハルを据える設定もいい)

 そしてまた、上に挙げたようなメジャーな題材だけではありません。
 例えばラストエピソードとなる第4巻においては、「買弁」(欧米のビジネスを支援する代理人的立場の清国人)という、漫画のみならず他のメディアでも滅多に登場しない存在を題材に物語を展開してみせたのには、大いに感心させられた次第であります。


 前半で定番という言葉を連発してしまい、非常に申し訳なかったのですが、その定番を踏まえつつも、そこから大きくステップアップして、この作品ならではの美しい独自の物語を見せてくれた本作。
 全4巻と分量は少なめなのですが、しっかりと内容の濃い良作であります。


『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』(浅田京麻 秋田書店プリンセスコミックス全4巻) Amazon
[まとめ買い] 文明開化とアンティーク~霧島堂古美術店~(プリンセス・コミックス)

| | トラックバック (0)

2017.06.27

戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに

 あの幸村の子にしてとんでもない守銭奴の商人・真田源四郎と、伝説の忍び・佐助の技を継ぐ忍者である野生児・クモ――相棒なのか宿敵なのか、おかしなコンビが戦国の亡霊たちに挑む物語もこの巻で完結。伊達家の忍び集団に潜み、戦国を上回る混沌をもたらさんとする怪忍・天雄との戦いの行方は――

 怪しげな動きを見せる忍びたちの動きを追って奥州に向かった源四郎とクモ。そこで彼らは、伊達家の黒脛巾組と、元・軒猿十王の一人・天雄の暗闘に巻き込まれることになります。
 クモのかつての仲間であるシカキンとともに天雄を倒したものの、味方と思っていたシカキンと黒脛巾組に捕らえられ、絶体絶命となった源四郎一行。

 そしてさらに悪いことに、替え玉を使って生き延びていた天雄、そして彼と結んでいた黒脛巾組の頭領・世瀬蔵人が正体を現し、そこに天雄を追う大嶽丸、十王の頭・髑髏までが現れて、大乱戦が繰り広げられることに……


 というわけで、この巻で繰り広げられるのは、ほとんど冒頭からラストまで、超絶の技を持つ忍者たち――いや、前巻でついに見せた真の実力をもって、忍者ならぬ源四郎も参戦――の一大バトルであります。

 かくて展開するのは、大嶽丸vs天雄、髑髏vs天雄、シカキンvs蔵人、源四郎vs蔵人、そしてクモvsシカキンと、見応えしかないようなバトルの連べ打ち。
 特に医術薬術を以て、他者のみならず自らの体まで改造して暴れ回る天雄は、まったく厭になるくらいのしぶとさで、この伊達編のラストを飾るにふさわしい怪物的な暴れぶりでありました。


 しかし、そんなダイナミックな死闘の数々を通じて描かれるのが、どちらが強いかという腕比べだけでなく、彼らそれぞれの戦う理由――言い換えれば、戦乱が終わった後の時代を如何に生きるべきか、という問いかけへの答えのぶつかり合いであることは見逃せません。
 何しろその問いかけは、この物語において様々に形を変え、幾度も問いかけられてきたものなのですから。

 長きに渡りこの国で繰り広げられてきた戦乱の時代の、その最後の戦いともいうべき大坂の陣の翌年を舞台とする本作。
 破壊と殺戮が繰り返され、源四郎流に言えば大いなる金の無駄遣いであったその時代に、しかし、自分自身の夢を見た者たちも確かに存在しました。そしてその戦乱の中においてのみその存在を許される者たちも。

 前者を武将、後者を忍者と呼ぶことができるかもしれませんが――いずれにせよ、戦乱あってこその存在であった彼らが、戦乱が終わった後に何を望むのか? 
 本作の主人公の一人である源四郎は、そんな戦乱の申し子たちの想いを見届け、そしてジャッジする存在であったと、この巻を読んで、改めて感じさせられました。

 そしてそれは、己の父・幸村を討つことで戦乱の時代に終止符を打った彼だからこそできる、彼だからこそやらなければならない役目であるとも……


 さて、冒頭でこの巻を以て本作は完結と述べましたが、しかし物語はまだまだその奥に広がりがあることを窺わせます(本作は人物設定等相当しっかりと行われているらしく、ちょっとした描写が後になって伏線とわかったりと、幾度も感心させられました)。
 いわばこの巻は、伊達編の完結とも言うべき内容。ここでの戦いは終結したものの、解消されぬ因縁は幾つも残されています。

 何よりも、戦乱の時代を引きずり、そして戦乱の時代に囚われた者たちはまだまだ数多くいるはず。だとすれば、源四郎とクモの旅路もまた、これからも続くのでしょう。
 ラストにとんでもない素顔(とか色々なもの)を見せた髑髏の存在もあり、いずれまた、源四郎たちの活躍を見ることができると、信じているところであります。


『どらくま』第6巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 6 (BLADE COMICS)


関連記事
 戸土野正内郎『どらくま』第1巻 武士でなく人間として、大軍に挑む男たち!
 戸土野正内郎『どらくま』第2巻 影の主役、真田の怪物登場?
 戸土野正内郎『どらくま』第3巻 源四郎が選ぶ第三の道!
 戸土野正内郎『どらくま』第4巻 新章突入、北の地で始まる死闘
 戸土野正内郎『どらくま』第5巻 乱世を求める者と新たな道を求めるものの対決

| | トラックバック (0)

2017.06.26

北森サイ『ホカヒビト』第2巻 人に寄り添い、人を力付ける者

 この世ならざるものを見る目を持つ少年・エンジュと、彼を連れて旅することになった女薬師・コタカの道行きを描く、不思議でもの悲しく、そして温かい物語の続巻であります。

 行き倒れた母の胎内から、山に暮らす老婆・オバゴによって取り出され、二人で暮らしてきたエンジュ。しかしある年その地方を飢饉が襲ったことから、土地の人々に忌避されてきた二人は災いの源扱いされた末に、理不尽な襲撃を受けることになります。
 オバゴの犠牲とコタカの助けによって救われたものの、天涯孤独となったエンジュ。コタカとともに旅に出た彼は、往く先々で様々な人と、そして不思議な現象と出会うのですが……


 そんな二人の旅路を描くこの2巻の冒頭で描かれるのは、前巻から続く、エンジュの目にしか見えない妖虫・ツツガムシが跳梁する村の物語であります。
 江戸から明治に変わり、新しい時代となっても重税と病に苦しむ村の人々の中で、病気の祖父を支えて健気に暮らす美少女・ユキと仲良くなったエンジュ。しかしエンジュたちが村を離れている間に、ユキに目を付けた徴税吏によって、彼女は惨たらしい暴力に晒されて……

 というあまりにも救いのないエピソードに続いて描かれるのは、コタカとは幼なじみの青年・リュウジが監督として働く鉱山に現れた、奇怪な幽霊の物語。
 坑道の中に現れ、おれは誰だと訪ねる、体中に包帯を巻いた男という、本作には珍しいストレートな怪物めいた存在の意外な正体とその過去に、コタカとエンジュは触れることになります。

 そしてそこから続いてリュウジがエンジュに語るのは、コタカが「コタカ」となった物語であります。
 不作の年に村から生贄に出された末、狼に育てられて人の言葉を無くし、犬神の使いと呼ばれることとなった少女・ハナ。彼女と、彼女を救おうとするリュウジの前に現れた隻眼の男、旅の薬師「コタカ」は、ハナを捕らえると厳しい態度で接するのですが……


 この巻に収められた三つのエピソードは、それぞれ全く異なる物語ではありますが、そこに共通するものは確かに存在します。
 それは人間の見せる弱さ、悲しさ、醜さ――自分自身の力ではどうにもならぬ理不尽な状況の中で、苦しむ人々の姿であります。

 そんな苦しみの中で、ある者はなす術なく流され、ある者は他者を犠牲にしようとし、またある者は深く傷つき――時には命を、人の身を捨てるしかなかった人々の前に、エンジュとコタカは立つことになります。
 いや、ここまで描かれてきたように、エンジュとコタカ自身が、そんな人々の一人であったのです。

 それでは人間は――そしてエンジュとコタカは――そんな理不尽な苦しみに対して、本当に無力な存在でしかないのでしょうか。
 その答えは、半分は是、半分は否なのでしょう。
 神ならぬ人の力ではどうにもならないことはある。しかし、それでも、人が人として命を全うしようとする限り、それに寄り添い、力づけることはできる――そしてそれこそが、「コタカ」と呼ばれる者の持つ力なのです。

 「コタカ」にできることは、苦しむ者に、命の流れの向かう先を示してやることでしかありません。
 しかし、人が自分一人で生きてるわけではないと知ることが、どれだけの力を生み、救いをもたらすか。本作で描かれるコタカとエンジュの旅路は、その一つの証であると言えます。そしてそれこそが、彼らから世に生きる人々への祝福なのでしょう。


 もっとも、身も蓋もないことを言ってしまえば、そこから生まれるカタルシスは、そこまでに描かれる人間と世界の悲惨さを上回るものではなかった――より厳しい言い方をすれば、そこから予想できる物語の範囲から出るものではなかった、という印象はあります。
 それを考えれば、本作がこの巻で終了というのも、やむなしとも感じますが……

 しかし新たな「コタカ」の誕生を予感させる結末は、人一人のそれを超えて――血の繋がりを超える、心の繋がりを持って――遙かに受け継がれていく(受け継がれてきた)命の流れを感じさせるものであります。
 そしてそれを以て、本作として描かれるべきは描かれたと、そう言ってもよいのではないでしょうか。


ホカヒビト』第2巻(北森サイ 講談社モーニングKC) Amazon
ホカヒビト(2) (モーニング KC)


関連記事
 北森サイ『ホカヒビト』第1巻 少年と女薬師が行く世界、見る世界

| | トラックバック (0)

2017.06.25

ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』

 本日、ESPエンタテインメント東京本館で開催された、ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』を観てきました。昨年の冬の『クロボーズ』に続くLIVEリーディングなるこのイベント、観客の前で、声優が漫画のキャラクターの声を当てるというユニークな試みであります。

 今回のLIVEリーディングの題材となっている『戦国新撰組』は、『クロボーズ』と同じく富沢義彦原作の戦国アクション漫画。
 朝日曼耀作画による本作は、以前このブログでも第1巻をご紹介いたしましたが、タイトルから察せられるように、あの新撰組が戦国時代にタイムスリップして始まる奇想天外な物語であります。


 今回のLIVEリーディングで上演されたのは、原作の第8話まで――現在発売されている単行本第1巻は第5話までが収録されていますが、おそらくは第2巻まで収録される辺りまでが今回上演されたことになります。

 池田屋事件後のある日、突如として戦国時代――桶狭間の戦いの直前の尾張にタイムスリップしてしまった新撰組。
 その一人、三浦啓之助は、土方、島田らとともに、織田家に士官する前の木下藤吉郎と蜂須賀小六と遭遇し、捕らえられて信長の前に引き出されることになります。

 その動きを察知した近藤・斎藤・井上・山崎たちは、土方らを救出するために、織田の本陣を急襲。一方、山南・沖田・藤堂は成り行きから今川軍に潜り込み、織田軍と戦うことに……

 という本作は、新撰組のキャラクター数からも察せられるように、かなりのキャラクターが登場する物語。さらにモブが入り乱れる合戦シーンなどもあり、相当賑やかな(?)展開となるのですが――それがこのLIVEリーディングという形式には実に似合っていた印象があります。

 特に物語の中で結構なウェイトを占める合戦シーンは、SEによる効果もあいまって相当の迫力。ここだけでもLIVEリーディングの甲斐があった――というのはさすがに言い過ぎですが、漫画ではさらっと読んでしまうような乱戦部分にも引き込まれたというのは、大きな効果であったと思います。

 そして内容の方も、先に触れたように第8話までと結構なボリュームではあったのですが、しかし駆け足という印象はなかったのは、これは原作自体のスピード感が相当なものであるためでしょうか。

 なにしろ、上で述べたあらすじだけではわからないような驚きの展開の連続である本作。連載の方ではかなりの頻度でショッキングな展開(特に第5話のラストの信長○○にはもう……)が飛び出してくるのですが、それを一気に観ることができたのは、原作読者としても非常に楽しい体験でありました。
(もっとも、このLIVEリーディングにおいては、個人的には第○話、というように分けなくてもよかったのでは……とは思います)

 演者の方も、声優オンチの私でも名前を知っている代永翼の三浦啓之助などはまさにハマり役。原作での、根性なしで、それでいていざとなると何をやらかすかわからない(そしてそんな中に様々に鬱屈するものを抱えた)「現代っ子」ぶりをうまく再現していたという印象があります。
 もう一つ、楠田敏之演じる土方は、声がついてみるとかなりテンパったキャラだったのだなあ……とも(これは演技への感想ではなく、作中での扱いへの感想ですが)


 何はともあれ、前回の『クロボーズ』よりも(物語のテンポなどが異なるとはいえ)より舞台にマッチした内容で、演出等も洗練された印象があった今回のLIVEリーディング。
 流行の2.5次元よりもさらに2次元に近い、2.25次元的な舞台ですが、この形式ならではの面白さをまだまだ見てみたいと思わされる舞台でありました。



関連記事
 朝日曼耀『戦国新撰組』第1巻 歴史は奴らになにをさせようとしているのか

| | トラックバック (0)

2017.06.24

上田秀人『日雇い浪人生活録 2 金の諍い』 「敵」の登場と左馬介の危険な生活

 幕府を米本位制から金本位制に切り替えるという吉宗の遺命を受けた田沼意次に力を貸すこととなった両替商・分銅屋仁左衛門。その分銅屋に挟まれた日雇い浪人・諫山左馬介の苦闘を描くユニークなシリーズの第2弾であります。早くも現れた「敵」に対し、左馬介と分銅屋はいかに挑むのでしょうか。

 分銅屋仁左衛門に雇われ、分銅屋が買った隣の空き店の片付けをしていた際に不審な帳面を見つけた左馬介。その帳面がきっかけで、二人の周囲には怪しげな連中が出没することになります。
 一方、吉宗がし残した最後の改革として、既に行き詰まりを見せた米本位制を、金本位制に切り替えることを命じられたお側御用取次・田沼意次は、餅は餅屋と、江戸市中の商人を手駒に引き入れることを目論みます。

 かくて交錯することとなった江戸屈指の両替商と、幕府きっての出世頭の運命。そしてその誠実さを見込まれて分銅屋の用心棒となった左馬介も、否応無しに江戸の世を動かす企てに巻き込まれることになって……


 と、一見人情ものめいたタイトルとは裏腹に、やっぱり危険な「生活」を送ることになってしまった左馬介の奮闘を描く本作。
 今回はいよいよ本格的に分銅屋を狙う敵が登場、江戸有数の札差・加賀屋に加え、幕府側にも分銅屋を、いや田沼を敵視する勢力がいることから、状況はいよいよややこしく、上田作品らしくなってきました。

 そしてそんな敵勢力が数々登場する中で重要になるのは、言うまでもなく左馬介の存在なのですが――しかし人柄は申し分なしなれど、腕前の方は少々心許ないのが面白い。
 剣豪ものでは定番の、相手の殺気を背中で感じ取るというスキルがあるはずもなく、そのままでは心配だからとわざわざ剣術道場に通わされるのですから(そんな主人公初めて見ました)、用心棒としてはいささか心許ないキャラクターが、逆に個性的に映ります。

 しかしもちろん全くの役立たずではなく、父譲りの鉄扇術の遣い手というのがユニークで、間合いは狭く、ほとんど完全に防御主体という鉄扇術が果たして実戦でどこまで役に立つのか――と興味をそそられます。
 強すぎる主人公は時に興を削ぐものですが、その辺りをうまくかわし、個性的な殺陣を用意してみせたのは、さすがというべきでしょう。

 そして、これは前作の紹介でも述べたかと思いますが、武士の世界――「権」の世界と、商人(庶民)の世界――「財」の世界、二つの世界を描く本シリーズにおいて、武士と庶民の間の存在である、強すぎない主人公、武士だけれども刀を使えない主人公という設定は、物語のテーマに即したものと言えるでしょう。

 そしてそんな彼と対照的に、ヒロイン(?)のクールビューティーな御庭番の神出鬼没ぶりも楽しく、この辺りの人物配置も、またベテランの技であります。


 さて、こうして「敵」は登場してきたものの、田沼と分銅屋の壮大すぎるプロジェクトはまだまだ始まったばかり。
 帳面を武器に、幕府の財務担当たる勘定吟味役に揺さぶりをかける分銅屋の策は当たるのか。動き出した政敵たちの攻撃を、田沼はかわすことができるのか。

 そしてその中で左馬介の生活はどうなってしまうのか――いよいよ本格化する金の諍いがどこに向かうのか、最新巻の第3巻も近々にご紹介いたします。

『日雇い浪人生活録 2 金の諍い』(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
金の諍い―日雇い浪人生活録〈2〉 (時代小説文庫)


関連記事
 上田秀人『日雇い浪人生活録 1 金の価値』 二つの世界を結ぶ浪人主人公

| | トラックバック (0)

2017.06.23

『変身忍者嵐』 第19話「恐怖の人食い! 分身怪人!!」

 ダルマ爆弾を各地に売りさばく使命を受けたキバギツネは、子供たちを催眠術で操り、配下としていた。陰謀を察知したハヤテたちだが、タツマキたちが捕らえられ、分身を駆使するキバギツネに苦しめられる。幾重もの罠を突破してハヤテはキバギツネを倒し、子供たちを助け出すのだった。

 鬼火が漂う墓場で、掘り起こした死体の肉を食らっている(らしい)キバギツネという恐ろしいシーンから始まる今回、キバギツネのエネルギー源は死肉とのことですが、骸骨丸が呼びに来てキバギツネは子供をさらいに出かけます。はい、「恐怖の人食い!」要素終わり。
 そして寺子屋を襲撃したキバギツネは、寺子屋のお師匠さんを牙にかけると、子供をさらってしまいます(あ、もしかしてこの後お師匠さんは……)。と、魔神斎の前にかしこまるキバギツネと骸骨丸の前には大量のダルマという珍妙な絵面に首を傾げていたら、今回の作戦は、気温30度以上になると発火する黄燐を使い、爆薬を仕込んだダルマを全国に売りさばき、暑くなる季節には日本中で爆発して大混乱――という迂遠な作戦。そのダルマを売りさばくために子供たちをさらってきたという相変わらずの泥縄ぶりであります。

 案の定、年末でもない季節外れの時期にダルマを売って回る一団を目撃し、さらにタツマキの仲間の伊賀忍者からの知らせで、硫黄が強奪されたことを知った(そして何故か嬉しそうに、これで火薬が作れるわねというカスミ)ハヤテ一行は、速効でダルマが怪しいと睨みます。
 後を追った一行は、不当なダンピングでダルマを売りさばいていたという商人・黒兵衛が怪しいと睨み、その屋敷に潜入しますが、もちろん黒兵衛はキバギツネ。ハヤテたちが来ると睨んでいたキバギツネの吊り天井の罠でタツマキとツムジは今回も捕らえられ、辛うじて脱出したハヤテの前には、分身の術で二体となったキバギツネが立ち塞がります。

 今回はゲジゲジ魔のように映像で誤魔化さず、ちゃんと二体造形されているキバギツネ(そのせいかデザイン的にはシンプルかも……)は、分身と本体で微妙にずれて喋ったり、互いで会話したりと器用な(?)怪人。そして二体で何をするかと思えば、巨大なU字磁石を取り出して磁石吸い寄せの術で嵐の刀を吸い寄せます。手こずった嵐は、刀を竹光とすり替えるのがやっとで、タツマキたちを助ける間もなくその場から脱出するのでした。

 それでもカスミと二人で屈することなくダルマ爆弾を追うハヤテは、翌日再びダルマ売りを追いますが、カスミに子供たちが群がった、と思えばそれは下忍の変装。下忍の群れに引きずり倒されてもみくちゃにされてなんかマズい絵面になったカスミを救い出したハヤテは、手薄になったであろう黒兵衛屋敷にカスミを行かせると、自分はキバギツネを嵐旋風斬りで倒すのですが――それは分身。屋敷で待ち構えていた本体にカスミは捕らえられ、一家仲良く穴蔵に放り込まれます。
 一杯食わされたとハヤブサオーで屋敷に急ぐ嵐ですが、そこに待ち受けていたのは、キバギツネの命を受けて爆弾を片手に待つ下忍。そして嵐が通りかかるや、下忍は飛びついてもろともに自爆!

 勝ち誇るキバギツネですが、何だかよくわからない理屈で嵐は颯爽と屋敷に見参。救い出したタツマキ一家に囚われの子供たちの救出を任せると、自分はキバギツネとの決戦に望みます。今回もでっかい磁石を取り出すキバギツネですが、嵐は磁石にくっつかない金属の刀にしていたのだ! と何だかよくわからない理屈でこれを突破。奇策は尽きたか珍しく刀を手にして戦うキバギツネは、分身して嵐に襲いかかります。
 一対二の対決もものともせず豪剣を振るう嵐は、秘剣影うつしで敵の本体と分身を見分けてまず分身を倒し、今度こそ本体に嵐旋風斬り炸裂! ついにキバギツネを倒し、血車党の企みを粉砕するのでした。


 相変わらずアバウトな血車党の策(そもそも安売りで押し付けるくらいなら、こっそり置いてくればいいと思う……)といい、真面目に考えていても裏切られるよくわからない嵐の危機突破といい、今回もある意味非常に嵐らしいエピソードですが、しかしその一方で殺陣がえらく格好良いのもまた嵐らしい。
 ラストも二人の敵を相手に一歩も引かぬ立ち回りから、新旧必殺技の連打でキバギツネを倒すのが実に格好良いのであります。


今回の化身忍者
キバギツネ

 人間の死肉をパワー源とする狐の化身忍者。分身の術で二体に分かれ、磁石吸い寄せの術で相手の刀を封じる。ダルマ爆弾を日本中にばらまくため黒兵衛という商人に化け、さらった子供を催眠術で操って配下としていた。ハヤテに作戦を見抜かれ、幾つも仕掛けた罠も突破されて嵐旋風斬りに敗れる。


『変身忍者嵐』第2巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.2 [DVD]


関連記事
 「変身忍者嵐」 放映リストほか

| | トラックバック (0)

2017.06.22

渡辺仙州『封魔鬼譚 3 渾沌』 もう一人の封魔の少年と閉ざされた村

 犠牲者の姿はおろか、記憶までも完全に模倣する怪生物・封魔によって生まれ変わった少年の冒険を描く『封魔鬼譚』の第3弾は、もう一人の封魔の少年・楊月を主人公とした一種の外伝。乗合馬車に同乗した客たちと共に、閉鎖空間と化した奇怪な村に閉じこめられた楊月の姿が描かれることになります。

 かつて貧しさ故に売られ、宋国による封魔開発の実験台とされた楊月。その経験故に国に恨みを抱き、福州で封魔を密かに育ててばらまくことで多大な混乱を招こうとした彼は、その犠牲者である李斗との出会いをきっかけに、ひとまずは矛を収めることとして……

 というのが彼の側から見た第1巻の物語ですが、本作はその後の物語。福州を離れるために乗合馬車に乗った楊月ですが、事故で御者が深手を負い、馬車を離れた楊月と乗客たちは、とある村に足を踏み入れることになります。
 無人となって久しいと思われるその村で一行に襲いかかったのは、伝説の妖魔・渾沌を思わせる毛むくじゃらの怪物。人を砂に変えるその怪物に乗客の一人が犠牲となり、慌てて村から脱出しようとした一行は、しかし行けども行けども村の外に出れないことに気付くことになります。

 何者かが村の中の空間をねじ曲げ、自分たちを閉じこめたことに気付き、一癖ありげな数学者や旅の画家を中心に、迷宮と化した空間の法則性を見つけよう試行錯誤を重ねる一行。
 そしてそんな彼らと距離を置く楊月の心に語りかける謎の声が……


 奇妙かつ奇怪な怪物の跳梁と、それが引き起こす一種不可能犯罪めいた怪事件を描いてきた本シリーズですが、本作はその基本を踏まえつつも、何と閉鎖空間ものとして展開。
 謎の空間に閉じこめられ、命の危険に晒された人々が、時に協力し、時に反目しながら脱出を試みるも――というのはホラー映画などでしばしば見る趣向ですが、このシリーズでお目にかかれるとは思ってもみませんでした。

 こうした物語では、利己的な者、冷静な者、狂信的な者、得体の知れぬ者などが入り乱れて様々な人間模様を描き出すのが常ですが、本作においても、それは同様。様々なキャラクターたちが織りなす人間模様は、あっさり目ではあるものの、その様を冷たく見据える楊月の存在もあって、なかなか面白い内容となっております。

 しかしその一方で、楊月の意外な人間性もまた、本作では同時に描かれることになります。物語の途中、楊月が微睡むたびに彼が夢見る過去の風景――それは彼が封魔になる直前の出来事の記憶なのです。
 それは言い換えれば彼が人間であった時代の最後の記憶……文字通り彼が人間の心を持っていた時の姿を描くこのエピソードは、同時に彼の失ったものの大きさを、そして本シリーズにおいて真の悪とは何であるかを考えさせます。

 そしてまた、本作において記憶と人格が同義であるのであれば、その記憶を持ち続ける彼は、たとえ体は封魔に変わろうともやはり以前の彼と変わらぬままの存在ではないのだろうか、とも感じさせるのですが……


 しかしそんなドラマ面と同時に見逃せないのは、超自然的な現象が発生し、超自然的な存在が跳梁する世界であろうとも、その中に一つの法則が――言い換えれば一種の科学的視点が存在することであります。

 本作における超自然現象の最たるものは、閉鎖空間と化した村の存在でしょう。
 閉鎖区間――正確に言えば、村内の道を歩いているうちにいつの間にか別の場所に転移させられているという状況から、どのようにして脱出するのか? そもそも現在位置すらわからぬ状況で……

 と、そこから繰り広げられる脱出劇が、本作の最大の見どころ。観察と分析という、まさに「科学的」というべき思考と方法論に貫かれた行為によって超自然現象を解明し、打破してみせるのは、相手が超自然的なものであるからこそ一層、痛快ですらあります。

 そしてそれは、これまでのシリーズで描かれたアプローチをより推し進めた本シリーズならでの魅力と言うべきでしょう。
 さらにこの視点が、人間の記憶と人格を巡る物語に一定の説得力を与えていることも見逃せません。


 外伝と言いつつも、思わぬところで李斗の物語と絡めるなど(そういえば……! と感心)の趣向も心憎い本作。シリーズは今のところ三部作と表記されていますが、まだまだ李斗の物語も楊月の物語も道半ば、続編を心から希望するところであります。


『封魔鬼譚 3 渾沌』(渡辺仙州 偕成社) Amazon
封魔鬼譚(3)渾沌


関連記事
 渡辺仙州『封魔鬼譚 1 尸解』 僕は誰だ!? 驚愕の中国伝奇ホラー!
 渡辺仙州『封魔鬼譚 2 太歳』 怪奇の事件と彼自身の存在の揺らぎと

| | トラックバック (0)

2017.06.21

谷地恵美子『遙けし川を渡る』 軽妙で自然体の奇譚集

 大正末期を舞台に、不思議な事物が大好物の好奇心旺盛な青年を主人公とした、軽妙な物語――ふっと日常の中に迷い込んでくるような感覚が楽しくも心地よい連作集であります。

 本作の舞台は関東大震災の翌年、主人公は「奇天烈報」なるへんてこな小冊子の編集者・六車時男青年。政界に顔の利く叔父がいるなど、どうやら生まれは決して悪くないようなのですが、好奇心の赴くままにあちらこちらに飛び回っている、少々脳天気な青年であります。
 ちなみにこの時男青年、霊感などはほとんどないのですが、何かと不思議な事件に巻き込まれる人物。未来から来た女の子にも会ったことがあるなどと口走っているのですが……

 本作は、そんな時男を狂言回しにした短編集。取材に出た先で、あるいは思いも寄らぬ偶然から、彼が出会い、巻き込まれた以下のエピソードから構成されています。

 作家を追って出た旅先で、黒ずくめの美しい旅役者・牙鳥天衣之丞と出会った時男。実は幽霊が見える体質で、今も祖父の霊にまとわりつかれているという天衣之丞を巡る『凶鳥のゆううつ』

 失恋して以来、不眠症に悩まされているという顔見知りの芸妓の普通でない様子に、評判の巫女「夕星の美女」を訪ねたことから、時男が思わぬ存在と出くわす『夕星の美女』

 神隠しに遭って戻ったという名家の少年・剣一朗。将来に悩む少年に懐かれた時男ですが、彼には思わぬ者が護りについていて……という『風の子ども 神の子ども』

 自殺した彫刻家が残したという、顔が焼かれた菩薩像。その来歴を追うことになった時男ですが、天衣之丞や剣一朗までもが怪異に巻き込まれ、時男自身もあわや命を落としかける羽目に。不思議な尼僧に導かれ、時男が像の真実に迫る前後編『遥けし川を渡る』


 と、あらすじをご覧いただければおわかりのように、バラエティに富んだエピソード揃い本書。幽霊譚あり、一種の霊異譚あり、凄絶な因縁話あり……全一巻という分量自体が少なめとはいえ、一つとして同じ題材のない、そして類話があるようでない物語が並ぶのには感心いたします。

 そんな本作の独自性を生み出しているのは(特に類話があるようでないように感じられる点は)、やはり時男の個性によるところが大でしょう。

 先に述べたように、特に変わった能力があるわけでなく――すなわち、不思議な事件に特段有効な手だてがあるわけでもなく――ただノンシャランと不思議に出会ったことを喜び、ただあるがままに受け入れる時男。
 そんな本作は、時に結構な大物が登場したりもするのですが、しかし時男の視点から描くことで、良い意味でスケール感や深刻さを感じさせず、自然体で物語が展開していくのが、何とも心地よく感じられるのです。

 あるいはこの辺りは、明治と昭和の合間の時代、古きものと新しきものの間に挟まれた、大正という時代背景も作用しているのかもしれませんが……
(もっとも本書においては、ことさらに大正らしさをアピールすることもないのすが)

 いずれにせよ、登場するアイテムの不気味さや、事件の背後に潜む因縁など描きようによっては相当陰惨な物語になりかねない内容ながら、どこかあっけらかんとした感覚を漂わせている表題作などは、本作の面白さが一番よく表れていると言えるでしょう。
 そして何よりも、そんな軽妙さを感じさせつつ、全く物足りなさを感じさせないさじ加減は、これは実は大変なことなのでは――と感じます。

 ゴリゴリの怪異譚好き、ホラーファンにはどうかと思いますが、ちょっと温かい不思議なお話が好き、という方には絶好の作品集です。


 ちなみに本書にはもう一編、現代から関東大震災直前の大正時代にタイムスリップしてしまった少女を主人公とした短編『みらくる・さまぁたいむ』が収録されています。

 こちらは実は、上で触れた、時男が出会った未来から来た少女の物語。もちろん時男も登場するのですが、こちらはちょっぴりウェットな印象の作品となっているのは、やはり主人公の違いというべきでしょうか。
(もっとも、発表時期的にはこちらが先だから……というのは身も蓋もない言い方かしら)


『遙けし川を渡る』(谷地恵美子 集英社クイーンズコミックス) Amazon
遙けし川を渡る (クイーンズコミックス)

| | トラックバック (0)

2017.06.20

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第4巻 変と酒宴と悲劇の繋がり

 動乱の幕末に活躍した隻腕の剣士として後世に名を残すこととなる「伊庭の小天狗」伊庭八郎の生涯を描く本作も、もう4巻目。沖田総司との凄絶な試合を経て講武所の門を叩き、剣士として新たな一歩を踏み出した八郎ですが、時代が彼を新たな事件に巻き込むこととなります。

 父を喪い、一度は己の往くべき道に迷いつつも、試衛館の若き怪物・沖田との初の他流試合の末に、志も新たに剣を手にした八郎ですが――この巻の冒頭では、徳川幕府の終わりの始まりとも言うべき、桜田門外の変の様が描かれることとなります。

 こともあろうに幕府の大老が、江戸城の目の前で討たれたというこの一件は、幕府の威信を大いに低下させたわけですが、この巻の前半で描かれるのは、そんな時代の流れとは一見無縁にも見える、八郎をはじめとする若者たちの剣談政談、そして雑談の様であります。

 八郎の自称一の家来であり、そして腕利きの板前である鎌吉の店で飲むこととなった八郎と土方(もう完全に八郎の悪友として馴染んでいるのがおかしくも楽しい)。彼らに鎌吉が加わっての三人の会話で物語が進んでいくのですが――この展開、地味なようでいて、なかなか楽しいのです。

 八郎も土方も幕末史に名を残した男とはいえ、今この時点では、剣の腕は立つもののまだまだ普通の若者。そんな彼らの目線から見たこの時代、その世相は何とも興味深いものですし、何よりもその中に彼らのキャラクターが良く出ているのが、ファンとしては実に楽しいのであります。
 しかもそこに思わぬ乱入者――軍艦操練所時代の榎本釜次郎、言うまでもなく後の榎本武揚までもが現れるのだからたまりません(さらに榎本が土方をスカウトしようとするのは、やりすぎ感はあるもののやはり楽しい)

 しかしもちろん、そんな楽しい話題だけではありません。土方が持ち出した近藤の講武所参加の話題に始まり、彼らの口に上るのは、いまだ旧態依然とした、危機感に乏しい幕府とそこに集う者たちの姿なのですから……


 そして後半で描かれるのは、がらりと雰囲気を変えたエピソード――かつて八郎が初めて吉原に登楼した際の相方・野分との再会が、思わぬ波乱を生むことになります。
 土方から、野分が病み付き明日へも知れぬ容態であると聞かされ、彼女のもとを訪れた八郎。しかし彼女が亡くなった後、その死因が間夫に暴行されたことであったこと、そしてその相手が講武所の人間であることを知った八郎は、犯人を捜すことになります。

 と、ある意味市井の人情もの的展開が始まったのには驚かされましたが、その中で描かれる人間模様も実にいい。特に八郎が遊女たちの、いや女性の心を尊重しつつ、あくまでも対等な人間として自然に接する姿には、素直に好感が持てます。
 そしてそんな八郎と対になるのは、彼に先んじて犯人と対峙し、吉原の遊女の矜持を貫いてみせた野分の妹女郎・左京の存在であります。刀を持った相手にも決して屈せず、傷を負いながらも引かず啖呵を切ってみせる彼女の姿は、作者の画の力が最大限に発揮された、この巻のクライマックスと言ってもよいかと思います。

 しかしこの巻はまだまだ驚かせてくれます。犯人を捕らえて一件落着かと思いきや、その口から、この巻の冒頭から描かれてきた幕府の凋落の姿と、幕府の内部にありながらそれを加速させようとする者たちの存在が明らかになるのですから。

 冒頭の桜田門外の変と、八郎と土方の酒宴と、野分の悲劇と――一見バラバラに見えるエピソードが、実は全てその根底においては繋がっていることが示された時には、思わずゾクゾクさせられました。
 そしてその先にいるのが、これまた幕末史に名を残すあの男とくれば……

 八郎と左京の美しい姿を描きつつも、ラスト一コマで不穏極まりない空気を漂わせる引きも印象的で、これまで同様、先の展開が気になって仕方ない作品であります。


『MUJIN 無尽』第4巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN 無尽 4巻 (ヤングキングコミックス)


関連記事
 岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第1巻 優しさから荒波に向かう時の中で
 岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第2巻 少年の成長、大人の燦めき
 岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第3巻 激突、伊庭の小天狗vs試衛館の鬼!

| | トラックバック (0)

2017.06.19

『コミック乱ツインズ』2017年7月号

 コンビニ等で見かけると、もう月も半ばだな――という気分になる『コミック乱ツインズ』、今月号の表紙は連載第100回の『そば屋幻庵』であります。今回も、個人的に印象に残った作品を紹介していきましょう。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今日も今日とて日本の鉄道の能力向上のために奮闘する島と雨宮。輸送力増強のため列車の最高速度を引き上げたいと悩む島の前に現れた老人は、「日本の鉄道のハンディキャップ」の存在を指摘します。そのハンディキャップとは何か。意外な正体を見せたその老人の提案に対し、島はどう答えるのか……

 困難に挑む技術開発史という側面と、そこに関わる人々による一種の人情話という側面を持つ本作ですが、今回はさらに歴史ものとしての側面がクローズアップされます。
 それが今回登場する謎の老人の存在なのですが――現在の呼び名から正体はすぐに推測できるものの、「彼」と鉄道がすぐには結びつかない組み合わせなのが実に面白い。

 彼が語る日本鉄道のハンディキャップの正体も納得ですが、その打開策に対する島のリアクションも、もっともといえばもっとも。とはいえ具体的な解決策が示せたわけではないので、それはこの先に期待でしょうか。
 オチもやりすぎ感はあるものの、やはりニヤリとできる内容であります。


『すしいち!』(小川悦司)
 前々回、江ノ島で婚約した鯛介とおりんの祝言が描かれる今回。しかしむしろ中心になるのは、鯛介の愛弟子であり、ともに菜の花寿司を支えてきた蛤吉であります。自分の存在が二人の邪魔になると、店を辞める決意を密かに固めた彼が、祝言にあたって望んだのは、客へのふるまい寿司を握ること……

 というわけで蛤吉の成長が語られるのですが、ここで彼が握る寿司が、これまで作中で鯛介が握ったものという趣向が面白い。これまで見せた技(料理)が再び――というのは、漫画のクライマックスとして定番のパターンの一つですが、それを主人公ではなく蛤吉が行うのが、受け継がれる技の存在を示すようで印象に残ります。

 そしてタイトルの「すしいち」という言葉の意味も語られ、誌面には特に言及はなかったものの、ほとんど最終回のような……と思いきや、作者のツイートによれば、やはりひとまずの最終回とのこと。まずは綺麗な結末であったと思います。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 いよいよ最強の八犬士・親兵衛と最後の八犬士・荘助が登場してクライマックスも近づいた感のある本作。服部屋敷に囚われた村雨姫を救うため、犬士たちの作戦が始まることになります。

 正面から殴り込んだ(また殴り込みか、的なことを言われているのには笑いましたが)親兵衛が半蔵とくノ一を相手にし、さらに大角の忍法で村雨と瓜二つになった信乃と荘助が陽動、その間に大角が村雨を救い出す……と、彼らにしては珍しい連携を見せるのは、もちろん村雨の存在あってこそ。
 特に剽悍無比な親兵衛が、村雨から亡き兄に代わって慕われた過去を胸に強敵に挑む展開は、やはり大いに盛り上がります。

 くノ一たちを血祭りにあげつつも半蔵の刃に深手を負い、地に伏した彼が最後に発動した忍法こそは、あの――というわけで、まだまだ盛り上がります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、ようやく倒されたかと思いきや、今回も堂々登場する信長鬼。実は時系列的には今回の方が先なのですが――今回描かれるのは、死を目前とした信長麾下の武将たちのもとを、信長鬼が訪れる姿であります。
 丹羽長秀、蒲生氏郷、豊臣秀吉、前田利家――死を間際にして無念の想いを抱えた彼らの前に現れた信長。彼は自らの「鬼の肉」を彼らに与え、死して後に鬼に転生することを唆したのであります。そして関が原を目前に信長鬼が倒されたことが契機となったように、彼らは鬼と化して復活を……

 と、転生バトルロイヤルものの序章といった趣の今回。まさか本作でこのような展開が――と驚かされましたが、しかしその手があったか! という気もいたします。丹羽長秀だけ他の人物とは異なる時期に亡くなっているのですが、復活のトリガーが信長鬼の死ということで、設定上の整合性が取れているのにも感心です。


 次号は『勘定吟味役異聞』が新章に突入。今号に続き、かどたひろし大活躍であります。


『コミック乱ツインズ』2017年7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年7月号 [雑誌]


関連記事
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年2月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

| | トラックバック (0)

2017.06.18

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いつの間にか梅雨に入り、蒸し暑い日も増えてきました。そしてもう来月は7月、今年も後半戦に突入であります。7月の新刊の点数は多くもなく少なくもなく……でしょうか。早い人はもう夏休みに入るかと思いますが、そのお供にどうぞ、というわけで7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて、7月の文庫は、新作は比較的少なめ。あらすじを見た限りでは伝奇度が高そうな鈴木英治『明屋敷番秘録 謀』、後述のように第1シーズンの漫画版が同月に発売の上田秀人『御広敷用人大奥記録 紅の覚悟』、そして風野真知雄『女が、さむらい』第4巻といったところでしょうか。

 一方、文庫化の方は、新城カズマの問題作『島津戦記』第1巻が登場。分厚い単行本だっただけに複数巻で刊行ということかと思いますが、そのまま続編を出していただいてもこちらは大歓迎です。
 その他、犬飼六岐『逢魔が山』、畠中恵『明治・妖モダン』、高橋克彦『舫鬼九郎 3 鬼九郎五結鬼灯』と来て、第2弾も登場予定の『決戦! 関ヶ原』の文庫化も楽しみなところです。

 そして中国ものでは渡辺仙州の名作『文学少年と書を喰う少女』(旧題『文学少年と運命の書』)が登場。また、久々に復刊の小栗虫太郎『二十世紀鉄仮面』も注目です。
 もう一つ、こちらはエッセイ集ですが、山田風太郎『半身棺桶』も刊行されますので未読の方はぜひ。


 そして漫画の方では、個人的に最も注目しているのが紗久楽さわ『あだうち 江戸猫文庫』。別ペンネームで発表されたものも含め、『江戸ねこぱんち』誌で発表された作品が収録されるようです。
 また、新登場ではかどたひろしによる上田秀人『勘定吟味役異聞』の漫画版の第1巻・第2巻が同時刊行。原作の第1巻『破斬』に相当する部分であります。

 その他続刊は、ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第4巻、朝日曼耀『戦国新撰組』第2巻と信長ネタが続き、岡野玲子『陰陽師 玉手匣』第7巻、重野なおき『信長の忍び外伝 尾張統一記』第3巻、鷹野久『向ヒ兎堂日記』第8巻の3作はいずれも完結となります。
 また、海の向こうを舞台とした作品としては、川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻、皆川亮二『海王ダンテ』第3巻があります。

 そしてもう一冊見逃せないのは、水木しげる『貸本漫画集 9 火星年代記 他』。タイトルだけ見ればブラッドベリかと思いますが、実はホイートリーの『黒魔団』の時代劇版という怪作、ぜひ元ネタと並べて読んでいただきたいものです。



| | トラックバック (0)

2017.06.17

上田秀人『茜の茶碗 裏用心棒譚』 盗を以って盗に易う大勝負

 これまで幕府や諸藩の政治の世界で繰り広げられる暗闘を中心に描いてきた作者。しかし本作は盗賊たちの用心棒を主人公とした白浪ものと、異色作に感じられますが――しかしそれでいて、その奥に広がるのは作者ならではの作品世界という、ユニークな作品であります。

 近頃江戸を騒がす盗賊たちに共通する、凄腕の見張り役の存在。その正体は本作の主人公・小宮山一之臣――その腕の冴えと、謙虚で無欲、真面目な人柄から、たちまち江戸の盗賊たちの間でなくてはならない存在となった彼には、しかしある悲願があったのです。

 実は相馬中村藩で一番の剣の遣い手であった小宮山。しかし藩から将軍下賜の茜の茶碗が盗まれたことで、彼の運命は大きく狂わされたのであります。
 将軍下賜の品といえば、大名にとっては将軍本人にも等しい存在。それがこともあろうに盗まれるとは、それが露呈すれば藩の存続の危機――というわけで、小宮山に白羽の矢が立ったのです。

 浪人という形で藩を離れ、茶碗の行方を追うことになった小宮山。しかし藩からは金も人も与えられず途方に暮れた彼は、盗賊のことは盗賊とばかりに盗賊の仲間に加わり、そのネットワークを通じて茶碗を探すことにしたのであります。
 しかしそれでも茶碗は見つからぬままに時間だけが過ぎていく中、次なる難事が中村藩に襲いかかることになります。それはすなわち、彼にも無理難題が降りかかるということで……


 冒頭で作者の(文庫書き下ろしの)作品は政治の世界が中心と述べましたが、その中でも何シリーズか、アウトローに近い人々を中心に据えたものがあります。
 『闕所物奉行裏帳合』、『妾屋昼兵衛女帳面』、『日雇い浪人生活録』……実は私の好きな作品ばかりであります。

 これらの作品に共通するのは、市井に近い、すなわち政治の世界から見れば「下」の位置に暮らしつつ、「上」の横暴にも負けず、したたかに生きてやろうという人々の姿でしょう。
 無理難題を押しつけるばかりの上司に振り回される(我々にとっては非常に身につまされる)主人公が多い上田作品ですが、そんな状況でも自分自身の牙を失わず、人と人との繋がりを武器に立ち向かう彼らの存在は、一つの希望として感じられるのです。

 そして本作の主人公・小宮山も、その系譜に属するものと言えます。

 直接に命じられたわけではないとはいえ藩命のために盗賊に身を落とす――まさか白浪ものでも主人公が上司の横暴に振り回されるとは思いませんでした――という境遇にありながらも、それでも真っ直ぐに己の道を行く。
 そんな彼の姿は、作中でも語られるように裏稼業の世界では珍しい清冽なものであり、そしてそれだからこそ、彼の周囲には(様々な欲得も絡むものの)仲間たちが集うのでしょう。


 もちろん、彼のしていることは悪事には違いありません。雇われる盗賊は、いずれも殺さず犯さず金を盗むだけの者ばかりとはいえ、盗まれた者の運命は大きく狂わされるのですから。
 そして本作はその罪の重さ、因果応報の姿をも描き出すのですが――しかし物語後半で、更なる「悪」を描き、それに盗みを以て鉄槌を下すことで、物語に痛快な印象を与えます。

 己の所業を顧みず、その結果をより立場の弱い人間に押しつけ、自分は逃げようとする――そんな行為は、確かに盗みに比べれば、その直接的被害は小さいかもしれません。
 しかしそれを為政者が行えば、その害はその下にいる者、下にある世界全てを傷つけ、腐らせる――それは古今東西変わらない真実でしょう。何よりも本作においては、主人公自身がその最大の犠牲者なのであります。

 そんな小宮山が、クライマックスで仲間たちとともに挑む大勝負は、政を私する者に対して、財を私する者が挑んだと言えるでしょう。
 暴を以って暴に易うのではなく、盗を以って盗に易う――それは確かに無益であり、有害なことかもしれませんが、しかしそこには追いつめられた者たちの牙の、最後の煌めきがあると、私は感じます。

 そしてまだまだ、彼らの牙が向けられるべき相手は存在するとも……


『茜の茶碗 裏用心棒譚』(上田秀人 徳間書店) Amazon
茜の茶碗: 裏用心棒譚 (文芸書)

| | トラックバック (0)

2017.06.16

『風雲ライオン丸』 第17話「西から来た男」

 西の国から逃れてきた男と遭遇した獅子丸と志乃一行。しかし男は志乃を見るや悪魔と罵り、追ってきたヤリコウモリの槍に斃れる。男の言葉に行方不明の父の手がかりを感じた志乃は、獅子丸そして途中で出会った忍者・七色虹之助とともに西に向かう。地下要塞に潜入した獅子丸と志乃を待つものは……

 冒頭、アグダーの前に配下を率いて現れる怪人ヤリコウモリ。西のマントルゴッドの国から逃げた男を追ってきたというヤリコウモリは、東国攻めの指揮官であるアグダーに対して慇懃無礼な態度で、立場的には対等なものを感じさせます。
 さて、獅子丸一行がそのヤリコウモリに追われる男と偶然遭遇して――というお約束の展開かと思いきや、その男は志乃を見るや激しく怯え取り乱し、彼女を悪魔と罵るではありませんか。混乱する一行の前で、男に追いついたヤリコウモリが襲いかかり、男は深手を負ってしまいます。

 そこで志乃たちに男を任せ、一人残った獅子丸はロケット変身! 「なんだか知らんが目まぐるしい奴」と怪人のヒーロー評とは思えぬ言葉を吐くヤリコウモリと一騎打ちに臨んだ獅子丸ですが、次の場面では肩に深手を負って呻吟。ヤリコウモリにも手傷を与えたものの、フラフラと志乃たちのもとに戻り、男と枕を並べることになります。
 結局男は傷がもとで亡くなりますが、その直前に言い残したのは、暗黒に閉ざされた西の国の存在と、そこに志乃と瓜二つの女性がいるということ。もしや行方不明の父と関係があるのでは――と飛躍しているようないないようなことを考えた志乃は、獅子丸とともに西の国へ向かうことを決意します。

 さて、西の国に渡る舟に乗ろうとしたところで現れたのは、どこの人間かわからないごちゃ混ぜの方言を喋る妙な男・七色虹之助。甲賀の忍びということですが(前回登場した甲賀忍びたちとは関係あるのかしら)、西から逃げてきた男を救おうとしていたという彼も、獅子丸たちに同行することになります。
 三吉と同じくカタツムリが苦手だったり、どこか頼りなげな虹之助ですが、見張りの地虫を煙に巻く技など、その実力は本物。彼に三吉を任せ、獅子丸は志乃と二人、地虫に化けてマントル地下要塞に潜入することになります。

 その頃地下要塞では、(結果的には成功しましたが)男を殺し損ねたり、ライオン丸を倒さなかったりでヤリコウモリがマントルゴッド様にお叱りを受けていましたが、それを取りなしたのは一人の娘・志津。そしてその顔は確かに志乃と瓜二つ――と一瞬では気付きにくいのは、志乃の前から見るとショートっぽい時代劇離れした髪型に対し、志津の方はお姫様カットと、髪型から受けるイメージが大きく異なるためでしょうか。
 それはさておき、その間に地下要塞に入り込んだ獅子丸と志乃ですが、並みの地虫は誤魔化せても、ヤリコウモリの目はさすがに誤魔化せません。志乃を逃してライオン丸に変身した獅子丸は、暗闇で地虫相手に大立ち回り。さらにヤリコウモリと再び一騎打ちを挑みます。

 天井が高いのか、空を飛んで襲いかかるヤリコウモリに苦戦するライオン丸は、こちらも飛行だ! と「ライオン飛行斬り」を披露。……この技は快傑の方の技では、と思う間もなく見事に相手の首を切り落とし、しぶとく宙を舞う首も何とか叩き落として勝利を収めた獅子丸ですが、またも傷を追ってしまうのでした。
 一方、逃げ惑う志乃が紛れ込んだのは、地下要塞には似合わぬ部屋。そこにいたのはあの志津であります。そして待ちくたびれて動き出した三吉と虹之助も地虫に見つかり、追いかけられる二人の顔で次回に続きます。


 本作初の(唯一の)前後編となった今回描かれるのは、これまで謎に包まれていたマントル地下帝国の姿の一端。作中の描写からすると西日本は既にマントルに完全に制圧されたようですが(この辺り、史実に照らすと一種の暗喩なのかもしれない――と考えるとなかなか楽しい)、地底の巨大な顔という特撮史上に残る存在であるマントルゴッドにふさわしい、暗黒の地下世界という舞台はやはりインパクトがあります。
 キャラクターの方も、タイトルの西から来た男はあっさり死んだものの、志津、そして七色虹之助と面白い面々が登場して、この大事な時にいない錠之助(本当に何をやっているのか……)のこともすっかり忘れるほどであります。


今回のマントル怪人
ヤリコウモリ

 マントルゴッドの国から逃れた男を追ってきた怪人。穂先が自在に空を飛ぶ槍を操り、巨大な羽根で空から襲いかかる。アグダーとは対等に近い立場にいる模様。ライオン丸との最初の対決で深手を負わせるが、地底での二度目の対決で首を断たれ、首だけで飛び回るも叩き落されて爆死した。


『風雲ライオン丸 弾丸之函』(ショウゲート DVDソフト) Amazon
PREMIUM COLLECTOR’S EDITION 風雲ライオン丸 弾丸之函 [DVD]


関連記事
 『風雲ライオン丸』 放映リストと登場人物

| | トラックバック (0)

2017.06.15

北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり

 好敵手・兀朮率いる金軍との大決戦をほぼ互角の形で終え、帰還した岳飛。この先を巡り、南宋を代表する秦檜と対峙する岳飛ですが――史実を考えれば、岳飛と秦檜の対立の先にあるものはただ一つ。しかしそこで梁山泊が思わぬ役割を果たし、本作は新たな領域に踏み込んでいくこととなります。

 互いに数十万の軍を率いながらも、最後は一対一に等しい死闘を繰り広げた末、共に矛を収めた岳飛と兀朮。岳飛は岳家軍の本拠に帰還したものの、秦檜から臨安府への出頭を命じられることになります。
 一方、梁山泊では呉用が「岳飛を救え」という言葉を遺して息を引き取り……

 という嵐の予感から始まる第6巻ですが、前半は比較的静かな展開が続きます。

 理由を付けて出頭を引き伸ばす岳飛は、またもやふらりとごく僅かな人数で旅に出て蕭炫材と出会い(ここで蕭炫材の父・蕭珪材のことを語る二人が実にいい)、秦容は相変わらず南方開拓に精を出し、宣凱は微妙にフラグっぽいものを立てたり……
 その中で、燕青のみは岳飛の遺言を踏まえ、一人動き始めるのですが、それはさておき。

 しかし中盤からこの巻は、いやこの物語は、激動とも言うべき展開を見せることになります。
 ついに臨安府に出頭して帝に拝謁した岳飛に対し、岳家軍を解体し、南宋軍の総帥に就くよう迫る秦檜。それを拒否した岳飛は、秦檜に捕らえられることになるのですが――この対立の根底にあるのは、二人の男にとっての、国の在り方であります。

 それは民(民族)を取るか、国(政体)を取るかという、物語の冒頭から描かれてきた二人にとっての国の在り方の違い。
 金に取り残された国の民を救うために戦いを続けようとする岳飛と、南宋が再び中原に君臨するため今は休戦して国力を蓄えようとする秦檜と――二人にとって国に尽くすということは、その根本において大きく異なるのです。

 しかし、岳飛が秦檜の言葉を拒絶するのは、国に逆らうということ、すなわち国家への反逆に等しいことでもあります。かくて岳飛は謀叛人として処刑されることに……


 ついに来たか、という印象であります。実は主戦派の岳飛が、和平派の秦檜と対立の末、謀叛の科で処刑されるというのは、これは史実どおりの展開なのですから。

 理想を胸に抱いて戦い続けながらも、道半ばにして、周囲から汚名を着せられた末に斃れる――これはある意味、実に作者の作品の主人公らしい最期と言えるでしょう。
 当然、この『岳飛伝』の結末は、この岳飛の最期であろうと考えていたのですが……

 が、ここで物語はとてつもない動きを見せることになります。上で述べたように、呉用の遺言に動き始めた燕青。その彼と梁山泊致死軍が、岳飛救出のために動き出すのであります。そう来たか!

 もちろん、南宋の首都深くに囚われた岳飛を救い出すのは容易ではありません。果たしていかにして岳飛を救い、そして逃がすのか……
 その詳細はここでは伏せますが、ここで使われるのが、はるか以前に描かれていたあの伏線であり、そしてそれが南宋という国の正当性すら揺るがしかねないものという皮肉さが実に面白い。

 しかしそれ以上に盛り上がるのは、岳飛救出のために出動した致死軍の活躍であります。
 しばらく大きな動きを見せることがなかった致死軍ですが(そしてそれはそれで当然なのですが)、ここで彼らが見せた動きは、何とも痛快なもので、実に「水滸伝」らしいと感じさせてくれるのが嬉しいのです。


 何はともあれ、表向きは処刑されたものの、その実、梁山泊により救出された岳飛。
 なるほど、本作における梁山泊の役割の一つはここにあったか、と感心させられたのはさておき、ここにおいて物語は史実から大きく異なる領域に踏み出すこととなります。

 梁山泊に加わることなく、同じく死んだはずの身の姚平を供に、南へ南へ、雲南は大理国を目指す岳飛。
 奇しくも南方は、国力増強を目指す秦檜が目を向ける先であり、そして秦容が新天地として開拓を続ける地でもあります。

 この先の物語の中心となるのは南方なのか――それはまだわかりませんが、ある意味これからが、真の北方『岳飛伝』の始まりであることは間違いありません。


『岳飛伝 六 転遠の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 六 転遠の章 (集英社文庫)


関連記事
 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……
 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり

| | トラックバック (0)

2017.06.14

渡辺仙州『封魔鬼譚 2 太歳』 怪奇の事件と彼自身の存在の揺らぎと

 人の血を吸収し、その相手の記憶を含めた全てを複製する怪物・封魔。その封魔に殺され、そして複製された少年・李斗を主人公とした中華時代伝奇SFホラーの第2弾であります。犠牲者たちが脳を抜き取られて死ぬという奇怪な連続殺人を調査することとなった李斗が出会ったのは……

 封印されていた封魔を用いた邪悪な計画に巻き込まれて命を失い、封魔として甦った李斗。その際に出会った妖魔封じを生業とする道士集団・白鶴観――実は宋国政府の裏の事件処理機関――の一員に迎えられた彼は、その初仕事として福州に向かうこととなります。

 福州の大富豪の邸宅で起きている連続怪死事件。それは、それまで何の変わりもなかった者が突然脳を失って死に、そしてその死体を発見した者が、七日後に同じ死に方をするという奇怪極まりないものでした。
 その事件の調査のために派遣された李斗と先輩の少女道士・花蘭ですが、李斗は街で事件が太歳の呪いであると唱える女占星術師・碧紫仙子と出会うことになります。

 伝説の妖魔「太歳」――地中を太歳(木星)と軌を一にして動くという無数の目のついた肉塊――が敷地内で見つかり、その呪いだと断じる碧紫仙子。
 自分の訪れを正確に当てて見せたこと、そして何よりも、素顔は自分と大して変わらぬ年齢の美少女であった碧紫仙子にすっかり参ってしまった李斗ですが、花蘭は彼女に懐疑的な態度を取ります。

 碧紫仙子と、彼女の占いそのものを含めて彼女の言葉を否定する花蘭と――果たしてどちらが正しいのか。そして祟りではないとして、脳を失う怪死の真相は何なのか。
 やがて李斗がたどり着いた真相は……


 封魔をはじめとした妖魔の存在とそれが引き起こす怪奇の事件を描きつつも、しかし極めて理詰めの物語を描くのが一つの特徴である本シリーズ。
 その封魔が超常的な能力を持ちながらも、決して超自然の怪物ではない――人間が生み出した、特殊ながらあくまでも自然法則に従った存在である――ことを見れば、それは明らかでしょう。

 その意味で本シリーズは一種ロジカルなSFミステリ的性格を濃厚に持つのですが、それが物語の面白さを、幾重にも増しているのは間違いありません。
 特殊であっても自然法則に従う存在であれば、それを防ぎ、倒すこともまた、自然法則に則って――神ならぬ人間にも――可能である。その一種のの知恵比べが、実に興趣に富んでいるのであります。

 しかし本作の面白さはそれだけにとどまりません。本作の、本シリーズの最大の特徴、それは何よりも、主人公自身が封魔であることにあります。

 冒頭に述べたように、記憶レベルまで犠牲者を複製する存在である封魔。李斗の「オリジナル」はその封魔に殺され、そして今の李斗はオリジナルの記憶を持った封魔の「コピー」なのですが――それでは今の李斗は真の李斗と同一人であると言えるのでしょうか?
 人間の心に魔物の肉体(能力)というのは、ヒーローものでしばしば見られる設定ですが、しかし本作はそこにオリジナルとコピー、そしてそれを繋ぐ記憶の問題が絡んでいるのが、何とも刺激的なのであります。

 あるいはこれが大人のことであれば、それまでの人生経験でもって封魔という境遇に折り合いをつけていけたかもしれません。しかし李斗はまだ十代、それも自分の将来になんの展望も持てないでいた少年だったのであります。
 ここに物語は、児童文学である意味普遍的な「自分とは何か」「自分の人生とは何か」「自分は如何に生きるべきか」というテーマに、これ以上はなく深く切り込むことになります。何しろ李斗は「自分」そのものの存在が揺るがされているのですから!

 そしてまたそこに、本作のヒロインである碧紫仙子――李斗とはほぼ同年代の少女でありつつも、占い師の分厚い化粧に素顔を隠した彼女の存在が対置されるのも、また巧みな構造と言うべきでしょう。


 現在3部作とされている本シリーズ。本作に続く第3弾は、李斗と対峙すべき立場のもう一人の封魔の少年を主人公とする、一種外伝的な位置づけの作品となっています。
 そちらもまた近日中にご紹介いたしますが――それはさておき、中華伝奇、伝奇SF、伝奇ホラーファンとしても、李斗自身を主人公とした本編も続編を刊行して欲しい、彼が彼自身を見出すまでを描いて欲しいとも、心から願っているところなのです。


『封魔鬼譚 2 太歳』(渡辺仙州 偕成社) Amazon
封魔鬼譚(2)太歳


関連記事
 渡辺仙州『封魔鬼譚 1 尸解』 僕は誰だ!? 驚愕の中国伝奇ホラー!

| | トラックバック (0)

2017.06.13

平谷美樹『でんでら国』(小学館文庫)の解説を担当いたしました

 約一年ぶりのお仕事の報告であります。今月6日に小学館文庫から発売された平谷美樹『でんでら国』の解説を担当いたしました。2015年に単行本で発売された作品が、上下巻で文庫化されたものです(解説は下巻に収録)。幕末の東北を舞台に、老人と武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作であります。

 東北の小藩・外館藩の外れに位置する大平村。そこでは60歳になった老人は村を離れ、御山参りに行くという風習がありました。御山参りと言いつつも帰ってきた者のいないその風習を、周囲の村の者たちは棄老、すなわち姥捨と見做して嫌悪していたのですが……

 しかしそこには大きな秘密がありました。実は老人たちは、山の中で老人たちだけの国を作り、そこで自給自足、助け合いの平和な暮らしを送っていたのであります。
 その国の名は「でんでら国」――そしてでんでら国の老人たちは、自分たち自身だけではなく、大平村の人々の助けにもなっていたのであります。

 しかし財政難にあえぐ藩が大平村の豊かさに目をつけたことから、老人たちの桃源郷に危機が迫ります。
 別段廻役(犯罪捜査を役目とする役人)の探索が迫り、徐々に追い詰められていくでんでら国の人々。しかし武士たちの苛斂誅求を逃れてここまで作り上げてきた楽園を、奪うことしか知らない武士に明け渡すわけにはいきません。

 かくて老人たちは、知恵を絞ったあの手この手の作戦で、武士たちを迎え撃つことに……


 『でんでら国』を読んで以来、一体何度このあらすじを書いただろう――と個人的に感慨深くなってしまうのですが(初読時のブログと、『この時代小説がすごい!』2016年版、今回の解説とこの記事で計4回!)、しかし書くたびにワクワクする気持ちが湧いてくるのもまた事実であります。
 元々大ファンの作家の作品なのは間違いありませんが、しかしそれでもどれだけこの作品がが好きなのか――と可笑しくなったりもしますが、それだけ魅力に富んだ作品であることは間違いありません。

 弱い者たちが知恵と勇気で強い者たちを打ち破る痛快さがその理由の最たるものかもしれませんが、それだけではなく、でんでら国というシステムの独創性や、そこに関わる人々のドラマの豊かさ、そしてどんでん返しの連続のストーリー展開の面白さ――本作の魅力は多岐に渡っており、読む人によって異なる魅力を感じるのではないかとも感じます。

 そうした作品には、当然ながら書くべきことは様々にあります。この点について掘り下げるべきだろうか、あの作品にも触れておくべきだろうか……
 色々と悩みましたが、本作はこの数ヶ月に渡って開催されたKADOKAWA・徳間書店・大和書房・小学館の四社合同企画のラストを飾るということで、本作自体の解説であると同時に、一種総論的な内容とさせていただきました。


 私は初読時から、本作はある意味最も作者らしい作品であると考えています。それは、「奇想」と「気骨」と「希望」という作者の作品に通底する三つの要素が、最も色濃く表れていると感じられたからにほかなりません。
 老人たちの桃源郷たる「でんでら国」という奇想天外な舞台設定の「奇想」、武士という支配階層に一歩も引かず立ち向かう老人たちの「気骨」、そして攻防戦の先に浮かび上がる和解の「希望」――その三つの要素が。

 この三つの要素については、このブログ以外でも事あるごとに触れてきたことでもあり、繰り返すべきかは悩ましいところではありました。。
 しかし上で述べたようなタイミングということもあり、平谷作品の一種の総括として、そしてこの企画などをきっかけに初めて作者の作品に触れた方への水先案内として、敢えて取り上げさせていただいた次第です。


 いやはや、色々と書いてしまいましたが、解説の解説というのは野暮の極みであります。
 私の解説などは抜きにしても、心からお勧めできる名作だけに、この機会にぜひご一読を(既に単行本でご覧になっている方も再読を)お願いする次第であります。


『でんでら国』(平谷美樹 小学館文庫全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
でんでら国 上 (小学館文庫)でんでら国 下 (小学館文庫)


関連記事
 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 『でんでら国』(その二) 奇想と反骨と希望の物語

| | トラックバック (0)

2017.06.12

室井大資&岩明均『レイリ』第3巻 レイリの初陣、信勝の初陣

 岩明均が原作を担当ということで話題を集めた異色の戦国漫画の第3巻であります。落ち武者狩りに家族を惨殺され、腕を磨き、いつか戦いの中で死ぬことを夢見る少女・レイリが、武田信勝の影武者として選ばれたことで、思わぬ戦いに巻き込まれることになります。

 かつて家族を皆殺しにされた際に命を救われた岡部丹波守の下で腕を磨き、普通の男では到底及ばぬほどの腕となったレイリ。
 そんな彼女をも遥かに上回る力を見せた武田家の重臣・土屋惣三にスカウトされたレイリは、武田家当主・勝頼の長子・信勝の影武者となるよう命じられることになります。

 奇しくも信勝とは瓜二つの相貌のレイリは、他の影武者候補とともに訓練を受けるのですが……

 と、この第3巻で描かれるのは、いきなり彼女たち影武者の出番ともいうべき事態。そう、何者かの刺客が、信勝を襲撃したのであります。
 先ほどまで談笑していた影武者の一人があっけない最期を遂げ、動揺を隠せなかったものの(滅びゆく武田家という重荷を背負わされ、死という逃げ道も塞がれた姿が切ない)、自分を囮に刺客をおびき寄せ、一網打尽にする策を立てた信勝。

 あえて襲撃を誘い、惣三とレイリで迎え撃つ作戦は見事当たったと思いきや、刺客団の数は想像を遙かに超え、レイリは思わぬ形で初陣を経験することになるのです。


 そう、ここで描かれるのはレイリの初陣。これまで味方の雑兵などとは立ち会ってきた彼女ですが、それはもちろん訓練にすぎず、実際の刃を手にしての殺し合いは、これが初めてなのであります。
 そんな命のやり取りの場に立った彼女は――意外にというべきか、全く気負うことも恐れることもなく、惣三とともに刺客を次々と斬り倒す活躍を見せます。

 このくだりは、正直に申し上げればいささか拍子抜けの感もあるのですが、刺客をあらかた片付けた後でその弱さを罵り、そしていつか自分が斬り死ぬことを夢見るという壊れぶりを見せる彼女であれば、むしろこの程度で心を動かすまでもないと言うべきなのでしょうか。


 そして後半に描かれるのは、ある意味信勝の初陣とでも言うべき展開。徳川軍が武田家の要衝たる高天神城を攻める中、城から甲府館に送られた二つの書状を前に、信勝と勝頼が対峙することとなります。

 書状の一つは、城の主将たる岡部丹波守から送られた、救援の要請。そしてもう一つは、城の副将から送られた、救援を断る書状――同じ城に籠もりながら、全く正反対の判断を記した二つの書状に悩む勝頼と諸将に対し、信勝は己の分析を語るのであります。

 ここで示されるのは、武田家を周到に張り巡らせた策で滅ぼさんとする織田信長の存在と、その罠を見抜いてみせる信勝の才――そしてその信勝に極めて複雑な感情を見せる勝頼の姿であります。

 偉大すぎる父・信玄にコンプレックスを抱く勝頼というのはしばしば見られる構図ではありますが、一説によれば、その信玄から、信勝が成人するまでの後見を命じられていたという勝頼。
 言い換えれば、それは彼が、父から信勝成人までの繋ぎと見做されていたということであり、内心穏やかであるはずがありません。

 そんな尋常の親子とは全く異なる関係にある勝頼と信勝の捻れた関係性を丹念に描きつつ、同時に、長篠の大敗後に武田家が置かれた状況を示す――この辺りの描写の濃さは、前半の大殺陣以上に、本作の魅力と言うべきとも感じます。


 もっとも、こうした内容を描くには、いささかテンポがゆったりし過ぎているのでは――という印象があるのも事実。第1巻を手にした際も同じ印象を受けましたが、月刊連載の物語としては、このペースは少々厳しいように感じます。
 これはもちろん、丁寧な描写とは表裏の関係にあるのですが……

 宿敵ともいうべき信長も(これがまた印象的なビジュアルで)登場し、いよいよレイリと信勝の戦いも本格化していくであろう中で、どれだけ物語に引きつけてくれるのか、気になるところであります。


『レイリ』第3巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第3巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


関連記事
 室井大資&岩明均『レイリ』第1巻・第2巻 死にたがり少女と武田の未来と

| | トラックバック (0)

2017.06.11

平山夢明『大江戸怪談 どたんばたん』 帰ってきた江戸の怪談地獄絵図

 かつて実話怪談界を震撼させた平山夢明、久々の時代怪談集であります。以前竹書房から刊行された『大江戸怪談草紙 井戸端婢子』収録作の一部再録と、雑誌連載及び書き下ろしで構成された、全33話の怪談集です。

 ここしばらく実話怪談とはご無沙汰している私ですが、かつて平山夢明がデルモンテ平山として活躍していたころは、大いに作者の怪談に震え上がらされたものでした。
 そんな中刊行された『井戸端婢子』は、平山実話怪談のテイストを濃厚に漂わせた時代怪談集として、大いに楽しませていただいたものの、その後続編はなく、残念に感じていたのですが……

 再録が1/3程度とはいえ、ここにこうして平山時代怪談が復活したのは欣快至極。陰惨なグロ怪談あり、狂気に満ちた人間地獄あり、ちょっとすっぽぬけたような奇談あり……
 巻頭の作者の言では、杉浦日向子の『百物語』に幾度も言及していますが、怖さ面白さという点ではそちらに並びつつ、作者でなければ描けないような世界がここには展開されています。


 短編怪談集のため紹介が難しいところですが、特に印象に残った作品は以下の四作でした。

『地獄畳』:賭場の借金で追い詰められた男が狙った按摩の隠し金のおぞましい隠し場所は……
 とにかく、登場人物がほとんど全員ろくでなしという恐ろしい作品。その上でラストに描かれる怪異のインパクトも凄まじい。

『魂呼びの井戸』:死にかけた人間を生き返らせると評判の長屋の井戸に、ある晩、瀕死の娘を連れて現れた女が現れるが……
 平山作品でしばしば描かれる、人間の半ば無意識の無関心さ、残酷さを浮き彫りにする一編。それだけに身近な嫌悪感があります。

『木の顔』:吝嗇な主人にこき使われていた鬱憤を、木に浮かび出た顔を虐め抜くことで晴らしていた少女が見たものは……
 こちらも人間の残酷さを容赦なく描き切った物語。一種の因果応報譚と言えるのかもしれませんが、しかしそれをもたらしたものを考えれば複雑な気持ちにならざるを得ません。

『しゃぼん』:辛い奉公を続ける少女に、不思議なシャボン玉を見せてくれた女。ある日変わり果てた姿で少女の前に現れた女が、シャボン玉の中に見せたものは。
 どこかノスタルジックで、そして物悲しい物語を描きつつ――ラストで読者を突き落とすその非情ぶりに愕然とさせられます。


 その他、これは『井戸端婢子』に収録されていた『肉豆腐』と『人独楽』も、相変わらず厭な厭な味わいで、あっという間に読める分量ながら、しかし読み応えは相当のものがある一冊であります。

 個人的には、平山怪談の――いや平山作品の基底に流れる、人を虐げる世の不条理に対する静かな、そして激しい怒りというべきものが、少々薄いような気もしましたが、その辺りは感じ方かもしれません。
(その意味からも『魂呼びの井戸』は、やはり出色と感じます)

 何はともあれ、ここに復活した平山時代怪談。今度は途切れることなく、書き継がれていくことを期待する次第です。


『大江戸怪談 どたんばたん』(平山夢明 講談社文庫) Amazon
大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚) (講談社文庫)


関連記事
 「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」 大江戸「超」怖い話のお目見え

| | トラックバック (0)

2017.06.10

戸南浩平『木足の猿』 変わりゆく時代と外側の世界を前にした侍

 最近の歴史時代小説界で印象に残るのは、個性的な作品をひっさげてデビューする新人作家の登場が続いていることであります。本作はその一つ――明治初期の横浜を舞台に、親友の仇を追い続ける片足の元武士が、連続する英国人殺害事件に巻き込まれる時代ハードボイルドであります。

 幕末の動乱の中、親友を殺した男を追って脱藩、江戸から明治と変わる時代を尻目に放浪を続けてきた居合いの達人・奥井。
 親友の水口の形見の刀を仕込み杖に忍ばせ、その鍔を懐に、老いの近づく年齢になりながらも、なおも仇を追う彼は、ある日一人の奇妙な男・山室の訪問を受けます。

 殺した相手の首を晒すという幕末の攘夷浪士のような所業で街を騒がせている連続英国人殺害事件――その背後に水口の仇と目される男が絡んでいると山室から聞かされた奥井。
 犠牲者の母に雇われたディテクティヴ(探偵)だという山室から協力を求められた彼は、二つ返事で事件を追うことになるのですが、やがて事件は思わぬ様相を呈することに……


 徳川幕府は倒れたものの、いまだ国の形も明確には定まらぬ混沌とした時代、侍たちが退場しつつある時代――それが物語の背景として似合うのか、明治初期を舞台としたミステリタッチの作品というのは、実は少なくありません。
 本作ももちろんその一つですが、他の作品と大きく異なるのは、そのハードボイルドタッチの味わいと、それを生み出す主人公のキャラクターでしょう。

 上で述べたとおり、主人公の奥井は、親友・水口を殺した仇を追い、時代が変わってもなお放浪を続ける男。そしてそんな彼を特徴付けるのは、その境遇以上に、左足が木製の義足であることであります。
 若き日に山津波に巻き込まれて足を岩に挟まれ、そこから脱するために、水口によって足を断たれた奥井。優れた剣の腕を持ちつつも、武芸の道を断たれた彼は、それでも来るべき時代に身を立てるべく英語を学ぶなど、未来を見据えて生きていたのですが……

 しかし、突然の水口の死、それも横領の疑いをかけられた上でのそれが、彼の運命を大きく変えます。仇の男を追って藩を捨て――すなわち侍としての境遇を捨て――それでもなお、友の形見の刀を抱いて、放浪を続ける奥井。
 彼は、侍の時代が終わった後も侍たらんとする、しかし既に侍としては不適合者であるという奇妙な存在として、物語の中を駆けるのであります。

 それは一種の象徴と言えるかもしれません。時代から取り残されたモノの、そして時代が流れても変わらぬモノの、あるいは変わりゆく時代に流されるモノの。
 そんな彼の目から描く明治維新後の世界は、畢竟、輝きに満ちた新世界などではあり得ないのであります。


 しかし本作は、そんな奥井の、変わりゆく日本に対する感傷めいたものを拒否するような「外部」を持ちます。
 それは文字通り日本の外――本作で描かれる連続殺人の被害者の母国である英国をはじめとした諸外国、外の世界の存在であります。

 ある意味、江戸から明治に変わった以上に大きな変化をもたらした開国。それは、この島国で行われていた様々な営みを根底から揺るがすインパクトをもたらしました。
 そしてそれは、この国に縛られていた人々、この国に生きる場所の無かった人々にとっては福音であったかもしれませんが――そこにもやはり、純粋な楽園はないのです。

 本作のタイトルである「木足の猿」――「木足」が、主人公たる奥井の義足であることはいうまでもありませんが、それでは「猿」は何を意味するのか。
 それが明らかにされる時、本作は、英国人殺しという直接的なもの以上に、日本が外部に開かれたことから、外部と触れたことから生まれる悲しみと理不尽の存在を描き出すのです。


 時代から遊離してしまった男の目を通じて、変わりゆく時代と、外側の世界とに翻弄されるモノたちの姿を描く本作。
 クライマックスに待ち受けるどんでん返しも見事ですが、それ以上にこの視点こそが、本作をして優れた「時代」ミステリとして成立させていると感じられるのです。


『木足の猿』(戸南浩平 光文社) Amazon
木足(もくそく)の猿

| | トラックバック (0)

2017.06.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か

 超常の力を持ち人を喰らう鬼と、鬼を討つ者たち・鬼殺隊の死闘を描く物語も巻を順調に重ねてきました。既に第6巻まで発売されているところに恐縮ですが、今回はまず第5巻を紹介しましょう。

 家族を鬼に殺され、唯一残った妹・禰豆子を鬼に変えられた末、鬼殺隊の隊士となった炭治郎。これまで隊の命で数々の鬼と戦う中、善逸や伊之助といった仲間(?)もできた彼の新たな任務は、那田蜘蛛山に潜んで人々を襲う蜘蛛鬼の家族との対決でありました。
 鬼殺隊の先遣隊を壊滅に追いやった、父母と兄姉、そして末子からなる鬼たち。善逸は兄鬼を倒したものの蜘蛛化の毒に侵され、伊之助は強力な父鬼に苦戦、そして二人とはぐれた炭治郎は、この山の鬼の真の主である末子・累と対峙することに……

 というわけで第4巻の後半から始まった那田蜘蛛山での死闘は、この巻を丸々使って描かれることになります。
 ユルい描写も少なくない一方で、残酷描写・ホラー描写も容赦ない本作ですが、ここで登場する蜘蛛鬼の一家は、ビジュアルも能力も、実に悍ましく恐ろしいもの。しかしその言葉が最もふさわしいのは、この山で最強の鬼・累でしょう。

 見かけは少年でありながら、最強の鬼・十二鬼月の一角を占める累。その力もさることながら、真に恐るべきはその精神性――家族に異常に執着し、自らの力で従えた鬼たちに両親や兄姉の役を強制する様は、歪んだ心を持つ者が多い本作の鬼の中でも屈指の狂気を感じさせます。
 そんな恐怖でこしらえた偽りの家族を持つ累と対峙するのが、炭治郎と禰豆子という本物の兄妹というのも、ドラマ的に実に面白い構図であります。

 そして自分たちよりも遙かに実力が上の相手との戦いの中で、それぞれ新たな技を会得するのも、定番ではありますがやはりいい。
 特に炭治郎の方は、物語開始以前にこの世を去っている父――鬼たちの長・鬼舞辻無惨とも因縁があるらしい――の思い出がきっかけにするというのも、今後の伏線的なものを感じさせてくれます。


 しかし本作ならではの物語が描かれるのは、この戦いが決着した後であります。

 鬼殺隊最強の「柱」の一人・冨岡の救援によってもあって辛くも累を倒した炭治郎。しかし彼は、鬼を醜い化け物と評し、文字通り踏みつけにする(それは決して悪意からではなく鬼殺隊にとっては当然の反応なのですが)冨岡の言葉を否定するのです。
 鬼は自分と同じ人間だったと――そして虚しい生き物、悲しい生き物であると。

 容赦なく鬼を斬ることと、その鬼を哀れみ悼むことと――それを両立させることは、一見矛盾に満ちたものであり、そこにあるのは優しさよりも甘さに近いのかもしれません。そして何よりも、禰豆子という存在がいるからこそ出るものなのでしょう。
 しかしそんな炭治郎の想いが、これまで鬼の中の「人間性」とでも言うべきものを掬い上げ、彼らに一片の救いを与えてきたのも事実であります。

 そしてここにおいても、それが悲しくも最も感動的な形で描かれることになります。詳細は伏せますが、「地獄へ」とサブタイトルが冠されたその回において描かれるものこそは、不吉な印象とは裏腹の、いやその言葉だからこそ輝く、深い愛と救済の姿なのであります。
 そしてそれが、本作を人外の化け物退治の物語に終わらせない、人と人であった者との悲しい戦いと和解(それは後者の死によって成されるものではあるのですが)の物語へと昇華させていることは間違いありません。


 もちろんそれは数ある本作の魅力の一つに過ぎないとも言えます。
 個性的過ぎるキャラクターたちと、そんなキャラたちが、時に何かがすっぽ抜けたかのように繰り広げるユルいやりとりも本作の魅力なのですが――それは次の巻にて存分に描かれることになりますので、その紹介の時にまた。


『鬼滅の刃』第5巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 5 (ジャンプコミックス)


関連記事
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇

| | トラックバック (0)

2017.06.08

『変身忍者嵐』 第18話 イノシシ大砲! 百万発!!

 紀州山賊が持つ隠し金山の在処を示す山の絵図を狙うイノシシブライ率いる血車レンジャー部隊。両者の抗争に巻き込まれたハヤテたちは、命を落とした山賊の頭領の妹・お杉から血車党と間違われ、捕らえられてしまう。処刑直前に始まった総攻撃の中、ハヤテは単身血車党に挑むが……

 斜面を走る姿がいまにも転けそうで心配になるイノシシブライと、紀州山賊のド派手な攻防戦が冒頭でいきなり展開される今回。山賊の砦を破壊すべく大砲を持ち出す血車党サイドですが、大砲は届かずに逆に山賊の銃撃と地雷で完膚なきまでに粉砕されるのがむしろ痛快であります。
 血車党の狙いは、隠し金山だけでなく、山々を繋ぐ隠し道の在処などを記した絵図。どこかで聞いた気がしますが実に伝奇的で良い設定です。頭領の命で絵図をバラバラにしてそれぞれ欠片を手にする一味ですが、この後これがほとんど意味を持たないのが惜しい……

 さて、勝利を収めて意気揚々と山をゆく一党の前に現れたのは堂々と二本足で歩くイノシシ……ってどう見てもイノシシブライですが、それを疑いもせず今夜の獲物だと鉄砲をぶっ放した二人の山賊(うち一人は言われなければ絶対わからない水木一郎)は、相手の固い皮膚が正確に跳ね返した銃弾を浴びて絶命。混乱の中、山賊の頭もやはり同じことをやって深手を負います。
 と、その銃声を聞いて駆けつけたのはハヤテ一行――やっぱりいつものパターンじゃないか! と思いますが、イノシシブライを追っていったハヤテが血車レンジャー部隊(血車党は上部組織が海外だし……)と戦っている間、頭を介抱して絵図の欠片を託されたタツマキは、頭の妹・お杉たちに仇と勘違いされて捕らえられるという展開なのが新しい。

 そして、後ろで乱闘しているのを尻目に笛を吹いたカスミに呼ばれてハヤブサオーで駆け戻ってきたハヤテも、うっかり地雷原に突っ込んで次のシーンには囚われの身に。そしてお杉によってお前らが血車党だろうと厳しい問いがされているところに、骸骨丸の血車忍法文字送り(後ろで一生懸命念じている下忍たちのパワーか、山賊の根城の壁に血文字が浮き出る)で、さらにそれを煽るような挑戦状が送られてきたおかげで、ハヤテたちは最悪の立場に追い込まれます(珍しく冴えている骸骨丸)。
 血車党が砦の下に集う中、みせしめに磔にされて、処刑されることになったハヤテたち。しかしハヤテを狙った矢が都合良く逸れて彼の右手の縛めを解き、ハヤテはそのまま嵐に変身! ここでツムジがハヤテ=嵐だと知ってはしゃぐのですが――えっ、今まで知らない設定でしたっけ!?

 それはともかく、やっぱり化身忍者じゃないか! と一般人から見た嵐の存在を物語るナイスなお杉の台詞に対し、身の潔白を示すため血車党滅ぼしてくる! と一人突っ走る嵐。しかし地雷原を避けて裏道を通っていたせいか、その間にイノシシブライはレンジャー部隊を大砲で撃ち出す作戦を敢行。しかし撃ち出されて傘を落下傘代わりに降りてくる下忍たちは鉄砲の良い的であります。ここで業を煮やしたイノシシブライは、俺一発で百万発分の威力だ! と無茶な理屈でサブタイトルを回収し、再び跳弾パワーを発揮して砦に雪崩れ込みます。その頃嵐はようやく敵陣に辿り着いて骸骨丸と追いかけっこをしていたのですが、その間も山賊側に被害が――嵐、根に持ってませんか。

 ようやく解放されたタツマキたちも乱戦に加わりますが、ツムジが嵐変身ごっことかやるくらいで何の役にも立たず、お杉を残して全滅する山賊。こうなったら絵図もろとも爆死したる! と白い死に装束で地雷原に突っ込もうとしたお杉を寸前で押しとどめた嵐は、イノシシブライに最後の一騎打ちを挑みます。
 しかし相手の皮膚には刃も通らない――と思ったら嵐は刀を捨ててベアナックルで殴りまくる! そのまま圧倒した嵐は、イノシシブライを大砲目がけて投げつけると、大砲もろとも派手に吹き飛ばすのでした。

 そして前非を悔やむお杉に対し、むしろ絵図を守り抜いてくれたことに礼をいい、励まして去るハヤテたち。しかし山賊は彼女一人に……と思ったら、突然子供たちが出てきたので(たぶん前回ラストに同時に撮ったもの)
まあ大丈夫なのでしょう。
 と、設定・演出ともに随所にガタガタな部分はありましたが、しかし山賊という第三勢力を絡ませることで、かなり内容的には面白いエピソードでありました。


今回の化身忍者
イノシシブライ

 銃弾をも跳ね返す鋼鉄の皮膚を持つイノシシの化身忍者。イノシシの牙に似た棒を得物とする。紀州山賊の持つ絵図面を狙い、血車レンジャー部隊を率いて彼らの砦を襲っていたが、嵐との決戦で散々に殴られ、大砲に叩きつけられて爆死した。


『変身忍者嵐』第2巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.2 [DVD]


関連記事
 「変身忍者嵐」 放映リストほか

| | トラックバック (0)

2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

| | トラックバック (0)

2017.06.06

武内涼『暗殺者、野風』 力持てる弱者と強者の交錯に浮かぶもの

 「この時代小説がすごい!」で第1位を獲得した『妖草師』をはじめ、独自の視点から活劇要素の強い時代小説中心に発表してきた作者の最新作は、凄まじいまでのスピード感の大活劇。美少女暗殺者が上杉謙信暗殺のために川中島で繰り広げる死闘を通じ、戦いの意味を問いかける物語であります。

 1561年、武田信玄と上杉謙信、両雄が一触即発の状況となっていた頃――はるか昔より、武士たちの依頼で暗殺を行うのと引き替えに中立を守ってきた「杖立ての森、隠り水の里」に現れた武田の軍師・山本勘助。
 謙信暗殺を望む彼の依頼に答えて里が送り出したのはまだ十代の美少女・野風――彼女こそは、目にも止まらぬ速度で長巻を振るう、里で一二を争う刺客であったのです。

 弟分の蟹丸、薬師の甚内とチームを組み、謙信への接近を狙う野風。しかし武田方の不穏の動きを察知した上杉方は、刺客狩りでその名を知られた用心棒集団・多聞衆に警護を依頼するのでした。
 多聞衆の警護をかいくぐり、謙信に迫る野風。しかしある理由で集中力を乱した彼女は謙信襲撃を失敗、多聞衆と上杉の忍び・軒猿の追撃を受けることになります。

 そしてそれと同時期に、隠れ水の里でも大きな異変が発生。多くのものを失った野風は、復讐のため、自分が自分であるために謙信たちを討つべく、今まさに両軍の激突が始まった川中島に単身突入するのですが……


 洋の東西を問わず、様々な作品に登場する戦闘美少女――というより少女暗殺者。これは、ビジュアル的に映えるから――という理由はさておき、本来であれば殺人という世界とは最も遠いものと思われる少女を暗殺者とすることで、そこから生まれる意外性とドラマ性が好まれたということでしょう。

 その意味では本作のタイトルロールである野風は、まさしくその狙いどおりのキャラクターと言うべきかもしれません。
 武士たちの争いをきっかけに家族と故郷を奪われ、ただ一つ残された己の才でもって、武士を討つ刺客と化した彼女は、戦国という時代の生んだ混沌と矛盾を体現したような存在なのですから。

 そしてそんな彼女は、同時に、これまで作者の作品の多くに登場してきた「力持てる弱者」とでも言うべき者の一人でもあります。
 個人では群を抜いた力を持ちつつも、その時代の、その社会の支配層に虐げられる集団に属する人々――作者の得意とする忍者ものの忍者はもちろんのこと、権力者の手から自由であるために暗殺を生業とする野風たちは、そんな強くとも弱い存在なのです。

 しかし本作はそんな彼女たちと対峙する「強者」――すなわち武士を、単純に悪とすることも、略奪者とすることもありません(もちろん、そうした者も存在はするのですが)。
 本作に登場する武士たちの多くは、周囲に犠牲を生みつつも、自分たちの身をすり減らしつつも、やむにやまれぬ理由を――理想を、過去を、情念を背負って戦う者として描かれるのです。

 その代表となるのが、野風のターゲットたる謙信と、彼を守る多聞衆、その中でも頭領の静馬と、メンバーの中では若手の鬼小島弥太郎(!)であります。
 戦いと殺戮に明け暮れた父を忌避しつつも、戦いを終えるために戦いを続ける謙信。刺客に妻子を討たれて以来、刺客狩りにその生を費やす静馬。そして彼らを理想の武士と仰ぎ見つつも、野放図な明るさと優しさを持った弥太郎――彼らの存在は、本作が暗殺者と武士との、弱者と強者との戦いに留まるものではないことを示しているのです。

 だとすれば、本作で描かれるものとは何なのか――それは一つには、たとえ戦いを忌避し、嫌悪しつつも、それぞれに生きる理由を持ち、それ故にぶつかり合わざるを得ない人間存在の悲哀と、彼らにそれを強いる時代の残酷ではないでしょうか。
 彼女の標的となる存在、彼女を阻む存在が人間的であればあるほど、そして彼女が人間離れした活躍を見せるほど――そこには逆説的に彼女の、そして戦いの場に集う人々の人間性が浮き彫りとなるのです。


 しかし、本作はそれと同時に、一つの希望をも描き出します。たとえ人間がぶつかり合い、傷つけあう存在であったとしても――それでも、それでも人と人は時に分かり合い、支え合うことができるかもしれないという。
 本作はそれを描き出すからこそ、人間性と時代性が生む悲しみと無数の死を描きつつも、決して苦さ重さだけでなく、爽やかですらある後味を残してくれるのです。

 それは、これまで作者が描いてきたものの、その先を描いたものなのではないか――デビュー以来作者の作品を追い続けてきた者として、そう感じるのです。


『暗殺者、野風』(武内涼 KADOKAWA) Amazon
暗殺者、野風

| | トラックバック (0)

2017.06.05

鳴神響一『天の女王』(その二) サムライたちの戦う理由!

 実在の日本人武士コンビが、17世紀のスペインで国家を揺るがす陰謀に挑む大活劇たる物語の紹介の後編であります。本作の根底にある精神性とそれを生み出すもの、それは――

 それは、本作の二人の主人公が経験してきたもの、背負ってきたものに由来するものであります。

 遣欧使節という立場でバチカンをはじめとする欧州を訪れた二人。支倉常長の秘書役であった外記、ある事情から日本を捨てバチカンを目指した嘉兵衛――それぞれにバチカンに、キリスト教に希望を抱いてきた彼らは、その後の経験から深い幻滅を抱き、今は剣が頼りの無頼の身の上というのは、先に述べたとおりであります。

 無頼――そう、彼らはまさしく頼るもの、仕えるもの無き身の上。
 日本という故国を捨て、この時代の欧州の二大権力である王と教会のどちらに仕えるわけでもない二人の戦う理由は、洋の東西を問わず武士の根幹にあるもの――忠誠心、あるいは名誉などではありえないのであります。

 それでは二人が戦う理由は、単に金のため、身過ぎ世過ぎのためだけにすぎないのでしょうか?
 もちろんその答えは否、であります。二人が戦う理由は、もっと大きく、根源的なもの――たとえば「義」、たとえば「自由」、たとえば「愛」。そんな人間の善き心に根ざしたものなのですから。


 それは一見、ひどく陳腐な絵空事に見えるかもしれません。しかし本作に登場する敵と対峙する時、彼らの戦う理由は、むしろひどく身近なものとしてすら、感じられるのです。

 己の利益を貪り、己が権力を手にする――そのために戦争を招く。そのために邪魔となる王族をその座から追う。そのために人の秘密を暴き立て、強請りたてる。
 あるいは、単なる自分の好悪を絶対的な善悪の基準にすり替え、人間の自由な魂の発露である芸術を型に押し込め、あまつさえそれを以て人を害さんとする……

 本作で二人のサムライが、そしてルシアやベラスケスやタティアナが対峙するのは、そんな、いつの時代にも普遍的な、いや今この時も世界各地で吹き出している人間社会の悪しき側面なのであります。
 だからこそ彼らの冒険には、絵空事とは思えない重みがある。だからこそ彼らの冒険を応援したくなる……本作はそんな物語なのです。


 その本作のプロローグとエピローグは、現代を舞台とした、ちょっとしたサスペンスとなっています。
 ここでは、本編の物語の由来が語られることになるのですが――しかしそれだけはなく、本編で描かれた人間性の輝かしい勝利が決して一過性のものではなく、連綿と受け継がれてきたことを同時に語るのが何よりも嬉しい。

 そんなプロローグとエピローグを含め、本作が与えてくれるものは、スケールの大きな伝奇活劇の楽しさはもちろんのこと、それと同時に、「勇気」「希望」「元気」――いま我々が決して忘れてはならないものであります。

 物語の枠を超え、人が人として生きる上で大切なものを示してくれる――そんな本作を、現時点での作者の最高傑作であると、自信を持って言いたいと思います。


『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ) Amazon
天の女王

| | トラックバック (0)

2017.06.04

鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち

 デビュー以来、スケールの大きな時代小説を次々と発表し、そしてスペインとフラメンコをこよなく愛する作者が、その持てる力を全て注ぎ込んだかのような快作であります。17世紀前半のスペインを舞台に、日本のサムライたちが、自由と愛のためにその刃をふるう、奇想天外かつ痛快な冒険活劇です。

 時は1623年、舞台はフェリペ4世の治世下のスペイン(エスパーニャ)。そして主人公は日本人武士・小寺外記と瀧野嘉兵衛の二人――というと、何故この時代のスペインに日本のサムライがいるのかと不思議に思う方も多いでしょう。この二人が、実在の人物とくればなおさらであります。
 実はこの二人は、あの支倉常長の慶長遣欧使節団の一員。その中でも日本に帰国せず、欧州に残留したと言われている人物であります。

 しかしその使節団もこの物語から10年近くも前のこと――希望に胸を膨らませて欧州に残った二人は、それぞれその希望に裏切られ、今は金と引き替えにその刀を振るう、いわば裏稼業で口を糊する毎日。
 そんな中、とある依頼で要人の命を救い、王と謁見したことがきっかけで、二人はイザベル王妃から極秘の使命を託されることになります。

 ルイ13世の妹であり、フランスからスペインに嫁いだ王妃。しかし彼女は、ある重大な過去の秘密が隠された宝石箱をバチカンの司教に奪われ、脅しを受けていたのであります。
 その秘密が明るみに出れば、フランスとスペインの間で戦端が開かれかねぬ宝物を奪還すべく、外記と嘉兵衛、そして王妃の侍女ルシアは、海賊が横行する海を越え、バチカンを目指すことに……

 一方、ルシアの兄であり、後世に大画家として名を残すことになるベラスケスは、思わぬことから、マドリードの夜に浮き名を流す歌姫・タティアナと、フェリペ王との仲立ちをする羽目になります。
 さらに王の命で、彼はタティアナをモデルに「無原罪の御宿り」の聖母マリア像を描くことになるのですが――その彼に近づくのは苛烈で知られる異端審問所の長官。王と異端審問所の板挟みになり、ベラスケスは苦しむことになります。

 そして一見関係の内容に見えた外記・嘉兵衛たちの冒険とベラスケスの受難は意外な形で結びつき、やがて明らかになるのは、戦争を望み、王をその座から追おうという者たちの邪悪な陰謀。
 そしてタティアナ――実はかつて嘉兵衛と愛し合った彼女が陰謀の生贄とされることを知り、サムライと芸術家たちは、一世一代の大勝負を挑むことに……


 これまで伝奇色が濃厚な作品を発表してきた作者の作品。しかし本作は伝奇は伝奇でも、西洋の伝奇小説――アレクサンドル・デュマの作品を彷彿とさせるような題材と展開の、胸躍る冒険活劇が描き出されることになります。
 特に中盤、外記と嘉兵衛、ルシアが王妃の秘密奪還のために奮闘する展開は、かの『三銃士』の、王妃の首飾りのくだりを連想させるのですが――もちろんここには本作ならではの、作者ならではの、魅力と趣向が存分に用意されているのです。

 その最たるものが、主人公コンビの存在にあることは言うまでもありません。
 女好きで陽気な外記と、寡黙で金に目がない嘉兵衛――どちらも一癖も二癖もある曲者ながら、それぞれ武術は達人クラスの二人。そんなコンビが西洋の剣士や悪漢を相手に、地中海海上やバチカンの地下迷宮等、めまぐるしく変わる舞台の中で活躍を繰り広げるのですから、これはもう、つまらないわけがないのであります。

 しかし本作は、ニッポン男児が海外で活躍してバンザイ、という趣向の作品ではありません。むしろそれとは――そして『三銃士』などの作品とは――対極にある精神性を抱えた物語であるとも言えます。


 それは――長くなりますので次回に続きます。


『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ) Amazon
天の女王

| | トラックバック (0)

2017.06.03

『風雲ライオン丸』 第16話「忍者の掟に明日はない!!」

 忍者たちを戦闘要員にするため各地を襲撃するマントル一族。甲賀も怪人ヤゴの襲撃を受け、頭領の三太夫が捕らえられる。三太夫の息子・小弥太は獅子丸の助力を断って単身父の救出に向かうが、ヤゴに敗れて自爆。獅子丸もヤゴの攻撃で失明してしまう。単身脱出した三太夫と出会った獅子丸だが……

 冒頭数分もかからず、ユニークかつ説得ある今回のマントル一族の狙いをきっちり説明するのにまず感心させられる今回。戦闘員として忍者を使うのは、史実の戦国時代を見てもむしろ自然であるといえるでしょう。
 しかし頭ごなしの命令に忍者たちが逆らうのもまた史実。マントル一族の計画に対し、反撃を試みる忍者たちの姿が冒頭で描かれますが、この辺りも、獅子丸の兄たちや、第12話の地獄党を見ていれば納得の描写です。

 さて、今回の中心となるのは甲賀忍者。その頭領・藤林三太夫(どこかで聞いたような名前……)を捕らえ、甲賀に命令させようと怪人ヤゴに指令を下すアグダーに対し、いきなりライオン丸が戦いを挑みます――が、アグダーは速攻で姿を消し、ヤゴが口から吐く白煙をくらって、ライオン丸は崖から転がり落ちるのでした。ちなみに以前からアグダー狙いに血道を上げていた錠之助は、一部始終を見物して「狙いはほめてやる」と上から目線であります。

 そして甲賀屋敷への攻撃を始めるヤゴと地虫たち。仕掛けだらけの忍者屋敷で、幾度もマントル側に奇襲を仕掛ける忍者たちは、かなり押しているように見えましたが……
 その一方、崖から転がり落ちてきた獅子丸は、通りかかった一人の青年と出会います。青年を甲賀者と見て、現在の状況を語る獅子丸ですが、三太夫の息子であった青年・小弥太は、父の安否を気遣うと、獅子丸を置いて甲賀屋敷に急ぎます。そして後から追いかけた獅子丸が見たものは、屍累々の屋敷――配下にするつもりの忍者をこれだけ殺してどうするのかと思いますが、ヤゴは既に三太夫を捕らえ、彼を拷問して、甲賀がマントルに味方するよう強いていたのです。

 そんな父を救うため、獅子丸の助けも借りず単身ヤゴに挑む小弥太。助太刀しようとする獅子丸ですが、そこに現れた錠之助は、小弥太が望んだことだと助太刀なしの尋常な勝負を行わせようとするのでした。しかしやはりこれは無謀、ヤゴの白煙は小弥太の体を化石のように固め、身動きできない彼を空から襲撃(久々の宙吊り飛行)。たまらず割って入った獅子丸も白煙で目を潰され、手の出せぬ間に、小弥太は自ら自爆して果てるのでした。
 さらに獅子丸にも刃を向けるヤゴは錠之助が退けたものの、小弥太を結果的に見殺しにした錠之助に収まらない獅子丸。「人に命を助けてもらうってことは、ひどく恥ずかしい思いをする時があるんじゃないか」と(自分が命を助けた獅子丸に)言い放つ錠之助に対し、「恥ずかしくても苦しくても、生きていくことが大事なんだ!」と、血を吐くように叫ぶ獅子丸の姿が心に刺さります。

 そして目が潰された状態で旅する中、自らマントル基地を脱出した三太夫と出会う獅子丸。小弥太の最期を聞かされた三太夫は、思うところがある様子ですが……そこに襲いかかってきたヤゴは、先程小弥太を封じた白煙で父親の動きも封じてしまいます。
 そして獅子丸は目が見えない状態で苦戦するものの、そのままロケット変身(獅子丸状態で目に巻いていた布が、変身後も巻かれているのは当たり前なのですがちょっと可愛い)、地虫を蹴散らしますが、ヤゴ相手には苦戦を強いられます。そこでヤゴに飛びついた三太夫は自分ごと刺せと叫びますが、獅子丸にそれができようはずもありません。そうこうするうちに力尽きた三太夫が地に崩れ落ちた瞬間、前転で近づいた獅子丸はヤゴの土手っ腹に刀を突き刺し、ヤゴは崖下に転落。カタルシスのないままヤゴは倒されるのでした。


 非情の掟に縛られた忍者という存在を挟み、武士の誇りを重んじる錠之助と、人間の命の尊さを説く獅子丸の思想対決が描かれる今回。答えを出すのが非常に難しい問題だけに、一層こちらの心を抉る物語であります。
 ちなみに今回のように、獅子丸がダメージを受けている間に(更に錠之助が状況を放置する/煽る間に)第三者が死んでいくというのは本作にしばしば見られる展開ですが、この辺りはやはり高際和雄節でしょうか。見るからに生真面目な若武者の潮哲也が苦悩する姿はえらく様になるのですが、見ているこちらもただただ曇らされるほかありません。


今回のマントル怪人
ヤゴ

 先が二股に別れた槍を持ち、口から相手の動きを封じる白煙を吐く怪人。名はヤゴだが空も飛ぶ。忍者を配下に引き入れるため甲賀を襲撃、頭領の三太夫を捕らえ、その息子を死に追いやるが、三太夫の死を賭した行動で出来た隙にライオン丸に腹を刺され、必殺技も使われずに倒された。


『風雲ライオン丸 弾丸之函』(ショウゲート DVDソフト) Amazon
PREMIUM COLLECTOR’S EDITION 風雲ライオン丸 弾丸之函 [DVD]


関連記事
 『風雲ライオン丸』 放映リストと登場人物

| | トラックバック (0)

2017.06.02

上田秀人『危急 辻番奮闘記』 幕府と大名と町方を繋ぐ者たちの戦い

 辻番といえば江戸の治安維持のために武家屋敷周辺に置かれた、現代の交番のような存在。その辻番が奮闘とは、作者には珍しい市井に近い主人公の物語なのかな? と思いきやさにあらず、辻番を主人公としつつも幕府と外様大名の暗闘の物語でもあるという、実にアクロバティックな作品でありました。

 未だ戦国の気風が完全に消えやらぬ中で勃発した島原の乱。九州から遠く離れた江戸においてもその影響は小さくなく治安は悪化、辻斬りが横行することとなります。
 そんな中、和蘭陀商館を抱える平戸藩松浦家は、幕府に対するポイント稼ぎのため(そして幕府の不信の目を逸らすため)、辻番を強化することで江戸の治安維持への貢献をアピールしようと考えます。

 かくて新たな辻番の一人に選ばれたのが、本作の主人公というべき青年武士・斎弦ノ丞ですが――着任早々、彼は隣の島原藩松倉家の前で、二派に分かれた武士たちの斬り合いに遭遇することとなります。
 乱戦の中、仲間の一人が弦ノ丞らに捕らえられ、自害したのをきっかけに姿を消す謎の武士たち。その一人は、お家が大事ならば首を突っ込むなと、弦ノ丞たちに言い捨てるのでした。

 なるほど、お家を守るために余所の面倒ごとにはできるだけ関わらないのが江戸の武士。ましてや松倉家はまさに乱の原因を作った家だけに、裏に何があるかわかりません。
 お家大事と、町奉行所の追求もそらっとぼける松浦家の面々ですが、しかし思わぬ状況の変化から、弦ノ丞たちは老中・酒井雅楽頭の命を受けて事件の真相を探ることに――


 冒頭で述べたとおり、辻番は江戸の街角の監視役。といっても、本作から百年ほど後の時代では運営は町人に全て委託され、その結果、番とは名ばかりのガバガバのザル状態となったことからも察せられるように、武士が熱心に力を入れるようなお役目とは言い難いものがあります。

 藩命とはいえ、そんな役目に就かされる弦ノ丞たちも災難ですが、さらにそこに、藩の浮沈を賭けた(幕府のお偉方との取引による)裏の任務まで加わって……という展開は、彼には申し訳ないものの実に面白い。
 それにしても、外様大名家の下級武士の涙ぐましい奮闘記が描かれるかと思いきや(それはそれで間違いではないのですが)、あれよあれよという間に物語はスケールアップし、幕府と外様大名、外様大名と外様大名、果ては老中と老中の間の暗闘に繋がっていくのですから、大いに驚かされました。

 いや、冷静に考えてみれば、この辻番という存在は、幕府と大名、大名と大名(あるいは旗本)、そして大名と町方を繋ぐ存在であります。
 その点からすれば、こうした物語の連鎖は、十分あり得ることなのかもしれませんが――しかしこれまで幕府や大名家の様々な役目を題材としてきた作者ならではの離れ技というほかありません。


 そしてまた、上で述べたように、辻番は町方とも繋がる役目であることもあり、その治安を守る存在――町奉行所が大きなウェイトを持って登場するのも面白いところであります。

 江戸市中の治安維持に責任を持ちつつも、諸大名家の内側は管轄外の彼ら。しかしそれでもおかしな事件があれば、何とか解決の糸口を掴むべく食らいつく……
 という奉行所の存在は、善良な市民であれば頼もしいところですが、後ろ暗いとまでは言わないものの、色々と事情を抱えた人間にとっては迷惑で仕方ありません。

 そう、本作における町奉行所の役人――その代表であるベテラン与力・相生は、事件に巻き込まれ、そして巻き込まれたことを隠そうとする弦ノ丞たちにとっては迷惑極まりない存在。
 彼の執拗な追求を如何に避けるか、その辺りもなかなかサスペンスフルなのですが――しかしこの相生の立ち位置にも一ひねりあって、通り一遍の人物造形に終わることなく、上田作品では少々珍しい立ち位置となるのも、ユニークなところであります。


 そして奮闘の末、ひとまずは窮地を切り抜けた弦ノ丞と松浦家。本作の物語はこの一作できっちりと完結しているのですが――しかし数多くの人々を繋ぐこの辻番という存在を、この一作限りで手放してしまうのは何とも勿体ないように思われます。

 ラストの一文も意味ありげで、まだまだ弦ノ丞に、相生に活躍してもらいたい……そんな期待も抱いてしまう作品なのであります。


『危急 辻番奮闘記』(上田秀人 集英社文庫) Amazon
危急 辻番奮闘記 (集英社文庫)

| | トラックバック (0)

2017.06.01

片山陽介『仁王 金色の侍』第3巻 決戦、関ヶ原にぶつかり合う想い

 コーエーテクモの時代アクションゲームのコミカライズである本作もこの第3巻で完結。金色の侍、ウィリアム・アダムスは、ついに決戦の地・関ヶ原において宿敵と対峙することになるのですが――

 自分にとっては大事な「家族」と言うべき守護精霊・シアーシャを奪い、神秘の力・アムリタを用いて奇怪な魑魅魍魎を操る悪人・ケリー(どうやらエドワード・ケリーのことと知ってびっくり仰天)を追ってこの日本にやってきたウィリアム。
 ケリーが石田三成に手を貸していると知ったウィリアムは、彼と対立する徳川家康に接近、その中で様々な出会いと別れを経験することになります。

 そして始まる家康と三成の決戦。そう、関が原の戦に、ウィリアムも参戦することに……


 というわけで、この第3巻の舞台となるのは、ほとんどすべて関が原の戦。表向きにはちょっと驚くほど(という表現は失礼ですが)真っ当な関が原の戦が展開することになりますが、それはあくまでも表向き、その陰では数々の悪鬼、魑魅魍魎が暴れまわっていた――というわけで、ここにウィリアムの活躍の余地が生まれることになります。

 しかしその活躍は、単に人外の魔を倒し、シアーシャを取り戻すためだけのものではありません。これまでこの国で様々な人々と出会ってきたウィリアム。その経験から、彼は自分の目的以上の想いを背負ってこの戦に参戦することになるのです。

 その一方で、想いを背負っているのは必ずしも彼一人のものではなく、また東軍のみのものでもないことが、本作においてはある人物を通じて描かれます。
 それは大谷刑部――彼は友である三成を勝たせるため、自らの身を人外に変えてもウィリアムを止めんとするのであります。

 形部が怪物に変形するというのは、色々と引っかかるものはあります。
 しかし、ここで彼がウィリアムを強き者――自分自身で何事かを為す力を持つ者、そして自分と三成を弱き者――強き者のために命を使う者と説くのが目を引きます。
 強き者が戦うのは当たり前、しかし三成は弱き者でありながら、やはり強き者である家康やウィリアムと戦おうとしている――という視点は、西軍を一方的な悪者にしないものとしてなかなか興味深いものとして感じます。

 もっともこの視点、その後フォローされることなく、結局三成が暴走して終わってしまうのを何と評すべきか……
 ウィリアムが味方についた時点である程度仕方はないとはいえ、結局東軍側に、勝てば官軍的な印象が生まれてしまったのは残念ではあります。
(そして大ボスたるケリーの目的が今ひとつだったのも……)


 上で述べた大谷形部、あるいは最後まで「腕の立つ一般人」のスタンスを貫いてウィリアムを支えた服部半蔵など、面白いキャラクターも色々と登場しただけに、少々勿体無い結末だった――というのが正直な印象ではあります。
(「三浦按針」の史実との豪快な摺り合わせ方は大好きなのですが)


『仁王 金色の侍』第3巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(3) (講談社コミックス)


関連記事
 片山陽介『仁王 金色の侍』第1巻 海から来た侍、その名は……
 片山陽介『仁王 金色の侍』第2巻 彼が来る理由、彼が去る理由

| | トラックバック (0)

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »