岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第4巻 変と酒宴と悲劇の繋がり
動乱の幕末に活躍した隻腕の剣士として後世に名を残すこととなる「伊庭の小天狗」伊庭八郎の生涯を描く本作も、もう4巻目。沖田総司との凄絶な試合を経て講武所の門を叩き、剣士として新たな一歩を踏み出した八郎ですが、時代が彼を新たな事件に巻き込むこととなります。
父を喪い、一度は己の往くべき道に迷いつつも、試衛館の若き怪物・沖田との初の他流試合の末に、志も新たに剣を手にした八郎ですが――この巻の冒頭では、徳川幕府の終わりの始まりとも言うべき、桜田門外の変の様が描かれることとなります。
こともあろうに幕府の大老が、江戸城の目の前で討たれたというこの一件は、幕府の威信を大いに低下させたわけですが、この巻の前半で描かれるのは、そんな時代の流れとは一見無縁にも見える、八郎をはじめとする若者たちの剣談政談、そして雑談の様であります。
八郎の自称一の家来であり、そして腕利きの板前である鎌吉の店で飲むこととなった八郎と土方(もう完全に八郎の悪友として馴染んでいるのがおかしくも楽しい)。彼らに鎌吉が加わっての三人の会話で物語が進んでいくのですが――この展開、地味なようでいて、なかなか楽しいのです。
八郎も土方も幕末史に名を残した男とはいえ、今この時点では、剣の腕は立つもののまだまだ普通の若者。そんな彼らの目線から見たこの時代、その世相は何とも興味深いものですし、何よりもその中に彼らのキャラクターが良く出ているのが、ファンとしては実に楽しいのであります。
しかもそこに思わぬ乱入者――軍艦操練所時代の榎本釜次郎、言うまでもなく後の榎本武揚までもが現れるのだからたまりません(さらに榎本が土方をスカウトしようとするのは、やりすぎ感はあるもののやはり楽しい)
しかしもちろん、そんな楽しい話題だけではありません。土方が持ち出した近藤の講武所参加の話題に始まり、彼らの口に上るのは、いまだ旧態依然とした、危機感に乏しい幕府とそこに集う者たちの姿なのですから……
そして後半で描かれるのは、がらりと雰囲気を変えたエピソード――かつて八郎が初めて吉原に登楼した際の相方・野分との再会が、思わぬ波乱を生むことになります。
土方から、野分が病み付き明日へも知れぬ容態であると聞かされ、彼女のもとを訪れた八郎。しかし彼女が亡くなった後、その死因が間夫に暴行されたことであったこと、そしてその相手が講武所の人間であることを知った八郎は、犯人を捜すことになります。
と、ある意味市井の人情もの的展開が始まったのには驚かされましたが、その中で描かれる人間模様も実にいい。特に八郎が遊女たちの、いや女性の心を尊重しつつ、あくまでも対等な人間として自然に接する姿には、素直に好感が持てます。
そしてそんな八郎と対になるのは、彼に先んじて犯人と対峙し、吉原の遊女の矜持を貫いてみせた野分の妹女郎・左京の存在であります。刀を持った相手にも決して屈せず、傷を負いながらも引かず啖呵を切ってみせる彼女の姿は、作者の画の力が最大限に発揮された、この巻のクライマックスと言ってもよいかと思います。
しかしこの巻はまだまだ驚かせてくれます。犯人を捕らえて一件落着かと思いきや、その口から、この巻の冒頭から描かれてきた幕府の凋落の姿と、幕府の内部にありながらそれを加速させようとする者たちの存在が明らかになるのですから。
冒頭の桜田門外の変と、八郎と土方の酒宴と、野分の悲劇と――一見バラバラに見えるエピソードが、実は全てその根底においては繋がっていることが示された時には、思わずゾクゾクさせられました。
そしてその先にいるのが、これまた幕末史に名を残すあの男とくれば……
八郎と左京の美しい姿を描きつつも、ラスト一コマで不穏極まりない空気を漂わせる引きも印象的で、これまで同様、先の展開が気になって仕方ない作品であります。
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