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2017.06.15

北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり

 好敵手・兀朮率いる金軍との大決戦をほぼ互角の形で終え、帰還した岳飛。この先を巡り、南宋を代表する秦檜と対峙する岳飛ですが――史実を考えれば、岳飛と秦檜の対立の先にあるものはただ一つ。しかしそこで梁山泊が思わぬ役割を果たし、本作は新たな領域に踏み込んでいくこととなります。

 互いに数十万の軍を率いながらも、最後は一対一に等しい死闘を繰り広げた末、共に矛を収めた岳飛と兀朮。岳飛は岳家軍の本拠に帰還したものの、秦檜から臨安府への出頭を命じられることになります。
 一方、梁山泊では呉用が「岳飛を救え」という言葉を遺して息を引き取り……

 という嵐の予感から始まる第6巻ですが、前半は比較的静かな展開が続きます。

 理由を付けて出頭を引き伸ばす岳飛は、またもやふらりとごく僅かな人数で旅に出て蕭炫材と出会い(ここで蕭炫材の父・蕭珪材のことを語る二人が実にいい)、秦容は相変わらず南方開拓に精を出し、宣凱は微妙にフラグっぽいものを立てたり……
 その中で、燕青のみは岳飛の遺言を踏まえ、一人動き始めるのですが、それはさておき。

 しかし中盤からこの巻は、いやこの物語は、激動とも言うべき展開を見せることになります。
 ついに臨安府に出頭して帝に拝謁した岳飛に対し、岳家軍を解体し、南宋軍の総帥に就くよう迫る秦檜。それを拒否した岳飛は、秦檜に捕らえられることになるのですが――この対立の根底にあるのは、二人の男にとっての、国の在り方であります。

 それは民(民族)を取るか、国(政体)を取るかという、物語の冒頭から描かれてきた二人にとっての国の在り方の違い。
 金に取り残された国の民を救うために戦いを続けようとする岳飛と、南宋が再び中原に君臨するため今は休戦して国力を蓄えようとする秦檜と――二人にとって国に尽くすということは、その根本において大きく異なるのです。

 しかし、岳飛が秦檜の言葉を拒絶するのは、国に逆らうということ、すなわち国家への反逆に等しいことでもあります。かくて岳飛は謀叛人として処刑されることに……


 ついに来たか、という印象であります。実は主戦派の岳飛が、和平派の秦檜と対立の末、謀叛の科で処刑されるというのは、これは史実どおりの展開なのですから。

 理想を胸に抱いて戦い続けながらも、道半ばにして、周囲から汚名を着せられた末に斃れる――これはある意味、実に作者の作品の主人公らしい最期と言えるでしょう。
 当然、この『岳飛伝』の結末は、この岳飛の最期であろうと考えていたのですが……

 が、ここで物語はとてつもない動きを見せることになります。上で述べたように、呉用の遺言に動き始めた燕青。その彼と梁山泊致死軍が、岳飛救出のために動き出すのであります。そう来たか!

 もちろん、南宋の首都深くに囚われた岳飛を救い出すのは容易ではありません。果たしていかにして岳飛を救い、そして逃がすのか……
 その詳細はここでは伏せますが、ここで使われるのが、はるか以前に描かれていたあの伏線であり、そしてそれが南宋という国の正当性すら揺るがしかねないものという皮肉さが実に面白い。

 しかしそれ以上に盛り上がるのは、岳飛救出のために出動した致死軍の活躍であります。
 しばらく大きな動きを見せることがなかった致死軍ですが(そしてそれはそれで当然なのですが)、ここで彼らが見せた動きは、何とも痛快なもので、実に「水滸伝」らしいと感じさせてくれるのが嬉しいのです。


 何はともあれ、表向きは処刑されたものの、その実、梁山泊により救出された岳飛。
 なるほど、本作における梁山泊の役割の一つはここにあったか、と感心させられたのはさておき、ここにおいて物語は史実から大きく異なる領域に踏み出すこととなります。

 梁山泊に加わることなく、同じく死んだはずの身の姚平を供に、南へ南へ、雲南は大理国を目指す岳飛。
 奇しくも南方は、国力増強を目指す秦檜が目を向ける先であり、そして秦容が新天地として開拓を続ける地でもあります。

 この先の物語の中心となるのは南方なのか――それはまだわかりませんが、ある意味これからが、真の北方『岳飛伝』の始まりであることは間違いありません。


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