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2017.07.31

『風雲ライオン丸』 第19話「よみがえれ弾丸変身!!」

 マントルゴッドを前に何もできなかった自分が許せず、一人放浪を続けた末に倒れた獅子丸。志乃たちに助けられた獅子丸だが、刺客の怪人オニグモに対し何もできず、志乃に連れられて逃げるしかできなかった。自分自身から逃げないで下さいという志乃の言葉にも無反応に見えた獅子丸だが……

 強敵との対峙に打ちのめされて一人放浪する獅子丸から始まる今回。アバンタイトルで砂丘を放浪する獅子丸の姿と交互に、彼の心中が文字で映し出される演出に圧倒されます。以下のような内容の――
「俺は、マントルゴッドを前に何もできなかった」「そんな自分が許せない だから歩きつづけた すべてを忘れる為に」「しかし、マントルゴッドの幻影から逃げることはできなかった」「何処へ行けばいいのだ」
「疲れ果てた今の俺にはそれすらもわからない」「このまま俺は死んでもいいと思った」
 もうどんな顔をして見ればいいのか……

 そんな獅子丸を拾い上げる志乃と三吉の馬車。その間獅子丸は、志乃と海辺でキャッキャウフフしている夢を見ていたと思ったら、次の瞬間にはマントルゴッドの姿に魘されたりと重症であります。ようやく目を覚ましても、志乃や三吉の言葉にも無反応で、死んだ目は絵的にもかなりマズい状態です。
 そんな彼の前に現れたアグダーは、マントルゴッドの秘密を守るためと獅子丸抹殺を宣言し、怪人オニグモを差し向けます。が、そんな状況でも獅子丸は無反応、やむなく志乃は地虫を蹴散らして獅子丸の手を引いて逃げ出します。

 しかし地虫たちに崖に追い詰められた志乃と獅子丸。間一髪駆け付けた七之助によって地虫は倒されたものの、気がつけば三吉がいない。姉と男が手に手を取って逃げた間にオニグモに捕らえられるというかわいそうな三吉……。取って返した志乃と七之助に救出され、オニグモがマントルゴッドに呼び戻されたことで窮地を逃れた一行ですが、それでも獅子丸は抜け殻状態であります。
(ちなみにマントルゴッドがオニグモを呼び戻した理由は、ちゃんと獅子丸を追い詰めているか、という督戦のためで……ここで余計なことをしなければ倒せたかもしれないのに)

 二人きりで獅子丸を励ます志乃。戦って下さいとは言いません、自分自身から逃げないで下さいという志乃の言葉にも無反応の獅子丸に業を煮やす三吉と虹之助ですが――そんな志乃を残し、獅子丸は一人さすらい続けます。そして崖の上で下を見下ろせば、そこにはマントルゴッドの幻覚が。そして獅子丸は、真っ逆さまに崖から飛び降りて……
 しかしそれは死を選んだのではなく、自らを奮い立たせるため。落下途中でロケット変身した獅子丸は、そのまま急上昇して崖の上に戻ると、愛馬を呼び出し一路駆けます(このくだりにかぶる主題歌の、イントロのテンション上がりっぷりが素晴らしい!)

 復活した獅子丸を見送る志乃と三吉の歓声を背に受けて、再び現れたオニグモと対峙する獅子丸。しかし完全復活した彼に敵はなく、オニグモをあっさり粉砕するのでした。
 戦い終わり、志乃に礼を告げて去る獅子丸。一日だけでいい、一緒に平和な時間を過ごしたいという志乃の切ない願いにも背を向けて――

 「弾獅子丸、21才強大な敵、マントル一族を相手に自らの青春をかけて戦う 勇気ある男。人は彼をライオン丸と呼ぶ」
 いつものエンディングナレーションが、心に染みる結末であります。


 特撮ヒーロー史上でも屈指の主人公の落ち込みぶりが描かれることで語り草の今回。とにかく物語の大半で獅子丸が完膚なきまでに死んだ目をしているのが、普段精悍な表情の彼だけに重く刺さります。
 それと同時に、志乃の乙女心が描かれるのも切なく(そして朴念仁に見えた獅子丸の心中にも――というのがまた泣かせる)、ヒーローの敗北と復活劇として出色の回と言えるでしょう。

 ……前回、獅子丸はマントルゴッドを前に何もできず敗北などしていなければ、そもそも出会ってすらいないことを除けば(前回ラストでは、むしろマントルゴッドに闘志を燃やしていたわけで)。
 いやはや、前後のエピソードの繋がりが微妙なことも多い本作ですが、(その内容のインパクトの前にその矛盾を一瞬忘れさせられた点も含めて)ある意味本作らしい豪快な展開、と言えなくもないかなあ……


今回のマントル怪人
オニグモ

 獅子丸抹殺を命じられた怪人。仕込み槍と、手から投げる網が武器。闘志を完全に失った獅子丸を追い詰めるが、復活した彼には全く敵わず、一蹴された。「ライオン丸の敵」以上のキャラ付けは薄い怪人だが、巨大なオニグモ型の頭部の造形は見事。


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2017.07.30

石ノ森章太郎『新変身忍者嵐』 もう一つの恐るべき結末

 石ノ森章太郎の漫画版『変身忍者嵐』紹介、今回はいわゆる『希望の友』版、約20年前に『新変身忍者嵐』のタイトルで単行本化された作品です。先日2回にわたってご紹介した『週刊少年マガジン』連載版に比べるとはるかにTV版に近い内容ですが、しかしこちらも衝撃の結末が……

 父・嵐鬼十の編み出した化身忍者の法を悪用し、父を殺した血車党を滅ぼすため、同じ法を用いて嵐に変身する青年・ハヤテの戦いを描く本作。
 設定的には本作やTV版と同一ながら完全に独自路線を行ったハードな変身ヒーローものであった少年マガジン版に比べれば、本作は遥かにTV版に近い内容と言えます。

 少年マガジン版では冒頭しか登場しなかったタツマキ親子は、レギュラーとして約半数のエピソードに登場。ハヤテやタツマキ親子のコスチュームもほぼTV版と同じものとなっています(映像では……だった格好が漫画で見ると全く印象が変わるのに感心)。

 何よりも、こちらでは1エピソードを除き嵐がきちんと(?)登場。TV版の変身台詞の「吹けよ嵐、嵐」や秘剣影うつしも、一度だけではありますが(「吹け嵐 嵐よ」とちょっと異同はありますが)しっかり登場し、変身しないエピソードも作中で一回のみと、まずはヒーロー漫画と呼んで違和感のない内容です。

 もっとも、TV版の完全なコミカライズというわけではなく、物語は完全にオリジナル。
 基本的には旅を続けるハヤテらに襲いかかる化身忍者の戦い、あるいは化身忍者の陰謀を砕くためにハヤテが戦いを挑むという展開ですが、登場する化身忍者も、かまいたち以外は皆漫画オリジナルの存在であります。

 また、他の版ではあまり詳しくは述べられなかった印象のある化身忍者の法も、脳に針を打ち込むことでその一部を異常に活性化させるという説明が行われるのも興味深いところです。(そしてラストでこれが思わぬ意味を……)

 内容の方も怪奇性強めで、文字通り人間の皮を被った化身忍者が登場したり、人間が無数の虫に襲われて骨のみを残して食い殺されたりとインパクトの大きなシーンも少なくありません。
 特に後者が登場するエピソード『虫愛ずる姫』は、その「敵」の正体の悲劇性とおぞましさ、救いのなさで、作中屈指であります。

 ちなみにTV版の方は、幾度となく大きな路線変更が行われ、戦う敵も変わったりもしましたが、本作はもちろん(?)それはなし。
 しかし後半にタツマキ親子が登場しなくなったり、狼男やミイラ男などが登場するようになったのは、TV版の影響があるのかもしれません。(ちなみにこちらの狼男やミイラ男は国産で、時代劇としての設定を崩さずに登場させているのに感心いたします)


 しかし本作の最大の独自性は、最終話『さらば変身一族』で明かされる化身忍者の正体、物語の核心に関わる大ドンデン返しであることは間違いでしょう。
(以下、物語の核心に触れますのでご寛恕下さい)

 ある晩、天を過ぎった流れ星を追い、ある山を訪れたハヤテ。その山に潜んでいた化身忍者たちを蹴散らし山頂に向かったハヤテの前に現れたがいこつ丸は、流れ星の正体が空飛ぶ円盤であったことを明かします。

 それだけでも驚く展開ですが、しかし真に驚かされるのはここからであります。実は化身忍者たちは宇宙から地球にやってきた一族、20年ほど前に円盤が故障して地球に着陸し、円盤を修理するために人間社会に潜伏し、力を蓄えていたというのです。
 そして嵐鬼十が編み出した化身の法も、人間を他の生物に化身させるのではなく、元々化身する能力を持つ彼らを人間の姿に留めておくためであったと……

 いやはや、ハヤテでなくとも唖然とするほかない展開、化身忍者の設定については、冷静に考えると色々と首を傾げる点があるのですが、しかしここで一気に世界観を覆してみせる豪腕には驚くほかありません。
(あるいはTV版に登場した空飛ぶ円盤からの連想か?)

 物語を通じて変身ヒーローと怪人の戦いを同族殺しとして描き、最終回でそれを救いようのない形で明確化してみせた少年マガジン版に比べれば、これは確かに唐突な印象は否めません。
 しかしここで描かれる、化身忍者こそが彼らの真の姿であったという価値観の逆転もまた、同様に変身ヒーローものに対する強烈なカウンターとして記憶すべきものと言えるのではないでしょうか。

 いや、どうかなあ……


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新変身忍者嵐 (秋田文庫 (5-36))


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2017.07.29

『週刊読書人』で『日雇い浪人生活録』(上田秀人 ハルキ文庫)を紹介しました

 最近のお仕事の紹介であります。『週刊読書人』の7月28日号で、上田秀人『日雇い浪人生活録』(ハルキ文庫)の紹介を担当させていただきました。

 今回執筆の機会をいただいたのは、『週刊読書人』の「わが社のロングセラー」という特集。出版各社がタイトルの通り一社一タイトルずつ自社のロングセラータイトルを挙げ、それを作家自身あるいは評論家が解説するという毎年の恒例企画であります。

 十数社分が掲載されるということで、一タイトルあたりの文章量は少ない(千文字強)のですが、しかしロングセラーというだけあって、紹介される作品は名著名作揃い、さらに執筆陣も――と、読み応え十分の企画であります。

 そんな中に私が出ていくのも恐縮ですが、これまでなかなか書かせていただく機会のなかった(あってもワンオブゼム的な扱いだった)上田作品の解説、それも愛読しているシリーズということで、気合を入れて書かせていただきました。

 この『日雇い浪人生活録』シリーズ、タイトル通り日雇いで暮らしてきた親の代からの浪人を主人公とした物語――というと人情とペーソスに満ちた作品のように見えますが、上田作品がそんなありきたりの展開となるわけもありません。
 思わぬことから若き日の田沼意次に目をつけられた彼は、幕府の行方を左右するような暗闘に巻き込まれて――という作者の新機軸であります。

 そんな本シリーズの最大の特徴は、もちろん主人公が「浪人」である点。浪人というのは文庫書き下ろし時代小説では定番の主人公の職業(?)ですが、しかし上田作品では極めて珍しい存在です。
 そして単に珍しいだけでなく、本シリーズの構造においては、主人公が浪人であることに確かな意味があって――というような(これまでもこのブログで縷縷述べてき)ことを書かせていただきましたので、ご一読いただければ幸いです。

 なお、7月28日号はこの企画のみならず、「真夏の文庫大特集」と銘打って、「森まゆみさんが選んだ文庫23点」「読者へのメッセージ」といった企画で様々な文庫を紹介。
 特に後者は、稲葉稔、鈴木英治、千野隆司、葉室麟といった時代作家の方々による自作紹介が掲載されており、時代小説ファンも必見であります。


 ちなみに、書店ではちょっと見つけにくい『週刊読書人』ですが、電子版も発売されているほか、コンビニの多機能コピー機で購入可能となっています(時代は進んでいる! と大いに感心)。

 ちなみにこの7月28日号、前半と後半に分かれて販売されているのにご注意下さい。
 私も最初気付かずに前半だけ買ってしまい、「載ってない!」と驚いたりしましたので……(後半に載ってました)



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2017.07.28

石ノ森章太郎『変身忍者嵐』第2巻 ヒーローと怪人という「同族」

 石ノ森章太郎による漫画版『変身忍者嵐』の紹介の後編であります。一人孤独に血車党の化身忍者を屠っていくハヤテ。非情に徹した旅の果てに彼を待つ伝説の結末とは……

 というわけで大都社版単行本第2巻の冒頭は第6話『蜜蜂の羽音は地獄の子守唄』。孕み女が次々とさらわれていく事件を追うハヤテが出会ったのは、蜂の力を持つ奇怪な女……
 なのですが、自在に蜜蜂を操ったり蜜蝋で目を潰したりという能力以上に、奪った子供たちを蜂のように変えて操ったり、何よりもハヤテを自分の子にしておかあさんと呼ばせるという、歪んだキャラクターが恐ろしい。

 ここでハヤテは自分の「兄弟」を蹴散らし、母「親」を斬るのですが……この時点で、結末は予告されていたのかもしれません。

 続く第7話『菩薩の牙が霧を裂く』は、ハヤテが珍しく女性の美しさに心を動かされるという描写が登場するものの、内容的にはあまり特筆すべきところはない印象。しかし登場する化身忍者はインパクト絶大です。
 そして第8話『獺祭りの雷太鼓』は、大坂城の火薬庫爆発という、本作には珍しく史実と絡めたエピソード。展開的には先を読みやすいものの、敵を滅ぼすためであれば、他者(幕府という権力)がどうなっても何とも思わない、もはやヒーローとは言い難いハヤテの言動が強烈な印象を残します。(それでいて久々に嵐に変身するのがまた面白い)

 続く3話は、三部構成の連続エピソードというべき内容。まず第9話『虎落笛の遠い夏』は、江戸に出没して人々を惨殺していく虎の化身忍者との対決篇であります。

 この相手の名が李徴子というのはどうかと思いますが(しかしそこに国姓爺伝説が絡むのは面白い)、注目すべきは彼が幼い頃のハヤテとは兄弟同然に育った人物という点。
 家族同然の相手との死闘というのは忍者ものの定番ではありますが、ここでまたもや「兄弟」との戦いを強いられるハヤテは心に大きな傷を負い、それが物語の結末に繋がっていくことになります。

 続く第10話『呪いの孔雀曼陀羅』は、江戸で人々の心を操らんとする血車党の邪教集団の尼僧との対決と、久々に(?)真っ当なアクションものという印象。
 この尼僧たちは基本的には「敵」以上のキャラクターではないのですが、化身忍者に女性が多い理由と、その弱点が、ここである意味ロジカルに描かれるのが面白い。冷静に考えれば女性の孔雀って……という点を逆手に取ったような展開もユニークです。

 そして第11話『血車がゆく、餓鬼阿弥の道』は実質的に血車党との最終決戦。第1話に登場し、唯一生き残った梅雨道軒も再登場、骨餓身丸との死闘も決着と、ラストらしい内容なのですが――しかしこの回は骨餓身丸の存在が全て。
 TV版ではビジュアルこそ奇怪なものの、単なる粗暴な悪役であった彼に悲痛な過去を与え、そしてそれと密接に絡み合った化身忍者としての能力を与えてみせる。その上で描かれるいい意味で後味の悪い結末には、ただ唸らされるのみなのです。


 それでも己の心を殺すように骨餓身丸を倒し、血車党の陰謀を粉砕したハヤテですが――しかし最終話『犬神の里に吠える』の冒頭で描かれるのは、復讐と贖罪という目的を果たしてしまった虚しいハヤテの心の内。
 自分のしてきたことは何だったのか、と鬱々と考えていたところに現れた血車魔神斎の姿に、闘志を奮い立たせるハヤテですが……

 しかし魔神斎を追うハヤテの前に現れたのは、人とも獣ともつかぬ子供たちの群れと、彼らが犬神の子だと告げる裸女。どこかまでも歪んだ世界の中で最後の対決に臨んだハヤテが知った真実とは……
 無情とも無常とも、あるいは無惨とも言うべき結末は(私はあまり好きな表現ではありませんが)屈指のバッドエンドと今なお語り草なのも宜なるかな、であります。

 そしてこの結末は、上で述べてきたように、これまでのハヤテの戦いが同族殺し――それも兄弟や母親を含めた――であったことを考えれば、ある意味当然の結末と言うべきかもしれません。

 さらに言えばそれは、変身(改造人間)ものにおけるヒーローと怪人は本質的に同じものではないか――言いかえれば正義と悪の違いは奈辺にあるのかという問いかけの、究極の答えではないでしょうか(ハヤテが嵐に変身して魔神斎と対決するのがまた象徴的)

 そしてそれを、上に述べたように同門との対決というのは忍者ものの定番の中で昇華してみせたのにも痺れる本作。
 変身ヒーローものとして、忍者ものとして……やはり名作というほかない作品と再確認した次第です。


『変身忍者嵐』第2巻(石ノ森章太郎 大都社St comics) Amazon
変身忍者嵐 (2) (St comics)

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2017.07.27

石ノ森章太郎『変身忍者嵐』第1巻 怪人たちの中の「人間性」を描いて

 故あって、今更ながらに石ノ森章太郎の漫画版『変身忍者嵐』を読み返しました。その衝撃のラストで知られる本作ですが、改めて読み返してみれば、そこに至るまでも実に面白い。というわけで漫画版を紹介――大都社版の単行本をベースとしていますので、今回は全2巻のうち第1巻を取り上げます。

 悪の忍者集団・血車党に、父・嵐鬼十を殺された青年忍者・ハヤテ。父が編み出した法で奇怪な能力を持った血車党の化身忍者たちに、父に術を施されたハヤテは変身忍者嵐に変身して戦いを挑む――
 そんな物語の骨格自体はTV版と同じ本作ですが、しかしそのディテールは大きく異なります。

 その第1話『化身忍群、闇に踊る』は、骨餓身丸(TVの骸骨丸)率いる三人の化身忍者が、さる藩で巡らせる陰謀に対し、ハヤテとタツマキ・カスミ・ツムジ親子が挑むというフォーマットはTV版とほぼ同一ですが、それはこのエピソードのみというのが潔い(タツマキ親子の登場は今回のみ)。
 しかし容赦ない怪奇描写・怪奇描写は迫力満点、嵐の初変身の描写も面白く、この回のみ炸裂する忍法(秘剣にあらず)影うつしも違和感なく、この路線で行っても十分面白かったのでは……という印象はあります。

 そして第2話『青い猫の夜』は、鍋島直茂を苦しめる化け猫の怪を描く内容で、ほとんどそのまま鍋島の猫騒動をなぞった内容ではありますが、奇怪な猫婆に、ハヤテに助力する二人の美女、そして何よりも強力な猫の化身忍者と嵐の忍法対決と見所が多いエピソード(美女の活け作りなどという山風チックなシーンも)。
 しかし何よりも印象的なのはそのラスト。化身忍者の正体はすぐ予想がつくものの、その行動の理由は――! 最終話で描かれる血の因縁に繋がるものも感じられる、切ない真実が刺さります。

 刺さるといえば第3話『白い狐、枯れ野を走る』。こちらも「葛の葉」の伝説をまんまなぞった展開ながら、それを忍者ものに完璧に落とし込み、哀しい化身忍者の宿命を浮き彫りにしているのはただ圧巻であります。

 そして第4話『視よ 蒼ざめたる馬 その名は死』のモチーフは、黙示録のペイルライダー(!)。もっともナレーション(?)で黙示録が引用されるだけですが、狙いを付けた村人の家の前に青い馬の土偶を置く、古代の武人姿の怪人というシチュエーションは、怪奇性濃厚でいい。
 そしてそれ以上に、今回の敵となる山彦海彦兄弟が、出番が少ないながらかなり個性的で、特に兄の方には、血車党にもこういう人間がいるのか……と考えさせられることしきり。その巻き添えを食ったような形の弟も、共感はできないまでも行動原理はそれなりに理解できます。
(ちなみに今回と次の回は、TV版でもやたら登場した、村人をさらって労働力とする血車党が描かれて、これはこれで興味深い)

 そしてこの巻のラスト、『地の底で黄金の牛が鳴く』は、牛頭人身の化身忍者と地底の黄金という題材から、クレタ島のミノタウロスをモチーフにしたと思しきエピソード。
 本作にしては珍しく、化身忍者側の人間性がほとんど描かれず(それが一つの仕掛けですが、有効に機能しているとは言えず……)、むしろ強力かつ謎めいた行動を取る化身忍者打倒に力点を置いた印象があります。

 そしてそんな内容でありつつも、この回ではついに嵐は登場せず、ハヤテは生身で化身忍者に挑むことに……


 と、第1巻の内容を駆け足で見てまいりましたが、改めて驚かされるのは、その内容の豊かさであります。

 何よりも驚かされるのが、ゲスト化身忍者の「人間性」――異形の能力と容姿を持った者たちの中の「心」の描写は鮮烈で、そんな彼ら彼女らを(時に心ならずもとはいえ)屠っていくハヤテの方が非人間的に見えるほど……
(ラストの展開は、決して突然のものではないと改めて確認)

 その一方で、怪奇性濃厚な、奇怪な能力を化身忍者との死闘は、怪奇アクションものとしての忍者ものの可能性をはっきりと見せてくれるもので、こちらの完成度も決して見逃してはならないと感じます。

 そしてこれらの方向性は、物語がさらに進むにつれてさらに先鋭化していくのですが……それはまた次の回に。


『変身忍者嵐』第1巻(石ノ森章太郎 大都社St comics) Amazon
変身忍者嵐 (1) (St comics)

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2017.07.26

物集高音『大東京三十五区 夭都七事件』 古今の帝都を騒がす怪事件ふたたび

 昭和初期を舞台に、お調子者の書生が持ち込む奇っ怪な事件を、居ながらにして解決してしまう「縁側探偵」のご隠居の名推理を描く連作短編シリーズの第2弾であります。今回も、今昔の帝都を騒がす七つの奇怪な事件が描かれることに……

 時は東京都区部が三十五区となった昭和7年、早稲田大学に席を置きながら、怪しげな事件を嗅ぎつけてはそれを扇情的な記事に仕立てては小銭を稼ぐ不良書生の阿閉万、通称「ちょろ万」が本シリーズの狂言回し。
 そしてそんな彼がかき集めてくる怪事件の数々を――起きた場所はおろか、起きた時代も全く異なるものも含めて――縁側に居ながらにして解き明かしてしまうのが、彼の下宿の家主であるご隠居・玄翁先生こと間直瀬玄蕃であります。

 今日も今日とて、明治の浅草で起きた無惨かつ不可解な事件の存在を嗅ぎつけてきたちょろ万に対し、玄翁先生はこともなげにその謎を解き明かして……


 と、ここでシリーズ第1弾たる『冥都七事件』の読者であれば首を傾げることでしょう。同作のラストにおいてご隠居は何処かへ姿を消したのでは――と。
 しかし本作の第1話であっさりとご隠居は帰還。あまりにあっけらかんとした展開にはさすがに驚かされましたが、それはそれで本シリーズらしい……と言えるかもしれません。

 そして登場人物の方も、ちょろ万と玄翁先生のほか、前作にも登場した鋼鉄の女性記者・諸井レステエフ尚子に加え、もとは箱根の温泉宿の女中、今はご隠居の店子の少女・臼井はなといった新キャラが登場、シリーズものとしては順調にパワーアップしている感があります。


 さて、そんな本作で描かれるのは、前作同様、東京の各地で起きる事件の数々であります。

 明治10年の浅草で模型の富士の上に観音様が現れた直後に、見世物小屋に首無し死体が降る「死骸、天ヨリ雨ル」
 芝高輪の天神坂を騒がす、夜ごと髑髏が跳び回る怪異「坂ヲ跳ネ往クサレコウベ」
 麻布の新婚家庭で結婚祝いに送られた夫人の肖像が、日に日に醜く年老いていく「画美人、老ユルノ怪」
 若かりし日の間直瀬玄蕃の眼前で、雛人形を奪って逃走した男が日本橋の上で消える「橋ヨリ消エタル男」
 内藤新宿の閻魔堂で一人の少年が妹の眼前から姿を消し、脱衣婆に喰われたと騒ぎになる「子ヲ喰ラフ脱衣婆」
 大正11年の上野に展示された平和塔に、一夜にして奇怪な血塗れの記号が描かれる「血塗ラレシ平和ノ塔」
 駒込の青果市場に自転車で通う老農夫の後を、荒縄が執拗に追いかけては消える「追ヒ縋ル妖ノ荒縄」

 いずれもミステリというより怪談話めいたな事件ですが、それを現場に足を運ばず――それどころか、既に述べたように過去に起きた事件もあるわけで――解決してみせる縁側探偵の推理には、今回も痺れさせられます。
 そしてまた、謎が解けたと思いきや……という、良い意味の(?)後味の悪さが残るエピソードが多いのも、実に好みであります。

 そんな本作の中で個人的にベストを挙げれば、「画美人、老ユルノ怪」でしょうか。
 扱われているのが老いていく絵という、直球の絵画怪談的現象を描いた上で、考えられる解を一つ一つ潰しつつも、たった一つの手がかりから、見事に合理的な解を導いてみせるが、何とも痺れるのです。

 そしてその上で、事件の背後に人間の心の中の黒々とした部分を描き、さらに追い打ちをかけるようにゾッとする結末を用意しているのは、お見事と言うほかありません。
(実はこの作品のみ、探偵役がご隠居ではなく、ちょろ万の恩師である大学教授というのも面白い)


 こうしたミステリとしての魅力に加えて、今回もポンポンとテンポのよい擬古的な文体といい、その中で描かれる当時の風俗描写の巧みさといい、実に楽しい作品なのですが……
 一点だけ不満点を挙げれば、本作には前作にあったような、巨大な仕掛けが存在しないことでしょうか。

 もちろんそれはあくまでもおまけの仕掛けであったのかもしれませんが、人間、一度贅沢に慣れてしまうと、今度はそれがないと不満に感じてしまうのは仕方のないところでもあるでしょう。

 厳しい言い方をすれば、普通の続編になってしまった――という印象は残ってしまったところではあります。


『大東京三十五区 夭都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
夭都七事件―大東京三十五区 (祥伝社文庫)


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2017.07.25

芦辺拓『地底獣国の殺人』 秘境冒険小説にして本格ミステリ、そして

 本格ミステリの枠を守りつつも、書けないものはないのではないか、と言いたくなるアクロバティックな作品を次々と発表してきた芦辺拓。そのシリーズ探偵・森江春策が、なんと恐竜が徘徊する人外魔境を巡る事件――それも彼の祖父にまつわる事件に挑む、極めつきの異色作にして快作であります。

 またもや一つの難事件を解決した森江春策の前に現れた謎の老人が語る、奇怪な物語。それは戦前に彼の祖父・春之介も参加したという、ある冒険の真実でした。

 昭和11年、ライバル社に対抗せんとする新聞社の驚くべき企画――それは、飛行船により、トルコのアララト山に眠ると言われるノアの方舟を探索するという冒険でした。
 その企画への参加することとなったのは、高天原アルメニア説を唱える異端の老学者・鷲尾とその美人助手・浅桐、飛行船を操る日本軍人コンビ、地質学者、通訳、トルコ軍人に謎の外国人、そして春之介を含む三人の新聞記者という面々であります。

 出発前から不穏な空気の漂う中、旅立った一行がアララト山上空で見たものは、記録に残っていない巨大な亀裂。そして原因不明の機器の異常により亀裂の中に不時着した一行を待っていたのは、鬱蒼たる密林と、そこにうごめく恐竜たち――そう、そこは時に忘れられた世界だったのであります。

 何とか脱出の機会を探る中、不審な動きを見せる鷲尾を追った折竹記者(有名な探検家とは無関係)と浅桐は、祭祀場のような遺跡から、彼が何かを掘り出すのを目撃。しかしその直後に彼らは恐竜の襲撃を受け、折竹たちは深手を負った鷲尾を連れ、原始の森林をさまようことになります。
 そして必死の思いで飛行船に帰還した彼らを待っていたのは、何者かに破壊され、もぬけの空となった飛行船。さらに折竹の前には、あまりに意外な人物が……


 既に現在ではほとんど滅んだジャンルである秘境冒険小説。『失われた世界』『地底旅行』『ソロモン王の宝窟』、そして『人外魔境』に『地底獣国』――地球上から秘境と呼ばれる地と、それを信じる人が消えると共に失われたその作品世界を、本作は見事に復活させています。
 奇想天外な秘境と、そこに潜む恐竜などの怪生物、そして原住民たちと秘められた宝物――そんな胸躍る世界を、本作は戦前というギリギリの虚実の境目の次代を舞台に、丹念に、巧みに描き出しているのです。

 ――いや、確かに面白そうではあるけれども、しかし本作はどう考えてもミステリではないのでは、と思われるかもしれません。それも尤もですが、しかし驚くなかれ、そのような世界を描つつも、本作はあくまでも本格ミステリとして成立しているのであります。
 外界から隔絶された秘境での冒険の中、一人、また一人と命を落としていく探検隊のメンバー。その構図は、有名なミステリのスタイルを思い起こさせはしないでしょうか。「雪の山荘」「嵐の孤島」ものとでも言うべきスタイルを……

 そう、本作はこともあろうに人外魔境を一つの密室に見立てた連続殺人もの。しかもその謎を解き明かすのは、その冒険(事件)から半世紀以上を経た現代に、謎の老人から冒険の一部始終を聞かされた森江春策――すなわち本作は、同時に一種の安楽椅子探偵ものでもあるのです。
 なんたる奇想!ミステリ作家多しといえども、このような作品を生み出すことができるのは、作者しかいない、と言っても過言ではないでしょう。

 物語を構成する要素が一つとして無駄になることなく意外な形で結びつき、やがて巨大な謎とその答えを描き出す。さらにとてつもない仕掛けを用意した上で……
 ここには、本格ミステリというジャンルの魅力の精髄があると言えます。


 そしてまた、本作は同時に、一種の歴史もの・時代ものとして読むことも可能です。それも実に優れたものとして。

 本作で描かれる世界は、確かに現実世界からは隔絶したような人外魔境であります。
 しかしその一方で、そこに向かう人々、そして彼らが引き起こし彼らが巻き込まれる出来事は、皆この時代の、この世界なればこそ成立し得るものなのであります。
(そして発表されてから20年経った本作に描かれる世界は、奇妙に今この時と重なるものがあるようにも感じられます)

 秘境冒険小説と本格ミステリといういわば二重の虚構の世界を描きつつも、その根底にあるもの、そしてそこから浮かび上がるのは、紛れもない我々の現実である……
 本作の真に優れた点はそこにあるのではないかとも感じた次第です。


『地底獣国の殺人』(芦辺拓 講談社文庫) Amazon
地底獣国(ロスト・ワールド)の殺人 (講談社文庫)

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2017.07.24

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第1巻 光悦の玄孫が招く先の読めない冒険

 『ケダマメ』『怨ノ介 Fの佩刀人』と、最近はユニークな時代漫画を次々と発表している玉井雪雄の最新作は、またもや個性的極まりない作品。天下人家康に唯一逆らった男・本阿弥光悦の玄孫、本阿弥光健が、「目利き」の力で周囲を波乱に巻き込んでいく、先の全く読めない物語であります。

 目覚めてみれば、臭く真っ暗な船倉で縛られていた光健。彼は、女郎屋の代金を踏み倒したおかげで売り飛ばされ、最悪の人買い商人・バムリの権藤親方の奴隷船に乗せられていたのでありました。

 そんな彼と同様に船倉に押し込められていた人々は、しかしごく一部を除き、彼のことを気にしようともしなければ言葉も発しない無気力な人々。
 あらゆる共同体から捨てられ、人別を失った「棄人」である彼らを前にして、光健は、手を縛られたままでも、自分の目利きで船を丸ごと手に入れることができると豪語するのですが……


 刀剣の目利きをはじめ、書・画・茶と様々な古今の芸術に通じ、安土桃山から江戸時代初期にかけて屈指の文化人として知られた本阿弥光悦。
 本作はその光悦を、物だけではなく、人に対しても優れた目利きの力を持ち、その能力で激動の時代を生き抜いてきた人物として描きます。

 そして本作の主人公・光健もまた、その能力を継ぎ、人の目利きにかけては絶対の自信を持つ男。
 同じ船にいた棄人の一人に対し、新たな名前(銘)を与えただけで、彼らに希望の灯を灯し、それをきっかけに大きく事態を動かしていくという冒頭の展開は、彼の力のなんたるかを示していると言えるでしょう。

 しかしさらに本作を面白くしているのは、彼は目利きを行い、相手の価値を見抜く(そして自覚させる)のみであって、人々を完全にコントロールするわけではないという点。
 そのため、価値を見抜いた人物がどのような行動を起こすか、それは彼の予想の範囲外なのであります。

 そう、その人物が起こした行動がもとで、素手で人間を引き裂くような人間凶器が覚醒したり、幕府が絡んだ秘密のプロジェクトの存在が明かされたりするというようなことは……


 というわけで、一話進むたびに状況が刻一刻と変わっていく、全く先が読めない展開の連続に、現時点では内容の評価自体が難しい作品ではある本作。
 しかしその展開自体に退屈させられことがないのはもちろんのこと、ここで描かれる物語世界の一端が非常に魅力的であることは、間違いありません。

 この先、光健は棄人に何を見出すのか、そして何よりも彼が自分自身に何を見出すのか――我々も、それをこの作品から見出したいところであります。


『本阿弥ストラット』第1巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(1) (ヤンマガKCスペシャル)

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2017.07.23

朝日曼耀『戦国新撰組』第2巻 新撰組、いよいよ本領発揮!?

 戦国へのタイムスリップはもはや定番ネタ……というのは言い過ぎかもしれませんが、しかしその中でもユニークさでは屈指の一作、あの新撰組が、こともあろうに桶狭間の戦直前にタイムスリップして大暴れする物語の第2巻であります。第1巻の衝撃の結末を経て、事態はいよいよややこしいことに……

 いかなる理由によるものか、突然、壬生の屯所から戦国時代の桶狭間周辺に放り出された新撰組。その一人である三浦啓之助は、土方、島田らとともに木下藤吉郎と蜂須賀小六に捕らえられ、信長の前に引き出されることになります。
 そこに乱入してきた近藤、井上、斎藤らにより、一時は形成逆転したかに見えた新撰組サイドですが、柴田勝家をはじめとする怪物めいた戦国武者たちの前には分が悪い。近藤が、島田が深手を負う中で、啓之助は思いも寄らぬ行動に出ることに――


 と、啓之助によって信長が○○されるという、まさしく「何してくれてんだ!」というしかない衝撃の展開を受けて始まるこの第2巻。
 自分たちの命を守り、未来の天下人を救うためとはいえ、豪快に歴史を変えてしまった啓之助ですが(この辺りのあっけらかんぶりがまた彼らしい)、藤吉郎もそれに乗ってしまうのがまた面白い。

 主君と仰ごうとしていた人間を……というのにこの行動というのは、一見不条理に見えるかもしれませんが、まだ本格仕官前というこのタイミング、そして彼の合理的のようでいて博打好きな性格を考えれば、この選択はアリでしょう。
 その後も大きな犠牲を払いつつ、藤吉郎と新撰組は、こともあろうに織田家の懐に飛び込むという奇策に出るのですが……


 しかし大混乱の中で忘れそうになりますが、桶狭間の戦がなし崩し的に消滅してしまったことで、いまだ今川義元の軍は健在。そしてそこには、やはりタイムスリップしていた山南、沖田、藤堂の姿が……

 自分の刀を存分に振るえる時代にテンションのあがりまくった沖田によってさらに歴史が変わっていく中、織田攻めの先方を命じられた松平元康。
 彼こそは言うまでもなく後の徳川家康、新撰組が忠誠を誓った徳川幕府の祖を守るため、山南たちも大きな役割を果たすことになるのであります。

 主人公の敵サイドにも未来人(主人公の同時代人)が!? というのは、タイムスリップものでは定番の展開の一つではあります。
 しかしそれがかなり早い段階で登場、しかもその「敵」が、(少なくともこの時点では)鉄の結束を誇っていた新撰組の同志とは……これには驚き、テンションが上がりました。

 しかしそれ以上にテンションを上げてくれるのは、この沖田の、そしてこの巻から本格的に活躍する斎藤の「強さ」であります。


 実は第1巻の時点で個人的に不満に感じたのは、新撰組があまり活躍していないというか、強くない点でした。

 過去にタイムスリップといえば、(女子高生主人公を除けば)未来の知識や技術でチートして大活躍、というのが定番。
 しかし本作の場合、いきなり新撰組は野武士に蹴散らされ、土方も蜂須賀小六に一騎打ちで敵わず――といきなりピンチの連続。

 もちろん冷静に考えれば、戦が数十年続いてきた時代にテクノロジーレベルが少々高い時代の人間がタイムスリップしても、さほどアドバンテージにはならないのはむしろ当然なのかもしれません。
 しかし折角(?)タイムスリップしたのだから、戦国時代での新撰組の無双の活躍を見たい――それも人情でしょう。

 そしてその気持ちは、上で述べた沖田を、そしてさらに本多忠勝と一騎打ちを演じた斎藤を通じて満たされることになるのです。
(そしてその斎藤の活躍に至るまでに、土方の巧みな指揮があったというのも嬉しい)


 ついに戦国の世で本領を発揮することとなった新撰組。しかし彼らの存在によって、戦国の世の混迷は一層深まり――歴史の歯車の狂いはいよいよ大きくなることになります。
 さらに「もう一人」(いや二人?)がこの状況に絡むことにより、歴史はどこに向かうことになるのか。そしてその中で新撰組は、啓之助はいかなる役割を果たすことになるのか?

 新撰組隊士の中でまだ登場していないあの男とあの男の行方も含めて、まだまだ先が読めない物語であります。


『戦国新撰組』第2巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 2 (サンデーGXコミックス)


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2017.07.22

上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿

 吉宗の大奥改革を発端に始まった激しい暗闘を描く水城聡四郎シリーズ第2シーズンとも言うべき『御広敷用人大奥記録』も、この第12巻でついに完結。愛する竹姫に、そして嫡男の長福丸に次々と魔の手を伸ばした天英院と直接対決に及んだ吉宗と聡四郎を待つ結末とは?

 以前は大奥の五菜(雑用係の男)に竹姫を襲わせ、そして今度は長福丸に毒を盛った天英院についに怒りを爆発させ、聡四郎とともに大奥に乗り込んで、彼女の一派に一大痛撃を与えた吉宗。
 しかし吉宗と竹姫に対して深い恨みを抱いた天英院は、最後の手段として京の実家・近衛家に文を送り、さらに元御広敷伊賀者、今は裏社会の住人となった藤本に将軍暗殺を依頼。一方、吉宗は長福丸が自分の改革の犠牲となったことに深い心の傷を抱えることになって……

 と、最後まで先の読めない展開が続きますが、この物語は本作で間違いなく、それも極めて美しい形で結末を迎えることになります。そして聡四郎や吉宗以上に大きな役割を果たすのは、二人の女性である――そう申し上げても良いでしょう。

 その一人は紅――言うまでもなく聡四郎の妻であり、もうすぐ彼の子を産む、聡四郎の物語を通じてのヒロインであります。
 吉宗の養女という形で聡四郎の妻となった紅は、竹姫にとっては姉のような存在。これまでのシリーズにおいても竹姫を支えてきた紅ですが――本作において、彼女は竹姫とともに吉宗と対峙することになります。

 上で述べたように、長福丸が自分の改革の巻き添えを食う形で毒を盛られ、不具の身となってしまった吉宗。改革のためであれば何をも恐れず、剛毅をもって鳴らす彼にとっても、さすがにこの事態は、深刻なダメージをもたらすことになります。

 そんな吉宗を見るに見かねた聡四郎から助けを求められた竹姫は、さらに紅の力を借りるのですが――なんと、ここにきてあのフレーズが、第1シーズンとも言うべき『勘定吟味役異聞』で、結婚前の彼女が幾度となく聡四郎にぶつけたあのフレーズが、こともあろうにその場で爆発!
 いやはや、最近はずいぶんおとなしくなったかと思いきや、まさかシリーズのラストにきての大爆発に、本作のタイトル『覚悟の紅』の「紅」とは彼女のことであったかとすら思ってしまったのですが……

 そんなつまらない冗談を一瞬でも思ったことを反省するほかない展開が、ラストには待っています。そしてそれは、もう一人の女性――本シリーズのヒロインともいうべき竹姫を通じて描かれることになります。

 これはいささか踏み込んだ表現になってしまうかもしれませんが、本作において、吉宗と竹姫の恋は、史実通りの結末を迎えることとなります。
 それが如何なる経緯を経てのものであるか、それはもちろんここで触れるようなことはいたしませんが、決して変えられない史実の壁が、ここに待っていた――そう言うことができるでしょう。

 しかし本作は同時に、その結末において、その冷厳たる壁に小さな穴を開けてみせます。そしてそこに至り、我々は初めて知ることになります。本作のタイトルである『覚悟の紅』の意味と、そこに込められた竹姫の深い想いを……


 将軍吉宗の大奥改革――大奥の勢力を二分する天英院と月光院への宣戦布告から始まった『御広敷用人大奥記録』。その物語を貫くのは、自分の理想を実現し、次代に引き継ぎたいという吉宗の強い意志であり、聡四郎はその実現のために戦い続けてきたと言えます。
 しかし、次の代へ世を引き継いでいくことは、男たちだけの力のみでできるものではありません。そこには必ず、彼らの子を産む女性たちの存在が必要なのですから。

 そしてこの物語は、大奥という女の城を舞台とする以上に、女性の存在がクローズアップされる物語となっていくことになります。吉宗に愛され、共に次代を目指す竹姫というヒロインの存在を中心に据えることで……
 だとすればその結末を彼女の姿を通じて語ることは、必然であったと言えるでしょう。

 そしてその姿はもの悲しくも、極めて美しく、そして力強いものであったと……


 これにて聡四郎の第二の戦いは幕を下ろすことになります。しかし吉宗の改革の意志は衰えることなく、いやむしろ、本作の結末をもって、より強まったと言えるでしょう。
 だとすれば、聡四郎の次なる戦いが始まる日も遠くはありません。その日を、今はひたすら楽しみに待ちたいと思います。


『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)


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2017.07.21

『お江戸ねこぱんち 夢花火編』 顔ぶれは変わり、そして新しい魅力が

 前回の紹介から非常に間があいてしまった上に、本号の発売からも一ヶ月遅れの紹介ということで誠に恐縮なのですが――久々の『お江戸ねこぱんち』誌の紹介であります。リニューアル後でだいぶ作品の顔ぶれは変わった本書、印象に残った作品を紹介いたします。

『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 タイトル通り、あの平賀源内と彼の猫を中心としたシリーズの最新作であります。
 真っ昼間から日本橋通りに物の怪が出るという噂が流れる中、頭でっかちの田沼意知に下々の暮らしを(強引に)体験させるために一肌脱ぐことになった源内。。そこにさらに意知からは白眼視されている、農民から田沼家の用人になった三浦庄司が絡んで……

 と、「日本橋の物の怪」「意知の庶民体験」「三浦という人間の価値」という、あまり関係のなさそうな(そして一つ一つは比較的ありがちな)三つの要素が描かれることなる本作。しかし、ある病の存在を繋ぎとして、やがてそれらがきっちりと絡み合って、一つの大きな物語を作り上げるのには大いに感心させられました。

 ちなみに三浦庄司、作中では農民気質丸出しのユニークな人物として描かれていますが、実在の人物というのが面白いところであります(作中とは全く異なる人物像ですが……)


『雨のち猫晴れ』(須田翔子)
 江戸の人情を題材とした物語が中心、それも想定読者層はある程度の年齢の女性ということもあってか、「長屋の若夫婦と猫」を題材とした作品が非常に多かった本書。
 その中でも本作は、主人公の若妻・お珠の浮き世離れしたキャラクターとやわらかな絵が相まって、印象に残る作品であります。

 長屋の生活で彼女が苦労するたびに、こんな品物があればいいのに……と現代では実用化されている品物(洗濯機とか電話とか)を妄想するという要素は、正直なところそれほど効果的に機能しているとは言い難いものがあります。
 しかし、実は彼女は駆け落ちの身だった(それゆえある意味後がない身の上)という変化球が、物語のよいアクセントになっていたかと思います。


『のら赤』(桐村海丸)
 遊び人の赤助と江戸の人々の日常を、良い意味でダラダラとしたタッチで描く連作シリーズ、今回は馴染みの遊女から信州そばが食べたいとねだられて町に出た赤助が、猫に異様にモテるナルシストの蕎麦屋という珍妙な男と出会って――というお話。

 本当に二人が馬鹿話をするだけの内容なのですが、それが妙に、いや非常に楽しいのは、作者の緩くて暖かい絵柄の力によるところ大でしょう。なんだか落語のような皮肉なオチも愉快であります。


『物見の文士外伝 冥土に華の』(晏芸嘉三)
 この世ならざるものが見えてしまう文士を主人公とするシリーズの外伝たる本作は、『物見の文士 柳暗花明』に登場した、彼岸と此岸の間の異界の吉原から始まる物語。
 浮世の未練を抱えた魂がたどり着くこの地の顔役的な存在の女・八千代が、心中に失敗して自分だけ命を落とした岡場所の娘・初の未練を晴らすべく奔走いたします。

 初の心中の相手は厳格な武家の嫡男・重太郎。親の反対で心中を選んだものの、自分一人生き残ってしまった彼がどのような行動を取るか……
 予想通りの行動に対し、現世に干渉できない(それは八千代も同様)初が、いかにして彼を救うか、というクライマックスが――猫を絡めたことでちょっと騒々しくなったものの――読ませてくれます。


 その他、『にゃんだかとっても江戸日和』(紗久楽さわ)は、これも「長屋の若夫婦と猫」ものですが、お歯黒と眉剃りという、この時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのに感心させられます。

 また、『猫と小夜曲』(北見明子)は、比較的シンプルな物語ながら、主人公の盲目の元侍にのみ感じられる猫という存在を絡めることでラストを盛り上げるのが巧みな作品。
 そして『若様とねこのこ』(下総國生)は、タイトル通りの一種の若様もの的な内容はシンプルながら、画という点ではかなりの完成度で……

 と、初期に比べれば執筆陣はそれなりに入れ替わっているものの、それでもこの『お江戸ねこぱんち』が、様々な、新しい魅力のある漫画誌であることは間違いありません。もちろん、今後の展開にも期待であります。


『お江戸ねこぱんち 夢花火編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち夢花火編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2017.07.20

北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる

 岳飛死す――と思いきや、梁山泊の介入により生き延び、南方へ脱出という驚天動地の展開を迎えることとなった北方岳飛伝。ただ一人、大理国に足を踏み入れた岳飛の新たな戦いが始まる一方で、梁山泊も西へ東へ南へと活動を続けるのですが――しかし南宋も不気味な動きを見せることになります。

 秦檜による南宋軍総帥への就任要請を断り、謀反の罪を着せられて処刑を待つ身となった岳飛。しかし呉用の「岳飛を救え」の言葉によって動いた燕青は、南宋皇太子の正統を揺るがす印璽と短剣と引き換えに岳飛を救出することになります。
 致死軍のフォローによって南宋を脱しかつての部下の姚平とただ二人、雲南大理国に逃れた岳飛。かつての岳飛軍を糾合するという姚平が北に戻り、ただ一人森に残った岳飛は、その中で己を見つめ直すことに……

 悲劇的な最期を遂げるはずの岳飛が生き延びてしまうという、意外と言えば意外な展開を経てのこの巻で描かれるのは、岳飛と岳家軍の新たな旅立ち。
 戦いには負け続け、それでも生き延びて、南宋最強の戦力となった岳飛ですが、今度こそ絶体絶命――というところで辛うじて拾った命のほかは無一物の状態から、彼は再び立ち上がることになります。

 どん底といえばどん底の状態にあって、ただ己の生を確かめるように、塒の周囲の開墾に没頭する岳飛の不器用な姿は、これはこれで実に彼らしい。
 そこには、決して超人的な英雄ではなく、ただ一人の人間――それも極めてしぶとく、そして非常に魅力的な人間として生きてきた彼らしさが溢れていると言えるでしょう。

 そしてそんな彼の下に、散り散りとなった岳家軍の男たちが馳せ参じる姿は、実に感動的であり――岳飛の戦いは、すなわち岳飛伝は、真にここから始まるのだ、と感じされられるのです。


 とはいえ、この物語世界で生きるのは、岳飛のみではありません。梁山泊も南宋も金も(金は今回は出番少な目ですが)そこに生きる者たちは、皆、自分たちの生を懸命に生きているのです。

 部下を叱咤激励して、十万人規模の都市・小梁山建設に着手した秦容。あの史進や呼延凌をやきもきさせた末に微笑ましいプロポーズを決める宣凱。かつて己の指揮で消えた無数の命を埋め合わせるように、西域で非戦の想いを貫く韓成。そして戦場で己の父の命を奪った岳飛と対面する張朔……

 どの登場人物も、これまでに積み上げてきた自分たちの生き様のその先を掴むべく、必死に生きる様が実に気持ち良い。
 もうこのまま、こいつらの生き様を延々と見ていたい――いささかオーバーに言えば、そんな気持ちにもなるのです。

 そしてその中で、個人的に一番刺さったのは、韓成の姿であります。

 岳飛伝開始時は、妻との関係が冷え切り、彼女に子供を押しつけるようにして、仕事に没頭するという、ある意味非常に現代的なダメお父さんとして登場した韓成。
 しかし西域に招かれ、帝の命でまつろわぬ部族を統合することとなった彼は、そこで思わぬ心の強さを見せるのです。戦を、人の命が失われることを嫌い、言葉でもって相手を説得しようとすることで……

 そんな彼の行為は、端から見れば綺麗事、空虚な理想主義にしか見えないかもしれません。しかし彼が背負ってきたもの、彼を腐らせた本当の理由を知れば、その決意を笑うことなどできようはずがありません。

 この巻で描かれる、彼と妻子の再会の場面――特に彼が、息子の馬にある名前をつけるシーン――は、そんな彼の復活の姿を描くものとして、男泣きの名場面なのであります。(それでもなお、百%報われるわけでもないところがまたいい)


 と、韓成の話ばかりになってしまいましたが、梁山泊の面々が活躍する一方で、南宋の暗躍も続きます。
 岳飛を切り捨ててまで南宋復活までの時間を稼いだ秦檜は、南進しての国力増強と、北の金と結んでの梁山泊攻撃を企図。その時に秦檜から秦容の小梁山を守る盾となるのは、そう、新生岳家軍……!

 因縁の対決はすぐ目の前に迫っているのか――それはわかりませんが、つかの間の平和が破られる日が遠くないことだけは間違いありません。

(ちなみに南宋といえば、それまで散々斜に構えてきた韓世忠が家庭を持っていきなりリア充的になったのも、妙に印象に残るところであります)


『岳飛伝 七 懸軍の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 7 懸軍の章 (集英社文庫)


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2017.07.19

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション

 『修羅の門』『海皇紀』の川原正敏が、留候――張良子房を主人公に「項羽と劉邦」の世界を描く歴史活劇であります。既に5巻まで刊行されているにもかかわらず、今まで紹介のタイミングを逃していて恐縮ですが、今回は張良が初陣を飾る第3巻までを取り上げましょう。

 張良といえば、漢の高祖――劉邦を支え、彼に天下を取らせた軍師の中の軍師。しかしどうしても劉邦の方がクローズアップされるためか、少なくとも我が国においては張良を中心とした物語は少ないように思えます。
 そこで登場した本作、果たしてどのように張良を料理しているのか――と思えば、これが実に私好みの内容でありました。

 時は秦の始皇帝が中国を統一してから2年後、故国を秦に滅ぼされ、弟を失った張良が向かった東方の地・滄海は、太公望・姜子牙の子孫と言われる一騎当千の兵たちが暮らすと言われる地でした。
 しかし、途中で拾った赤子・黄石とともにたどり着いた滄海では、戦で兵たちは失われ、残っていた若い男は窮奇と名乗る青年のみ。

 それでも長老を口説き落とし、窮奇、そして黄石とともに旅立った張良は、巨大な鉄槌を遠くから窮奇に投げさせるという奇策を以って、博浪沙で巡遊中の始皇帝暗殺を計画します。しかし計画は失敗、辛くも逃れた三人は、時が満ちるのを待つため、江湖に身を潜めることに……


 というのが本作の第1巻のあらすじですが、もうこれだけで私のような人間は大興奮してしまいます。何しろ、張良の相棒とも言うべき存在となる窮奇が、あの「大力の士」(力士)なのですからたまりません。

 張良が滄海君という人物から大力の士を得て、これに巨大な鉄槌を投げさせるも……というのは、これは「史記」に記されたいわば「史実」。この大力の士はその後記録に全く現れることなく、歴史の狭間に消えてしまうのですが――それをこのような形で活かしてみせるとは!

 いささか大袈裟な表現ではありますが、もう、この設定だけで本作のことを全肯定したくなってしまうのであります。
(この窮奇が、姜子牙の子孫という設定もまた、『修羅の門』ファンにはニヤリ)

 そしてまた、もう一人のメインキャラクターである黄石、どうやら不思議な力を持つらしい少女の設定も面白い。

 「史記」における黄石公――始皇帝暗殺に失敗して潜伏していた張良が、黄色い石の化身と名乗る不思議な老人と出会って太公望の兵書を授けられたという伝説。
 これをアレンジした彼女(さらにそこで上で述べた窮奇の姜子牙との関わりも出て来るのですが)の設定は、そのまま本作における「史実」と「伝説」の関係性を示すものとなっているのです。

 そう、中国史(に全く限ったわけではありませんが)にしばしば登場するファンタジーめいた伝説や逸話の類――上で述べた黄石公や、劉邦が白竜を斬った赤帝の子であるという逸話の類を、本作はそのまま事実として描くことはありません。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、それらは箔を付けるためにこしらえられた後付の創作、その時はハッタリであっても、功成り遂げた後は「事実」として受け止められるようになる――という解釈が本作では為されているのです。

 それが決して味気ないものとも、嫌味なものともなっていないのは、その「伝説」が張良たちにとって一種の策として明確に成立していることももちろんあります。
 しかしそれ以上に、一つの伝説を否定しつつも、その奥にある更なる伝説めいたものの存在を描き出していることでしょう。

 それは一騎当千の兵である窮奇の存在であり、あるいは人の価値を見抜き張良に道を指し示す黄石の存在であり――史実と伝説の狭間をフィクションを以って埋めてみせるという(一種メタな)趣向が、何とも気持ち良いのであります。


 正直なところを申し上げれば、第1巻で張良が始皇帝暗殺に失敗、第2巻で張良が劉邦と対面、第3巻で張良が劉邦の帷幄に参じて初勝利――というペースはかなり遅いようにも感じられます。しかしその分、この「狭間」を丹念に描いていると思えば、これはやむを得ないものと言うべきかもしれません。

 始皇帝が薨去してから劉邦が天下を取るまでわずか十年ほど。その狭間に本作が何を描くのか――楽しみにならないわけがありません。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(1) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(2) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(3) (講談社コミックス月刊マガジン)

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2017.07.18

かたやま和華 『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』 彼の奮闘の意味と努力の行方と

 猫股の祟りで等身大の白猫になってしまった青年・近山宗太郎が、人間の姿に戻るべく善行を重ねるため、よろず請け負い屋として活躍するシリーズも、早いもので第4作目。今回彼が出くわすのは、千里通の福犬がきっかけの犬猫合戦に、五匹の黒猫と暮らす浪人の謎であります。

 ふとしたことから猫股の長老の怒りを買い、気がついてみれば正真正銘の猫侍になってしまった宗太郎。父に迷惑をかけてはならじと家を出た彼は、百の善行を重ねて人間に戻るため、裏長屋で猫の手を貸すよろず請け負い業を開業いたします。
 江戸の人々からは、人間になる途中の猫股と思い込まれている宗太郎、猫山猫太郎という周囲の呼び間違いを律儀に訂正しつつ、今日も猫の手屋として奔走することに……


 という本シリーズですが、本作に収録されているのは三編二話のエピソードであります。
 一話目の『犬猫合戦』で描かれるのは、猫と並んで人間の友として長年親しまれてきた犬を巡る騒動。
 ある日、犬を連れて江戸に現れた一人の老婆。福犬だというその犬・大丸からのお告げを語る老婆は、あらゆるものを見通すかのようなその正確さから、(特に犬党の間に)瞬く間に信奉者を集めていくことになります。

 それだけならばまだしも、老婆は怪しげな厄除けの護符を売り始め、さらに宗太郎の存在が化け猫の祟りをもたらすと予言したことから、江戸の犬党と猫党の間が一触即発に。
 自分の存在が争いの原因となったことに悩む宗太郎は、普段からまとわりついてくる役者の中村雁也の力を借りて、老婆の正体を暴くべく一芝居打とうとするのですが……

 「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われたように、江戸には数多くいた犬。そんな犬たちがこれまで本作にほとんど登場しなかったのは、言うまでもなく主人公をはじめとして猫サイド(?)であったためかと思いますが、しかしこの時代に犬党の人間が少なくなかったであろうことは容易に想像がつきます。
 このエピソードは、犬だ猫だと異なる好みの人々の間で、ちょっとしたきっかけで争いが起こる怖さを描いた物語でもありますが、同時に、これまで宗太郎が出会った人々が次々と登場し、彼を支えてくれるという内容であるのも楽しいところです。

 猫の手屋としての彼の奮闘の意味を今一度確認させてくれる、なんともホッとさせられるエピソードであります。


 そして後半の『宵のぞき』『すばる』は、本シリーズには比較的珍しい、重たくも切なく、そして感動的なエピソード。

 町のあちこちから烏猫(黒猫)を集めている謎の浪人がいるとの知らせに、浪人のことを密かに探ることになった宗太郎。吉原裏の浅草田んぼで五匹の烏猫と暮らすその浪人を見つけた宗太郎ですが、浪人はかつて彼が人間であった頃の道場の先輩・羽鳥晋次郎だったのです。
 剣の腕も、人となりも優れた人物であった晋次郎が労咳を病み、周囲に迷惑をかけないように一人家を出たと知る宗太郎。晋次郎が烏猫を集めていたのも、烏猫が労咳に効くとの俗信によるものだったのであります。

 猫姿の宗太郎をかつての後輩と知らずに接する晋次郎を助けるべく、小屋に通うこととなった宗太郎。しかし彼の力も病には及ばず、晋次郎は彼にある頼みをするのでした。
 それは介錯――既に治る見込みもない病によって見苦しい姿で死んでいくのであれば、せめて武士らしく自裁したいという晋次郎を前に、宗太郎は……

 これまで、宗太郎自身の努力と、周囲の助けによって、猫の手屋として、様々な難事を解決してきた宗太郎。しかしそんな彼の力でも、どうにもならないことは確かにこの世にあります。
 このエピソードで描かれるのはその一つ――ただ命を消耗していくばかりの相手に何ができるのか。本当に武士として介錯することが正しいのか――本作はそこに、実に彼らしい見事な答えを描いてみせるのです(特に、彼の語る武士のあり方には感心!)

 もちろんそれはある種の慰めにすぎないのかもしれません。結局は彼も周囲も踊らされただけで、結末は変わらないのかもしれません。それでもなお貫いてみせた宗太郎の努力が決して無駄でないことは、可笑しくも美しい一つの奇跡を描く結末に表れています。


 果たしていつ終わるともしれぬ宗太郎の猫の手屋稼業。しかし彼の奮闘が報われる日はいつか必ず来る――そしてその時そこにいるのは、かつてとは比べものにならないほどに成長した人間・近山宗太郎の姿でしょう。
 いささか気が早いことながら、そんなことを想像してしまう本作でありました。


『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2017.07.17

『コミック乱ツインズ』2017年8月号

 今月の『コミック乱ツインズ』誌は、表紙&巻頭カラーが、単行本第1・2巻が発売されたばかりの『勘定吟味役異聞』。今回も印象に残った作品を一作品ずつ取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで新章突入の本作は、原作の第2巻『熾火』の漫画化となる模様。

 死闘の末、勘定奉行・荻原重秀と紀伊国屋文左衛門を追い落とすことに成功したかに見えた水城聡四郎ですが、結局重秀は奉行の座を退いたのみで健在。彼が手にしたものはわずか五十石の加増のみ、周囲からは新井白石の走狗と見做され、その白石からはもっと働けと責められるという理不尽な扱いを受けることになります。
 そんな中、名門・本多家に多額の金が下賜されていることを知った聡四郎ですが、その背後にはあの柳沢吉保が……

 というわけで新章第1回はまだプロローグといった印象ですが、大物の登場で物語は早くも波乱の予感であります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 徳川慶喜相手に、「自らの手で日本の鉄道を世界一にする」と宣言した島安次郎。相棒(?)の凄腕機関手・雨宮とともに、その世界一を目指すために彼が向かった先は――最新鋭のアメリカ製機関車が走る北の大地・北海道! というわけで、こちらも新章スタート。これまで同様、雨宮が現地の鉄道の関係者とやりあって……という展開になりますが、さらりと雨宮が凄腕ぶりを見せてくれるのが楽しい。

 しかし底意地の悪さでは洒落にならない現地の機関手の妨害であわや列車から振り落とされかけた彼は、さらに列車強盗にまで出くわして……と災難続きであります。
 その強盗たちの正体が○○○というのはベタといえばベタかもしれませんがやはり面白い。さてこの出会いが、この先どう物語に作用するか、楽しみであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 クライマックス目前となった本作、冒頭で描かれるのは、前回繰り広げられた犬江親兵衛と服部半蔵の死闘の行方。孤軍奮闘の末に半蔵に深手を負わされた親兵衛の最後の忍法・地屏風が炸裂! と、原作で受けたイメージ以上に壮絶なその効果に驚きますが、彼がそれを会得するに至ったエピソードは省かれてしまったのは、猛烈に残念……

 それはさておき、死闘の末に八玉のうちの二つを取り戻し、残るは二人のくノ一が持つ二つの玉。しかし半蔵は外縛陣ならぬ内縛陣で二人を閉じこめ、時間切れで里見家お取り潰しを狙います。
 しかし、人の顔を別人に変える術を持つ大角は己の顔にそれを施し、そしてついに最後の八犬士・荘助の素顔(そういえばイケメンだった)を見せ……と、物語は本多佐渡守邸に収斂し始めました。

 あと数刻でお取り潰しという状況下でも決して希望を失わず、「諦めてはいけません 彼らを信じるのです 里見(わたしたち)の八犬士を!!」と語る村雨姫の周囲に、これまで散っていった者たちも含めた八犬士の姿が描かれるという、最高に盛り上がるラストで、次回に続きます。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の蒔いた鬼の種により、生前強い因縁を残して死んだ武将たちが鬼に転生! とまさかの転生バトルロイヤルもの展開に突入した本作ですが、いよいよ今回からバトルスタートいたします。

 子孫を残すという妄念に取り憑かれ、次々と女たちを襲う秀吉鬼と鈴鹿御前が対峙、鬼切丸の少年の方は、その秀吉を討たんとする長秀鬼と対決するという状況で両者は合流。武将鬼の意外な強さに苦戦する御前と少年ですが、さらにそこに第三の鬼が……と、いきなりの激戦であります。
 秀吉鬼の目的や悍ましい行動等、単独で題材にしても面白かったのでは……という印象がある今回のエピソード。その意味では少々勿体ない印象もありますが、甦った者たちの目的が単一ではなく、それどころか相争うことになるのが、実に面白いところです。

 人としての妄念を貫いた末に、鬼の本能すら上回ってしまった戦国武将たち。果たしてこのバトルロイヤルの終わりはどこにあるのか……次回以降も気になるところです。


『コミック乱ツインズ』2017年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年8月号 [雑誌]


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2017.07.16

田中芳樹『天竺熱風録』 普通の男のとてつもない冒険譚

 先日、伊藤勢による漫画版第1巻をご紹介いたしました『天竺熱風録』の原作小説であります。玄奘三蔵の天竺行からやや遅れた頃、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、一国を向こうに回して途方もない大活劇を繰り広げる冒険譚であります。

 時は七世紀半ば、天竺は摩伽陀国へ送られたものの、前王亡き後に国を簒奪した阿羅那順に捕らえられ、投獄されてしまった王玄策一行。
 獄中で奇怪な老行者・那羅延娑婆寐と出会った玄策は、老人の力を借りて副官と二人、救援を呼ぶために牢から脱出することになります。

 亡き王を慕う人々の手を借りて摩伽陀国から逃れ、これまでの旅で立ち寄った吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)、両国の力を借りるべく急ぐ玄策たち。
 交渉の結果、両国から幾ばくかの兵を借りだして摩伽陀国に戻った玄策ですが、しかし摩伽陀国軍は多勢の上、巨象を乗騎とする部隊まで擁する状況であります。

 圧倒的不利な状況の下、果たして玄策は敵を打ち破り、仲間たちを救い出すことができるのでしょうか……


 という、それこそ孫悟空でもいなければ無理といいたくなるような状況で繰り広げられる大冒険を描く本作。
 これが、ディテールはさておき、大まかには史実というのですから驚かされる……というより、そんな史実を発見して、これだけの物語に仕立て上げてみせたのは、これはさすがに作者ならではと感心するほかありません。

 さて、そんな本作ですが、内容もさることながら、特徴的なのはその語り口、文体であります。
 ですます調……とも少し異なる、そう、言うなれば講談調と言うべき文体で繰り広げられる物語は、独特のリズム感とテンションの高さ、そしてどこかユーモラスな(と言って悪ければ、ホッとさせられる)空気を漂わせているのです。

 この辺りは、あるいは好き嫌いが分かれるかもしれません。もっと固めで、風格ある歴史小説的な文体の方が良かった、という方もいらっしゃるでしょう。
 その辺りは、作者も当然考慮の上と考えるべきかと思います(言うまでもなく、「そういう書き方」でもいける……というよりおそらくそちらの方が楽なのですから)。

 しかしそれでも敢えて作者が本作にこうした文体を選んだのは、先に述べた空気、雰囲気こそが本作には相応しいと、そう考えたからではないでしょうか。
 決して無敵の英雄豪傑の物語ではなく、ちょっと人より優れたところはあるものの、あくまでも普通の男の冒険譚――本作はそんな物語として描かれたのではないかと、そう想像してしまうのです。

 上で触れたように、本作で描かれる物語のベースとなっているのは史実、王玄策も実在の人物です。
 しかし日本においては、本作がなければ、王玄策という人物は知られることがなかったのは間違ない程度の知名度。そして中国本国の歴史書においても、彼の晩年ははっきりしないのであります。

 それはいささか寂しいことではありますが……しかし後世まで人口に膾炙するような一騎当千の豪傑ではないからこそ、本作で描かれる冒険譚は逆に異数のものであり、そして素晴らしく感じられます。
 そしてそんな物語だからこそ、本作は四角四面なものではなく、面白おかしく物語られるスタイルとなっているのであろうとも。

 正直なところ、その面白おかしさ(たとえば敵王夫妻のキャラクター)が物語の緊迫感を削いでいる面はなきにしもあらずなのですが――しかしそのまさしく講談的な肩の凝らない楽しさは、また得難いものであります。


 そしてそんな本作の結末、全ての冒険が終わり、静か王玄策が静かに去っていく姿からは、彼が華々しい「虚」の世界から、静かな「実」の世界に帰っていくような――そんなもの悲しくも美しい空気が漂います。
 それはあるいは、作者が玄策という人物を、物語から史実に敬意を以て送り返したということではないか――そんなようにも感じられるのであります。

 そして、果たして漫画版がどのような結末を迎えるか、それはわかりませんが、おそらくはこの原作のものとは全く異なるものとなるのではないか、とも感じている次第です。


『天竺熱風録』(田中芳樹 祥伝社文庫) Amazon
天竺熱風録 (祥伝社文庫)


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2017.07.15

『風雲ライオン丸』 第18話「マントルゴッド悪魔の要塞」

 マントルの地下要塞の中で、自分と瓜二つの娘・志津に匿われた志乃。戦いの末、深手を負って要塞内を彷徨っていた獅子丸も彼女に助けられ、虹之助と三吉も合流する。志津を連れて要塞を脱出する一行の前に立ち塞がる怪人ズガングを死闘の末に倒す獅子丸だが、その直後、思わぬ悲劇が……

 獅子丸と二人で地虫に扮してマントル要塞に潜入した志乃。彼女は獅子丸とはぐれた末に自分と瓜二つの顔を持つ――そして今回の冒険の目的である――志津と対面、要塞内でかなりの地位を持つらしい志津は、地虫を退けて志乃を匿います。
 一方、前回ヤリコウモリを倒した獅子丸ですが、無事では済まずに深手を負い、血を滴らせながらの逃避行。後から後から襲い来る地虫を何とか退けながら要塞内を彷徨います。そして入り口で待っていたところが、地虫に追われて要塞内に逃げ込んだ虹之助と三吉も奇怪な部屋に追い詰められるのでした。

 時代ものとは思えない妙に現代的なデザインで興醒めなそこは、マグマをエネルギー化しているらしい部屋。そこからマグマ溜まりを挟んで反対側の洞穴に逃げた二人は、巨大な卵が並ぶ部屋に迷い込みます。二人の目の前で割れた卵から現れたのは地虫忍者の幼虫……地虫忍者は本当に虫だったのか!? と驚く以前に、猛烈に気持ち悪い造形です。

 そんな中、獅子丸を追う怪人ズガング。どうやらヤリコウモリとは友人であったらしく、その槍を手に執念深く獅子丸たちを追います。辛うじてその追求を逃れた志乃は、獅子丸が傷を負って追われていることを知り、志津とともに彼を匿います。さらにそこに逃げ回っていた虹之助と三吉が合流、再び一行は勢揃いすることになります。
 そして自分のことを問う獅子丸たちに対し、自分は物心ついた時からこの要塞にいて何も知らないこと、そして自分は地虫に女神のように崇められていることを語る志津。結局探し求める志乃の父のことはわからぬままですが、しかし志乃は、志津も要塞を出て一緒に来るよう促します。

 と、志津が獅子丸たちを匿ったことを知りやってくるズガング。仲間たちを行かせて一人で戦う獅子丸ですが、傷で片手が使えず、洞窟内で変身もできない状態で苦戦を強いられます。が、一直線に外に続く通路に出た獅子丸は、そこでロケットを水平噴射! 脱出と変身を一度に済ませ(この辺りの細かい描写がいかにも「らしい」)、なおも追うズガングと最後の戦いに臨むのでした。
 しかし友の復讐に燃えるズガングは鎖鎌を操る強敵。途中、逆立ちして足で鎖鎌を振り回したり(ビジュアル的にはどう見ても股間にズガングの頭をつけて突っ立ち、手で振り回しているようにしか見えず、見てはいけないものを見た気分)、分銅からスカンクらしく黄色い煙を放ったりと大いに獅子丸を苦しめます。

 その危機に割って入った志津に対しても刃を向けるズガングを、辛うじて獅子丸はライオン滝落としで倒すのですが――皆が勝利を喜んでいる間、ヤリコウモリの槍に手を伸ばすズガング。投じられた槍は、獅子丸を庇った志津に刺さるのでした。
 ライオン風返しでトドメを刺しても時既に遅く、苦しい息で志乃に短刀を託す志津。その刀が父の打ったものと見抜き、志乃は自分たちがやはり姉妹であったと気付きます。そしてマントルゴッドの居場所を問う獅子丸に答えようとする志津ですが――その時、怒りに燃えるマントルゴッドの稲妻が落ち、哀れ彼女は石像に変わってしまうのでした。

 悲しみに暮れ、石像に手を合わせる志乃。そして獅子丸はまだ見ぬマントルゴッドに対し、改めて闘志を燃やすのですが――(この描写をよく覚えてきましょう)


 舞台はほとんど要塞内部ながら、地下帝国の動力源らしいマグマや、実におぞましい地虫誕生の間など、印象に残るシーンの多かった今回。しかしその中でも、志津の存在が物語の中心であることは間違いありません。
 何故彼女はマントルゴッドから特別な地位を与えられていたのか、そもそも何故マントルゴッドは地下要塞にただ一人の人間の娘を置いていたのか、そして父はどこへ行ってしまったのか……今回何一つ謎は解けないのですが、それだけに印象に残るのです。
(にしても、声は違う人とはいえ、志津さん、初登場シーンはとても志乃と同じ役者さんが演じているとは思えず……素晴らしい)


今回のマントル怪人
ズガング

 マントル地下要塞を守るスカンクの怪人。ヤリコウモリの友人だったらしく、その槍を手に獅子丸に復讐を誓う。鎖鎌の遣い手で、逆立ちした状態(という設定)で鎖鎌を操ることが可能で、分銅からは黄色いガスを放つ。死闘の末にライオン滝落としに斃れるが、最期の力でヤリコウモリの槍を投げ、志津に深手を負わせた。


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2017.07.14

『決戦! 忠臣蔵』(その二)

 『決戦!』シリーズ中でも異色の一冊、赤穂浪士の討ち入りを描く『決戦! 忠臣蔵』の紹介の後編であります。

『与五郎の妻』(諸田玲子)
 磯貝十郎左衛門の「妻」を主人公とし、昨年、『忠臣蔵の恋』のタイトルでNHKドラマ化された『四十八人目の忠臣』の作者が、今度は(?)神崎与五郎の妻――その前妻・ゆいを主人公とした物語であります。

 かつて津山藩森家の家臣であった与五郎のもとに嫁ぎながら、藩が一度改易となった際に藩を離れた彼から離縁され、今は藩の江戸作事奉行の妻としてくらすゆい。
 そんなある日、出入りの商人が、扇の行商人から託されたと持ってきた扇に、かつての夫の影を感じ、彼女は大きな戸惑いを覚えます。藩を離れた後は浅野家に仕え、今は新たな家庭を築いていたはずの与五郎が何故――と。

 心は千々に乱れる中、一度だけと彼の呼びかけに応えて与五郎のもとに向かいながらも、面と向かっては彼の不実を詰ってしまうゆい。しかし与五郎が何のために行商人に身をやつしていたか知った彼女は……

 赤穂浪士の中でも人気者の一人・神崎与五郎は、実は浅野家の前にも主家を取り潰されていたという、興味深い史実(もっとも、彼がその際に森家を離れたかは諸説あるようですが)を踏まえた本作。
 それだけでも実に興味深いのですが、そこに彼の元妻を絡めることで、討ち入りの完全に外側からの――しかし全く無縁ではない――視点を設定してみせた点に唸らされます。

 今の家庭とかつての夫との間で揺れるヒロインの心理を丹念に描くのはこの作者ならではですが、男の目から見ると損な役回りの現在の夫が器の大きさを見せる結末もよく、ラスト一行の爽やかさは見事としか言いようがありません。


 その他の作品――『鬼の影』(葉室麟)は、山科隠棲時代の大石内蔵助を描いた作品。クライマックス堀部安兵衛との「対決」シーンが印象に残りますが、いささか淡白な印象ではあります。
 一方、『妻の一分』(朝井まかて)は、同じく大石が題材ながら、その妻――を、飼い犬視点で描くという飛び道具的内容。語り手だけでなく、聞き手の側の仕掛けもユニークです。

 『首無し幽霊』(夢枕獏)は赤穂浪士討ち入りよりもはるか後の時代の物語。以前、作者の別の短編にも登場した謎の知恵者・遊斎が、ある男のもとに出没する幽霊の謎を描くこれまたユニークな作品であります。
 もっとも、オチは別の作品でも読んだことがあるような……

 そしてラストの『笹の雪』(山本一力)は、こちらも外の目から忠臣蔵を描いた一編。討ち入りを終えて凱旋した浪士たちを迎えた泉岳寺の修行僧の目から、壮挙の直後の浪士たちの生の姿が描かれることになります。
 決してドラマチックではなく、むしろ淡々とした筆致で描かれる物語は作者らしい印象ですが、浪士たちが「義士」となる結末は、本書の掉尾を飾るにふさわしいと言えるでしょう。


 以上七編、概要をご覧いただければお気づきのように、人物一人に一作というわけではなく(変則的とはいえ大石は二作品の主役)、また吉良サイドは(これまた変則的な作品を含めても)二作品のみと、これまでの『決戦!』シリーズとは大きく異なる形式となっています。

 これは『冥土の契り』以外は雑誌掲載という点にもよるのかもしれませんが、ユニークな形式が呼び物のシリーズであっただけに、残念な点ではあります。
 もちろん、当代一流の作家たちの新作が集められたテーマアンソロジーとしては魅力的なのですが……しかし厳しいことをいえば、『決戦!』でなくともよかったのでは、という印象は否めないところです。


『決戦! 忠臣蔵』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!忠臣蔵


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 『決戦! 新選組』(その二)

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2017.07.13

『決戦! 忠臣蔵』(その一)

 様々な合戦を舞台に一作家一人で描く「決戦!」シリーズの中でも本書は異色の内容。ある意味江戸時代で最も有名な合戦である「忠臣蔵」の世界を題材とした一冊であります。全7作品のうち、特に印象に残った作品を一作ずつ取り上げます。

『冥土の契り』(長浦京)
 四十七士の中でも豪の者として知られる不破数右衛門。しかし彼は松の廊下の刃傷の時点では藩を放逐されて一足先に(?)浪々の身の上の人物でもありました。本作はその彼が何故赤穂浪士の決起に加わったかを描く物語です。

 藩を放逐されて以来、商品の輸送を警護する番手元締めを生業としていた数右衛門。そんなある日、彼の前に白い霞のような異形が出没するようになります。
 時に直接、時に人の口を借りて数右衛門に語りかけてくるその異形の正体は、浅野内匠頭の亡霊――特に恩義も恨みもない、しかし松の廊下で吉良上野介を討てなかったことには不甲斐なさを感じていた相手が自分の前に現れたことに数右衛門は激しく戸惑います。

 亡霊の望みは当然ながらというべきか、自分の仇討ち。実際に刀を振るったことも少ない浪士たちの中で、危険な生業を送っていたことから自分を選んだ旧主の勝手な言い草に反発する数右衛門ですが、ある事件をきっかけに亡霊と約束を交わすことに……

 冒頭に述べたように、浪士の中では少々ユニークな立ち位置であった数右衛門。放逐されていたにも関わらず討ち入りに参加した彼は、ある意味義士の鑑とも言うべき存在かもしれませんが、本作はそこに彼を討ち入りに導く奇妙な物語を描くことになります。
 しかしここで違和感を感じさせないのは、数右衛門の視点から、彼の心の変化を丹念に描いてみせていることでしょう。終盤で描かれるある真実も、物語にある種の深みを感じさせます。

 それにしても本作の「番手元締め」、中国のヒョウ(金+票)局のような存在で非常に興味深いのですが、実際にこの時代この仕事がこう呼ばれていたのでしょうか。


『雪の橋』(梶よう子)
 一つの合戦に参加した者を、勝者敗者問わず主人公とする「決戦!」シリーズですが、本書では少々残念なことに吉良サイドの視点で描かれた作品は本作のみ(正確にはもう一作あるのですが。吉良方で数少ない剣の達人、主を守って散った清水一学を主人公とした物語であります。

 百姓の子から上野介に取り立てられ、以来必死に武士たらんと励んできた一学。国元では領民に身近に接する「赤馬の殿さま」として慕われる上野介に一心に仕え、上野介夫妻からも可愛がられてきた彼は、故郷の幼馴染を妻に迎える日を目前としていたのですが……
 しかし、松の廊下の刃傷が全てを狂わせることになります。幕府の勝手な裁きにより理不尽な世評を立てられ、追い詰められていく主を守る一学。しかしついに餓狼の如き浪士たちが屋敷に乱入、一学は決死の戦いを挑むことになるのです。

 最近は流石に少なくなってきましたが、これまで長きに渡り、一方的に悪役として描かれてきた吉良上野介。その上野介を守る吉良家の人々も、義士たちの「敵」程度の扱いがほとんどだったわけですが――本作は、一学と吉良家の人々を、あくまでもごく普通の人々、思わぬ理不尽な運命に翻弄され、命を奪われる者として描きます。

 タイトルの「雪の橋」は、忠臣蔵クライマックスの討ち入りシーンでしばしば登場する吉良邸の池の橋であると同時に、一学が上野介の妻から与えられ、許嫁に送った櫛の意匠。
 いわば一学に、吉良家にも存在し、奪われることとなった平穏な、ごく普通の日常の象徴であります。

 それを奪おうとする浪士たちへの怒りも凄まじい本作、「これが仇討ちだというのか!」という、終盤の登場人物の叫びがするどく突き刺さります。
 ラスト一行に記されたものを何と受け止めるべきか……深い切なさと哀しみが残ります。


 少々長くなってしまったので次回に続きます。


『決戦! 忠臣蔵』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!忠臣蔵


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2017.07.12

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 一年の半分が過ぎたと驚き悲しむ気持ちも暑さが溶かして夏本番。いよいよ8月は目前ですが、この月はお盆休みのおかげで新刊が少ないのよね……などと思っていたところがさにあらず。みんな少しは休んで、と言いたくなる量のアイテムが押し寄せる8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と言いつつも、文庫小説の方は少々寂しい8月。こんどこそようやく発売か――の菊地秀行『宿場鬼』第2巻をはじめとして、安芸宗一郎『隠し目付服部半蔵「遠国御用組」始末 2 イスパニアの陰謀』、鳴海丈『大江戸怪異事件帳あやかし小町 4 王子の狐』、牧秀彦『月華の神剣 2 薩長動乱』と、シリーズものの新刊が数点となります。
(おっと、西洋ものですが佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』も注目お

 文庫化、復刊の方も、皆川博子『妖櫻記』、青柳碧人『彩菊あやかし算法帖』、上田秀人『闕所物奉行裏帳合 1 御免状始末』新装版、京極夏彦『数えずの井戸』、そして乾緑郎の問題作『機巧のイヴ』と、個人的に好きな作品が並びますが、やはりいささか寂しいものがあります。


 しかしこれが漫画の方になるともう大変。こちらも新登場はありませんが、よくもまあこれだけのラインナップが――と嬉しさのあまりに呆然とさせられます。

 一気に挙げましょう。
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻、唐々煙『煉獄に笑う』第7巻、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻、重野なおき『信長の忍び』第12巻、杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻、せがわまさき『十 忍法魔界転生』第11巻、たかぎ七彦『アンゴルモア元寇合戦記』第8巻、武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第9巻、ちさかあや『早雲の軍配者』第2巻、殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第2巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻、山口貴由『衛府の七忍』第4巻……

 いやはや、これを凄いと言わずして何を言うのか!


 そして最後に、こちらは小説でもう一冊が。まだ題名のみで内容は全く不明なのですが、瀬川貴次『百鬼一歌』というタイトルが。
 果たして平安ものなのか現代ものなのか――何となく聞いたことがあるようなワードが入っていますが、作者が作者だけに気になる&楽しみな作品です。



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2017.07.11

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第4巻 混迷する少女久秀と世界の運命

 タイムスリップ女子高生ものと、人外信長もの――時代ものでは比較的メジャーな(本当に?)二つを合体させたら大変なことになってしまった本作、松永久秀になってしまった主人公・ひさきと、彼女を愛する吸血鬼・信長が織りなす歴史は、様々な横やりのおかげで混迷を極めることとなります。

 何者かの手によって戦国時代に招かれた現代の女子高生・ひさきと、彼女を庇護した吸血鬼の王・三好長慶によって、瀕死となったところを救われ、吸血鬼となった信長。
 長慶によって、今は行方不明の腹心・松永久秀の名を与えられたひさきは、久秀の実の弟・長頼に支えられながら都で暮らすことになります。

 そんな中、実は戦国のヴァンパイアハンターであった真・久秀によって、三好一族は次々と斃される事件が発生。長慶はいずこに姿を消してしまい、残された吸血鬼と人間のハーフ・三好義継が大暴走して将軍義輝を襲撃、ひさきはその罪を着せられ、そして長頼は瀕死の深手を負うことに……


 と、大筋は合っているにもかかわらず、ディテールでは本当に大変なことになっている本作。

 大変な中でもひさきラブの信長は吸血鬼の瞬間移動能力で彼女にまとわりつき、ひさきと一緒にタイムスリップして家康役になってしまった幼なじみのはじめは、歴オタの知識を活用して彼女を支え……
 と、役に立っているのかいないのか微妙な男どもはさておき、ひさきはこの世界で生き抜き、少しでも犠牲を減らすために、今日も戦いを続けることになります。

 しかしそんな決意を胸にした彼女が演じるのが、よりによって松永久秀というのは運命の皮肉、というより悪意。東大寺での戦いに引きずり込まれた彼女は、歴史通りに大仏を焼いた人間という汚名を着せられることになってしまうのです。
(そんな中で、大仏消火よりも人命救助を優先したり、結果として大仏がなくなって大ショックを受けたりする彼女の姿は、それはそれである種のリアリティがあるかも……と妙な感心をさせられます)

 しかしこの世界を支配する運命は、さらに彼女を、そして信長をはじめとするこの時代の人々を振り回します。
 物語から一度は退場したあの人物この人物が、異なる名を得て再び歴史の表舞台に登場。さらに舞台は近畿と東海だけかと思いきや甲州にも広がり、あの超大物が、妖魔と手を組んで暗躍。そして信長の忠臣かと思われた秀吉もまた……

 と、異形の戦国ものとしても楽しくなってきてしまった本作。
 終盤では長慶改め○○○○が、この手の作品では本当に禁句なことを言い出して「おいっ!」とツッコミたくなりましたが、この辺りの成り行きも含め、想像以上に本作の世界は(もちろん面白い方向に)広がってきたと言わざるを得ません。

 その一方でラストには、そういえばこの人のことを完璧に忘れていた――な濃姫が登場。ひさきと信長との三角関係も気になるところで、本当にあらゆるところで先の読めない、先が楽しみな作品なのです。


 ちなみにこの巻で初登場したキャラクターの一人が、かの服部半蔵。しかしこの半蔵、一応常人ながらキャラの濃さが半端ではなく、こちらも要チェックであります。


『戦国ヴァンプ』第4巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(4) (KCx)


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2017.07.10

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い

 廣島玲子によるちょっとダークな妖怪時代小説の本シリーズも、快調に巻を重ねて早くも第4作目。妖怪の子を預かることとなった少年・弥助を主人公とする本シリーズですが、今回彼の前に現れるのは、少々訳ありの少女――タイトルのとおり、妖怪と人間の血を引く少女なのであります。

 江戸の貧乏長屋に盲目の美青年、実は元・大妖怪の千弥とともに暮らす少年・弥助。
 かつてある事件がきっかけで妖怪の子預かり屋――その名のとおり、妖怪たちの子供を短期間預かる役目を務めることとなった彼は、それ以来、様々な事件に巻き込まれながらも、妖怪たちとの絆を深め、人間として少しずつ成長してきました。

 短編連作集的な性格の強かった前作では千弥の隠された過去が描かれるなど、弥助の出番は少な目だったのですが、本作においては妖怪の子預かり屋としての彼の姿を再びクローズアップ。
 千弥の宿敵の大妖怪・月夜公に仕える三匹の鼠の微笑ましい願い、憑き物付きの手鞠など、いかにも本作らしいユニークさがあったり、ドキッとするような重さのあるエピソードが描かれた先に始まるのが、本作のメイン――半妖の子の物語であります。

 ある日、人間姿の化けいたち・宗鉄が弥助のもとに連れてきた8歳の娘・みお。宗鉄と人間の女性の間に生まれたみおは、最近母親を亡くし、宗鉄との間に深い深い心の溝ができてしまったというのです。
 いえ、溝ができたのは宗鉄との間だけではありません。周囲の全てに対して心を閉ざしたみおは、両目のみが開いた白い仮面をかぶり、外そうとしないのであります。

 途方に暮れた宗鉄からみおを預かったものの、自分に対しても心を開かず、逃げ隠れしてしまうみおに手を焼く弥助。しかしその間も弥助のもとに預けられる妖怪の子たちと触れ合ううちに、みおも少しずつ弥助に心を開いていくのですが……


 毎回、可愛らしい妖怪の子たちが繰り広げる騒動をユーモラスに描きつつも、それと同時に、読んでいるこちらの心にいつまでも残るような、重く、恐ろしく、苦い物語をも描いてきた本シリーズ。
 今回もその苦みは健在なのですが――それを生み出すものは、もちろんみおの境遇にほかなりません。

 妖怪と人間という種族を超えた愛の結晶を授かりつつも、しかしその娘が妖怪の血と姿を引くのではないかと恐れ続け、心を病んだみおの母。
 母に愛されず、そしてその原因となった父を憎み――誰が悪いわけでもない、ほんのわずかの掛け違いで、どうしようもなくすれ違ってしまったみおと両親の姿は、「家族」という普遍的な存在を背景にしているだけに、幾度もこちらの心に突き刺さるのであります。

 そしてそれは、終盤に登場する、みおのネガともいえる存在、あるいはあり得たかもしれない彼女の未来の姿と対比されることで、より鮮烈に感じられるのです
(さらにいえば、ここでみおと家族の姿に仮託されるものが、現代社会でしばしば見られるものであることに、児童文学者として活躍してきた作者の視点を感じた次第)


 はたしてみおと宗鉄は救われるのか、いや、弥助はみおを救うことができるのか――その答えはここで書くまでもないことではありますが、微笑ましく、何よりもキャラクターたちの個性がよく表れた結末は、必見であります。

 と思いきや、ラストには思わぬ人物の口から次作への引きが飛び出し、まだまだ広がる本シリーズ。冬に登場予定の次作がまた楽しみなのです。


『妖怪の子預かります 4 半妖の子』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
半妖の子 (妖怪の子預かります4) (創元推理文庫)


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2017.07.09

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第1巻 少年たちの目に映る星々たちの戦い

 その作家活動の大半を通じて時代もの、歴史ものを描いてきた碧也ぴんくの最新作は、土方歳三と五稜郭の戦いを題材とした作品。作者は、以前「週刊マンガ日本史」シリーズでも土方歳三を描いていますが、そちらとは全く異なる切り口となる、新たな土方の物語、五稜郭に集う面々の物語であります。

 さて、最初に白状しておけば、私は本作について、この単行本化まで、土方歳三と五稜郭の戦いを描くという以外の知識を仕入れないでおりました。そして本書を手にしてみれば大いに驚かされたのですが――その理由は、本作の物語の視点の置き方にあります。

 そう、この第1巻において描かれるのは、土方から見た箱館戦争ではありません。
 この第1巻の時点で物語の中心となり、土方を、やがて五稜郭に集う人々を見つめるのは、土方の周囲に在った少年たちなのであります。


 新選組の末期に隊に加わった少年たち――市村鉄之助、田村銀之助、玉置良蔵、上田馬之丞(鏡心明智流ではない方)。
 元服したかしないかの年齢であり、兄らの入隊に伴って新選組に加わった彼ら四人は、それから間もないうちに、戊辰戦争の激動に飲み込まれることとなります。

 土方の指示により、仙台に向かったものの、新政府に抵抗を続ける奥羽諸藩も決して一枚岩ではなく、苦しい道のりを強いられる少年たち。何とか土方と合流した彼らは、土方がさらなる北上を――蝦夷地を目指していることを知ります。
 蝦夷地へ向かう新選組から抜ける者、加わる者、様々な人々の運命が交錯する中で、少年たちは自分の意思で、土方とともに蝦夷に渡ることを決意することに……


 戊辰戦争の、新選組の、そして土方歳三の最期を飾る戦いとしてこれまで無数に描かれてきた箱館戦争。フィクションの中でのその戦いは、土方はもちろんのこと、榎本武揚や大鳥圭介といった、歴史上の有名人たちが中心となって描かれてきました。
 当然本作もそうなるかと思いきや、少年たちの視点で、ということで大いに驚かされたのはすでに述べたとおりですが、本作の視点の独自性は、その点だけに留まりません。

 本作において描かれるのは、星のとりで――五稜郭に集った綺羅星の中心で一際輝く星だけではありません。その周囲で密やかに、しかし激しく輝いた星々をも、本作は描き出すのです。

 新選組でいえば、山野八十八、安富才助、蟻通勘吾、野村利三郎に相馬肇といった面々。さらに陸軍隊の春日左衛門、額兵隊の星殉太郎、さらにはフランス軍人ブリュネと彼の通訳であった田島応親(金太郎)までと、多士済々。
 正直に申し上げれば、その存在を知らなかった人物もいたのですが、しかしそうした人々を、本作は実に魅力的に描き上げるのであります。

 そんな中で個人的に特に印象に残ったのは、唐津藩主の子であり、老中小笠原長行の甥である三好胖であります。
 鉄之助たちとほぼ同年代ながら、その生まれから唐津藩残党に奉じられ、海を渡るために新選組に加わった胖。その背負ったものから、周囲から浮いた存在であった彼に対し、土方が、少年たちが如何に接したのか……

 それはおそらくはフィクションなのだろうと想像しますが、しかしそんなことは関係なく、この時代に生まれついてしまった一人の少年の心の叫びと、真っ先に彼を受け容れた少年たちの姿を描いて、強く心に残るエピソードであります。


 何やら登場人物名を列挙して終わってしまい恐縮ですが、それだけ魅力的な人物揃いの本作。
 実は作者の言によれば本作は三部構成、第一部は鉄之助たちの視点、第二部は他の大人たちからの視点、第三部は土方の視点と、先に進むにつれて「星」の中心に迫っていく構造の模様です。

 しかしこの第一部の時点で、実に新鮮かつ魅力的な本作。ほとんどまっさらな心を持った彼らの瞳に、この星々の戦いはどのように映るのか――それを想像するだけで胸が高鳴るのであります。

『星のとりで 箱館新戦記』第1巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon
星のとりで~箱館新戦記~(1) (ウィングス・コミックス)

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2017.07.08

今野敏『サーベル警視庁』 警察ものにして明治ものの快作

 格闘技、SF、伝奇と様々なジャンルで活躍し、その中でも特に警察小説の名手として知られる作者が、なんと明治時代の警察庁を舞台として描くユニークな作品であります。明治後半の東京で連続する殺人事件。捜査に当たる警視庁第一部第一課のメンバーが辿り着いた真相とは……

 舞台となるのは明治38年7月、日露戦争では日本が日本海海戦で大勝し、終戦に向かいつつある頃――上野不忍池で、死体が発見されます。
 その報に現場に向かった警視庁第一部第一課の鳥居部長、葦名警部と岡崎巡査ら四人の巡査は、その場に現れた自称私立探偵・西小路とともに捜査を開始。被害者は帝大講師の高島であると判明します。

 急進的なドイツ文化受容論者であったという高島の周辺の捜査を開始する巡査たち。しかし遺体の発見者である薬売りは不可解な状況で姿を消し、帝大生を名乗る男からは捜査を攪乱するような偽りの情報がもたらされるなど、捜査は難航することになります。

 さらに内務省からの横やりが入るなど不穏な空気が漂う中で、陸軍大佐が高島と同様に鋭利な刃物で一突きされて殺害されるという事件が発生。
 そしてこの事件現場の近くで、不審な老人の目撃情報を得て後を追った岡崎巡査は、老人の意外な正体を知ることになります。

 そしてなおも事件は続き、次第に明らかとなっていくその全貌。犯人の真意を知った第一部第一課の面々は……


 なるほど、本作は舞台こそ明治であれ、まさしく警察小説と呼ぶにふさわしい内容。
 謎解きの要素はもちろんあるものの、より力点が置かれるのは、その事件を追う警察の面々の奮闘であり、あるいは他の組織や上層部との軋轢であり――と、明治を舞台としてもこのようなやり方があるのか、と感心させられます。

 登場キャラクターの方も、べらんめえ口調で型破りな部長に、理論派で冷徹な警部、部長の行動に振り回されがちの課長に、現場で奮闘する巡査たち……という配置など、ある意味定番ながら面白い。
 さらに上で述べた組織の問題など、当時の内務省と警視庁の力関係を、現代の警察庁と警視庁を思わせる形に当てはめて描いてみせるのには感心させられます。

 その一方で、明治という時代背景ならではの要素も随所に設定されていることも言うまでもありません。

 第一の事件の背景となる帝大では現代にまで不朽の名を残すあの文学者が教鞭を取っていたこの時代。その文学者は、間接的な登場ではあるものの、前任者の小泉八雲ともども、作中で大きな存在感を以って描かれることになります
 そして何より、明治で警察とくれば、どうしても連想してしまうあの人物ももちろん登場し、終盤ではほとんど主役クラスの活躍をみせるのであります。

 ――しかし、本作の「時代もの」たる所以は、こうした当時の実在の人物たちが登場する点に留まるものではありません。
 それ以上に本作において時代性を感じさせるのは、事件の背景となった政府内のある動き、そしてその原因となった一種の世相――上で述べた実在の人物たちの運命とも密接に関わるそれなのであります。

 それが何であるかは、ここでは具体的には述べません。しかしそれは、文明開化に邁進して日清・日露という対外戦争をくぐり抜け、近代国家へと変貌しつつあった日本が抱えることとなった一種の歪みであると――そう述べることは許されるでしょう。
(この辺り、作者が述べているように、『坊ちゃんの時代』の影響が確かに強く感じられます)

 そしてそんな明治の日本の姿は、この時代特有のものでありつつも、奇妙に現代の日本に重なるものであるとも……


 厳しいことを申し上げれば、警察以上に部外者が活躍した印象はあります。ラストの展開も、突然「時代劇」的になった感は否めません(そしてそれもまた、部外者あってこその展開でもあり……)

 それでもなお、警察小説を明治時代に巧みに移植するとともに、そのスタイルの中で、明治という時代性を、しっかりとした必然性を以て描いてみせた本作は、大いに魅力的であることは間違いありません。

 警察ものにして明治もの――本作のみで終わらせるには惜しい趣向であります。


『サーベル警視庁』(今野敏 角川春樹事務所) Amazon
サーベル警視庁

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2017.07.07

『決戦! 新選組』(その二)

 新選組の隊士たちを主人公とした幕末版「決戦!」の紹介後編であります。いよいよ幕府が崩壊に向かう中、彼らの運命は……

『決死剣』(土橋章宏)
 幕府の敗勢が決定的となった鳥羽伏見の戦いを舞台に描かれるのは、新選組二番隊隊長にして最強の剣士の呼び名も高い永倉新八であります。
 近藤が傷つき、沖田が倒れる中、なおも剣を以て戦わんとする永倉。薩長の近代兵器の前に劣勢を強いられ、そして将軍までもが逃げ出した戦場において、なおも剣士たらんとする彼は、もはや命の尽きる日が目前に迫った沖田に対して、真剣での立ち会いを申し出るのですが……

 代表作である『超高速! 参勤交代』から、ちょっとゆるめの物語を得意とするという印象のあった作者ですが、しかし本作は、この一冊の中でも最も時代劇度というか、剣豪もの度が高い作品。
 すでに剣と剣、剣士と剣士の戦いの時代ではなくなった中、様々な意味で最後の決闘を繰り広げる永倉と沖田の決闘は、本書一の名シーンと言って差し支えないでしょう。


『死にぞこないの剣』(天野純希)
 そして新選組は敗走を続け、次々と仲間が去っていく中、戦いの舞台は会津戦争へ。そう、ここで描かれるのは斎藤一の物語であります。

 多くのフィクションにおける扱いがそうであるように、本作においても無愛想で人付き合いの悪さから、隊の中でも孤独な立場にあった斎藤。
 そんな彼が、最も近しい存在であった土方の北上の誘いを蹴ってまで会津に残った理由、それは、彼と新選組を心から頼りにしていた松平容保公の存在だった……

 という本作、内容的には戦闘また戦闘という印象ですが、終盤に明かされる、斎藤が戦い続ける理由の切なさが印象に残ります。
 武士は己を知る者のために死す――そんな想いを抱えてきた彼が、死にぞこなった末にラストに見せる戦いの姿にも、ホッと救われたような想いになった次第です。


『慈母のごとく』(木下昌輝)
 そしてトリを務めるのは、いま最も脂の乗っている作者による土方歳三最後の戦い――函館五稜郭の戦いであります。

 かつて、新選組を、近藤勇を押し上げるために、粛正に次ぐ粛正を重ね、鬼の副長と呼ばれた土方。しかし意外なことに、この五稜郭の戦いの際には、隊士から「慈母の如く」慕われていたというのも、また記録に残っております。
 本作で描かれるのは、「鬼」が「慈母」になった所以。仏の如く隊士たちから親しまれてきた近藤からの最後の言葉を胸に、鬼を封印することとなった土方の姿が描かれることになります。

 最愛の友の願いを叶えるためとはいえ、これまでの自分自身の生き方を否定するにも等しい行為に悩む土方。そんな彼の姿は、しかし数少ない残り隊士たちを惹きつけ、そして彼自身をも変えていくのであります。
 それでもなお、慈母ではいられない極限の戦場、再び鬼と化そうとした土方が見たものは……

 その美しくも皮肉な結末も含めて、深い感動を呼ぶ本作。極限の世界を題材にしつつ、なおもその中に人間性の光を見いだす作品を描いてきた作者ならではの佳品です。


 以上6編、冒頭に述べたように、一つの戦場ではなく、時とともに変わっていく新選組と隊士たちの姿を描いてきた本書。そのほぼ全ての作品に共通するのは、主人公である隊士「個人」と、新選組という「場」との一種緊張感を孕んだ関係性が、そこに浮かび上がることでしょうか。
 実は各話には、主人公と対になるような副主人公的な存在が設定されているのが、その印象をより強めます。

 我々が新選組に魅せられるのは、隊士個々人の生き様もさることながら、新選組という「場」に集った彼らの関係性にこそその理由があるのではないかと、個人的に以前から感じてきました。
 今回、彼ら一人一人を主人公とした本書を手にしたことで、一種逆説的に、その想いを確かめることができたようにも思えます。


 そして戦国時代だけでなく、多士済々の幕末を舞台とした「決戦!」は、まだまだ描けるのではないか――という想いもまた、同時に抱いているところであります。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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 『決戦! 桶狭間』(その一)
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2017.07.06

『決戦! 新選組』(その一)

 一つの合戦を舞台に、そこに参加した様々な武将たちの姿を一人一作で描く『決戦!』シリーズ。非常にユニークな試みだけに、戦国時代以外でもいけるのではないか、と考えていたところに登場したのが本書――幕末最強の戦闘集団たる新選組を題材とした一冊であります。

 これまでのシリーズとは異なり、一つの合戦ではなく(池田屋や鳥羽伏見でも面白かったとは思いますが)、「新選組」という組織とそこに集った人々の姿を、芹沢暗殺から五稜郭まで、時代を追って描く本書。
 趣向がいささか異なるためか、登板する作家もニューフェイスが含まれているのも魅力的なところ、ここでは一作ずつ紹介していくこととしましょう。

『鬼火』(葉室麟)
 決戦シリーズのほぼ常連である作者による本作の主人公は沖田総司、描かれる事件は芹沢鴨暗殺――ある意味鉄板の組み合わせですが、しかし沖田にある過去を設定することで、彼の不安定な胸のうちを描き出します。
 それは沖田が幼い頃、見ず知らずの浪人に性的に暴行されていたという過去――その経験から心を凍てつかせ、うわべだけの喜怒哀楽を見せるようになった彼の心は、芹沢との出会いで大きく動いていくこととなるのです。

 沖田と芹沢という、ある意味水と油の二人は、実はそれだけに描かれることが多い組み合わせではあります。
 そんな中で本作は、それぞれに胸の内に深い屈託を抱えた――芹沢もまた、単純粗暴なだけの男としては描かれない――人物として描くことにより、互いを補い合い、求め合う存在として二人を描き出すことになります。

 しかしその果てに待つものが何であるかは、史実が示すとおり。そしてその時に沖田の胸に去来するものは――ある意味鉄板の内容ではありますが、それだけに作者の職人芸的うまさが光る作品であります。


『戦いを避ける』(門井慶喜)
 新選組の名を一躍高めた池田屋事件。本作はその事件での局長・近藤勇の姿を描きます――非常に個性的な角度から。

 不逞浪士を追い、市中を探索する中、池田屋で不逞浪士たちを発見した近藤。しかし近藤の心中にあるのは困惑と焦燥――まさか自分の方が「当たり」を掴むと思わなかった近藤は、別働隊が早く到着するよう、出来る限り戦いを引き延ばそうとするのであります。
 しかしそのいわば片八百長を仕掛けた理由は決して怯懦などからではなく、周平のため――そう、養子とした周平に手柄を立てさせるためだったのであります。

 近藤に見込まれてその養子となった周平。しかしその後何故か養子を取り消され、天寿を全うしてしまった(?)ことから、フィクションの世界でも芳しくない扱いの周平ですが、本作の周平は、これまでとは一風異なる人物として描かれます。
 さらにそこに、周平が板倉周防守の落胤だった説を絡めることで、近藤の深謀遠慮を浮かび上がらせる本作。しかし――だからこそ、ラストに描かれる悲喜劇のインパクトが強烈に浮かび上がるのです。

 ただ、個人的にはちょっと文体が苦手というのが正直なところではあります。


『足りぬ月』(小松エメル)
 個人的には、最近の作家で新選組で隊士個人を主人公とした短編集とくれば、真っ先に名を挙げたくなる作者の作品。藤堂平助を主人公に、油小路の決闘を描いた本作は、その期待に十二分に応える作品であります。

 津藩藤堂家の落胤とも言われる藤堂。しかし本作においては冒頭から、そこに彼の生き方を決定するような痛烈な裏切りと偽りを描き出します。以来、自分が世に出るためのいわば踏み台となる相手を探し求めて生きてきた藤堂。山南、近藤、伊東――次々と相手を乗り換えてきた彼が最期に見たものとは……

 「魁先生」の渾名からか、直情径行な若者として、あるいは原田や永倉、沖田らと若者同士の交流が描かれることが多い藤堂。しかし本作は、そんな彼を、上に這い上がろうとひたすらにあがく青年として描き出します。
 一歩間違えれば嫌悪感を招きかねないその姿も、しかしその根底にあるものを我々が知っていることで、むしろ彼の深い喪失感を際立たせるのであります。

 冒頭で触れたように近年は新選組隊士個人にスポットを当てた作品で活躍する作者らしい好編。そちらの作品群と繋がる世界観を感じさせる内容も嬉しいところであります。

 残り三編は次回紹介いたします。


『決戦! 新選組』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!新選組


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2017.07.05

瀬川貴次『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』 浮かび上がる平安の女性たちの姿

 『暗夜鬼譚』の復刊もめでたく続きがでましたが、こちらももちろん続く瀬川貴次『ばけもの好む中将』。前作で鬱々としていた宣能も復活し、さて再び宗孝の受難の日々が……と思いきや(いや受難はするのですが)今回は少々趣を変えた重めの物語が展開いたします。

 宗孝の八の姉である梨壺の更衣の出産も近づく中、宮中での思わぬ出来事で腰を痛めた宗孝の父。姉たちが入れ替わり立ち替わりで見舞いに訪れる中に、九の姉が久々に宗孝の前に姿を現します。

 中流貴族と早々に結ばれたものの、地方に赴任した夫について行かず、都で暮らす九の姉。夫の心が離れるのではないかと不安に思いながらも、しかし任地についていけない彼女は、梨壺の更衣に複雑な想いを抱いていたのです。

 かつて宮中で舞を披露した際に、帝に見初められた梨壺の更衣。しかしその舞は元々は九の姉が舞うはずだったものの、自分に自信の持てない彼女は、夫との結婚を口実にその役目を下りたのであります。
 もし自分があの時舞っていたら、帝に見初められていたのは――という想いを抱えた彼女は、ある日出かけた稲荷社で、曰くありげな老巫女たちから「あなたは特別なお方」と声をかけられて……


 これまで様々なエピソードで登場してきた宗孝の十二人の姉ですが、今回の九の姉を以て、ついに全員登場したことになります。
(そのためか、この巻から巻頭に姉リスト付きの人物相関図がついたのは有り難いところです)

 その九の姉のキャラクターは、これまでの基本的にたくましかった姉たちとは少々異なり、毒親気味の母に育てられた結果、自分に自信が持てず、それでいて、過去のタラレバにすがってしまうという、ある意味実にリアルな人物として描かれております。
 そんな彼女が怪しげな巫女たちに目を付けられたのが今回の騒動の始まり。彼女につきまとい、次第に行動をエスカレートさせていく巫女たちは何者なのか、そしてその目的は何なのか――宣能と宗孝(と前回登場した色々な意味で自虐的な陰陽師・歳明)は、九の姉と巫女を追って稲荷社に向かいます。

 そこで起きる騒動の数々は、相変わらずの賑やかさと楽しさなのですが(特にクライマックスの一大追跡劇で披露されるアクションとそのオチ)、しかし今回の物語は、そこからさらに思わぬ展開を見せることになります。
 拠ん所ない事情から、梨壷の更衣の局に身を寄せることとなった九の姉。思わぬことから帝に出会ってしまった彼女の胸に、あのタラレバが甦って……


 二部構成の後編で舞台が宮中に移ることもあり、見かけ上は比較的おとなしめにも感じられる本作。上で述べたように、前編でのクライマックスのテンションがえらい高かったためもありますが、しかしそれとは別のベクトルで、後編も熱を持った物語が展開します。

 既に失われて戻らない過去――いや、そもそもなかったのだけれども、もしかしたらあったかもしれない過去。誰にでも一つや二つはあるそんな過去が、もしかしたら取り戻せるかもしれないとしたら……
 後編で描かれるのは、そんな想いに取り憑かれた一人の女性の物語。その姿は、前編の巫女軍団とは異なる意味で、己の目的に貪欲な者、「獣」と呼べるのかもしれません。

 ここで自分の恥を白状しますが、僕はこれまで本シリーズの賑やかで明るい楽しさ――宣能や宗孝のやりとりや、怪異を巡る騒動など――にばかり目を向けていて、シリーズが持つもう一つの、大きな特長を見落としておりました。

 それは、本シリーズが平安時代の女性たちの姿、生き様を描いた物語であること。
 宗孝の十二人の姉たちは、この時代に確かに生きていた、しかし歴史にはほとんど残ることのない女性たちの代表として、物語に登場しているのではないか……そう感じられるのです。

 男連中が夢に、欲望にと賑やかに騒いでいる一方で描かれてきた彼女たちの姿は、(もちろん十の姉のようなデウス・エクス・マキナめいた例外はあるものの)ひどく切実で、現実的な存在として感じられます。
 そしてそれだからこそ本シリーズは、面白おかしい物語でありつつも、それに振り回されない地に足の着いた物語が描かれてきたのでしょう。


 これまでとはいささか異なり(第4巻のともまた異なる意味で)、次の巻へと不穏なものを残して続くこととなった本作。
 その先に待つものは――もしかすればクライマックスは近いのかもしれません。


『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 六 美しき獣たち (集英社文庫)


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2017.07.04

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その二) 幕臣たちの感傷の果てに

 明治天皇のお召し列車による北海道行幸を背景に、謎解きあり活劇あり大決闘ありのジャンルクロスオーバーで繰り広げられる大快作の紹介の続きであります。

 前回は、本作に登場するキャラクターたちが如何に魅力的であるかを縷々述べさせていただきましたが、もちろん、彼らが活躍する物語の方も興趣満点であることは言うまでもありません。

 その一つが、この物語が幕を開けるきっかけとなった殺人事件。酒乱で知られる黒田清隆が、元同心の妻を乱暴、首を締めた末に梁から吊したという凄惨な内容なのですが――これがミステリでいう「雪の密室」そのものとなっているのが実に面白いのです。

 一見、黒田の犯行にしか見えないこの事件ですが、何故わざわざ彼が被害者を吊り下げるような行為に及んだのか? しかも天井は高く、梁は人一人を支えるのがやっとな状況で……
 そんな謎がある上に惨劇の舞台となった場所では雪が降り積もり、にもかかわらず(仮に外部の犯行だとして)犯人の足跡も見つからない状況なのです。

 天皇のお召し列車を巡る物語の中でで、このような密室ミステリが展開されるのも驚きですが、しかしこれが、物語において、賑やかし以上の役割を持っていて――というのはさておき、ここまできっちりとミステリを仕掛けてくるのも、今なお『名探偵コナン』の脚本を手がける作者ならではの要素でしょう。


 しかしもちろん、本作のクライマックスであり、最大の魅力は、こうした要素を積み重ねた末にラストで繰り広げられるお召し列車を巡る攻防戦にあることは間違いありません。

 藤田らコンビの探索の一方で、当然ながら厳戒態勢で進められるお召し列車の警備。その列車の進行を如何にして妨害するのか――元同心一味はたった四人、その四人で北海道の原野を往く列車に挑むというのは、一種の不可能ミッションものとしての面白さすら感じさせます。

 そしてお召し列車が出発(天皇一行の到着が遅れ、夜の出発となったという史実をまた効果的に利用!)して以降のクライマックスは、もはや全編これ読みどころとも言うべき内容であります。
 次から次へと繰り出される妨害側の奇手に対し、立ち向かえるのは藤田五郎と法印大五郎の二人のみ……というのは、ある意味お約束ながら、そのシチュエーションが最高に熱く盛り上がります。

 そしてまた、視点を少し変えてみれば、元新選組の藤田と、元八丁堀同心の彼らは、かつては共に幕臣。藤田が会津戦争後に斗南の開拓に加わっていたことを考えれば、屯田兵でもある元同心たちは、藤田とはほとんどコインの裏表とも言うべき存在であると気付きます。
 そんな両者が、明治という新しい時代の象徴とも言える鉄道を挟んで激突するというのは、何とも物悲しい構図であるとも言えますが……

 しかし、ここであの密室殺人の真相を挟んで語られる物語の真の構図は、意外かつ異常な内容でありつつも、そんな歴史を背負ってきた男たちの感傷を完膚なきまでに叩き壊してみせる、皮肉極まりないものとして突き刺さります。
 そして同時に、ラストを含めて随所に描かれてきた鉄面皮の下の素顔があるからこそ、藤田にはそんな事件を解決し、そして犯人を裁くことができたのだということに、我々は驚きとともに気付かされるのです。


 キャラクター良し、謎解き良し、アクション良し、そして歴史への目配せももちろん良し――生ける伝説のページにまた一つ傑作が加わったと評しても、決して大げさとは言えないと感じます。


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義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

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2017.07.03

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ

 TV創生期から脚本家として数々の名作を送り出してきた辻真先。しかし同時に氏はミステリを中心に活躍してきた小説家でもあります。本作はその最新の成果――北海道を舞台に、明治天皇を乗せた列車の妨害を企てる一党に、藤田五郎(斎藤一)と法印大五郎が挑む、歴史冒険ミステリの快作であります。

 明治13年(1881年)のある日、警視庁を訪れた勝海舟と清水次郎長――山岡鉄舟と繋がりを持つ二人は、北海道大開拓使・黒田清隆にまつわるある探索を、かつての新撰組三番隊長・斎藤一、今は警視庁に奉職する藤田五郎に依頼します。
 黒田のためなら動かないが、山岡鉄舟の依頼であればと二つ返事で引き受けた藤田。彼は、相棒として選ばれた次郎長一家の法印大五郎とともに、札幌に向かうのでした。

 彼らの探索の目的は、北海道に行幸した明治天皇がアメリカから輸入された機関車・義経号が引くお召し列車に乗る――黒田清隆肝煎りのこの一大イベントを妨害しようとする者がいるという情報の真実を探ること。
 この報を残して謎めいた死を遂げた諜者の痕跡を追ってきた二人は、屯田兵の中に、黒田に深い恨みを持つ一団がいることを知ることになります。

 かつての八丁堀同心たちである彼らが恨みを抱く理由――それは、彼らの一人の愛妻が、黒田に乱暴された末、首吊り死体として発見されたという事件でありました。
 その真相を追う間も近づいてくる天皇行幸の日。真相がどうあれ、元同心たちが列車を妨害し、黒田の面目を丸潰れにせんとしていることを知った二人は、それを阻むために奔走するのですが……


 そんな本作の感想を表すとすれば、それはもう「面白い!」の一言に尽きます。

 まず何よりもたまらないのは、主人公コンビの人物配置であります。
 もはや明治ものではすっかりメジャーなキャラクターになった感のある斎藤一こと藤田五郎は、鉄面皮で洞察力が鋭く、凄まじい剣の遣い手――というキャラクターはある意味定番ではありますが、時折見せる人間味がなんとも魅力的な人物。

 何しろ登場するや否や、薩摩閥のお偉方の言葉を無視して、家で待つ妻子のもとに帰ろうとするという、この時代からすれば型破りな人物なのですが、普段寡黙なのに、話題が土方のことになると黙っていられないのもまた、ニヤニヤさせられてしまうのです。

 そして彼の相棒となる法印大五郎もまた、実にユニークな人物であります。
 有名な「すし食いねえ」でも名が上がる侠客であり、その通り名が示すように山伏姿であったという彼は、様々な逸話の持ち主ですが、本作においては子供好きで、藤田とは正反対の陽性のキャラクターとして描かれているのもなのが楽しい。

 そして先に挙げた勝海舟や次郎長、山岡鉄舟などチョイ役ながら大きな存在感を持つ面々に加え、本作のそもそもの発端ともいうべき黒田清隆も、酒乱で好色という欠点を持ちつつも、普段は豪快で度量の大きな好漢として描かれているのもまたいいのです。


 しかし本作のキャラクターの魅力は、実在の人物だけにとどまりません。本作においてはいわば容疑者となる四人の元八丁堀同心は、いずれも得意な、いや特異な武術や特技を持つキャラクターであり、歴戦の猛者である主人公コンビにとっても、敵として不足はないといったところ。
 そして義経号を動かす洋行帰りの御室兄弟も、線が細いようでいてなかなか骨っぽい良いキャラクターで魅力的なのですが――しかしこれら全てを吹き飛ばすほどの破壊力を持つのが、本作のヒロイン格の二人であります。

 その一人は、黒田に殺害されたと目される元同心の妻の妹・春乃。まだ少女ながら、しかし実は武術の達人であり、その戦闘力は元同心たちの中でも最強クラスのとんでもない戦闘美少女であります。
 そしてもう一人は、御室兄弟の妹のように育てられたアイヌの少女・メホロ。赤子の頃に箱館戦争に巻き込まれて親と引き離され、何と狼に育てられたという天真爛漫な野性の美少女であります。

 このあまりに対照的な(初登場時にいきなり物理的な意味で大激突する)美少女二人、特にメホロの強烈なキャラクターは、一歩間違えると作品のカラーそのものを塗り替えかねないのですが、その辺りのさじ加減も含め、これはさすがにこの作者ならでは……と感心するほかないのです。


 と、キャラクターだけでだいぶ分量を取ってしまいました。次回に続きます。


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義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

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2017.07.02

三好昌子『京の縁結び 縁見屋の娘』 巨大な因果因縁を描く時代奇譚

 毎回ユニークな作品が輩出されてきた『このミステリーがすごい!』大賞で優秀賞を獲得した本作は、ミステリというよりも時代伝奇、時代奇譚と言うべき物語。代々娘が26歳で亡くなるという家に生まれたヒロインが、不思議な修験者とともに自分たちを縛る運命と対峙することになります。

 天明年間の京都、口入れ屋「縁見屋」で、父とともに忙しくも平和な日々を送っていたの一人娘・お輪には、一つの悩みがありました。
 それは「縁見屋の娘は祟りで男子を産まずに26歳で死ぬ」という噂――いや、現に曾祖母も、祖母も、何よりも母も26歳で亡くなっていた彼女にとって、次第に近づいてくるその時は、噂では済まされない問題だったのです。

 そんな中、店を訪ねてきたのが、帰燕を名乗る旅の修験者。代々の因縁があるために、通りすがりの僧や旅人に手厚く世話を焼く縁見屋では、彼を歓待するのですが――しかしお輪は、帰燕に不思議に惹きつけられるものを感じることになります。

 曾祖父が残した地蔵と火伏の神を祀る火伏堂の堂守となった帰燕と触れ合ううち、彼への想いを募らせていくお輪。
 しかし堂に隠されていた曾祖父の遺した天狗の秘図面なる宝物が見つかったことをきっかけに、彼女と帰燕の運命は大きく動いていくことに……


 冒頭で述べたとおり、ミステリというにはだいぶ異なる内容の本作。確かに物語を貫く謎は存在するものの、それは解き明かされる対象というよりも、人々の運命を(すなわち物語を)支配する巨大な因縁として存在しているのであります。

 しかし、そのような内容でありつつも、本作が優秀賞を獲得したのは、おそらくはその完成度の高さゆえでしょう。

 なぜ縁見屋の娘は26歳で亡くなるのか。天狗の秘図面とはどこからもたらされたのか。謎めいた帰燕とは何者なのか。そしてお輪は悪因縁から解放されるのか……
 物語を構成する数々の謎と登場人物たち、どの要素も無駄になることなく精緻に組み上げられて相互に作用しあい、やがてそこに一つの巨大な因縁の姿が浮かび上がる。

 終盤にはしっかりと派手なクライマックスが(それも史実を踏まえたものが)用意され、おそらくはこれが作者のデビュー作とは思えない隙のなさであります。一点を除いては……


 そう、本作は大いに私好みの作品ではあったのですが、しかし実は本作にはノれない部分も少なくなった――というのも正直なところであります。

 それは一つには、私が前世からの因縁という題材や、人を魂の器とみなすという考え方にはあまりポジティブな印象を持てないということがあるのですが、それは個人的な好みの問題。
 それ以上に気になったのは、ある意味本作の根幹を成す、お輪の帰燕への想いに共感できなかった――というより説得力を感じられなかったという点につきます。

 まさしく帰燕とは運命的な結びつきを持ち、それゆえに激しく惹かれ惹かれる関係となるお輪。しかし、彼女が帰燕に惹かれる理由が、その運命以外には存在しないように見えてしまうのはいかがなものか。
(いや、確かに帰燕はイケメンで有能な人物ではありますが、しかしそれで人によっては引くほどの惹かれぶりとなるものかどうか)

 あるいはこの点も、先に述べた前世等々に対する好みの問題と繋がってくるのかもしれませんが……


 冒頭に述べたように、本作が巨大な因果因縁を描いた伝奇物語――というより時代奇譚としては実に完成度が高く、楽しめる作品であることは間違いありません。
 それだけに、この点だけはどうにも惜しいと感じてしまった次第であります。


『京の縁結び 縁見屋の娘』(三好昌子 宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) Amazon
【2017年・第15回『このミステリーがすごい!大賞』優秀賞受賞作】 縁見屋の娘 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

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2017.07.01

松尾清貴『真田十勇士』 「嘘」を軸に描くもう一つの真田十勇士

 昨年から今年にかけて全7巻刊行され、児童書とは思えぬ伝奇性とドラマ性で驚かせてくれた松尾清貴版『真田十勇士』。本作はその作者によるもう一つの真田十勇士――2014年に初演され、2016年に再演と映画化が行われたマキノノゾミ版十勇士のノベライゼーションであります。

 14年前、関ヶ原に向かう徳川勢を信州上田で散々悩ませ、紀州九度山村に流刑となった真田幸村。天下の智将として知られ、今なお崇敬を集める幸村は、しかしその実は凡庸な男、周囲の期待を負担に思い続けるままに年を重ねてきた男に過ぎなかったのです。
 そんな中、幸村の前に現れた、大名の御落胤と騙って諸国を荒らしてきた男・猿飛佐助。自分の「正体」を包み隠さず語った幸村に興味を抱いた佐助は、幸村を名将として担ぎ上げ、天下に名を挙げることを目論みます。

 同じ忍びの里で生まれ育ち、共に抜忍となった霧隠才蔵とその子分の三好清海・伊佐。幸村にただ一人仕えてきた海野六郎。さらに望月六郎、筧十蔵、由利鎌之助、根津甚八、真田大介と、幸村の下に集った十人の勇士。
 折しも、幸村を大坂城に迎えるために密かに淀殿が九度山を訪れ、ついに大坂城入りを決断した幸村を操り、佐助は真田丸で大活躍するのですが……


 あの英雄・真田幸村が、実はいかにも名将然とした外見だけの凡人、その背後に控える猿飛佐助が操っていた……というユニークなアイディアの本作。
 白状すれば、恥ずかしながら舞台版・映画版ともに未見の私ですが、このアイディアと基本的な物語展開は、そちらとも共通する模様であります。

 本来であれば、少なくとも舞台版を観てからこの小説版を取り上げるべきかもしれませんが、あえて小説版から取り上げるのは、冒頭で触れたとおり、本作の作者である松尾清貴の同名の別作品(本当にややこしいとは思います)の大ファンだったというのが理由の一つなのですが……
 しかしそれだけでなく、本作がノベライゼーションという域を越えて、一つの小説として、完成度が高い作品だから、というのが最大の理由であります。


 先に述べたように、本作の最大の特徴である、幸村の「嘘」。本作はその幸村と佐助の、いわば共犯関係を中心に展開していく物語ですが――しかし「嘘」をついているのは、幸村だけではありません。
 彼に仕える十勇士や、さらには淀殿やその他の人々に至るまで、本作の登場人物の多くが、それぞれの「嘘」を抱えているのであります。

 それは時に自分の経歴を、人となりを偽るものであります。そしてまた時に自分の気持ちを、望みを偽るものであります。それは他人を偽り、傷つけるものであれば、自分を偽り、傷つけるものでもあります。
 こうでありたい、こうでありたくない――人が自分自身に、周囲との関係性に抱くイメージとのギャップを埋めるために用いる方便が嘘であるとすれば、本作の登場人物の大半が嘘をついていると言えるでしょう。

 そんな本作の物語は、当然と言うべきか、こうした登場人物たちの心中を掘り下げて描いていくこととなります。そしてそれは、舞台や映画に比して、小説というメディアにおいてアドバンテージがある手法でしょう。
 かくて本作は、血沸き肉躍る戦国アクションであると同時に、戦国の世をさすらってきた人々の群像劇を描く一個の小説として、独立した魅力を生み出しているのです。

 そしてそんな本作は、先に述べた作者のもう一つの『真田十勇士』とはもちろん全く異なる内容であるものの、その一方で大きな共通点があると感じられます。
 それは自分自身を見失った者たちによる、人間性の回復――あちらでは超常的な伝奇物語との対比で描かれていたそれが、本作においては「嘘」を軸に描いていたと言うべきでしょうか。

 手法や内容は違えど、そこで描かれるものは、英雄物語の背後で悩み、苦しみ、そして立ち上がる人間たちの力強さなのです。


 正直なところ、そのシビアなドラマ性の印象が強いあまり、(おそらくは舞台版から存在する、この物語の肝である)ラストの大どんでん返しに、逆に違和感がないわけではないのですが――それは些細なことでしょう。
 ノベライゼーションという枠を超え、松尾清貴によるもう一つの『真田十勇士』として、本作は十分以上に魅力的なのですから。


『真田十勇士』(松尾清貴 小学館文庫) Amazon
真田十勇士 (小学館文庫)


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