物集高音『大東京三十五区 夭都七事件』 古今の帝都を騒がす怪事件ふたたび
昭和初期を舞台に、お調子者の書生が持ち込む奇っ怪な事件を、居ながらにして解決してしまう「縁側探偵」のご隠居の名推理を描く連作短編シリーズの第2弾であります。今回も、今昔の帝都を騒がす七つの奇怪な事件が描かれることに……
時は東京都区部が三十五区となった昭和7年、早稲田大学に席を置きながら、怪しげな事件を嗅ぎつけてはそれを扇情的な記事に仕立てては小銭を稼ぐ不良書生の阿閉万、通称「ちょろ万」が本シリーズの狂言回し。
そしてそんな彼がかき集めてくる怪事件の数々を――起きた場所はおろか、起きた時代も全く異なるものも含めて――縁側に居ながらにして解き明かしてしまうのが、彼の下宿の家主であるご隠居・玄翁先生こと間直瀬玄蕃であります。
今日も今日とて、明治の浅草で起きた無惨かつ不可解な事件の存在を嗅ぎつけてきたちょろ万に対し、玄翁先生はこともなげにその謎を解き明かして……
と、ここでシリーズ第1弾たる『冥都七事件』の読者であれば首を傾げることでしょう。同作のラストにおいてご隠居は何処かへ姿を消したのでは――と。
しかし本作の第1話であっさりとご隠居は帰還。あまりにあっけらかんとした展開にはさすがに驚かされましたが、それはそれで本シリーズらしい……と言えるかもしれません。
そして登場人物の方も、ちょろ万と玄翁先生のほか、前作にも登場した鋼鉄の女性記者・諸井レステエフ尚子に加え、もとは箱根の温泉宿の女中、今はご隠居の店子の少女・臼井はなといった新キャラが登場、シリーズものとしては順調にパワーアップしている感があります。
さて、そんな本作で描かれるのは、前作同様、東京の各地で起きる事件の数々であります。
明治10年の浅草で模型の富士の上に観音様が現れた直後に、見世物小屋に首無し死体が降る「死骸、天ヨリ雨ル」
芝高輪の天神坂を騒がす、夜ごと髑髏が跳び回る怪異「坂ヲ跳ネ往クサレコウベ」
麻布の新婚家庭で結婚祝いに送られた夫人の肖像が、日に日に醜く年老いていく「画美人、老ユルノ怪」
若かりし日の間直瀬玄蕃の眼前で、雛人形を奪って逃走した男が日本橋の上で消える「橋ヨリ消エタル男」
内藤新宿の閻魔堂で一人の少年が妹の眼前から姿を消し、脱衣婆に喰われたと騒ぎになる「子ヲ喰ラフ脱衣婆」
大正11年の上野に展示された平和塔に、一夜にして奇怪な血塗れの記号が描かれる「血塗ラレシ平和ノ塔」
駒込の青果市場に自転車で通う老農夫の後を、荒縄が執拗に追いかけては消える「追ヒ縋ル妖ノ荒縄」
いずれもミステリというより怪談話めいたな事件ですが、それを現場に足を運ばず――それどころか、既に述べたように過去に起きた事件もあるわけで――解決してみせる縁側探偵の推理には、今回も痺れさせられます。
そしてまた、謎が解けたと思いきや……という、良い意味の(?)後味の悪さが残るエピソードが多いのも、実に好みであります。
そんな本作の中で個人的にベストを挙げれば、「画美人、老ユルノ怪」でしょうか。
扱われているのが老いていく絵という、直球の絵画怪談的現象を描いた上で、考えられる解を一つ一つ潰しつつも、たった一つの手がかりから、見事に合理的な解を導いてみせるが、何とも痺れるのです。
そしてその上で、事件の背後に人間の心の中の黒々とした部分を描き、さらに追い打ちをかけるようにゾッとする結末を用意しているのは、お見事と言うほかありません。
(実はこの作品のみ、探偵役がご隠居ではなく、ちょろ万の恩師である大学教授というのも面白い)
こうしたミステリとしての魅力に加えて、今回もポンポンとテンポのよい擬古的な文体といい、その中で描かれる当時の風俗描写の巧みさといい、実に楽しい作品なのですが……
一点だけ不満点を挙げれば、本作には前作にあったような、巨大な仕掛けが存在しないことでしょうか。
もちろんそれはあくまでもおまけの仕掛けであったのかもしれませんが、人間、一度贅沢に慣れてしまうと、今度はそれがないと不満に感じてしまうのは仕方のないところでもあるでしょう。
厳しい言い方をすれば、普通の続編になってしまった――という印象は残ってしまったところではあります。
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